第101話『魔女に魅入られた本当の理由』
翌日の午前11時。
オルレアス王城1階の円卓の間にて、2回目の会議が行われようとしていた。
出席している人間の数は前回よりも多い。国王や重役、フィオネ・ノートン・リリアといった通常メンバーに加えて、ミレーユ・マオラオ・レム・フラムの4名も何故か呼び出され、円卓の座に連なっている。
しかし見ての通り小心者ばかりなので、レムを除いた新規参加勢の3名は、荘厳な会議の雰囲気に恐れ慄いていた。そんな彼らに気の利いた配慮がなされることは勿論なく、国王ブルーノの言葉で会議は冷たく動き出す。
「今回の議題は『
「はっ。昨夜、戦争屋インフェルノ事後処理班所属『情報課』と『監視課』が中央大陸南部『スプトン共和国』の森林地帯にて教団『ヘヴンズゲート』の拠点とおぼしき建造物を確認いたしました」
「……!!」
空間に驚愕が走る。この短時間で拠点を割り出したというのか。重役達の表情に関心や懐疑が滲むのを横目に、ノートンは手元の書類に視線を走らせた。
「教団構成員――以降、名を〈白装束〉とする、その名の通り所属の証である装束を着用した人物の出入りも複数確認しています。そのため我々は次の段階に移り、直接的に人員を送り込んでの『偵察』を行うべきと考えます」
「直接調べねえとわかんねーこともあるからな。そして、偵察班のメンバーは事前にアタシが考えた。それが今日トクベツにお呼びしたこの4名、そしてノートンとあたしの6人だ。人選の意味は……わかるか?」
『なぁ、オノヴェー兵士団長』と言いながら、リリアが向けた瞳の先に居たのは若々しくも威厳のある男性だった。年齢に不相応のその貫禄は、彼が積んできた自己研鑽の日々の賜物なのだろう。
しかしリリアに話を振られた彼は、若干嫌そうに顔を歪めた。
リリアに話しかけられると嫌がるのは、会議に参加する重役あるあるだ。そうでなくとも真面目で努力家な彼にとって、不真面目な癖をして仕事をさせれば完璧にこなす嫌味な存在であるリリアには苦手意識があるらしい。
男性、オノヴェー兵士団長は普段なら居ないはずのメンツの顔を見て、そこから推測できる『人選理由』を深く思考する。
「マオラオさんは、『監視者』をお持ちだから。それ以外の方々は、目や耳や鼻がよく利く獣人族だから……でしょうか」
「ピンポーン! やれば出来るじゃねえの!」
「――と、オノヴェー兵士団長の仰る通りです。肝心な偵察期間は様子見も兼ねて7日後になっていますが……」
「……の前に。おめぇさんら」
ノートンの言葉に被せるようにして、今まで寝ぼけ眼で話を聞いていたレムが会議の渦中に割って入る。円卓の全員の目が熊のような体躯の男に向き、男は盛大な欠伸をかますと目を擦って、
「俺は事前説明されてねえが、兄ちゃんや嬢ちゃんらには説明されてんのかぃ? 特に青髪の姉ちゃんと犬の兄ちゃんよぉ、納得いってねえのに口出しすんのも怖えからさっきからずーっと困ってんぜぃ?」
「あ……」
しまった、というようにリリアが目を見開いた。
*
処理班における仕事の振り分けは、緊急の事態も多いため事前説明なしに突然行われるのが常になっている。そのやり方で脳が麻痺していたリリアは、フラムとミレーユが一般人寄りの人間であることを完全に失念していた。
「す、すまねえ! 納得できねぇってんなら降りてもらっても構わねー、フラムきゅんはそもそも戦いには関わらないのが前提だし、それは偵察においても言えねえことはねえ。ミレーユちゃんはまだ合否が出ていない以上、断ることもできる」
「あのー、オレも処理班じゃないんやけど、断る権利ってないんやろか……」
「マオラオきゅんは自分で身ぃ守れんだろ、それに『監視者』は必要不可欠だ」
「悲しい……」
がくりと肩を落とすマオラオを横目に、レムがくぁぁと欠伸を噛み殺す。
――重役達の視線はレムから、ミレーユとフラムの2人に移された。
鋭い目や品定めをするような目にじろじろと眺められ、ミレーユは思わず竦む。自分達の返事待ちなのだろうが、引き受けますと言う勇気も、断りますと言う勇気も生憎持ち合わせていなかった。
そしてそれはフラムも同じだったようで、救いを求めてフラムに視線を流すと、彼も彼で全身を硬らせていた。
そんな中ただ1人、我関せずと言ったように書類を眺めているのがフィオネだ。
まるでこれからの先行きを知っているような落ち着きぶりで、軽く目を通すことすらも嫌になりそうな分厚い紙の束を捲っている。
紙の1枚1枚には前回の会議から今回の会議までの間、情報課と監視課がどのように動いていつどんな情報を手に入れたのかが記されていた。
「……」
よくも悪くもマイペースな様子に、計ったな、とノートンは胸中で呟いた。
彼は既に『
そしてその運命は覆せないと理解しているから、彼は澄ました顔で話題の渦中から距離を取っているのだ。
「あ、あの」
完全に空気が静まり返ったところで、ミレーユが恐る恐る声を上げた。
「どうして私達を選んだのか、お聞きしても……?」
「……はっきり言うと圧倒的な人材不足ゆえ、だな。偵察に慣れてる獣人族の処理班員はそこそこ居るんだが、ここ最近中央大陸全土を調べさせてたんで、みんな過労気味になっちまって……」
額に手を当てて唸るリリアに、『かっ、過労』とオウムになるミレーユ。
確かに妙に拠点の割り出しが早いとは思ったが、早さの引き換えとして情報課と監視課の人員がほぼ潰れたのならば納得はいく。
「挙句、スプトン共和国との関係性を調べるのにも新しく人員を割いたから、こうなるとミレーユちゃん達にも縋らねーといけなくなったんだ。そん時のあたしの脳からはすっぱり『処理班員じゃない』ってことが抜け落ちてて……」
と、言いかけてリリアは『待てよ?』と幼さの覗く顔を険しく歪め、
「おい待て姉貴! いやっ、フィオネ! あたしフラムきゅん借りていいかって聞いた時にあんた、『良いわよ』つったよな!?」
「え? あぁ、そういえば言ったわね」
世間話のような気軽さで返答するフィオネ。癪に触るくらい落ち着いているフィオネの気怠げな眼にリリアはばんと円卓を叩き、
「人選のミスはあたしの責任だが、フラムきゅんの管理が疎かになってるあんたもあんたでどーなん――」
「落ち着いて。未来を視た結果、フラムは偵察に参加をさせる必要があったの。だからアタシは止めなかった、ただそれだけの話よ」
「……偵察に参加をさせる必要があった、だぁ?」
「そう。そもそもフラムを戦争屋に匿ったこと自体、彼を偵察に行かせるために
「は、2年前、から……!?」
その言葉に狼狽えたのは、リリアだけではない。
話題に上がっている本人である、フラムこそが誰よりも驚いていた。
「そう、まだ『革命家』に制御が効いた頃ね。相手が宗教集団であることだとか、舞台が中央大陸であることまではわからなかったけれど、いずれ来る『かつてない大戦争』にフラムを必要とすることを知ったの」
「えっ……死の匂いがするから、面白いからって理由だったんじゃ……」
震えた声音で問いかけるフラム。当然の反応だ。
2年前のあの時、フィオネは一切『戦争に利用する』とは口にしていなかった。ただ面白いから、家事担当が欲しいからとゴリ押しでフラムを説得――もとい強制的に引き入れたのだ。だから自分は今、ここに――。
「面白いから――勿論、それもあるわ。けれどそれは本命ではない。それだけで知識も力もない人間を置いたりしない。本命は、貴方をアタシが視た『大戦争』の地へ送るため。つまりフラム、貴方は絶対に中央大陸に赴かなくてはならないの」
「――ッ!」
フラムはとうとう言葉を失った。
リリアは今にも歯を剥きそうな状態で、しかし卓上に置いた拳を爪が食い込むまで握ることで自分を抑えつけている。フィオネの発言は酷だが、フラムをこの会議に呼んだ自分に原因があるため怒鳴り散らすことが出来ないのだ。
ノートンは表情にこそ出ていないものの、何かよくないものを感じているようでしきりに周囲を観察している。ブルーノはひたすら静観しているが、面白いものの始まりを予感したような顔つきだ。
レムはやはり寝ぼけ眼だが、よく見ると熊耳はぴくぴくと動いていた。
不安を滲ませたマオラオが、誰にも聞こえない声でフラムの名前を呼ぶ。
ミレーユは自分が割って入っても良い結果は得られないとわかっているため、怯えたような表情で自身の胸元を握りしめていた。
「あの……分身を代わりに行かせる、っていうのはダメですか」
静寂を切り拓いたのは他でもない、犬耳を持った青年だった。
声は震え、目は潤んだ跡があり、握る拳にはうっすらと汗が浮かんでいる。誰が見ても彼は無理をしていたが、張り詰めた表情から伝わる彼なりの決意に、誰も口を挟もうとはしなかった。
「――いえ、本体も分身も必要よ」
「……じゃあ、僕はその未来視で、何をすれば……いいんですか?」
「……それは言えないわ。言ったことで変わるものがあるかも知れない。そこで何を行うかはフラム、貴方が選ばなければ意味がないの。アタシが見た『勝てる』未来をなぞるためには……ね」
「――わかりました。僕は偵察に行きます」
そう答えたフラムの声は事務的で、酷く冷たい色を持っていた。
*
――暴君、か。やっぱりお前は変わらないな。
喧騒が跡を残さず拭い去られた円卓を見て、ノートンは肩を落とした。
暴君というのはかつてのフィオネの――彼がロビン=プレアヴィールだった頃のあだ名である。当時カトラには劣るものの歌劇団の麗しい華であった彼は、その地位を利用して団員達に横暴な態度で接していたのだ。
それは悲しいことにもロビンが、嫌っていた自身の父親の特徴をそっくり受け継いだためであり、優秀な者は自由に振る舞う権利がある……という認識が幼い頃から彼の根底に染み付いていたからであった。
当時、フィオネと学友だったノートンはそれをよく知っていた。
そしてロビンが『フィオネ』になってからは、しとやかさを手に入れて大人しくなったと思っていたのだが、この様子ではちっとも変わっていないようである。
「それで、ミレーユは? どうするのかしら」
静寂の中、恐ろしいことにもフィオネは怖気付かず、むしろ笑みを含んで青髪の少女へ切れ長の視線を寄越す。
すると、
「……私も、偵察に行きます。処理班員になるって決めた時から、危険なことにも物怖じしないって心に決めましたから……私にやれることがあるなら何なりと」
こめかみを汗に濡らしながらも、ミレーユは粛々とした態度で応じる。
本当は偵察など行きたくはないが、語っていることは全て事実だ。力を持たない自分に協力してくれた戦争屋のメンバーがまとめて監獄に収監され、ただ1人怪我のみで帰還してしまった時から思っていたのだ。
いつか、ちゃんとした形で恩に報いたい――と。
だからミレーユは、この指名を断るわけにはいかなかった。
「じゃあ、それで貴方は後悔しないわね?」
「……はい」
「――だ、そうよ。そのまま、リリアは偵察の手筈を説明してあげて」
「……あぁ」
何か言いたげだったが、喉まで出かかった言葉を殺して頷く。久しぶりに出したリリアの声は、今まで憤怒に息を呑んでいたためか少し枯れていた。
「もちろん、安全のため2人1組で偵察はやってもらう予定だよ。ノートン・マオラオきゅん・あたし・レム? のおっさんは2人を守るための要員。そんでもう1回言うが偵察は7日後から、渡航期間も見据えて出発は4日後からだ」
そして言葉を引き継ぐように、今まで静観していたブルーノ国王が薄桃色の唇を開く。だが、彼の口から飛び出したのは、
「偵察班の出発前には、士気を高めるために宴会を催そうと余は考えている。もっとも、戦争が控えているので小規模になると思うが……既に準備は進んでいる、早ければ2日後には開催できるだろう」
――先程のフィオネの発言のせいで、肺を潰すほど重たい空気になった円卓には全くそぐわない、あまりにも浮いた発言だった。
「……うた、げ……?」
マオラオの間抜けた呟きが、やけに響いて聞こえた。
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