第95話『Joining New Members』

 3つ目になるホットドッグを呑むように胃に落とし込んで、マンゴージュースを後追いで流し込み、ナフキンで口元を拭うレム。食っても食っても腹の膨れない熊男は『げふ』と小さくげっぷをしてから息をつくと、


「失礼。――どうする、ってえのは」


「こうして流れで全員乗船しているけれど、アタシと貴方達の間に明確な関係があるわけではない。そんな人間をいつまでも匿うわけにはいかないわ。まぁノエルに関しては先に約束をしているから匿う理由はあるわけだけど……」


「あー、そういえばなんか契約してる、みたいな話はトン兄ぃから聞いた気が……実際、ノエルはフィオネとどんな取引をしたの?」


 話題に興味を示したシャロが、離れた席に座る銀髪の少女に声をかける。するとジュースの入った透明なグラスを手にボーッとしていた彼女は、ぴくりと震えて今更この状況に気づいた。ジュースの水面が揺れる。


 事の順番を説明しようとするも、上手く言葉に出来ず『あっ、あ……』と言葉に詰まるノエル。少しして、フィオネは彼女を見かねたらしく、


「話をすると長くなるのだけど……元々、彼女の祖父である教皇が先日のアンラヴェルテロの犯人であるとして処刑され、教皇の座が空席になっていたの」


「えっ、教皇って……あのおじいちゃんが? 処刑されたの?」


「あぁ、貴方達は会ったことがあるんだったわね。そうよ。それで順当にいけば、世間に存在が公開された実孫であるノエルに継承権第一位が与えられるのだけど、それを嫌がった親族が聖騎士数名を買収……」


 それによりノエルは捕らえられ、監獄へ移送されたのだとフィオネは話した。

 その話を全く知らなかったメンバーは、揃って唖然とする。


 特にアンラヴェル教皇と会話したことのあるギル・シャロ・マオラオの3人と、あの宮殿に仕えていたミレーユは声が出ないようで、度の過ぎた動揺が沈黙の針となって肌をつつく中、ノエルは居心地が悪そうに目を伏せていた。


「その後、ノエルが丁度監獄まで船で移送されている間――天国の番人ヘヴンズゲートにより悪病ヘロライカを基に作られたウイルス・ガスがアンラヴェル神聖国にて蔓延。人々は死を待つしかない状況に置かれているわ」


「ウイルスの……ガスが、蔓延って、どういうことですか……!?」


 弟の安否を確かめられていないミレーユは、不安から過敏になっているのか『ヘロライカ』という言葉に兎耳を震わせて、酷く困惑したように聞き返す。


 すると、


「詳しいことはわからないが……ただ言えるのは1つ、今回のアンラヴェルは実験台として使われたに過ぎないってことだ。もうじき、もっと人口の多い別の国で同じようなテロが引き起こされるだろう」


「だからアタシ達は、迅速にオルレアス王国に帰還して対策を練り、宗教集団ヘヴンズゲートの大元を調べ上げて叩くわ。――ノエルは、貴方達の脱獄計画を手伝う代わりにそれに協力させてくれ、戦争屋に加入させてくれと言ったの」


 ノートンとフィオネの連携により、濃厚で膨大な量の情報が耳に入る。

 全員言葉の咀嚼に時間がかかり、ようやく飲み込んだところで今度は事態の異常さに気づかされた。


 アンラヴェル神聖国では神子誘拐のためにテロを犯し、ロイデンハーツ帝国では犯罪者を集めて殺し合せて生き残った数名を勧誘しようとし、ヴァスティハスでは収容監獄として世界中から罪人を集めて管理をしていたヘヴンズゲート。


 前からおかしいとは思っていた。最近はどこに行ってもヘヴンズゲートと鉢合わせる、と奇妙に思っていたが――我々は1つ大きな勘違いをしていたのだ。


 運悪く出会ってしまうのではない。どこへ行っても出会ってしまうくらい、奴らは世界中の隅々にまで活動範囲を広げているのである。


 何を目的としているのか、何を為そうとしているのかはわからない。

 だが今まで名を聞いたことのなかった組織がこんなにも急激に範囲を広げているということは、恐らく彼らは――彼らの計画を進める決定的な一手となる事件を、遠くないうちに世界のどこかで引き起こそうとしているのだろう。


「この状況下で、貴方達3人はどうするつもりなのか。お聞かせ願えるかしら?」


 フィオネがそう言うと、今まで黙っていたミレーユが震える声を上げる。


「……わた、私は……弟を探したいです。それに戦争屋さんには協力して頂いたお礼もしなければなりません。ですが、戦えるわけではないのできっと邪魔になります。……どうすれば良いでしょうか」


「――あぁ、それならウチの処理班が預かろう。生臭い仕事をすることに変わりはないが、戦わなくてもやっていける分、こっちの方が適しているだろう」


 そう答えたのは、丁度自分の食器を片付けようと立ち上がったノートンだ。ノエルを監獄に移送する前に何度か話したことはあるのだが、未だに距離感を掴みきれない彼の発言にミレーユは『処理班……?』と口の中で呟き、


「戦争屋さんとは違うんですか?」


「あぁ、フィオネが戦争屋じぶんたちをサポートさせる為に作った組織でな。種族も性別も年齢も問わない、訳ありの奴らで構成されてる。今は150人くらいだったかな。オルレアス国王のご厚意で、王城に居場所を持たせてもらっているよ」


「王城に……?」


 繰り返しながら、ぽかんと呆気に取られるミレーユ。

 戦争屋がオルレアス王国との繋がりを持っているという話は、ミレーユが初めて戦争屋の拠点を訪れた日になんとなくメンバー同士の会話から察してはいたが、改めて耳にすると猛烈な違和感がある。


 何故、世界の国々や組織に喧嘩をけしかけるような物騒な組織が王国を、しかもオルレアス王国だなんて巨大な国を味方につけているのか。

 ミレーユが呆然としていると、フィオネがノートンの言葉を引き継いで、


「戦闘に駆り出すこともあるけれど、基本は事務職よ。アタシ達が襲った国や組織の被害処理……死体や遺品の収集、残された者への救済措置の設立がメインね」


「そうなんですね……あの、入るのに試験みたいなのはあるんですか?」


「試験……まぁ、適正を調べるテストみたいなのは軽くあるわね。戦争屋と提携している情報課、医療課、監視課、工作課……その他にも。それを確かめるだけで、合否という概念は存在しないわ」


「あぁ、よかった……。あの、ありがとうございます……!」


 ぺこり、と頭を下げるミレーユ。

 そこから離れたところで『えーミレーユちゃん処理班なのー?』と不満げにシャロがぼやいていたが、マオラオにぽかっと頭を小突かれて黙らされていた。


「――じゃあ、ノエルとミレーユがそれぞれ戦争屋うちと処理班に入るとして……問題は貴方達2人ね。ジャックとレムはどうするの?」


 座りながら腕を組み、顎に指を添えたフィオネが目を細めて、その奥の紫紺の瞳を妖しげに輝かせる。するとジャックが机に身を乗り出し、


「オレは戦争屋に入るぜ! というか、入らせてくれ! オレはこれからシャロと一緒に過ごすって決めたんだ、頭はよくねーし食費は馬鹿みてーにかさむしよく無意識に放電して物燃やすだろうケド……」


「うーん、最後のを前置きされるとかなり胃が痛いけれど……『けど』?」


「それでも、それを覆すくらいのデケェ戦力になるって約束するヨ!」


 太陽のような色の双眸を真っ直ぐに向けて、そう言い切るジャック。真摯な兄の言葉にシャロは胸を打たれたようで、『兄ぃ……』と1人呟いていた。


「……狂気的ね。貴方これでも兵士やってたってギルから聞いたんだけれど」


「ウン、1年くらい前までナ。それからは傭兵やってたケド……」


「それだけの経験があって、こんな楽観……いえ、明朗な性格なの?」


 眩しさに気圧されたフィオネは、恐ろしいものを見たかのように目を逸らして額を押さえる。当のジャックはなんのことだか分かっていないようで、不思議そうな顔をしていたが、そんな反応さえフィオネには狂気的に見えていた。


「レム、これは貴方の指導かしら?」


「いいや。こいつぁ昔からそうだ。道徳心はそれなりに持ち合わせてるはずだし、殺すときにはきちんと申し訳ねぇって思ってやってるらしいが……それが死んだらもう気に留めねえ。自分が殺したって記憶がすっぽ抜けたみてえにな」


「……エッ、待ってヨ、ジャック君がやばい奴みたいな話してない? オレ言っとくケド、そんなにおかしくないからナ?」


 周囲の空気を察して、不安げにおろおろと視線を泳がせるジャック。しかしその話題は『ま、』とギルが会話に割って入ったことで中断され、


「それよかジャックは戦争屋に入るってことで良いのか? フィオネ」


「まぁ、ええ。戦闘力も個性も申し分ないし、戦い慣れもしているでしょうし、むしろこちらからお願いしたいくらい。それで貴方は? レム=グリズリー」


 紫紺の瞳が、大柄の熊男の方へと向く。鋭い視線に当てられながらも、熊男はそれに一切動じず『あ〜』と頬をぼりぼり掻き、


「俺は……戦争屋には、ならねえ」


「えっ、おっさん!? オレと一緒になってくれるんじゃ……」


「まァ待て。元々、傭兵団を探すのが俺の目的なんでねィ。傭兵団が見つかったらそう長居するつもりはねえんでい。だから見つかるまでは力を貸す――ってことで協定の締結だ。話を聞くに、どうせ近いうちにデカい戦争考えてんだろい?」


「そうね。恐らく、大陸にカチコミするくらいの規模の予定があるわ。じゃあ、貴方は居候ということになるけれど、養ってもらえるだけの対価が貴方に払える?」


 悪戯な笑みを含んでフィオネが挑発すると、何故かサラダ用のフォークを握りしめて淡い緑色に光らせるレム。次の瞬間、フォークが彼の身長をも超える大きさの――まるで槍のような形状に変化した。


「俺ァ質量の法則を無視できるような奴だぜ。手元に置かないってのはねえだろ」


 そう答えてフォークを元のサイズに戻すと、フィオネはきょとんとした後、遅れて込み上げてきた笑いに『あははっ』と溢し、


「……気に入ったわ! 貴方を買いましょう」


「買うな、借りろィ」


 こうして、ノエル・ミレーユ・ジャック・レムのそれぞれの方針が決まった。

 それから皆は各々の事情や、それぞれの視点で体験した今までの出来事について話し合い、認識の擦り合わせを行いながら朝食を進めるのであった。





 情報の整理を兼ねた朝食の時間が終わり、何人かはそれぞれのしたいことをする為に船内の寝室や甲板など思い思いの場所へ向かう。そうして食堂には、ギル・ミレーユ・シャロ・フィオネという4人が偶然残っていた。


「……そういえば、さっき言い忘れてたんだけどよォ」


 シャロとミレーユが皿の片付けをしており、フィオネが依然同じ椅子に座って本を読んでいると、ギルがふと思い出したように声を上げた。


「俺、『サードでレムと会った』って言ったじゃんか」


「……そうね」


 耳を傾けながらも、視線はずっと紙面に向けたままのフィオネが応える。


「俺、それと一緒にサードでジュリさんに会ったんだよ」


「……? どういうこと?」


 そこで初めて本から視線を外し、訳がわからない、と怪訝そうな表情を浮かべるフィオネ。何も知らない彼ならば当然の反応である。


「いや、なんつーか。でも、ジュリさんとはちょっと違ったんだよなァ。それにあれだろ、ジュリさん今船の倉庫に凍りついた状態でしまわれてんだろ?」


「えぇ。ミレーユの『形状保存』が作用しているから壊れる心配はないでしょうけど、甲板に出しておくのも怖かったから倉庫に閉じ込めているわ」


「なのに、監獄に居た……ってことは、やっぱり別人だよな。……待て、そのジュリさん後で見てめっちゃ笑いに行っても良いか? マジで気になるんだけど」


「笑うのは構わないけれど……」


 ミレーユは思う。――あっ、構わないんだ。しかしおかしい、ジュリオットと彼らは仲間という関係ではなかっただろうか……? と、彼女がプレート皿の水滴を拭き取りながら胸中で突っ込んでいると、


「あ、そういえばウチもギルのそっくりさんに会ったことあるよ」


「あァ、そういやそんなこと言ってたなァ……でもそれどころじゃねーよ、俺が見たジュリさんはマジで99パーセントジュリさん本人だったんだって」


「それ言ったらシャロちゃんの見たギルだって!!」


「……あ、そういえば、私もギルさんによく似た方を見たことがあります」


「「……え?」」


 突然のミレーユの言葉に硬直するシャロとギル。


 その後、ミレーユは説明を求められる。彼女は頷き、カジノにて逃走に失敗したシャロが連れ去られ、気絶していた自分がしばらく放置されていた時に、ギルそっくりの青年が自分を薄暗い部屋に隠してくれたということを話した。


「暗くてよく見えなかったんですが、確か目の色が黒色だったような……」


 そう記憶を巡らせていると、シャロはグラスを拭きながら『えっ!』と絶叫し、


「そ、それ同じ! ウチの見たギルもなんだか目が黒くて……もしかしてだケド、同一人物だったりしないカナ? ――あっ、ねぇ、それならフィオネは? フィオネは誰かにそっくりな人、ここ最近で見つけたりしなかった?」


 興奮気味にそう聞くも、フィオネは『いいえ?』と首を横に振り、


「アタシは残念ながらドッペルゲンガーに出会ったことはないわ。3人で面白そうな話をしてるのに、アタシだけ仲間外れなんて寂しいわね」


「そう言って、何か知ってんじゃねェの? オメーのことだし」


 悲観的に笑うフィオネに、目を細めて横から指摘を入れるギル。

 すると、金髪の美丈夫は驚いたような顔を作って、


「あら、わかる?」


「オメー演技ヘタクソなんだよ、なんつーか思考が漏れてるってェか」


「……耳が痛いわね。ノエルにもそうやって嘘を見破られたのに。……えぇ、確かにアタシはその『ドッペルゲンガー』について知っていることがあるわ」


 『けれど』と一息入れると、フィオネは紫紺の視線を本の世界へ戻し、


「確証がないの。ウェーデンの図書室から発見した『手記』がその手がかりになるはずだったのだけれど、それを解読しきらない内に半分以上の冊数が屋敷ごと燃やされてしまった今、改めて解明できることもほとんど無くなってしまった」


 それにあの『手記』にはドッペルゲンガーのことだけでなく、もっと色んなことが書かれているような気がした。


 助言をするかのような内容で、もしかすると古代人が未来に残した、現状の世界を予知したメッセージだったのかもしれない。なのにもうその『手記』は4冊しかフィオネの手元には残っていない。


 未知への探究心が人一倍強いフィオネにとって、この『手記』を燃やされた恨みはとてつもなく大きかった。この私怨も含めて、やはりヘヴンズゲートは頭から爪先まで抹消しなければならない――。



「だから一刻も早く帰還して、あの宗教集団を殲滅する計画を立てましょう」






 ――オルレアス王国到着まで、残り5日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る