0.2
聞くところによると、大樹の今日一日の動きはこうだ。
目を覚ますと私が居ない。
彼は慌てた。まさか私が本当に単独行動を取るとは思っていなかったようだ。半ばパニックになりながら荷物をひっくり返して外出の支度を済ませ、そして行き先のヒントになるものはないかと私の荷物も逆さにした。トロリーバスのチケットはあるが、水着がない。そこから導き出せる場所は簡単で、最初に彼が向かったのはビーチだった。
しかしその時、私はサーフボードの上に寝転んで沖に流されかけていた。砂浜を駆ける彼にその姿が見えるはずもなく、彼は早々にビーチを後にすると今度はワイキキストリートをくまなく探し回った。細い道の一つ一つにまで入り込んで探していたようだが、当然ながら私はそこに居ない。多分その頃、私は砂浜に座って有紗さんと話し込んでいた。
日は昇り切り、もはやゆっくりと下り始めていた。そんな時、二人組の男たちが声をかけてきた。
大柄な黒人と、金髪でひょろりとした白人。彼の必死な様子を心配したらしい。
彼は、フィアンセと喧嘩してはぐれてしまったのだと説明した。朝から探しているが見つからない、と。それを聞いた彼らは、私を探すことに協力を申し出てくれたのだという。彼は二人に、私の特徴とレイナという名前を教え、それぞれが私の捜索を開始した。
その後の流れは、私が経験した通り。
つまるところ、私は善意で協力してくれていた人から全力で逃げ、その挙句膝蹴りをかましていた訳だ。恥ずかしくて情けなくて、何より申し訳なさすぎて、思わず顔を覆う。遅れてきた金髪の男性に猛烈に謝ったが、彼は手を横に振りながら、無事に見つかって良かったと言わんばかりにニコニコしている。黒人の男性も、大樹の肩をぽんぽんと叩きながら嬉しそうだ。
「……ねえ」
私は大樹に耳打ちして、彼らにこう伝えてもらった。今日一日ご迷惑をお掛けしたお詫びに、晩ご飯でも一緒にどうですか、と。
しかし彼らは、とんでもないといった様子で首を横に振りながら何かを言った。ややしてから、その言葉を大樹が通訳してくれる。
「せっかく再会できたんだから、今夜は二人の時間を大切にしなよ、だって」
思わず二人を見ると、彼らはにっこり笑って親指を立てる。
——何だろう。この島には善意の人しか居ないのだろうか。一瞬すれ違っただけの他人のために時間を割き、利害抜きの関わりを持ってくれるなんて。
私は何故か、昼間見たビーチの光景を思い出していた。
遠い空の色と、煌めく海の色。
私はその二つを全くの別物として捉えていたが、彼らにとっては大した違いではないのかもしれないと、そう思えたからだろうか。
空と海に細かい違いはあるのかもしれないが、青色は青色。複雑に区別する必要はない。
同様に、見知らぬ人だろうと友人だろうと、人は人。そこに大きな違いはないのだから、振る舞い方を変える必要はない、と。
……私は、人というものを複雑に捉え過ぎていたのかもしれない。
彼らのように居られれば、いつか目を閉じて世界を感じずとも、自分という存在を認められるようになるのだろうか。
そうなれれば良いな、と思う。
「あ、それじゃあ——」
ふと思いついたように、大樹が二人に何かを訊く。彼らはどこか驚いたようだったが、ほどなくして笑顔で頷いてみせた。
何を提案したのか、説明を求めて大樹を見る。その視線に気付いた彼は、悪戯っぽくこう言った。
「明後日の予定を訊いた。二人とも空いてるって」
それが意味するところは考えるでもない。私も思わず口元を緩めて応える。
「そう。何か、面白くなりそう」
親や他の友人は驚くだろうか。彼らにも、この島での出逢いと温かさを紹介してやりたい。
そんな風に輪は広がって、世界は繋がっていくのだから。
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