番外編『アントニー=プッチ生存録』①

 ――地獄戦争、ついに決着。オルレアス王国の大勝利。


 そんな見出しが大きく書かれた号外新聞が、青空を悠々と泳ぐ飛行船からばら撒かれている。花吹雪のように舞い散るそれは王都を行き交う人々に降りかかり、伸ばされた手に収まって、あちらこちらで捲られていた。


 地獄戦争。それは、オルレアス王国と隣国のワスト王国間で引き起こされた大規模の戦争であり、つい最近まで行われていた領土を巡る戦いである。


 多額の税金が徴収されることによる生活の圧迫や、若人の徴兵、発布される期間未定の外出禁止令、加えて我が国オルレアスは途中からしばらく敗戦の一途を辿っていたので、これまで国民の不満は大いに高まっていた。


 かくいう20歳の青年・アントニーもそのうちの1人である。


 優しい父母が営む花屋は禁止令によって客がぱったり途絶えてしまい、食い繋いでいくことへの不安もそうだが、何より父母の店が倒産してしまうかもしれないという不安に長いこと晒されていたので、あまり良い気分ではいられなかった。


 しかし――。


「――戦争屋、インフェルノ」


 海色の瞳を紙面に通して、アントニーはぽつりと呟く。

 舞い落ちてきた号外の記事によると、敗北寸前だったオルレアス王国が逆転し大勝利を収めたのは、突如国王の前に現れた謎の5人衆のお陰なのだという。


 もっとも、その内容は事の重大さに反して小さくまとめられていて、素性の知れぬ人間達のお陰で勝ったことにはしたくない、という王国の意思。もとい裏で新聞社に掛けられているのだろう、オルレアス国家からの圧力が伺えたが。


「1週間後に凱旋式を予定……随分と急だなぁ、まぁうちが繁盛するならいっか」


 凱旋式ということは盛大に街を飾り付けるはずで、そうなると華麗な花が大量に必要とされるはずだ。王国からの発注なので、今までの切り詰めた生活さえわすれてしまうくらいの、それはそれは大きな金が舞い込んでくることだろう。


「……早く帰らないと……!!」


 きっと父母だけでは手が回りきらないだろう。とんでもない内容の発注書にあくせくしている両親を思って、アントニーは我が家へと歩速を早めた。


 直後、足元の新聞に足を取られてすっ転んだが。


 ――王都にある家へ帰ると案の定、両親は大忙しだった。


 丁度アントニーの外出中、凱旋式をやるという宣伝を兼ねた号外新聞が国中に撒かれている真っ最中に、王国のお偉い様が発注書を持ってきたらしい。久しぶりに上げられた店のシャッターに、それだけでなんだか嬉しい気持ちになりつつ、


「父さん、外出するの?」


 店の奥から慌ただしい足取りで出てきて、すれ違いそうになった父親に声をかける。するとアントニーそっくりの彼はびくりと空色の尻尾を逆立て、


「……あぁ、アントニーか!」


「あっ、ごめん、びっくりさせた?」


「ちょっとな。いや悪い、考え事をしていて気づかなかったよ。そうだ、父さん花を沢山卸して貰わないといけないんだ。カウンターに置いた発注書見たか?」


「まだ見てないけど、父さんの慌てぶりから想像はつくよ」


 普段穏和な彼がここまで慌てているのだ、覚悟しながら見ても仰天するような量と金額なのだろう。一体これで何ヶ月分の収入が賄えるのだろうか。

 そんなことを思いつつ、


「引き止めてごめん、いってらっしゃい」


「あぁ、行ってくる……」


 忙しそうに飛び出ていく父の背中を見送り、アントニーは店と繋がっている通路を通って帰宅するのだった。





 1週間後、ついに凱旋式は始まった。王都は様々な飾り付けがされて、どこもかしこも花や旗飾りやバルーンで彩られており、大通りには出店も並び、チュロスやドーナツショップには長蛇の列が出来ている。


 気温は快晴。朝から花火も打ち上がり、すっかりお祭りムードだ。アントニーも母を連れて出店やを楽しんでいると、突如周囲から黄色い悲鳴が上がった。


 何事かと辺りを見回すと、目に映ったのは大きな乗り物だ。

 パレードフロートという絢爛な装飾がされた車両で、どういう仕組みなのか操縦者の姿が見えないのに国都の大通りを進んでいる。車両の上のバルコニーのような場所には、兜を外した騎士数名や王族の方々が立っていた。


「あっ、アントニー見て、あの金髪のお方。アイゼンウッド様よ!」


「母さん、僕騎士の人はわからないって……」


「あっちはティゴラス様。あらやだ、エーレー団長もお目見えなの!?」


「な……何もわからない……」


 騎士団マニアの母親に気圧されつつ、アントニーは車両の上に乗っている人々を眺める。恐らく1番目の車両の1番前でどんと構えているのがエーレー団長なのだろう。金髪のお方というのは、先程から女性陣に投げキッスを送っている彼か。


 ぼーっと眺めていると、今度は王族を乗せた車両がやってきた。数名の護衛に囲まれて、紫髪の美しい初老の男性が民衆に手を振っている。あれがアウストラウス現国王陛下か。流石のアントニーも名前は知っていた。


 そしてそれに続く車両には、国王陛下によく似た凛々しい顔立ちの青年――ブルーノ皇太子が乗っていた。露出狂との噂もある彼だが、今日ばかりはパレード衣装に身を包んでいるようだ……と、思えば観衆の歓声を受けて上だけ脱いだ。


 母親を含めた女性陣から嬉々とした悲鳴が上がり、アントニーはきぃんと鳴る頭を抱えてふらふら揺れ動く。


 続く、最後の車両には――。


「……え?」


 見たこともない5名が、フロートの上に乗っていた。

 流石の母でも知らないようで、今まで騒いでいたのに急に黙って不思議そうな顔をしている。他の民衆もそうだ。誰もが見たことのない人間の姿に首を傾げたり、ひそひそと囁き合ったりしていた。


「……あれが、戦争屋、インフェルノか?」


 誰かがそうぽつりと呟いた途端に、困惑は混乱へと変わる。


「子供も……いる……?」


 パレード開始前にどこかの出店で買ってきたのか、ポップコーンをむしゃむしゃと食べている緑髪の少年。それから鎮まりかえる人々を見て、『なんか元気なくなーい?』とぼやいている薄茶髪の少女。


 どう見ても未成年だ。

 なのに、彼らが国を勝利に導いたくだんの『戦争屋』だというのか。


 同乗している大人達――紫髪を三つ編みにした青年も、金髪をハーフアップにした性別不明の人物も、黒髪をきっちり分けた営業マン風の青年も、ぱっと見は20代前半くらいで戦い慣れしているとは思えない若さだ。


 あんな若者達に自分は救われたのか。


 そもそもアイツら国民の顔を見る気があるのか。少女と営業マン以外全員フロートの上で飲み食いしてないか。あの金髪の青年はどこかで見たことがあるぞ。思い出した、プレアヴィール歌劇団のロビン=プレアヴィールじゃないのか。


 馬鹿、あの人は劇場で襲撃に遭って死んだって報道が……。いいや、それはデマだったって噂だぞ。だってカトラ嬢の遺体しか発見されてないって……。


 ひそひそ。ひそひそ。


 歓声や悲鳴は一切上がらないが、囁き声が重なって辺りは次第に騒がしくなる。


 しかし直後、囁き声の群れは、王都各地に設置されていたゴミ箱が次々に大爆発を起こしたことで掻き消された。





 希望が絶望にひっくり返る瞬間を、アントニーは初めて見た。


 突然閃光が走り、熱が火の形をして弾けた。人や出店が吹き飛び、血が撒き散らされ、刹那の静寂の後に人々は気が狂ったように悲鳴を上げながら逃げ惑う。


 逃げる先は人によってそれぞれ。とにかく爆発した場所から逃げねば自分も死ぬと両の足を進め、方々でぶつかり合って足をもつれさせて集団で転ぶ。その上をまた絨毯でも踏むかのように、狂乱した人々が踏んで越えていくのだ。


 パレードフロートは緊急停止。

 国王陛下や皇太子を騎士達が守護し、次なる奇襲に備え、戦争屋達の1人――緑髪の殺人鬼のような見た目の少年がポップコーンを捨て、どこから取り出したのか銃を乱射し始めた。


 その銃撃音で人々は更に混乱するが、アントニーは気づく。彼が狙っているのは人々ではなく、遠くの建物からこちらを狙撃しようとしているスナイパー達だ。


 彼らは小窓から顔を覗かせており、明らかにこちらからは撃ちにくい不利な状況なのに、少年は確実に顔面を撃ち仕留めているようである――と。


 でも、そのスナイパー達が一体誰なのか、アントニーにはわからなかった。


「――ッ、母さん!? 母さん!?」


 気づけば人の波に押されて全く違う場所まで流されており、先程まですぐそばに居たはずの母親の姿が全く見当たらないことに気づくアントニー。

 声を上げるも、人々の悲鳴とフロートの1つが大破する音で掻き消され、自分でも自分の声が聞こえなくなる始末だ。


 身体を殴りつける爆風の、あまりの熱さに顔を歪める。アントニーは人波を掻き分け、身体を捻じ込んで進み、人通りの少ない路地に入ると胸元に手を添えて、


「『冥府の番犬トリプレット・ヘッズ!』」


 心臓部から淡い水色の光の塊を引き抜く。凝縮された光るモヤの塊は、2分割されるとそれぞれアントニーの前に人型のシルエットを生み出して、


「急いで、母さんを探してくれ。安全な地帯を探して誘導するんだ!」


 そう命令した瞬間、人型のシルエットが纏っていた淡い水色の光は粒のように弾ける。そして光の粒子の中から、アントニーそっくりの『分身』が顕現した。


 分身達は突然呼び出されて混乱していたようだったが、本体から自動的に分けられた記憶と、周囲の現状を見て緊急事態であることを察したらしい。

 言葉もなく頷いて、それぞれの方向へと散っていった。


「僕も探さないと……!!」

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