1.2
向かう先はホテルの一角なので、さほど時間はかからなかった。
ロビーから見て客室の反対側に位置する一部屋。
私たちを迎える両開きの扉は木製で、そこに嵌め込まれた色とりどりのガラスが、凛とした美しさをもって輝いている。ロビーや客室のゆったりとした雰囲気とは一線を画した、朝焼けの中の静寂のような空気が、そこには満ちていた。
中に入ってみると、木目の色を基調とした空間が広がっていた。全体的にシンプルで、ともすれば殺風景になってしまいそうなのだが、細部に織り込まれた華やかさがその印象を打ち消している。椅子の後ろに彫られた細密な彫刻や、窓から見える海や緑を切り取った風景画。さながら部屋にあるもの一つ一つが、その構成要素であることに誇りを持っているかのようだ。
人を探したが誰も居ない。振り返ると、大樹が扉の近くに配置されたテーブルを前に屈みこみ、何かを見ていた。
「どうしたの?」
「これ」
彼が指差す先を見ると、テーブルの両脇に置かれた小さな花瓶が二つ。そのどちらにも、小さな白い花が束になって生けてある。
それが何? と訊く前に、彼が言わんとしていることが何か分かった。思わず、私も一緒になって顔を近づけてしまう。
目の前の小さな花束。
それには、半分しか花弁がついていなかった。
普通にイメージする花を円とするならば、この花たちは半円なのだ。
「……千切った?」
私の間抜けな問いに、大樹はむくれてみせる。
「子供じゃないんだから。それに、この短時間で全部千切れるか」
よく見ると皆、花弁が付いていない方を一様に上に向けている。その奇妙な様に、私たちは揃って首を傾げた。
「——ナウパカの花ですよ」
ふと後ろから声を掛けられたこと、しかもそれが日本語であることに驚いて振り返ると、そこには健康的に日焼けした細身の女性が立っていた。
「火の女神ペレに引き裂かれた恋人が半分ずつの花弁に姿を変えて、今も互いを想いながら咲いている。……そんな伝説が、その花にはあるんです」
女性は左右の花瓶からそれぞれ一輪ずつを摘むと、私たちの前に掲げた。
「男性は山に追いやられ、女性は海に追いやられ。よく見ると、それぞれの花は少しずつ形が違うのが分かりますよね」
確かに近くで見てみれば、一方の花が大振りで花弁も鋭いのに対し、もう一方はふわりと小さく、どこか儚げな印象だった。
面白い花だと思った。
しかし、今の話を聞いて——何となく気になることがあったのもまた事実。私が口を開こうとすると、それより先に大樹が呟いた。
「なんだか……、悲しい伝説ですね」
どうやら、彼も同じことを感じていたらしい。
それはつまり、果たしてこの花はここに飾られるに相応しいものなのか、ということ。それに対して女性は「確かにここまでだけだと、ただの悲しいお話ですね」と微笑を湛えながら目を細めた。
「でも、その伝説は単純に引き裂かれて終わり、という訳ではないんです。二輪のナウパカの花は、合わせると一つの円になることができる。……二人の魂が再び出会い、一つの花として咲いた暁には、恋人たちに永遠が約束されるだろう、と」
ふと彼女は、祈る時のように両の掌を合わせて目を閉じる。
「別々の二人が一つになる、この場所に飾るには相応しいと思いませんか?」
そして次に顔を上げる時、二つの花弁はその掌の中で一輪の花となって白く咲いていた。
「——大樹さんと澪奈さんですね。お待ちしていました」
円となったナウパカの花を私の手に握らせると、彼女は咲き誇るように笑いかけた。
「アロハ! ようこそホノルルへ!」
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