番外編『ペレット=イェットマン生存録』①

 約16年前、ペレットはウェーデン王国のとある町に生まれた。


 詳細に言うなら、若い男女の、些細な過ちから


 しかし出産を予期していなかった男女は、意図せず出来てしまった赤子の扱いにとても困った。遊び半分で付き合っていた彼らには、子供を育てる覚悟などなかったし、育てる余裕もなく、何より面倒臭かったのだ。


 だから彼らは、生後2週間の赤子を、ペレットを路地に置き去りにした。


 置き去りにして、『何もなかった』と気持ちをリセットしたのである。


 ちなみに捨て置かれた当時のペレットは、弱っていたところを街の人間に見つけられ、警察に通報され、巡り巡ってウェーデンの病院に運ばれたのだが――。


 当時は前代国王も存命で、非常にまともな国として機能していたウェーデンは、いかんせん孤児への対応だけが致命的に遅れていた。


 そのためペレットは、海を隔てた近隣国である『スプトン王国』(当時は共和国では無かった)に孤児として送り込まれることになり、約2年間、王国の孤児院で特に問題もなく育てられていた――の、だが。


 ペレットが2歳になったある年、デルガ王国・スプトン王国・ディエツ連合国からなる『中央三国さんごく』の中で亀裂が生まれ始めていた。


 ひょんなことからディエツ連合国が、ロイデンハーツ帝国から大量の鉄製武器を輸入していたことが判明し、その際、他2ヶ国が真っ先に『ディエツ連合国が中央三国の支配を計画している』と疑いをかけたのだ。

 (実際の連合国の狙いは、他国への牽制程度に武力を保持しておこう、というものだったのだが、弁明するには中々厳しい状況であった。)


 しかし、まだこの時は両王国とも理性があった。


 もしかしたら何かの間違いかもしれない、と考えた2つの王国は、各国の首脳が集まる『国際議会』を通じてディエツ連合国に意思を確認することにしたのだ。


 だが、そこでディエツ連合国の代表は『プライバシーに関わる問題であるため、我々は黙秘する』と有耶無耶な回答をしてしまい、それが更なる混乱を招いた。


 結果、両王国は連合国の真実を探るためスパイを送ることにしたのだが、内部を探られていることを知ったディエツ連合国は激怒。


 これをきっかけに、後に『不信戦争』と呼ばれるディエツ対デルガ・スプトン間の戦いが開始し、スプトン王国は戦闘能力を備えた密偵、又の名を『特殊暗殺者』と呼ばれる戦力の長期的な育成のため、

 ペレットを含む孤児院の子供を全てスプトーラ学院――通称、『暗殺学校』に強制入学させたのであった。





 色んな場所から子供が集められ、初期は300人もの『学生』がいた。


 しかし流石に、300人の子供を同時に育成するだけの費用はなかった。


 そのため、対象年齢ごとに合わせて考案された入学試験で全員をふるいにかけ、才能があると判定された者はそのまま在学が決定。才能がないと判定された者は、工場に送り込まれたり、殺されることで国から処分されていた。


 ――幸い、というべきなのか。


 ペレットは、『空間操作』の能力を保持していた事を評価され、生き残った。


 突出した頭の良さや、類い稀なる運動神経を証明できなくとも、強い能力を保持していれば処分されることはなかったのだ。(まだこの時は面識がないが、そうした方法で生き残った者の中には、当時3歳だったセレーネも居た。)


 入学試験の結果から、戦闘と工作を担当することが決まったペレットは、それから9歳になるまで基礎体力づくりや古代ウェーデン文字・算数・機械工学の習得を主に必死に訓練ノルマをこなしていた。


 ちなみに古代ウェーデン文字は当時から廃れかけており、世界的に見てもこの文字を解読できる者は非常に少なかったため、同じ組織のメンバー間での暗号としてスプトン共和国が推奨していたのだ。

 北東語の読み書きが出来ないペレットが、古代ウェーデン文字を読めるのはこのためである。


 なお、この時には育成システムとして『加点法』が導入されており、成績が悪い者には罰点が加算され、ある一定に達すると『処分』されてしまうというシステムが作られていたため、当時の生存者は皆必死で加点を逃れようとしていた。


 (処分の方法は入学試験と同様に工場送りであったり、殺処分であったり、はたまたは戦地にいる兵士の性処理役として送り込まれたり、負傷兵への臓器提供であったりと多種多様であった。)


 そして10歳になると、本格的な勉強や戦闘が始まった。


 人体の急所を実際に捕虜を使って学んだり、3人1組を作ってペイント弾を使用した模擬銃撃戦を学生同士で行ったり、今までの訓練よりも遥かにハードなものを強いられるようになったのだ。


 ――余談だが、ペイント弾を使った模擬戦は15回行われ、最も成績の悪かったチームは『処分』されてしまうため、この模擬戦は間接的に『今まで共に、必死で生き延びてきた同期の仲間を殺す』という戦いであった。





 ざぁざぁと、雨が森の枝葉を打つ音が続いている。


 ここは、演習場として使用している裏山だ。ただっ広く、複雑な地形をしているので模擬戦闘には最適のフィールドである。


 しかし今日は、生憎の天気だった。地面はぬかるみ走りにくくなっており、雨音のせいで敵の足音や息遣いが全く聞こえないので、参加している生徒達はみな普段の倍、神経をすり減らしていた。


「――」


 1人、苦々しい表情を浮かべたペレットは、木の太い枝に腰を下ろしながら、雨で濡れた頬を拭った。


 今日は7回目の模擬戦闘。既に2人のチームメイトは脱落していて、あと1人、ペレットが撃たれてしまうとポイントが加算されてしまう。彼のチームは現状、最下位からはそこそこ遠いが、それでも油断は禁物である。

 今後どうなるかわからない以上、勝てるところで勝たなければいけないのだ。


「クッソ……」


 ペレットは強く歯噛みすると、ミリタリージャケットの胸ポケットから、ペイント弾が数十粒入った透明な筒を取り出して、抱えていた専用ライフルに補充した。


 カチ、と筒がセットされた音。それを合図に、座っていた枝から飛び降りる。


 演習場に、残り何人いるのかはわからない。でも、終了のアラームが放送されていないということは、まだどこかに敵が残っているのだ。

 それを絶対に見つけだし、殲滅しなくては。


 ペレットは考える。


 時間経過的に、現在の人数は多く見積もっても、開始時の半数くらいのはず。


 つまり仲間を失い、単独で行動せざるを得なくなった生徒が増えてくるはずで、チームメイトの喪失により減少した『警戒の目』を補うために、彼らは出来るだけ高く、安全な場所を取るはずなのだ。


「――!」


 木の幹にぴたりと背を這わせながら、少しだけ顔を覗かせるペレット。そして彼は遥か上、遠くの岩陰に身を潜めている影を見つけ、紫色の目を細める。


 あまりに距離が遠く、また存分に気を張っていなければ見つけられないほどカモフラージュが効いていたので、隠れているのが誰かの特定までは出来ない。だが、体格の大きさから3人にまで絞ることが出来た。


「ベラーモンか、ユーゴフか……レイアの可能性もあるな」


 全員、身長170センチ以上で、長距離射撃の天才である。

 だから相手がこの中の誰であろうと、今ここから普通に上がっていけば距離を詰める前に気づかれて狙撃される可能性が大だろう。


 しかし幸いペレットは、『空間操作』使いである。


「――!」


 空間操作・発動。


 ペレットは大地から敵のいる地点の上空へと一瞬で飛び上がり、重力に引き寄せられながら、岩陰にうつ伏せて隠れている人物へペイント弾を発射した。


 だが、急激に近づいたことで気配を察知され、標的の人物は地面を叩いて跳ねるように腰を捻り、すんでのところでペイント弾を回避。弾が弾け、地面にライトオレンジのインクが広がる。


 そしてそいつは、落ちてくるこちらへ専用ライフルを構えた。


「くっ……」


 相手は運の悪いことに、時間を2秒だけ停止する時使い――ベラーモンだった。


 ペレットは、少し苦しげに眉根を寄せ、空間を再び動かす。


 すると瞳が淡い紫色に輝き、空間がぐいんと歪んだ。落下していたペレットは真横へスライドするように瞬間移動をし、ベラーモンの銃から撃ち出されたオレンジ色の粒が直後、射線から逃れたペレットの耳のすぐ傍を走り抜けていく。


 ひとまず攻撃は回避。しかしペレットの思考速度は、一向に緩まない。


 着地するその時、その瞬間は、向こうからの狙いが定まりやすくなるのだ。


 だから、


「ふ……っ!」


 ペレットは銃を空高く投げ出した。


 投げ出し、足から着地し、遅れて重力に引っ張られてきた上半身の重みを両足に感じると刹那、膝をバネにして後ろへ大きく跳ね、バク転。


 今度は手から地面に到達し、そこから更に半回転。

 視界に映る景色は目まぐるしく変わるが、その間に乱射されたペイント弾を、ペレットは全て上手く避けていた。


 最後に、ペレットは再び足から着地すると、先程投げ出して現在落下中の銃を右脇の下に呼び出し、ペイント弾を数弾発射。

 これは流石に当たるだろう。そう予感していたが、ベラーモンは次の瞬間、右へ30センチほど立ち位置をずらしていた。


「ッ……!」


 やられた、時間停止だ。ベラーモンは、自身の持つ『時間停止』の能力で2秒間の時間停止をし、その間に1歩横へ移動したのだ。


 だが、ペレットは攻めの姿勢を崩さない。歯を噛み、右手を前へと突き出すと、遠近法を利用してベラーモンを手中に包み込むかのように拳を作った。

 その瞬間、どこからともなく現れたナイフがベラーモンを包囲し、


「――ッ!?」


 目を見開くベラーモン。

 その手前、ペレットはナイフの刃と刃の隙間を狙ってペイント弾を発射した。


 衝突した瞬間ぴしゃ、と弾が弾け、迷彩柄をしたベラーモンの訓練着が蛍光オレンジのインクで汚される。それを霞みかけの目で確認して、能力の酷使で体力を絞り切っていたペレットは気絶する様にひっくり返った。


 数秒後、訓練終了のアラームが訓練場に響き渡った。

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