第103話『馬と鹿と酔いどれの大騒ぎ』

 それから2日後の12月サジタリウス11日。

 ブルーノ国王の命令により、オルレアス城内で小規模な宴が開催された。


 小規模、といっても料理の種類と量が少なく、1人あたりの飲酒量も制限が設けられただけで、物置部屋に眠っていた旗飾りや造花、風船など費用のかからないものは盛大に飾りつけられ、空間を彩るために絶賛活躍している。


 それから同じく金銭問題で、外部からダンサーや曲芸師といったパフォーマーが呼べないということで、見せ物は全て自分達に出来る特技を見せる、ということになった。しかし、そこで誰よりも先に名乗りを上げたのがとんでもない人物で、


《エントリー・ナンバー1番。ブルーノ国王陛下です!!!》


 さる兵士の司会進行により、まず最初にブルーノ国王がステージに立つ。

 今日は流石に場を考えたのか、服を着用しているようだ。国王がパフォーマーとして立候補したことに対してか、それともしっかり服を着ていることに対してか、とにかく会場がざわめいた。


 そのざわめきの中には、ジョッキを片手にげんなりとした目をステージに向けるギルと、隣の席でパンプキンパイをかっ食らうジャックの声も混じっており、


「うっそだろ……一応あのヒト王様じゃなかったか?」


「んやー、ギル。世界は自由なんだヨ。あの王様にもパフォーマンスをする権利はあると思うゼ〜? ……誰だか知んないケド」


「あれは……とにかく、やべーやつだ。ただでさえ何をしでかすかわからねェのに服を着てるのが余計怖ェんだよな……突然脱いだりしなきゃァいいが」


 と、発言からフラグの匂いがするのを自覚していると、やがて広間の照明が落とされ、観衆は水を打ったように静かになる。真っ暗な静寂の中で、工作課の処理班員たちがデカい機材を抱えてこそこそと動いていた。


 パッ!


 突然、国王の頭上がステージの四隅から照らされた。その光源は工事現場か撮影地で使われていそうな、三脚で固定された大きな業務用ライトだ。そして、4つの光がぶつかり合うそこへ、何故か天井からミラーボールが伸びてきて――


「ミュージック、スタートだ」


 天井にいつのまにか取り付けられたスピーカーから、男性アイドルの曲のイントロが爆音で流される。国王はキレキレのダンスを始めた。


「ブッッッッ! ま、マジで……!?」


 ビールを噴き出したギルを筆頭に、観衆達はどよめく。だが、喧騒の元凶は1ミリも気に留めず、曲に合わせて複雑な動きを繰り出していった。


 そして観衆の心は、次第にエネルギッシュな彼の踊りに魅了されていく。


《♪〜止めどない この気持ち アツく震えるMy Heart》


 ――湧く観衆、虹色に輝く会場。全員の視線を釘付けにする国王。


 間違いなく、この時この瞬間の主役はブルーノ国王であった。


 曲中の難関であるブレイクダンスすらも易々とこなし、紫陽花あじさい色のおかっぱ髪を魅惑的に靡かせ、七色に煌めく汗を周囲へ飛ばす。間奏中にはダンスで乱れた髪を掻き上げて、女性陣のハートに矢を立てた。


 ――そういえば、普段の奇行に隠れて忘れがちだが、奴は『美麗』と名高い国王ブルーノなのだ。そう、誰もが再認識せざるを得ないパフォーマンスだった。


 やがて曲はクライマックス――ラストのサビ前に来て国王は、


《♪〜君の前では 僕の全てを 見て欲しいんだ》


「〜〜〜〜!?!?!?!!!!!!?????!!!」


 服を、投げた。

 明らかに何枚か重なっている衣装を、軽々と放り投げて身軽になったのだ。


 一糸纏わぬ、いや正確にはパンツ一丁のあられもない姿に、会場は沸き狂った。男性陣は一体どんな感情なのか雄叫びを上げて、女性陣は歓喜なのか絶望なのかわからない悲鳴を上げる――。


 理解に苦労を要する光景に、呆気に取られていたのはギルだけではなかった。


「な……なんですかこれ……」


 別地点で、大地を揺るがす悲鳴に置いてけぼりにされていたのはノエルである。自分がかつて夢見た外の世界はこんなにも混沌カオスだったのか。彼女が何か虚しさのようなものを感じ取っていると、そこへ配膳係のミレーユがやってきた。


「あっ、ノエルちゃん。オレンジジュースいりますか?」


「え、あ……いります、ありがとうございます」


 ノエルはコップを受け取って、とりあえずくーっと飲み干すことで自分を落ち着ける。


 しかし相変わらず、目の前では紫髪の国王がほぼ全裸で踊り続けていた。悪夢は未だ終わらないようだ。あんなのが国王でいいのかと頭を抱えるが、周囲の人間はすっかり適応しておりまるで自分の方がおかしいような感覚にとらわれる。


 と、


「――あっ、そういえばなんですけど!」


 ふと何かを思い出したらしいミレーユが、空になったコップをノエルから受け取りながら口火を切る。


「? はい、なんでしょうか」


 目を瞬かせるノエル。一体なんの用件だろうか。

 まさか自分にもあの国王のようなパフォーマンスを要求するわけではあるまい。ノエルが警戒していると、青髪の少女は申し訳なさそうに目を伏せて、


「ここで言うのもどうかな、って思ったんですけど……実は、ノエルちゃんにしか出来ないお願いがありまして……」


「お願い……ですか?」





 その後も、宴会は波乱万丈だった。


 例えばシャロが女性ロックシンガーの歌を歌ったと思えば、ミレーユとノエルがゲリラで参加させられ、しかし2人とも世間知らずで知っている歌がなかったので『鹿の子(アンラヴェル民謡)』を歌って会場を沸かしたり。


 くだんの呪術師の青年、イヴが書いたショート脚本を基にフィオネが演じたり、リリアと助手のギル・ジャックによるマジックショー、他にもマオラオとノートンによる神楽の舞などが行われ、宴会は大盛り上がりであった。


 そして、約15分間の小休憩が途中で挟まれたのだが、


「ギィィィルきゅ〜〜〜ん!!!」


「近寄んなクソアマ!! マジで!! その気持ち悪ィ手つきをやめろ!!」

 

 あるところでは、身体を張ったマジックショーを終えて汗だくになっているギルの若々しい肉体を狙い、猫のように目を輝かせたリリアが暴走機関車さながらの勢いで追い回していたり。


「てェッめえ、女の子ってえのは『ロング』に決まってんだろーがよぉ!」


「うるせェーッ古典的クソジジイ! オレはショート派なんだヨォ!」


 あるところでは飲んだくれているジャックとレムが、『好きな女子の髪型』という些細なテーマで言い争っている。


 否、彼らにとってはとても重要な話なのだろう。『やるかぁ!?』と何故か怒りながら双方立ち上がるが、相当酔いが回っているようで立ち上がった瞬間どちらもひっくり返って動かなくなった。


 更にあるところでは、


「……あの、フィオネ?」


「たべてちょうだい。アタシ、トマトやだわ」


 ほろ酔いでじんわりと頬を紅潮させているフィオネが、ピザのトマトをいちいちフォークで刺し、隣に座るノートンの皿にのけている。だんだんと積まれていくトマトの山に、酒に強く知性を保っているノートンはただ困惑するばかりだった。


 総合して、それらを遠目に眺めているのが、


「アイツらほんまに酔っとんなぁ……あ、ギルがリリアさん撒いたっぽいで」


「えっ、リリアさんって撒けるんですか……!?」


「ふっ、『あの裏ボスって倒せるんですか』みたいなノリで聞くんおもろいな」


 ビール3杯目にして全く酔う雰囲気を見せていない酒豪マオラオと、この宴会でビールの配膳役を担っていたフラムだ。


 ちなみにフラムは酒に弱く、すぐに潰れてしまうので自重中であった。


 一方のマオラオは『酒好き』というほど好きなわけではないが、国家予算の捻出が抑えられているため出されている宴会料理が少なく、手持ち無沙汰を慰めようとした結果ここまで進んでしまった次第である。未成年の自覚はもはやない。


「オレも何回かあン人に服脱がされかけたけど、一線越える前に全部逃げれとるから、死ぬ気で頑張ればなんとかなるもんやで」


「マオラオさんのあの足の速さで『死ぬほど頑張って』ようやくなんですか……道理で僕が勝てないわけだ……あっ、いえ、脱がされたことはないですけど!」


「おーん? 脱がされたこと『は』かぁ。ってことはそれ以外に何かあった……ってことやんな? ほら、話してみぃや……」


 綺麗過ぎて逆に気持ち悪いような、満面の笑みを浮かべて迫るマオラオ。

 『何があったん』とニコニコ顔のまま尋ねれば、フラムは意味深長に身体を硬直させてぶるぶると首を横に振り、


「なんも! ないですよ! ……あっ、丁度良いところにシャロさんが!」


「またそう言うて、嘘ついたって逃さへ……」


「うぇへ〜い、まお〜」


「ほんまにおるやん!? しかもめっちゃ酔っとーやんけ、あかんこれはほんまにあかん……ちょっとフラム、元いた場所に帰してきぃや……って、フラム!?」


 いつの間にか消えたフラムに、季節外れの汗をだくだくと流しながら周囲を慌てて見回すマオラオ。しかしどれだけ探しても見えるのはギル、レム、ジャック、フィオネ……どこにもフラムの姿はなかった。


 代わりにいるのは、赤らんだ頬でひっく、としゃっくりを繰り返しながらへにゃへにゃの笑顔で近づいてくるシャロだ。

 一体どれだけ呑んだのか、かなり酒臭い。自称『スーパーウルトラ可愛いみんなのアイドルシャロちゃん』にあるまじき臭さである。


「お前、はっ、どこいってん!? ……まさか、さっきの分身やったん――」


「まーお、構って〜〜!!!!! ……ひっく、うへ」


「いっ、嫌や! 酔っとるあんさんと一緒におったら寿命縮まんねんから!」


 既に良いように弄ばれる未来を幻視して、マオラオはその場から逃走。しかしどういうわけか捕まって好き放題された挙句、シャロの嘔吐騒動で15分休憩が延長されたのはまた別の話である。





 騒がしい広間をこっそりと抜け出して、ギルは明かりのない廊下を進む。


 今は窓から差し込む月光だけが頼りだ。冷たい空気が張り詰める空間に足音を響き渡らせながら、ギルは『約束の場所』に向かった。


「……ここか」


 とある扉の前で立ち止まると、ギルはその扉を押し開ける。

 すると隙間からオレンジの暖かい光が漏れ出して、完全に開け切ると、少し埃っぽい匂いが鼻先に触れた。――図書室だ。


「時間はあってるはずだが……どこに居んだ?」


 図書室の明かりがついている、ということは既に約束の相手はここに来ているはずなのだが、今はその姿がどこにも見当たらない。――仕方ない、とギルが捜索を進めて数分。その人物は見上げるほど高い位置で発見された。


「……危なくね?」


「い、いえっ、慣れてますから、へへっ」


 そうはにかむのは藤色の髪の青年、イヴだ。先日の模擬戦闘でギルらがお世話になった呪術師の処理班員くんである。たった今彼は、高い位置にある本棚をとるためにボロボロのはしごの上で必死に腕を伸ばしている最中で、


「あっ、とれ……うわっ!?」


「だぁから言ったろーが!!」


 お目当ての本の背表紙に指が触れた瞬間、はしごが横に倒れてイヴが落下。走り寄ったギルが受け止めるが、運悪く頭にはしごが直撃しギルは白目を剥いた。


「あ、あぁっ、すみません!!」


「……良いから、早くやろうぜ。教材ってのはこれでいいのか?」


 年上のはずなのに随分と小さいイヴの身体を下ろすと、落下と一緒に落ちてきた本を拾い上げるギル。ぱらぱらと捲っても何が書いてあるのかわからないが、並べてある文字のシンプルさから子供向けの本であることはわかった。


「は、はい。これで北東語の勉強をしましょう」


 イヴははしごを立てかけ直すと、残りの落ちた本も掻き集めて閲覧テーブルの方に向かっていく。ギルはぶつけた箇所を撫でつつ、それを歩いて追いかけた。


 ――どん、と机の上に本が数冊置かれ、ギルは若干怯む。

 確かに模擬戦闘の後でこっそり、イヴには『北東語の文字を教えてくれ』と頼んだが、まさか最初からみっちり叩き込まれるとは予想だにしていなかった。


「それって今日のノルマか……?」


「いや、やっぱり勉強って『好き』って感情がないとやってられないと思うので、この中から好きそうなお話をギルさんに選んでもらおうと思って……えっと、まずこれが『しろがねの乙女』でこっちが『赤の女王』」


「は、はァ」


「これが『龍王国物語』でこれが『夜明けが来る』……どれにしましょう?」


「……じゃ、オメーを転倒させたコイツで」


 ギルは、赤い背表紙の本を手に取る。


「『赤の女王』ですね、わかりました。では、この物語の1行目に出てくる文字を僕が書き出しますので、ギルさんは1文字1文字、発音しながら何度も同じ文字を横に書き連ねていってください」


 そう言ってイヴは本を開くと、宣言通り1行目に書かれた文字全てをノートに書き写していった。横長のページに対して、縦に文字を並べている。


「……はい、書けました、どうぞ。上から『あるところに、おさないしょうじょがすんでおりました』です」


「へいどうも。えー、『あ』……あ、あ、あ、あ、あ」


 何度も発音をしながら、イヴが書いた『あ』と読むらしき文字の横に、同じ形を書き連ねていく。とはいえギル的には今のところ、古代文字の書き写しとそれほど気分は変わらなかった。


 ――実は、『文字を勉強しよう』と思い立った理由は、マオラオにあった。


 普段、監視の仕事や現場任務で何かと忙しい彼であるが、北東語が喋れるようになってもその勉強意欲は失われず、最近はなんと暇な時間をほとんど当ててまでして読み書きの勉強をしているそうなのだ。


 ちなみに、アルファ文字(およそ平仮名にあたる)はもう習得したという。今は次の段階に移り、ベータ文字(およそカタカナにあたる)を覚えている最中らしい。


 どうしてそんなに勉強するのか、とある時ギルはマオラオに聞いた。

 すると彼はこう答えた。


『最近は識字率もよう上がっとるし、いずれ文字が読めることが当然って時代が来ると思うんよ。そのうちこの仕事も、文字に頼ることが増えると思う』


『そん時、文字が読めんかったら仕事にも支障が出るかもしれへん。浅慮せんりょ、怠慢。そないな理由で、今まで習うチャンスならなんッ――ぼでもあった文字を習わんかったことで、誰かの足を引っ張るようなことはしたないねん』


 至極真っ当だった。ギルは感化され、しばらく文字を習うことを考え続けた。

 しかし文字を読める人間はいても、根気強く教えてくれるかつ、そこそこの暇を持て余しているという両方を兼ね備えた人物が今まで周りにいなかった。


 いや、居るには居るのだ。フラムという名前の獣人の青年が。しかしその青年は既にマオラオの講師役を務めていたから、そこに自分も混ざって『教えてほしい』とは言えなかったのである。


 だから諦めかけていた。でも先日、ああしてイヴと出会った。


 イヴは言葉のスペシャリストだ。南西語も北東語もマスターしており、聞けば今までにも南西大陸や、南西語も北東語も使わない独自の言語がある地方出身の処理班員にも北東語を教えてきたという。


 これ以上に適役な人材はいない。そう思って、ギルはイヴに講師役になって欲しいと頼み込んだのである。そして快諾してもらい、約束を取り付け、こうして勉強を見てもらっているわけだが――。


「なぁ、イヴ。お前、なんで俺の頼みを引き受けてくれたんだ?」


「……」


「俺が言うことじゃあねェけど、お前にメリットねえだろ」


 ペンを止めて問いかけると、イヴは口をつぐんで黙り込む。

 その目元は紺色の帯で隠されていて見えないが、ギルにはなんとなく悲しげに伏せられているような気がした。


「……実は、黙ってたことがありまして」


「あぁ」


「本当は……下心があって引き受けたんです」


「下心ォ?」


 素っ頓狂な声で繰り返すと、イヴは『はい』と力なく呟き、それからギルの講師役を引き受けた理由についてぽつぽつと話し始めた。


「実は俺、処理班の中でいじめられていて。戦闘員の癖に凄く弱くて、なのにノートンさんやリリアさんに良くして頂いているから、『なんでお前が』って言われるんです。それが物凄く悔しくて……だから、」


 勉強を教える代わりに、イヴは剣術をギルから教えて貰おうとしていた。


 しかし下心があって引き受けたと知られたら、一体ギルにどう思われるか。処理班員の中でもよく尊敬の対象になっているギルに嫌われるのは怖かった。だから本音を言い出せないまま、彼は引き受けてしまったのだという。


「んだ、そんなことなら最初っから言やァいいじゃねーか」


「やっ、でも……」


「んなもん下心のうちにも入んねーよ、ただ俺がお前に対価を支払うだけだ。……っあー、フィオネの癖が移っちまった、くっそ」


 『とにかく』と仕切り直し、ギルはペンを持ったまま人差し指を突きつける。


「明日からやるぞ、訓練。始める時間は未定、明日の俺の気分次第で変わっから」


「はッ……は、はい! ……はい!?」

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