0.1

 二人のメールアドレスをメモに書き留めてから、彼らとは大通りで別れた。ホテルに戻ってから、お詫びとお礼と、それから招待状を送るつもりだ。


 空はまだ明るいが、街は既に夜の準備を始めていた。街灯も店の看板も、淡い灯りをぽつぽつと灯していく。


 二人になった途端、会話がなくなった。元々がそういう関係であるが故、普段なら全く気にならないはずなのだが、今はそれが妙に気まずい。


「……さて」

 ふいに大樹が口を開き、私の手を取って歩き出す。ホテルに戻るのかと思ったが、彼が進み始めたのはそれとは反対の方向だった。

「どこに行くの?」

 私の問いに対し、大樹はやれやれと苦笑した。

「やっぱり。さっき晩ご飯がどうの言ってたから、これは絶対忘れてるなって思った」


 ずんずんと海岸沿いを歩いていく彼に引きずられながら、何だっけ、と思い出そうとする。こちらに来てからは特に何の予定も入れていないはずだが——


「あ」

 自分でも間抜けとしか思えない声が出て、それに大樹がおかしそうに応える。

「思い出したか? 澪奈のリクエストだったろ、あれは」


 あと三十分で出ちゃうからな、間に合うかな、と足を早める大樹。繋いだ手をそのまま持ち上げて彼の腕時計を見れば、その短針は一と二の間にある。彼の時計もまた、日本の時間を指していた。

「六時半か……。まだ全然明るいね」

 空を仰ぐ私に、彼も同じように顔を上げる。

「だな」

 走るか、と呟いたかと思うと、大樹は私と手を繋いだまま駆け出した。それによろける私は、走る必要あるの⁉︎ と訊きつつその速さに必死についていく。


「多分歩いても間に合うけど……、何となくそういう気分なだけだ!」


 馬鹿だ。

 周りはこの様子を見て何を思うのだろうか。何となく集まってくる視線が気になり、一人で赤くなる。


 でも。

 彼と一緒なら、たまにはこういう馬鹿をするのも悪くないかもしれない、と。


 そんなことがちらと頭をよぎったりもするのだ。

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