番外編『ペレット=イェットマン生存録』②

 そして旧スプトーラ学院、もとい特殊暗殺者育成学校の生徒は12歳になると、実銃を使用した発砲の訓練までするようになった。


 なおこの時点で優秀な者は、実銃での訓練開始の半年後にはもう仕事を任されるようになっていて、そこそこ上位の成績を収めていたペレットも、13歳の時には当たり前のように任務に駆り出されていた。


 だが、そんな日々の中でペレットはある時、人生の分岐点ともいえる瞬間を、出会いを迎えることになる。


 彼が出会った人物の名は、セレーネ=アズネラ。例の少女である。ペレットはある任務をきっかけに彼女と出会い、ペアを組むことになったのだ。


 初めてペアで行うことになった、その任務の内容はこうだった。


 【ディエツ連合国に存在する『国立議会場』。そこでは明日午後9時から、陸軍大臣や国民大臣を始めとする国のトップが今後の戦争展開について話し合う『緊急議会』が開かれる。今回、ペレット=イェットマンとセレーネ=アズネラは2人1組でそこへ偵察をしにいき、議会の内容を盗聴しろ。


 要人の警護をするSPが徘徊しているため、荒事は基本的に起こすな。もし姿が見つかり、向こうが攻撃態勢に入った場合のみ殺害を許可する。】


 この通り、暗殺ノルマなどがなく難易度は比較的低い任務であったため、任務を受け取った時のペレットはどこか安堵していた。そして任務を受け取った彼は、早速ペアとなるセレーネに挨拶をすることにしたのだが、


「よろしく、イェットマンさん」


「あ……はい、こちらこそ」


 初めて会った時のセレーネは、暗く沈んだ瞳をしていて、どこか近づきがたいオーラを纏っていた。

 自分の未来も意思も、まるで全て捨ててしまったかのような諦念を感じさせる表情と雰囲気。しかし生徒の中でも上位の成績を持つと聞いていただけあって、その佇まいは酷く洗練されていて、


「……よろしくお願いします、アズネラさん」


 当時のペレットは、独特な雰囲気に気圧されながらも彼女と握手をかわすのだった。

 




 国立議会場は、高級ホテルのような外観をした宮殿であった。建設されたのは大昔なのだが、これまでに何度も改修工事が繰り返されているらしい。


 そのため、誰も知ることのない地下通路や部屋が沢山あって、盗聴を目的とするペレット達にとって大いに好都合な施設であった。

 特殊暗殺者は、そういった施設の特徴をよく教え込まれているので、隠し通路や隠し部屋を見つけることは容易だったのだ。


 そうして上手いこと建物の構造を利用し、2人の任務は難なく進められた。


 しばらくして、十分な成果を得たと確信したペレットは、報告をするためスプトーラ旧学院に帰還しようとしたのだが、


(一応、帰る前にアズネラさんと合流した方がいいか……どこにいるんだろう、彼女。直接聞いてくるって言ってたから、少し不安なんだよな……)


 実は、彼女が保有している『記憶の鍵』という、相手の記憶を盗む特殊能力を利用し、『大臣や議員から直接情報を取ってくる』と言い残して、途中から単体行動を選んでいたセレーネ。


 現状、騒ぎが起こっている様子はないので大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。

 一応、建物を大雑把に見回ってから帰ろうと思い、議会場の天井裏を這っていたペレットは、配線の間を抜けて人気ひとけのない廊下に降り立った。


(――本当は、無線機で連絡を取り合えたらよかったんだけど)


 お互い密偵をしている以上、こっちから通信するのも気が引ける。その上、今回の任務で使用している無線機はペレットの自作だ。


 今回はあまり完成度に自信がなく、もし不具合でSP用の通信機なんかと繋がったら一巻の終わりなので、なるべく無線機は使わずにセレーネを見つけ出す必要があった。


(……あ)


 ペレットは、廊下の角で各方向に続く通路を確認しながら、ふとあることを思い出した。任務遂行の効率アップを図って別行動をすると決め、セレーネが先に天井裏から這い出るときに、彼女から3秒ほど頭を触られたのだ。


(あれ……結局なんだったんだ……?)


 その時は、何事かとびっくりしてわけを聞いたのだが、セレーネは相変わらずの暗い瞳で『なんでもないわ』と言い残して去ってしまい、結局理由はわからずじまいだった。しかし、


(……絶対、何かしらの理由はあるよな……そうじゃなきゃ普通、他人の額なんか触らないよな……――いや、待て)


 そういえば、何かを忘れている気がする。何か、絶対に覚えていなければならないことがあったはずなのだが、それが何なのか思い出せない。おかしい、ここに来るまではずっと頭の中にあったのに――。


(……いたっ)


 じっくり考えていると突然、頭痛がしてペレットは思わず身体を竦ませた。その後は何ともなかったので慌てて周囲を確認し、僅かに足音のした方角と逆側の通路へ素早く滑り込んだのだが、


(……そうだ、アズネラさんに教えられた言葉……わす、ワスレナグサ……! そうだ、ワスレナグサだ! 思い出し……っ、あれ?)


 ここに来る前、セレーネに『絶対に忘れるな』と言われた花の名前を思い出すと同時に、別の記憶も流れ込んできて、ペレットは見開いた目で自分の手のひらを見つめながらふらっ、と1歩引き下がる。


 そうだ、思い出した。


 ペレットは、ここに来る前にしたセレーネとのやりとりを脳内で再生させる。


《――私は今から、貴方に教えた花の名前に関する記憶を奪うわ》


《え……その、ワスレナグサ、ってやつですか……?》


《ええ。今回は無線機が使いにくい任務だから、無線機の代わりよ。もし私の身に何かあった時は、その花の名前の記憶を遠くから貴方に返すから、もし花の名前を思い出した時はそういうことよ。その時は、私を見捨てて頂戴》


 そうだ、思い出した。確かに彼女はペレットの頭に触れる前、そんなことを言っていた。つまり、ワスレナグサの名前がペレットの中に戻ってきた以上――。


(アズネラさんの身に、何かがあったのか……!? くそっ、どっちの方角に向かったら……いや。先に制御室に向かおう、場所は天井裏を這ってる途中で見たからわかる!)


 今から大急ぎで向かえば、助けられるかもしれない。


 ペレットは辿ってきた通路を逆戻りすると、配線工事用に天井に取り付けられた蓋の下で『空間操作』を使い、暗闇の広がる天井裏の探索を再開するのだった。





 要人の集まる施設には、何かと監視カメラがつけられているものだ。そしてそのカメラに映された映像が、かならず1つに集まる場所がある――今回のそれは『制御室』だった。


 ペレットは制御室の天井に取り付けられた蓋を少しだけ開け、室内の人数やその配置を確認する。


 把握できた限りだと、監視員らしき男が5〜6人と警備員が2人ほど居たが、警備員以外の男達はコーヒーを片手にぐったりとチェアにもたれかかっていたり、ペンを指先で回していたりと真面目に仕事をする気が感じられない。


 この職務にあるまじき怠慢だが、警戒を怠っているというのは正直ありがたかった。そしてそうなると、懸念すべきは2人の警備員のみだ。


 詳しい格好はわからないが、大南大陸の水都クァルターナと肩を並べるほど『物騒』と呼ばれるディエツ連合国の警備官なのだ、少なくとも拳銃くらいは所持しているだろう。


 幸い、制御室はデスクなどの障害物が多く、射線を切るには好都合だ。 


 気を抜かなければ負けはしない。そう判断したペレットは、天井の蓋をそっと戻し、大きく拳を振り上げて、ばん! と蓋を殴りつけた。

 蓋は薄めの金属製だったので、想定より大きく音が出て、談笑していた制御室の男達の声がぴたりと止まったのがわかった。


 続いてペレットは『空間操作』を使い、制御室の中へ侵入する。天井裏と繋がる蓋の上で大きな音を立てたので、恐らくそちらへ視線が向いていると予想して、彼らの裏をとるように蓋とは真反対に方向に転移。


 煌々と光るモニターの前に飛び出ると、ペレットは、『一体何事だ』と天井を見上げていた男達に向けて発砲した。


 機械まみれの無機質な部屋に銃声が数回こだまし、1つ音が鳴るたびに男達は血を弾けさせてひっくり返る。途中、案の定拳銃を保持していた警備員がこちらに発砲してきたが、資料が積まれた金属製のデスクを遮蔽物として利用し、特殊能力も奇襲もなしの撃ち合いに持ち込んで、単純な射撃精度の差で勝利した。


 さて、あとはセレーネの居場所を突き止めるだけである。


 ペレットは、国立議会場の内部が映し出された数枚のモニターを睨み、制御室の装置を迷いのない手つきで操作しながら、くまなくセレーネの姿を探すのだった。

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