番外編『ペレット=イェットマン生存録』③
制御室を出て、ペレットは議会場の中にある『第一倉庫』という場所へ向かった。
「……」
警備員と遭遇しないよう気を払いながら、颯爽と廊下を駆け抜ける。
各地に設置された監視カメラに、自分の姿が映り込んでいることには気付いているが、先ほど制御室の人間は全て殺して、ドアにも鍵をかけてきた。なので、しばらくは映っても大丈夫だろう、という考えのもと、カメラは全て無視していた。
「……っ、ここか………」
ペレットは金属製のドアの前で止まると、ハァ、と呼吸を整える。
録画されていた映像が確かなら、彼女は間違いなくここにいる。
「――ッ」
制御室で見た映像では、セレーネと議員らしき男が廊下で争っていた。
そして争いの最中に身動きが取れなくなった彼女は、男によってこの部屋に投げ込まれ、鍵をかけて閉じ込められたのだ。
恐らく議員の男は、国の上層部へ通報をしに行ったか、警備員を呼びに行ったのだろう。どうやら、制御室の監視員達は談笑に夢中で、2人が争っている時の映像を見ていなかったようだが――。
男が戻ってくるかもしれない以上、一刻も早くセレーネを救出しなければならない。
『空間操作』、発動。少年は部屋の中へと転移する。
扉の存在を無視して入った倉庫の中は、照明がついていなかった。ひたすらに暗闇が広がっていて、何がどこにあるのかが全くわからない。だが、幸いこの状況を打破する道具をペレットは持っている。
ペレットは、ポケットから小型ライトを抜き取ると、色んな方向に光を当てた。
――と、
「う……」
「ッ、アズネラさん!」
ダンボールの山に挟まれながら、壁にぐったりともたれかかっているセレーネを見つけ、ペレットは血相を変えて彼女に駆け寄る。
「……! 酷い、怪我だ……」
制御室で見てきた映像には画角的に映らなかったようだが、こうして近くでよく見ると、セレーネの頬には殴られた痕があり、口からは血が溢れて喉まで伝っていた。
紛うことなく重症である。今すぐに手当をしないと、命にまで関わってくるだろう。
「どう、して……ここに……?」
突然、音もなく現れたペレットに驚きながらも、それを表面に出すほどの余力がないのか、途切れ途切れに呟くセレーネ。
実際に彼女が喋ると、その息遣いや声の調子から、外から見える場所だけでなく、服で隠れて見えていない場所まで負傷していることが何となく察せてしまう。
顔や腕の状態からして、服の下の怪我も全て殴打によるものなのだろうか。
だとしたら、武装していたセレーネに身1つでよくもここまで――と議員と
「監視カメラに、アズネラさんがこの辺りで人と争ってる姿が映ってて……この部屋に閉じ込められたところまで見て、慌てて貴方を探しに来たんです。……立てそうですか? アズネラさん」
「な、にを……する、つもり……?」
「今から転移陣を出します、だから、一緒に帰りましょう。今すぐ手当をしないと……!」
ペレットはセレーネから離れ、両の手で倉庫の床に触れる。一刻も早く帰還するため、いつもの倍意識を手元に注ぎ、転移陣の作成に集中していた。
が、セレーネは苦しげに顔を歪めながらも『いいえ』と溢し、
「私はもう、あそこには帰れないわ。だって、私――」
「俺とアズネラさんは、昨日初めて会いました。でも、同じ場所でずっと一緒に戦ってきた仲間です。だから、貴方をここで見捨てるわけにはいかない」
弱気な言葉を吐くセレーネを邪魔するように、固く告げるペレット。
その間、足元に置いた小型ライトが照らす、倉庫の床が淡い紫に輝き、複雑な記号で構成された転移陣が次々と浮かび上がる。
普段より集中していたからか、ものの数秒で転移陣は完成した。
ペレットは床から手を離すと、壁に身体を預けるセレーネに『動けますか?』と手を差し伸べる。が、
「わかって、いないのね……貴方、先程私に起きた出来事を、映像で見た、と言ったでしょう……?」
「え? えぇ、まぁ……それが、何か?」
「……私達が着ている、任務用の服が……スプトンで育成されている、特殊暗殺者の制服であることは……既に、他国にも……共有、されつつある情報よ……。だから、私を負傷させたあの男も……恐らく、それを知っている――」
と、そこまで語るとセレーネは、ペレットから目を逸らして唇を噛んだ。
「私の姿を見たあの上級議員……あいつはきっと、色んな人間に言いふらすわ……スプトン共和国の、暗殺者を捕らえた……と。だから、いずれディエツは……今後の……偵察者を、阻むために……警備体制を、今以上に強化するはず……」
「……まさか、」
悪寒にぽつりと溢しながら、ペレットは部屋の外に意識を向ける。現状、足音も人の気配もしない。まだ周辺には誰も来ていないようだ。
本来ならばこのタイミングを利用して、一刻も早く帰りたいところなのだが、
「そう……今後、スプトン王国側が……活動しにくくなれば……その、原因を作った私は……殺されることになるでしょう……。そうすると、最悪……ペアを組んだ貴方にも、影響が……出かねない……」
「――!」
やはり。ペレットは、顔を強張らせる。
つまり、今学校へ帰還するということは、死ぬことと同意義なのだ。
もちろん、可能性であって100パーセント確定した未来ではないが、それでもこの戦時下の苦しい中で大戦犯をすれば、王国側の気はちょっとやそっとの処罰を下すだけでは収まらないだろう。
原因を作ったセレーネを殺し、彼女とペアを組んでいたペレットも殺し――それで王国の気が住むかどうかはわからないが。
とにかく、戦時中で神経質になっている今のスプトンの裁量なら、2人とも殺されてしまう可能性は非常に高い。
「……だから、どうしようもないの。どうしようもない、状態にしてしまったの。……ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
目を伏せて、弱々しく謝罪をするセレーネに、ペレットの息が詰まる。
ここにいれば先程の議員や、その仲間が戻ってきて死ぬ。学校に帰れば、この戦争に大きく悪影響をもたらした原因として処理されて死ぬ。しかもどちらにせよ、元凶はセレーネのみで、ペレットは関わっていなかったというオチつきだ。
選択肢が目の前に2つあるのに、どちらを選んでも結末が死、だなんて、そんなことがあってよいのだろうか。
あまりの衝撃に嘆きの溜息も、怒りの言葉も発することが出来ず、ペレットはただぼんやりとそんなことを考えて、
「……俺、は。まだ、死にたくない、です」
そんな、情けない言葉が溢れた。
そう、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。規模が大きいだけの、くだらない喧嘩のために死ぬ――なんて、誰が何を言おうと御免である。
自分の命は自分のものだ、一生王国に握らせるわけにはいかない。今はこうして国に首輪をつけられ、道具のように操作される身だが、必ずやこの鎖を断ち切る。そう、決めていたのだから。
「……それに。同じくらい、貴方のことも死なせたくない」
「……え?」
罪悪感に沈んでいた顔を上げて、セレーネは心底驚いたような表情を浮かべる。
その手前、ペレットは片膝をつきながら、
「だから……どっちも死なないために、あと、もう少し……粘ってみませんか? アズネラさん」
「ねば、る……って……」
「幸い、この議会場にはディエツ連合国の首脳が集まっています。ですから……俺達で、狩れる限り狩り尽くしましょう、今ここで」
王政ではないディエツ連合国は、1人の
そんな中で重職に就いている人間が欠ければ、新しく後継者を決めるのに時間を割かれ、ディエツ連合国も戦争どころではなくなるだろう。
元々はスプトンがディエツに特殊暗殺者を潜り込ませている、ということがバレないようにと幹部の殺害は避けてきたが、スプトンからの干渉が今回でバレてしまった以上、もはや気にすることは何もない――。
「――セレーネさんが、貴方の姿を見た男を逃してしまったことで……加点はもちろん免れないでしょう。でも」
その分、減点をしてもらえるように。
王国側に、『生かしておいた方が都合が良い』と思ってもらえるように。
「生き延びるために出来ることは、あるはずで。諦めるのはまだ、早いと俺は思うんです」
「……イェット、マン、さん」
「アズネラさん。俺は、俺以外のモノの都合で死にたくありません。いつか……いつか、必ず。自分のために生きて、自分のために死にたい。そして貴方にも、国の都合なんかで死んでほしくないんです」
生まれた時からほぼ、ペレットはスプトン王国のために身を削ってきた。
けれど、それは今を生きるためで。決して愛国心だとか、そんなボランティア精神でやってきたわけではない。
いつか手に入れる自由のために、今を生き抜くために隷属してきたのだ。
今は情報も制限されていて、外の世界のことなどほとんど知らないが、それでも外の世界には自由があるとペレットは知っている。戦争のない、穏やかな国があることを知っている。
そこでは1日5時間以上寝ても、街へ出かけても、誰にも怒られないということを知っているのだ。その自由を手に入れるためには、どんな手を使ってでも、今を生きなくてはならない。
そして、ペレットがいつか自由を知る日。その隣には、同じように過酷な日々を乗り越えてきた、仲間が1人でも多く居て欲しくて。
「だから……お願いです、アズネラさん。俺と一緒に、今を生きてください」
「――」
「共に議会場を襲撃しましょう。……あ、いえ、アズネラさんは負傷してますから、もちろん、俺が主体で攻撃します。アズネラさんは援護を……あの、その」
怪我人であり、しかし罪悪感を抱えている彼女になんと言葉をかけるべきか、わからなくなって混乱するペレット。ついに言葉が続かなくなり彼が口籠ると、セレーネはそんな少年を心底おかしそうに、しかし優しい眼差しで見つめて、
「――わかったわ」
「……!」
「どうせ、この怪我も自業自得なんだし。貴方に任せっきりにするのは、流石に気が引けるから……私も、やれるとこまでやるわ」
そう言って彼女は、腹の辺りを抱えながらゆっくりと立ち上がる。
実際はまだ激痛が続いているようで、腰を曲げた瞬間に歯噛みする音と、鋭い息がセレーネの口から漏れ出る。しかし、助けようと差し伸べたペレットの手を、静かに首を振って彼女は拒み、
「……本当に、巻き込んでしまってごめんなさい」
少年の瞳を見据えながら、複雑そうな表情をして謝った。
「それから、私……自分のために生きるとか、まだよくわからないけど。でも、今は貴方のために生きてみるわ。どうか、私に贖罪をさせて。手伝えることはなんでもするから」
「えっ、いや、そんな……良いですよ。今回のことはもう。たまたま貴方が悪いくじを引いただけで……きっと、あの男も特別強かったんでしょう? 上級議員ってアズネラさん、さっき言ってたじゃないですか。それに俺だって」
「――いいえ、貴方は気負わないで頂戴」
「……」
「確かにあの男は強かった。でも、勝てなかったのは私の問題。それに、贖罪の意味も兼ねようと思っているけれど、貴方にはただ純粋に、幸せになってほしいと思ったの。だから、貴方を手伝うことは私の自己満足よ」
そう言い切られ、ペレットは反論の言葉を失う。
本当はもう1度考え直させて、自分のために生きてもらうべきなのだろう。
ペレットも、直前まではその気でいた。けれど、それも――翡翠に輝く瞳を見ていたら、いつのまにか霧散してしまった。
なんだか複雑な気持ちになりつつ、ペレットは諦めたように息を吐き、
「……わかりました。それが、貴方の生きる意味になるんだったら、ぜひ。でも、そのうちちゃんと自分のために生きてくださいね?」
語気を強くして、言葉を紡ぐ。
「えぇ、わかったわ。……ごめんなさいね、不器用な女で。でも、ありがとう」
「いえいえ。……じゃ、行きますよ、アズネラさん。反撃をしに」
たんと軽く床を蹴って、広げた転移陣を抹消するペレット。彼の言葉に翡翠の少女は、少しだけ泣きそうな顔をして『えぇ』と柔らかく微笑んだ。
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