1.1

 フロントに入り、アロハシャツを着たホテルマンに予約内容が記された紙を見せると、爽やかな笑顔と共にカードキーを二枚渡してくれた。それから何かを話してくれるが、あいにく私の英語力はリスニング・リーディング共に最低レベルだ。彼の身振りと手振り、それから大樹の言葉足らずな通訳に助けてもらって、このホテルのどこに何があるかという説明に理解した顔をする。


 そういえば、現地の人とちゃんとやり取りをするのはこれが初めてだ。

 そんなことに気付いて、何となくこそばゆい気分になる。


 小さなシャンデリアがついた可愛らしいエレベーターに乗って三十六階に向かい、廊下の角に位置する部屋にカードキーをかざした。


 扉を開いて現れた光景に、思わず「わあ」と声が出てしまう。

 濃淡のついた青を基調とした中に、木を編んで作られたアームチェア、白くてふかふかの大きなベッド。丸いクラゲのようなルームライトは二つある。まるで海そのものを閉じ込めたような部屋に暫し見惚れた後、私は荷物を投げ捨ててベッドに飛び込んだ。


「ご機嫌だな」

 私の荷物を部屋の隅に運びながら、大樹が苦笑する。

「こんなに良い部屋だと思わなかったから」

 しばらく布団の上をばたついてから、身体を起こして応える。友人が見ていたら、真顔で何を阿呆なことをしているのだと言われそうだ。無論、私は全力ではしゃいでいる訳なのだが。

「本当に。良い部屋だ」

 大樹はアームチェアに腰掛け、閉まっているカーテンを引く。窓の向こうには、溢れんばかりの陽光を受けて煌めく海と、それと同じくらい鮮やかな街の色が広がっていた。


 私はベッドから飛び降りると、大樹の隣に立って窓に手をついた。

「この景色独り占めか……。贅沢」

「おい、俺も居るぞ。独り占めするな」

 二人で顔を合わせ、思わず笑った。それは傍から見れば笑ったと気付かれないほど微々たるものであるらしいが、私たちにとっては確かに笑顔なのであった。


「……ところで、今日は当初のスケジュール通りか?」

 大樹の問いに、私は頷く。

「うん。まずはよく確認してこないと」

「日本で何回も予行したから、大丈夫だと思うんだけどなぁ」

「だからって現地でぶっつけ本番とか、絶対嫌」

 アームチェアに沈んでぐずぐずしている大樹を無理矢理立たせ、私はその背中を押した。


「ほら、行こ」

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