3.3
こちら、ボーイフレンドのジョセフ。紹介する有紗さんの手の先には件の男が居て、小さく会釈すると彼はにっこりと私に笑いかけた。
それから、と有紗さんはジョセフさんに英語で何か説明をする。おそらく私のことを紹介してくれているのだろうな、と思った矢先、彼はすごく嬉しそうに私の手を取るとぶんぶんと振った。
「え……、あの、どういう説明したんですか……?」
何か思い切り勘違いされている気がする。有紗さんに助け舟を求めると、彼女は「日本のスーパーモデルだよって伝えたの」とさらりと言った。
「そんなんじゃないですってば!」
捏造もいいところだ。半ば悲鳴に近い声を上げると、彼女は「あら」と楽しそうに応えた。
「わたしにとってはスーパーモデルですよ。昔から、ずっと」
そんな彼女の微笑みに、思わず言葉を飲み込んでしまう。
あの仕事をしていた時には、スタイリストやカメラマン、モデル仲間からの非難の声しか耳に入らなかった。彼らから目の敵にされないためにはどうすれば良いかと、そんなことばかりを考えては一人で塞ぎ込んでいた。
しかし、私を見てくれていた人にそんなことは関係ない。ただ雑誌に載っているというそれ自体が、誰かに何かしらの影響を与えていたのかもしれないのだ。モデルを辞めて何年も経った今になってそんなことに気付くなんて、私はただの馬鹿としか言いようがなかった。
私の手を握りっぱなしのジョセフさんは、へらりとした顔で有紗さんに何かを言う。それを聞いた彼女は、ぷぅと頬を膨らませると彼の背中を平手打ちした。ばしん! と良い音が響く。
「な、何て……?」
「ビーチに物凄い美女がいたからナンパしようと思ってたのに、アリサが来たから焦ったよ……ですって。これだから男ってやつは」
そう言いつつも本気で怒ったようではない有紗さんと、叩かれた背中をさすりながらもまだ笑っているジョセフさん。どこかコントのような二人のやりとりを見て、私はふいに理解する。
きっとジョセフさんは、私がビーチで一人黄昏れているのを心配して側に居てくれたのだ。自分では言葉が伝わらないから、後から来る有紗さんに話を聞いてもらおう、と。おそらく有紗さんは、その意図を訊かずともすぐに分かったのだろう。
何となく、そんな関係性を羨ましく思ってしまう。互いにくだらない冗談を咲かせながらも、心の奥の部分では確かに繋がっている。それは、ある種の絶対的な信頼の上に成り立っているのかもしれなかった。あの人なら絶対こう思う、あるいはこういう行動をするであろうという、確かな要素なんて一つもないはずなのに確信が持てるもの。この二人は、そういう見えない何かの上に互いの心を預けているのだ。
私はどうだろうか。大樹の何を信頼できているだろう。
意図せず意識が遠くを向いてしまった私に対し、有紗さんは顔を覗き込むようにして訊く。
「……そういえば、大樹さんは?」
微笑むその顔には何かを察するようなものが含まれていて、きっと彼女にはどんな隠しごともできないのだろうな、なんてことを考える。
「実は——」
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