1.5

「あのさ」


 塔のように生クリームがそびえるパンケーキの皿を目の前に置かれ、それに表情を変えることなく喜んでいた大樹は、向かいに私が座っていることに初めて気付いたかのような視線を寄越した。

「何?」


 言わずとも分かれ、なんてことは言わない。

 でも、私が甘いものを苦手ということは、もちろん彼は知ってるはず。それにも関わらず何故ここなのか。


「……何でもない」

 私の注文したロコモコが運ばれてきて、会話は中断された。パンケーキの店を謳ってはいるが、それ以外のメニューも少なからずあったのは不幸中の幸いだ。

 大樹はきょとんとした顔を見せていたが、私が言葉を続ける気がないと分かると、嬉々とした様子でパンケーキを頬張り始めた。


 価値観が一致しないのは仕方ない。人の数だけそれは異なるのだから、無闇に自分の枠に当てはめようとするだけ野暮だと、私は思っている。しかし、だからこそ相手を理解し、互いに歩み寄る努力をすることが必要になってくるのではないだろうか。


 要は、行く店くらい相談して欲しかった。


 ——そういえば、前にもこんなことがあったような。

 何かが記憶の引き出しの奥で音を立てるが、頭の中で明確な形を持つには至らない。それは例えるなら、予期せず久方ぶりの再会を果たした友人の顔と名前が一致しないような類のものだ。そしてそういうものは往々にして、気にしているうちには思い出すことができない。


 靄がかかったような気分のまま、ハンバーグにナイフを入れる。パンケーキ以外のメニューもきちんとしているようで、温かな香りのする湯気とともに肉汁が溢れ出た。


「なあ」

 声をかけられ顔を上げると、パンケーキなのか生クリームの塊なのかよく分からないものをフォークに刺した彼と目が合った。

「何?」

「この後だけどさ、行きたいところがあるんだけど」


 行きたいところ。

 当たり前といえば当たり前なのだが、その言葉、そのような相談が彼の口から出てきてくれたことに、私の心は少しだけほどける。

 何せ、私たちがハワイに着いてから数時間しか経っていないのだ。大樹が式のリハーサルで見せた態度は決して許していないが、それを差し引いても二人でこれからの行き先を決められること自体は、素直に嬉しく思えた。


「どこ?」

 私の問いに、彼は少しだけ照れたように答える。


「水族館」


 予想の範疇から大幅に外れた答えに、危うくコメディのように椅子から落ちそうになる。


「……何で?」

 さっきまで熱心にガイドブックを読みふけっていた結果の行き先がそれ? ダイヤモンドヘッドとかカイルアとか、他に行くべきところは幾らでも思いつくだろう。それらが遠いというなら、ワイキキビーチだって構わない。横を歩いただけで、まだ砂にも触れていないのだから。

「……何でも」

 探るように私の顔を見つめた後、やがて大樹はふいと顔を背けた。まるで、私が何も分かっていないことに拗ねたかのよう。

 何をもって水族館なのだろうか。そんなところ、それこそ日本でだっていくらでも行けるだろうに。せっかくなのだから、私はハワイらしいところを訪れたい。


 もっと問い詰めようとしたのに、大樹はこれで話は終わりだと言わんばかりに目の前のパンケーキに視線を戻してしまった。


 行き場を失った言葉を持て余し、私も仕方なく目の前のロコモコに目を落とす。

 出来立ては美味しそうだと思ったが、食べてみればそれはもう既に少し冷め、固くなってしまっていた。

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