幕間『月下、10分間の内緒バナシ』

 次の日、フラムは予定通りリリアを連れて拠点に戻った。


 港町オルレオは不気味なくらい通常通りで、白装束の集団を見かけてないか、と聞いて回っても皆が首を横に振った。あまりに平穏なので、むしろ自分が悪い夢を見ていたんじゃないかという気にさえなって――。


 でも、肝心の屋敷はやはり燃え落ちていて、なんとなくの間取りや残っていたものがわかる程度になっていた。


「うわ〜ひっどいなこれは。高そうな食器も全部割れてら。あ、フラムきゅんその辺窓ガラス散らばってるから気をつけてな」


 改めて目の当たりにした悲惨な光景に呆然とするフラムの手前、リリアはずんずんと拠点跡地に進んでいく。


「襲われたのは事実っぽいな。こりゃあ相当悪意あるぜ、白装束の集団って何、なんかスッゴイ恨み買っちゃったのキミら?」


「僕にはわかりません……そういう敵情について教えてもらったことがないので。でも、拠点の位置を知ってるのは妙な気がします……」


 奴らがオルレオ町民に拠点の位置を聞いたのか、とも思ったが、1日かけて聞き回った町民のほとんどが白装束と出会っていないと報告しているのだ。


 となると、別のところから情報を仕入れたのだろうが、オルレオ町民と王城の関係者以外に拠点の位置を知っている者は居ない。『オルレアス王国内に戦争屋が居る』ということならば、国内では周知の事実だが……。


 一体どのルートから情報が入るのだろうか。凄腕の情報屋が居た、とか探し物に便利な能力者が居た、というならばそれらの疑問も払拭できるのだが、


「だったらどうして、ほとんどのメンバーが居ないあのタイミングで……?」


 焼き討ちのつもりだったならば空振りが過ぎるし、まさかフラムが狙いだったということはなかろう。いやでも実際問題、本体は連れて行かれている。


 そして分身である自分が消滅していないということは、本体はまだどこかしらで生きているのだ。となると、フラムが戦争屋であることを知っている人間が奴らに手引きして自分を利用しようとしたのか?


 でも、そんなの戦争屋のメンバーが敵に寝返った、くらいのことが起きねばありえない。それくらいフラムの情報はフィオネ達によって固く守られていて――。


「頭がこんがらがってきた……」


 熱が集中し始めた頭を抱えていると、そこへ調査を終えたリリアが帰ってくる。彼女は『うーい終わったぜ〜』とこちらに手を振りかけて瓦礫をひょいと越え、


「ひとまず、この状況を整理して書類にまとめ上げよう。それで陛下に通せばもしかしたら会えるかもしれないからな」





 ――それから数日経って、ようやく被害をまとめた書類がブルーノ国王の元へ通された。


 ちなみにそれまで分身フラムはというと、王城内にある処理班員用の生活スペースの一室を借りて、安泰な衣食住を得ていた。リリアからは一緒に寝ないかと毎日の如く提案されたが、またセクハラをされる気がしたので都度丁重に断った。


 そしてとある昼過ぎ。食堂で昼食をそれぞれ食べ終えてから、改めて中庭に集合し、そこからフラムとリリアは共に国王の待つ場所へと足を運んだ。


「ちぇ〜、なんで揉ませてくれないんだよぉ」


 断られたのを随分と根に持っているらしく、謁見の間へ向かうまでの道中でさえリリアはぼやいている。けれど、彼女が何を言っているのか全くわからないので、フラムは上辺だけの笑顔を作って流しておいた。


 そして、近衛兵に扉を開けられて2人は謁見の間へと入る。


 城内で最も大切にされているその空間では、最奥の玉座に裸体の――ではなく、今回ばかりは王族らしい衣装に身を包んだ美丈夫・国王ブルーノが座していた。


 裸体という1番の彼の個性が消失し、一瞬誰かわからなかったのは内緒である。しかし変態要素が消えた今、ただの聡明なる王という重々しい印象しか与えられずその貫禄にフラムは息を呑む。


 美貌を持ち腐れた露出狂だ、というのは国外でも有名な話だが、どんな変態が出てくるかと待ち構えてみれば出てきたのはただの美男子。事前に聞いていた情報と違うので、服を着ているだけなのに初手からかなり気持ちが乱されかけた。


 そんなフラムの隣で、慣れたような態度のリリアが1歩前に進み出て、


「――我が王。この度はご多忙の中謁見の機会を賜り、誠に感謝致します……ってえのはキライなんだったか?」


「そうだな。堅苦しい手順は不要だ。故に余もここで脱ぐとする」


 辛抱たまらんと言った具合でブルーノは立ち上がり、はてどういう仕組みなのか着ていたものを全て紙を捲るようなワンアクションで脱ぎ捨てる。ばさぁ、と舞い上がった洋服達は床に落ちていき、何もかもが丸見えとなった。


 だがリリアは乙女のように甲高い悲鳴を上げることもなく、ただ堂々と一糸纏わぬ国王の裸体に立ち向かい、


「王、単刀直入にキミは今ピンチってやつだ。ゆくゆくはその首が冷たい石の台座に落っこちることになるかもしれねぇ……その露出グセ、これからもテメーの日課にしたきゃァ今から話すあたしの話をよく聞きな」


「ほう。余が死ぬというか。では聞かせてみよ」


 身分差を度外視した随分と横柄なリリアの態度に、むしろ興味津々の面持ちで玉座に直る美形の変態。突如真面目になる彼らのペースについていけず、ついていく気にもなれず、フラムは自分が部外者であったことを後悔する。


 そしてその間にも、お団子髪の少女からは先日起きた出来事とその被害が報告されていき、元々感情の起伏が小さい国王も次第に眉根を寄せ始めた。


 こうなってくると、元の素質が良いので思案顔がいちいち絵画のようだ。

 隣のリリアもその美貌に当てられているのか、定期的に目を覚まそうとよく自分で自分の頬をつねっているようである。


 しかし、


「そういえば、話は変わるがフラム殿」


 ――説明中のリリアを押し切って突然、ブルーノ国王は声を上げた。


「は……はい、何でしょう?」


「余は美しいと思うか?」


「へ?」


 突然真顔でされた質問に、唖然とするフラム。何故、このタイミングでそんな質問がなされたのかがわからない。けれどあまりに真剣なので、頷いておく。


「は、はい。素敵なお顔だと思いますけど……」


「では、2番目。貴殿の本体は『分身の能力』を有しており、今の貴殿はそれで生み出された分身。それで合っているな?」


「……え、えぇ」


 有無を言わさぬほどの剣幕で尋ねられ、フラムは不気味なもの感じ取りながら小さく頷く。そして、思わず1歩あとずさった。


「そうか、では最後だ」


 怯むフラムの手前、国王は玉座から立ち上がり、肘置きにかけていた真紅の布で古代人のような巻き方をして身を包む。


「余の能力は『魅了』であり、同じ精神干渉系の能力者以外に絶大な効果を及ぼし男女を問わない全ての人間が余の虜になる。して、その条件下でありながら貴様は魅了されていない……つまり精神干渉系の能力を有しているということだ」


 切れ長の双眸が、こちらを睨みつける。思わず身を翻して逃げようとすれば、背後から高らかに声が上がった。



「――リリア、その愚蒙ぐもうな偽物を引っ捕らえろ!!」



「まじかぁ、あいわかった!」


 突然の展開に目を丸くしていたリリアだが、ブルーノの命令を受け、つねっていた頬から手を離して即座に対応する。


 ――ぱん、と羽虫を叩き殺す勢いで拍手したかと思えば、


「あたしから逃げれっと思うなよ、フラムきゅんに成り済ましやがって!! ちくしょう、誰だか知らねーがそのドタマ踏み潰してやんぜ!」


 身長が10メートルほどまで大きくなり、謁見の間の天井が高いのを良いことにずんずんとフラムの背を追っていくリリア。部屋を出られかけた寸前で、一直線に逃げていく青年の身体を指先でつまみ上げることに成功すると、


「王サン、コイツはあれか? 精神干渉系ってこたぁ変装の能力じゃなくて、周囲に別人だと錯覚をさせる能力者か?」


「であろうな。よくも抜け抜けと入ってきたものだ。リリアの目は誤魔化せても、余の目は誤魔化せなかったようだが……一体いつから本物とすり替わっていた? そして本物はどこへやった、まさか手にかけたのではなかろうな」


 淡々と問いかけるブルーノ。しかしフラムの姿をしているように見える人物は、巨大なリリアに摘まれたまま一切口を開こうとしない。これ以上フラムのふりをしようとしない辺り、もはや無意味であると理解しているのだろう。


 紫髪を切り揃えた美丈夫は、智慧の覗いた瞳ですがめると、


「手にかけたのであれば、分身の場合は本体に還元されるんだったか?」


「憶測だけども、多分な……だから、もう本体のフラムきゅんとあたしらを繋ぐもんはなくなっちまった。こっからはあたしらが独断で動くしかねーってこったな」


「……そうか」


 低く艶かしい声を重々しく落とすと、おかっぱ髪に五指を差し込んでく。


「――尋問室に放り込め。お前と他数人で、死なない程度に搾り取れ」


「あい、マイロード」


 自分の真下を通り過ぎて謁見の間を出て行く国王を見送ると、リリアはちらりと手の内の人物に視線を流す。フラムの姿をしている癖に、明らかに彼らしくもなく虎視眈々と逃走の機会を窺っているそのアンバランスさが滑稽だ。


「運が良いな。あたしの拷問は、とっても気持ちよくなれるんだぜ??」


 ――そこで、初めて表情に恐怖を滲ませた『玩具』への期待に、リリアはひっそりと口角を釣り上げた。





「……という具合で、お城の中で分身が殺されたみたいなんです」


「はぁ……なるほどな」


 リリアに助けを求めたことや、拠点には何も残っていなかったことを話されて、マオラオはなんと言ったら良いかわからない、という風に頬を掻く。


 冷たい風が頬を掠めて紅く染め、横髪の毛先を遊んでいった。


 どうやら、死んだと同時に還元されてきた記憶では、リリアとの待ち合わせに向かっているところ――つまり死ぬ直前までしか情報がなく、その後分身を殺した犯人やリリア、ブルーノ国王がどうなったのかフラムには全くわからないらしい。


「……」


 リリアはあれでいて頭の回転が早く、強く、立ち回りの上手い女性だ。

 彼女が城内に居るならば大事おおごとにはならないだろうが、もし何かが起こってしまっていたら――とフラムは悪寒に目を伏せる。


 この記憶は数日前、監獄の屋上に居た時に、突然脳内に流れてきたものだ。つまり何が起こっていようと既にもう過去の話。だからどれだけ急いでも、間に合うということがないのである。その事実が、余計に彼の気を焦らせていた。


 きゅ、と下唇を噛むフラム。その手前、


「殺されたってなんや軽ぅく言うけど、それって普通にマズないか? 殺されたって誰に殺されたん。場合によっては城も危ないんとちゃうの……? リリアさんがおるなら大丈夫やとは思うけど」


「わかりません……本体ぼくに還元されてきた記憶では、黒いボディースーツのような物を着ていたはずなんですが、とりあえず状況から鑑みるにヘヴンズゲートの手合いかな……という話をフィオネさんとはしました」


「うーん……何にせよ、大急ぎで帰らなあかん訳や……て……へ、へぁ、ヘクシュンッッッ!」


 小さな身体を震わせて、思いっきりくしゃみをするマオラオ。そろそろ身体が冷えてきたようだ、真っ赤にした鼻をずるずると啜る少年の姿に、フラムは『あっ』と思い出したようにハッとして、


「すみません、そろそろ流石に寒いですよね……! もう船内に戻りましょうか、風邪引きますよマオラオさん」


「あー、言われたら頭痛なってきた……っちゅーかお前なんで、オレより前から外居たんにそんな平気そうなんよ……あぁもう、部屋入るで! あんさんもせっかく健康なんやから夜更かしせんとはよ寝えや!!」


 マオラオの一喝に、またまたうたた寝から引きずり出された見張り台の班員がガツンと頭をぶつけたが、やはり2人は気付かぬままぶつぶつと小言を言い合って、夜風から逃げるように船の中へ戻っていく。


 一方彼らが帰ってからも、しばらく『いたたた……』とぶつけた箇所をさすっていた処理班員。彼はふと導かれたように星空を見上げると、



「……月が、綺麗だなぁ」



 そんな独り言をぽつりと落とす。そして防寒用の布団をぬくぬく掛け直すと、男は再び夢の世界へと入っていくのだった。











— 第4章 冥府の番犬 編・完 —

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