1.4
そう思っていたのにも関わらず、だ。
私服に着替え直した私は、控え室のソファにしなだれかかって頰を膨らませている。
大樹があまりにも無関心すぎるからだ。式の進行にも、そもそも私自体にも。
ドレス姿を見せても感想なんて何もなく、ただ一言「おう」と言っただけでガイドブックに目を落とすし、私が式の進行について有紗さんに質問をしている時には、ご飯が美味しいオススメの店はどこかなんてことを他のコーディネーターに聞いているし。彼にとってはハワイ観光がメインイベントで、結婚式なんてものはそのおまけ程度という認識にしかなっていないのではなかろうか。
たかだか数十分だけだったが、一通りの予行だけでぐったりしてしまった。何だか私だけが勝手に空回りしている気分。まあこの場合、大樹の分まで回っていると言った方が正しいのかもしれないが。
時差ボケがつらい。酒を飲みながら夜を明かした時のように瞼が重く仕方なくて、思わず目を閉じる。
静かな時計の音と、小さく聞こえる街の喧騒。暗闇の中に浮かび上がるそれらは、どこか薄ぼんやりとした存在を放って私を包み込む。ぬるい泥の中にゆるゆると沈み込むように思考が薄れていくが、しかしそれを引き上げるように聞こえてくるコツコツという硬質な足音。やがてそれは、私の前で止まった。
「お疲れ」
閉店時間を過ぎた店のシャッターを叩くような無神経な声に目を開けると、そこにいたのはやはり大樹で、彼はやけに楽しそうに私を見下ろしていた。
「今日の感じなら、当日何とかなるだろ」
今日の感じって、大樹は何もしていないし、有紗さんの説明もろくに聞いていなかった気がするんだけれど。
言いたいことはいくらでも思い浮かぶが、それをどうぶつけてやれば良いのか分からない。黙っていると、彼は中腰になって私に顔を近づけた。
「さて。外、行こうぜ」
その左手にしっかりと握られているものに気付く。それは先程から読んでいた分厚いガイドブックで、しかもいつの間にか大量の付箋が貼られている。
やはり、彼にとって今回の旅はその程度のものだったのだろうか。
そんなことをぼんやりと思いながら、私はのろのろとソファから立ち上がった。
*
きらきらと眩いワイキキビーチを横目に、賑やかで色に溢れた大通りが目の前に真っ直ぐ続いている。見上げればからりと爽やかな空が広がっていて、海の匂いを乗せた風が優しく髪を転がす。
しかし、私の気分は上がらなかった。
さっきまでとは大違い。
チャペルでやるせなくガイドブックを繰っていた大樹の姿を思い出し、私は心の中で舌打ちする。
彼は辺りを見渡しながら、どこか楽しそうに私の前を歩いていた。まるで視界に入るもの全てが興味の対象であるかのよう。どうしてその興味関心が三日後に向かないのだろうか。
日本の会社が運営するトロリーバスが私たちを追い越していく。それを見送った大樹はこちらを振り返って「明日はあれに乗ってショッピングセンターに行こうか」と訊いてきた。
「いい」
何が「いい」のか自分でも分からないが、気付けばそう返事をしていた。大樹は首を傾げると、歩調を緩めて私の隣に並んだ。
「ご機嫌斜めだな?」
その原因の心当たりとか、そういうものには思い至らないのだろうか。無視して歩き続けるが、そもそも大樹の後ろをついていただけなので、これからどこへ向かうつもりなのか、そしてここがどの辺りなのか、全くもって見当がつかない。適当なところで道を曲がろうとしたら、「そっちじゃないって」と手を引かれた。
「もうすぐかな? この先にあるはずだ」
だから何があるというのか。口を開こうとしたところで大樹は急に早足になり、そして少し先にあった建物の前で足を止めた。
「ここだな」
「これ……」
一見何の店か分からない白塗りの建物には開放的な窓が付いていて、中が盛況であることが伺えた。人々はテーブル越しに会話や食事を楽しんでいて、皿を持ったウエイターがその隙間を忙しなく縫っている。
そして漂ってくる香り。これは——
「着いてから何も食べていなかったからな。腹ごしらえしよう」
入り口の横に小さな黒板がかかっていることに気付く。そこに書かれていたのは「Hawaiian Pancake」という丸い文字。
英語が読めない私でも、さすがにこれは分かる。
ハワイアンパンケーキ。いわゆるスイーツ。
大樹は意気揚々と店の扉を開くが、私はどうしてもその後ろについていく気になれず、甘い香りの中で文字通り頭を抱えた。
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