1.7
日が落ちてもなお人々は活発に活動し、店の灯りが煌々と輝いている。
月並みな言葉だが、ここは夜の訪れが遅い街だと思う。
その景色を眺めながら、私はストローを口で弄ぶ。
大通りに面したハンバーガー屋の、広々としたテラス席。目の前では、大樹が山盛りのポテトフライを食べ進めている。
痩せの大食いとは羨ましい。名物というパティ三段積みの巨大なハンバーガーをぺろりと平らげた後、こんなサイドメニューまですいすいと消化していく様は、見ているだけでこちらの胃が重くなってくる。
「……いる?」
何を取り違えたのかポテトをこちらに差し出してくるので、いらない、と即答する。
「……そ」
まるでその答えを最初から予測していたかのようにそれを自分の口に運ぶと、大樹はまた黙々とポテトの消化作業を再開する。
——何だろう。
何が楽しくて、私は彼と一緒に居る?
何故、数多いる人の中から彼を選ぶ必要がある?
頭の中にかかった霧は濃さを増し、今や視界と思考を完全に遮っていた。息苦しく、訳もなく不安になる。そして、何故そんな状態になっているのか自分でもよく分からないというそのこと自体が、私を混乱の渦の底に貶めている。
「あのさ」
答えの見えない自問自答は、先ほどの水族館で萌芽した時からずっと私の中をぐるぐると巡っていて、やがてそれは脳での咀嚼を経る前に口を動かしていた。
「何?」
きょとんとする大樹は、何も考えていない風に首を傾げる。
「——明日、一人にさせて」
言ってしまってから、そんな自分の発言に心の中で静かに驚く。
ふと、周囲の雑音がボリュームを捻ったように小さくなった気がする。実際にはそんなこと、ありえないのだけれども。
たっぷり十秒ほど固まっていた彼は、やがて「……何で?」と乾いた声で訊いた。
「分からない。……分からないから、一人で考える時間が欲しい」
「考えるって、何をだよ?」
何を、だろうか。私は宙を見上げる。先ほどの言葉は完全に意識の外側から出てきたものだったが、その根底にある理由は存外にすんなりと思考から引き上げることができた。
このまま大樹と結婚するのは正しい選択か。そもそも私はこの生活を続けることができるのか。
そして、それらに対する私の意思はどこにあるのか。
頭に浮かんだ理由それらをまとめれば、彼の問いへの答えはただ一言で済んだ。
「——これからのこと」
正面に目を戻すと、頰を引きつらせた大樹の顔があった。表情に乏しい彼がそんな顔をするのは、これまで見たこともなかった。
「これからのことって、もしかしてお前……」
「……ごめん」
何となくいたたまれなくなり、思わず席を立って背を向ける。後ろから呼びかける彼の声が聞こえたがそれには応えず、私は足早に店を後にした。
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