第100話『女子会は糖分と恋バナが9割』

「え……私、なんですか……? ノエルちゃん……」


 頬を赤く染めて尋ねるミレーユ。その裏でシャロとリリアは顔を見合わせ『これウチら邪魔かな?』『あぁ、邪魔かもしんねーな』などとひそひそ声を交換する。


 しかし、


「いいえ?」


「いいえ!?」


「言ったらどうなるんだろうなって興味本位で。ふふ、ごめんなさい。まさかそんなに驚いてくださるとは思わなかったです。でもやっぱり、ミレーユさんくらいになると世の男性も放っておかないんじゃないですか?」


 にやりと口角を吊り上げるノエル。『ねえ?』と追い討ちをかけると、ほんのり赤らんでいたミレーユの頬はボッ! と沸騰したように真っ赤に染まって、


「そそそそそんな!? ほ、放っておかれたことしかありませんよ!?」


「どうでしょうかね? とっても家庭的でお優しい方なんですから、流石に好かれると思うんですけど、それとも既に付き合っている方が?」


「うーん、シャロちゃんもミレーユちゃんの好きな人は気になるな〜?」


「そら、早くゲロっちまいなって。言ったら楽になれんぜ?」


「う、うう……」


 方々から詰め寄られ、きゅるきゅると目を回すミレーユ。

 彼女は恥ずかしげに口元を手の甲で隠し、逃げるように視線を横へ流すと、海色の澄んだ目に涙を溜めて『わ、わかりましたよぅ……』と観念。


「あの……気に、気になってる……ってだけなんですけど」


「「「うん」」」


「じゅ……」


「ジュ!? ミレーユちゃん、ジュリさんが好きなの!?」


 腕の中に捕獲していたノエルからさっと離れ、今にも照れ死にしそうにぷるぷると震えるミレーユに飛びつくシャロ。言わんとしていたことを大声でほとんど代弁され、ミレーユは必死の形相で『しーっ』と口の前に人差し指を立てた。


「気に! 気になってるだけですから!!」


「でも、それってあれだろー? もはや好きってことなんじゃねえの? ん? アイツが氷の中で眠ってさえいなければ、今すぐ伝えに行ったのになぁ!」


「リーリーアーさんっ!!」


「あははははははははっ!!」


 優しい力で頭を叩かれて、リリアは愉快そうにげらげらと笑う。そしてミレーユ側から接近してきたのを良いことに『がばちょ』と妙な効果音をつけて抱きつき、脇やら太腿やらを順繰りに揉みしだき始めた。


「へ!?」


「あ〜たまらん、良い匂いじゃあ。たまには青少年だけじゃなく、可愛いおなごも揉みしだくもんじゃのう〜。どれ、ここはどうじゃ」


「あっ、あの、リリアさ、そこ……くすぐ……っ」


「ほうほう、良い腰じゃのう。ではこっちのムネを……あべどぅば!?」


 真横から脚が飛んできて、部屋の端まですっ飛んでいくリリア。

 お団子頭が壁に衝突し、部屋全体が揺れる。


 何事だ、と目を見開いたミレーユが目を向けると、そこではシャロが拳法のような構えをとりながら『しゃーっ』と獣の如く威嚇していた。

 彼の目線の先は勿論、壁に埋まったまま身体をぴくぴくさせているリリアで、


「駄目だよリリア、そこは不可侵領域だよ」


「うぐぐ……ひと揉みでいいんだ……そこには……桃源郷があるんだぜ……」


「この変態まだ変なこと言ってるよ、ほら、1時間以内に戻ってきてね」


 リリアの小柄な体躯を引っこ抜いて掴み上げると、部屋の窓をガラガラと開けて外に放り投げるシャロ。兵士寮のわきに生えた木枝に引っかかったのを確認すると、無情にもぴしゃんと窓を閉めて鍵をきっちりかけ、彼は席に戻った。


「な……何もそこまでしなくても……」


「ミレーユちゃん。優しいのは良いケド、ミレーユちゃんの貞操観念の薄さはウチすっごく心配だよ!! あの変態好き嫌いないから何でも食べんだからねッ!?」


「食べ……」


「――で、ひとまず続きやろう。リリアが居ないから、次はノエルだよね?」


 ちらり、とシャロが目を向けたのは、『間食用にミレーユが作った』というカップケーキをつついている最中のノエルだ。途中からほとんど我関せずのスタイルを貫いていた彼女は『え?』と不思議そうな顔をして、


「いえ、ボクはもうミレーユさんって言ったんで、シャロさんですよ」


「エッ何それ、ずるくな――」


「とっ、ところで! シャロさんは好きな方いないんですか!?」


 シャロが不満げな顔をし始めたところで割って入り、少年の気を質問で誘導するミレーユ。作戦は功をそうし、お気に入りの少女から尋ねられたシャロはけろっと表情を変え、『え〜?』と頬を掻きながら勿体ぶる。


「ウーン、そうだなぁ……好きな人は居ないケド、でもぺレ……あれ?」


「「――ペレ?」」


「えっ、ううん!? 違う、えっと、ペレットはもちろん除外。それでギルもなしでしょ、ジュリさんもなしでフィオネもなし……えと、えと」


 もはや作業のような速さでダメ出しがされ、今挙げられた4名が可哀想に思えてくるミレーユ。その後にも色んな人間にダメ出しがされていったが、ふと、未だに名前の上がらない人物がいることに気づき、


「そういえば、マオラオさんは……?」


 禁断の質問をしているような気持ちで、ミレーユはおずおずと問いかけた。


 マオラオとはまだ顔見知りとしか言えない仲だが、オルレアス王国への帰還中に何度か喋る機会があり、その中で大体のことは把握している。――意中の相手も。


 本人から聞いたわけではないのだが、あまりに分かりやすかったので言及したところ、『ほんま秘密にしてな!?』と懇願され面白い人だと思った記憶がある。そして約束通りミレーユは、今までシャロには告げ口をしてこなかった訳だが、


 ――もしかしたら、んじゃないですかマオラオさん……!!


 わざとらしいまでに名前が避けられている現状に、ミレーユは一筋の希望を見出していた。ここまで来れば確定したようなもの――。


「……あぁ、候補からすっかり抜け落ちてて言うの忘れちゃった。なんか可愛い弟みたいな感じなんだよねーマオって」


「取捨選択以前の問題ー!?」


「えっ、う、うぇっ? どうしたの、凄い怖い顔してるケド……」


「あっ、いえ。ちょっと取り乱してしまいまして」


 ミレーユはこほんと咳をして、乱れた心を整える。


 とはいえ、ここまで絶望的な状況ではマオラオに春は一生訪れないだろう。シャロに秘密をバラすわけにはいかないし、かと言って初心でヘタレのマオラオに計画させても関係が進展する見込みはない。


 ならば、ここは自分が一肌脱がなければ――!!


「……よし」


 ミレーユはシャロとノエルに怪訝そうな目で見つめられながら拳を作り、闘志を燃やし、こっそり机の上からチョコを盗んで口に放り込む。


 なお計画は1割も出来てないのだが、恋バナ好きの女子としてこの状況を見過ごすわけにはいかなかった。





 時と場所は変わり、同日の深夜。

 就寝時間ではあるがこっそりと部屋を出て、ミレーユは兵士寮1階の談話室にてマオラオと密会を果たしていた。


 『夜更かしは好きじゃないねん』と眠そうに言いながら、談話室のドリンクバーで烏龍茶を淹れるマオラオ。紙コップ越しに伝わる熱で手を温め、寝ぼけ眼でソファに腰を掛ける。ゆっくりとした動作も相まって、なんだかお爺ちゃんに見えた。


 夜の兵士寮は冷暖房がつけられず、この季節の寮内は特に寒い。


 ミレーユは事前にリリアから外套を借りていたが、マオラオは外套や上着といった防寒具類を一切身につけておらず、寮から貸し出された黒いパジャマを1枚着ているのみだった。


 厚着をしていない彼を長居させれば、確実に風邪を引かせてしまうだろう。戦争がこれから控えているというのに、そんな事態があってはならない。


 ミレーユは、早めに切り上げるつもりで話の口火を切った。


「シャロさんと恋バナをしました」


「げっほごっほんっふえっほ!!!!」


「それでマオラオさんのことを聞いたんです。そしたらシャロさんは『可愛い弟のように思っている』と。その前にはえっと、『恋愛対象として見ていない』というようなことも仰ってて……」


 話を早めに終える事ばかりを考えて、無自覚に言葉の弾丸を撃ち込むミレーユ。本人にその意思がなかったにも関わらず弾丸は百発百中で、悲痛を訴える胸を押さえたマオラオの口からは『おぅぅぉ……』と怨霊じみた声が溢れていた。


「……あのぅ、もしかしてミレーユさん、オレを殺しに来はったんですか?」


「えっ!? そんなこと……いや、すみません。本当にごめんなさい、ちょっと色々先走ってしまって……本当はもっとポジティブな話をするはずだったんです」


「ま、まぁ。話は聞いたりますけど。あぁ……涙出そう」


 事実その言葉に偽りなく、涙目ですんと鼻を鳴らすマオラオ。


 ここから『シャロを振り向かせよう』という、ポジティブな提案への流れまで全て頭にあったミレーユには、提案より前までの――ネガティブな情報しか知らされていない状態の彼のショックを予想することが出来ておらず、


「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ぺこぺこぺこぺこ。繰り返し、頭を下げて謝るしかない。


「それで、あのですね……マオラオさん、猛アピールをしましょう!!!!」


「……はあ?」


「私、シャロさんに聞いたんです。どういう人なら好きになるのか、タイプをしっかり隅から隅まで聞いてみました!」


 どん、と胸を張るミレーユ。自分の背中とソファの背もたれに挟んで隠していたノートを取り出して、マオラオの前でぺらぺらと捲ってみせる。


「しっかりメモもしたんですよ。それでまず1つ目が……『男らしいこと』」


「……男らしい、こと」


「といっても筋骨隆々とか、紳士とか、そういうことじゃなくて、シャロさん曰く『いざという時に助けてくれる人』を指すんだそうです」


「いざというときに……なんか覚えあるなぁ……」


 思い返すはアンラヴェルとロイデンハーツでの任務のこと。前者では知らないうちにペレットが2回ほどシャロを救っており、後者ではマオラオが1番最初にシャロを発見したものの、事は終わっていてほぼ手遅れのようなものだった。


 ここ最近のデータを見ても、そういう意味での『男らしさ』はマオラオには一切存在していない。対象外になるのも当然の話だ。


「そして2つ目は、『情熱的であること』」


「情熱的って……エッ、アイツそんなんがタイプやったん!?」


「一言に情熱的、と言ってもシャロさん的には『愛したら同じ分かそれ以上愛してくれる人』みたいな意味があるらしいです。クールだったりヘタレだったりして中々気持ちを伝えてくれない人は嫌なんだとか」


「ヘタ……レ……ウッ」


 まるで名指しされているような気分だ。もしやシャロは遠回しに『絶対マオラオだけはあり得ない』と伝えに来てるのではないだろうか。


「そして3つ目が……といっても、3つ目が色々ありまして」


「……? おん」


 マオラオが頷いて座り直すと、ミレーユはノートに書いた言葉を読み上げながら順番に指を折っていく。暴力を振るわないこと。食事を抜かないこと。部屋に閉じ込めないこと。宝物を壊さないこと――。


「とにかく、そういった内容のことが」


「……なんやそれ」


 困惑しながら尋ねると、ミレーユは目を閉じて頭を横に振る。

 頭部から流れる青色の髪が、さらさらと絹糸の束のように揺れた。


「わかりません。シャロさん自体はこのことを、割と朗らかに答えてくださったんですが……好きな人のタイプにしては答え方がちょっと異質ですよね」


「せやね。……ジャックに聞けば、何かわかったり……」


「――あら、こんな時間までお勉強?」


「フィオネ!?」

「フィオネさん!?」


 突然会話に混じってきた声に、叫び声を上げるミレーユとマオラオ。

 声の発生源を見ると、談話室の入り口――ガラスを嵌め込んだ両開き式のドアを押し開けて、部屋に入るか入らないかという立ち位置にフィオネが居た。

 薄紫色の上品なデザインをしたネグリジェを着ており、寝間着姿ですら絵になるのだなとミレーユは感心しながらこっそりノートを閉じて隠す。こういった暴露系の情報は彼に与えてはならないと、本能が警告したのである。


「やだわ、2人してそんな『化けて出た』みたいな反応をするのはやめて頂戴? お手洗いから戻ってきたら明かりがついていたから声をかけただけよ。――あぁ、そうだわ。それより明日のことなんだけれど……」


「おん」

「は、はい」


「明日の会議、貴方達2人も参加して頂戴ね」


「え? 会議……マオラオさんはともかく、私もですか……!?」


 突然の要請に困惑を隠しきれないミレーユ。


 ミレーユにとって『会議』なんてものはフィオネやノートンといった『統率者』達の集う場所で、統率者ではなく、戦争の中枢に関わる人間でもなく、ましてや戦争の経験があるわけでもない自分には縁のないものだと思っていた。


 それなのに何故自分が、と狼狽える少女の手前、フィオネはその動揺を見透かしておきながらあえて『えぇ』と頷くだけにとどめ、


「頼んだわよ。それじゃあ貴方達も、夜更かしは程々になさいね。特にミレーユ、貴方は女の子なんだから自己管理はきちんとしないと。じゃあ、おやすみ」


「は、はい。おやすみなさい……?」


 結局理由はわからぬまま、手を振りながら消えていくフィオネを見送り、ミレーユの意識は宇宙空間に取り残される。

 しかしマオラオの『とりあえず』という言葉で意識は持ち主のもとへ帰還し、


「あんま夜更かしすると起きれへんくなる。今回はこれでお開きや」


「そ、そうですね」


「けど――あんさんが提案したことなんやから、戦争が終わったらもちろん協力してくれるんよな? も……猛アピールの件。忘れたらあかんからね? あんさんのせいでオレ、これでもちょっと傷ついてるんやから」


「はっ、はい、もちろん。マオラオさんも、おやすみなさい」


「ん、おやすみ。あんさんもはよ寝えよ〜」


 マオラオはそう言って烏龍茶を飲み干すと、紙コップを潰してゴミ箱に捨て、ぴらぴらと手を振って談話室の外へと消えていく。

 そうして部屋にはミレーユだけが取り残されて、


「結局、言えなかったなぁ……元々シャロさんには口止めされてたし、言うつもりはもちろんなかったんだけど……」


 彼女はそんな呟きを溢しながら、隠していたノートを再び捲り返していた。






《――あっでもね、ミレーユちゃん。ウチ、マオのこと1番信用してるんだ》



《信用、ですか?》



《うん。マオだけはウチを裏切らないと思うんだ。ギルもジュリさんも、フィオネも……何考えてるか分からなくて、怖くなる時がある。大人との壁を感じるんだ。時々、ウチとは利害関係だけで繋がってて、関係を断とうと思えばすぐに断てるんじゃないかって、不安になるんだよ》



《……そう、でしょうか。確かに大人だとは思いますが……》



《ウチも気の所為だと思いたいケドネ。……ペレットは居なくなっちゃったし、フラムは多分フィオネかウチのどっちを選ぶってなったら、きっとフィオネを選ぶ。確実に安心できる方を選ぶんだ。でもさ、マオだけは……マオだけは、損得なしに、ウチと一緒にいてくれる気がするんだよ》




《だから、シャロちゃんはマオを、マオラオを1番信用してる》

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