第84話『大胆不敵キルミー宣言』
ヴァスティハス収容監獄・地下2階『サード』第3牢。
そこでは野郎どもの騒ぎ声が響き、混ざり、とてつもない騒音が暴れていた。
原因は褐色の
「わしゃあオンナなんてのは不死身やろーと、胸と尻があればなんでもええと思うんよ。やからあんさんも元気出しや? そんでここから出してもろてもええか、強行突破はあかんて後ろのおっさんと兄さんがうるさいねん、はははは!!」
手枷と足枷をつけられて洞穴の中に束縛されたまま、鉄格子の反対側に居る修道女にデカい狂笑を浴びせかけるアバシィナ。すると、
「おめえなんでそれで通ると思ってんだィ!! ほら見ろアズノアも怒り心頭に発して逆に無言になってるだろうがあ! あんた筋金入りの馬鹿だなァ!?」
このメンバーの中で、最もギルが信頼できそうなレムが声を荒げ、
「ははははじゃないんですよ、女性を口説くのは任せろとか言った矢先に貴方、傷心中の女性をなんだと思ってるんですか!?」
野太い声を追って、この中で最も常識人そうなジュリオットもどきの声が飛び、2人して褐色の王子様を非難する。しかし非難されている当人は、相当神経が図太いのかげらげらと面白おかしそうな笑い声を返し、
「お〜ッ?? あんさんらに言われんのは心外やなあ! どっちも揃って女の気配があらへんのに、ははは。女抱いたことあるかーぁ? どーっせあらへんねやろ、知ってんでうぶ臭いから。臭くて敵わんわ」
「あーン? じゃあおめえはいくつ抱いたってんだィ、砂漠の王子様がよお」
「はっ、そんなん数えたことないわ! せやけどまぁ、あの国は死亡率が昔っから高くて、王族の男はなるべく子を成せー言うて最低でも20人は身篭らせるように言われとったからなあ……? 30とかその辺ちゃうん?」
「ちゃうん? って知るかあボケッ!」
色々と桁外れなアバシィナを前に、とうとうまともに付き合う気がなくなったのか会話を投げ出すレム。うぶ臭いと言われて否定しない辺りはそういうことなんだろうか。エセジュリオットもすっかり黙り込んでいるが。
「おいレムの旦那、今度はあんさんが行ったれや」
「……わりいがお前さんの後だけは務めたかぁねえな。爆弾投げられたのと変わらねえだろい。つうか何してくれてんだお前さんは本当に……」
「そんじゃあ、ジュリオット=ロミュルダーか? ギルの兄さんでもええけど」
「……私は」
エセジュリオットが何か言いたげにぽつりと呟く。何か考えがあるようだが、それを本当に行動に移して良いのか迷っているような声音だった。ただしあまりにも小さな声で、音の反響する洞穴の中とはいえ誰の耳にもそれは届かず、
「じゃあ、しゃーねえなァ」
ジュリオットが口を開き直す前に、ギルの低い声が周囲で反響した。
「とりあえずアズノアだっけ、お前ちょっと俺のこと殺してくんね?」
「――はぁ?」
突然のギルの提案に、素っ頓狂な声を上げるレム。エセジュリオットは深い思考の海に沈んで聞いていなかったようで、レムのリアクションを聞いてから遅れて『えっ?』と何も知らず置いていかれている人の反応をする。
一方でアバシィナは、その言葉が飲み込めなかったのか少々間を置いた後、ぶっと噴き出して『ハッ、はーっはっはっはァ!!!!』と耳に悪い爆音を轟かせた。
「――いや、わかんで兄さん。わしはあんたの言いたいことがわかる。けどそれにしたって、っふ、ころッ、殺してくんねはな、い、や、ろ……っ」
「おいちょっと待て、狂言言ってる奴らで分かり合うんじゃねえ、減るな常識人もどれ常識人、これ以上俺ァ面倒なヤツ抱えたかねえよお……!」
ギルの特殊能力について何故か知っているらしいアバシィナはくつくつと笑い、知らないらしいレムのシルエットは頭を抱え込むポーズを取っている。
一方でキルミー宣言をされたアズノアはというと、鉄格子の向こうで『あ……ア……?』とやはり困惑しているらしく、モーニングスターの鎖を握ったまま立ち往生していた。いちおう意思疎通は出来ているようだ。
正直なんなら、客観的に見ればギルの方の知能が疑われる状態だが。
「いやまぁ、なんつーかな。え、これどうやって真面目な話に持ってくんだ……あ、それとマジでアバシィナお前だけは黙ってろよ??」
「おう、ええで!!」
不安でしかない返答をされて首を竦めながら、ギルは『あー』だの『うー』だの唸って話の始め方に迷う。そして恐る恐る、未知のものに触れるような慎重さで、
「その……なァ。俺もお前もお互いに顔見えてねえし、なんも知らねえけどさ」
なるべく優しい声音を心がけながら、ギルは語る。
「俺はお前と一緒で不死身なんだよ」
「……」
「死んでも死んでも治りまくって、老いて朽ちることも知らねー身体。なーにやっても平気だから外じゃ自由に戦ってきたけど、でも仲間は違うんだよな、いつか死んだりジジババになって寿命を迎える……」
それが、世の中の『普通』。
生命として『死なない』なんてことあり得ないのだ。世界全体で見ても、一生死なず朽ちもしない生き物はギルとアズノアくらいのものだろう。
だから同じ戦場で戦っていても、ギルと仲間との間でその一瞬一瞬に感じる命の重みは全く違う。ギルは何度でもやり直せる身体だから、平気で特攻も敵を巻き込んだ自爆もする。でも仲間はそうはいかないのだ。
首を刎ねられれば死ぬ。心臓を一突きされれば死ぬ。シャロだってペレットだってマオラオだって、みんなそういう風に身体が出来ている。
ギルからすれば、実に不便な身体だ。たとえ死ななくても老いて段々と身体の部位が使えなくなり、少しずつ壊れていきながらやはり死ぬのだから。
「それが、世の中の『普通』でさ。俺とお前は違う枠組みで、全部に置いてけぼりにされんの。止めたくても止められねェ、生まれて、生きて、死ぬ。それが生命体として自然の摂理なんだからな」
つまりはいつか、確実にギルは仲間に先立たれる。
ジュリオットが死んで、フラムが死んで、フィオネが死んだとしても後追いが出来る日は絶対に来ない。それこそ特殊能力を打ち消す能力にでもかからない限り。
そうして全てに置いていかれた時、自分はどうするのだろうと考えたことがある。
もしかすると、新しく生まれてきた奴らと組んで、戦争屋みたいにまた派手な何かをするのかもしれない。けれど、そいつらもいつか絶対に死ぬことが決まっているのだ。そうして置いていかれ続けた先に、何が残っているのだろうか。
怖かった。柄にもなく恐ろしく思った。
「きっと、お前もおんなじこと思ったんじゃねーの? 自分を知ってる奴は必ず先に逝っちまう、それがどんなに恐ろしいことか……いや、お前は長く生きてるんだったな。もはやそんなの既に経験してんのか。……そんで、死んだ奴らの記憶を抱えたまま、どれだけ孤独に生きていれば良いのか」
人間は軽率に『不老不死になりたい』と言う。
でも死なないことは、死ねないことはとても恐ろしいことなのだ。
だから普通の人間でありたいと思う。普通に生まれて普通に生きて、普通に死ぬことがどれだけ眩しくて温かくて、優しいことなのかを知っている。だからギルだって自分が戦場に立つことがなければ、普通の人間でありたかった。
「でも、どこまでいっても俺らは不死身なんだよな」
「……」
押し黙るアズノア。糸がのたくった手で鎖を握りしめる彼女が、一体何を考えているのかはわからない。ただし肯定的であれ否定的であれ、ギルの言葉を真摯に受け止めてくれているのは確かだ。
「いや、明確にはお前は不死身じゃないのか? 手術だから。よく考えると不死身の手術ってなんだ? まぁなんだか知らねーけど――条件はほぼ揃ってんだ」
死にたくても死ねないバケモノ同士。1人なら永遠に、実質孤独だが、それでもそれが2人なら――先に死んでいった者達の記憶をずっと共有できる。同じものを見て同じものを知っている、絶対に居なくならない相棒ができるのだ。
だから、
「俺とお前で一緒に生きてたら、この先ちょっとは楽しくなると思わねえ?」
この誘いには、二面の意味がある。『一緒に生きる』。つまりはアズノアを連れ出した先で、彼女を戦争屋に迎え入れるということだ。
素質的な話であれば、ギルから見たアズノアは申し分ないと思う。彼女ならば、フィオネが気に入りそうな要素はいくらでもあるのだ。
人殺しに躊躇いがなく、かつ不死身のような身体で、しかもずっと前の時代から生きている。時空間を隔離する能力者で実力にも問題はない。仲間と協調できるかだけが不安だが、正直仲間自体に協調性がないので変わらないだろう。
だからあとは、アズノアが自分の仕事を全て投げ捨てて、自分と一緒に来ることを選んでくれるかどうかだけなのだが――。
「……プロポーズみたいな発言やな」
「もしかして俺らお邪魔虫ってヤツじゃねーかぃ?」
「うるっせえなそこ!! ろくに慰められもしなかった癖によォ!!」
今まで空気を読んで黙っていた癖に、1番大事なところでひそひそと話し声が流れてきて牙を剥くギル。ぎゃんぎゃんと犬のように騒ぎ合い、雰囲気が見事台無しになったところで、
「……え、アズノア?」
鼻をすする静かな泣き声が乱入して、ぴたりと喧騒がやむ。
アズノアは黒い修道女のベールの下で、確かに肩を震わせて泣いていた。
*
その場に居た野郎どもは、アズノアが涙を溢した理由がわからなかった。
4名が思いついたのは、ギルが不適切な発言をした。あるいはアズノアがギルの提案に感動した。はたまたはアズノアが情緒不安定だった。のどれかであった。
しかし実際はそのどれもが違かった。
「チガ、ウ……ソンナノ、ソン、ナノ、ジャナ、イ……」
「そんなのじゃない!? おい待てジュリオット=ロミュルダー、てめぇアズノアが悲しんでるのは普通に生きれないことがどうのこうの言ってたよな!? だからせめてたのし〜く生きれる方法を提供してやろーとしてたのに、どういうことだオイ!! いいや、そもそもジュリさんの見た目してる奴が女心とか理解してる訳ねーよなァ!! 信じた俺が馬鹿だった!!」
俺の覚悟返せ、とギルはエセジュリオットに詰め寄るが、暗闇の向こうの彼はそんなの聞いておらず、『え、違うんですか……?』と自分でも呆然としていた。
同時に、レムが額を抑えたまま『あーあ……』と溜息を溢し、アバシィナが思いっきり爆笑したい欲求と戦ってぴくぴくと身体を震わせていた。
「くっそ、俺の言葉全部なかったことにしてくんね、これじゃ恥かいて……」
と、ギルが自死できない自分をこれ以上なく恨んだ、その時だった。
「――アナ、タ……ギ、ギル、クラ、クラ」
「……あァ? ……あれてか俺、名乗ったっけか?」
名前を呼ばれるも教えた覚えがなく、記憶を掘り返すギル。事実ギルはアズノアに名前を明かしていない。アバシィナが『ギルの兄さん』と漏らしたくらいで、フルネームまでは聞かせていないのだ。
だから、何故か勝手に名前を知っているアズノアを奇妙に思い、
「お前、もしかして俺のこと知ってんの?」
そう問えば、アズノアは鉄格子から引き下がり、鎖を握り直して、
「……ぇ」
ぐるん、と鉄球を振り回して鉄格子にぶつけた。格子はいとも容易く割れて、人間が簡単に出入りできそうな隙間を開ける。
「おいおいおいおいおい……!?」
声を上げたのはレムだけだったが、各位に動揺が走る。
何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。とはいえ自分を知っているのかどうかを聞いただけで、アズノアの地雷を踏んだ覚えはさらさらない。かと言って、他に原因があると言われてもそれが何か分からず、
「っ……!?」
下手に詫びることも出来ずに、ギルはアズノアの侵入を許した。
よろよろと手繰られるようにして、ギルの元へ近づくアズノア。それを追って鉄球が洞穴の地面を這い、がりがりと表面が削れていく。
一体どうするつもりなのか。ギルは拘束されていて逃げることも反撃することも出来ない為、攻撃をされればまともに喰らうことになる。もちろん、散々言ったように不死身なのでなんてことないが、流石に自分の近くに1つ前の自分の雁首とかは置いておきたくない。
「ア……ゥ……」
と、途中でアズノアは進路を変えた。
そして洞穴の壁に寄ると、壁に掛けられていた、気休め程度に中を照らしてくれている松明の1本を手に取って外す。
「……?」
片手に松明、片手に鎖を持ったままアズノアはギルの前まで来た。
薄暗かった周囲がアズノアの松明により照らされて、ギルの視界はかなり明るくなる。久しぶりの高い明度にギルは眉に皺を寄せ、目に入る光の量を抑えた。
黒いベール、黒いドレス。青白い肌にのたくった、無数の糸の手術痕。
どれだけ切っていないのか、膝裏の辺りまで伸ばされた緩い気質の黒い髪。
化け物じみているが、辛うじて女性だ。
「ギ、ギル、クライ、クライン」
「……? どーしたよ」
「アナ、アナタ、アナ、ナ、ナ、ナ、ナンカイ、メ?」
「……何回目?」
何回目とはどういうことだ。この監獄に囚われた回数を聞いているのか? 他にもそれらしい数字がないか考えてみるが、彼女が知りたそうなことで回数が関係あるものと言われても中々思いつかない。
「何回目って、なにが。女口説いた回数??」
「……」
それっきり、アズノアは黙り込んでしまった。
すると、
「……アズノアさん」
今度はエセジュリオットが声を上げた。
それに反応して、ちらりと身体の向きを声のする方へ向けるアズノア。松明が照らす範囲が変わり、ギルの次はエセジュリオットの顔が照らされる。そこでギルは初めて、今までずっと気になっていた彼の姿の目にした。
「ッ、え……?」
――そのもの。自分の知るジュリオット=ロミュルダーとなに1つ変わらない、そのままの姿がそこにはあった。
薄紫色の髪。紺青色の切れ長の瞳。細い鼻筋に若干痩せた頬。ただし格好が自分の記憶の中にジュリオットとは違く、眼鏡は黒でなく赤色のものを、服は青のベストではなく白衣のようなものを身につけていた。
「ちょ、っと待てよ……?」
ギルは口の中で呟く。名前が同じと来て声や喋り方もそっくりと来て、その可能性を考えたことがなかったわけではないが、単なる偶然の一致でまさか姿形まで一緒だなんてパターンは1度たりとも本気にしていなかった。
でも、今ギルが見ているのは、紛れもなくジュリオットそのもので。
「どういうことだよ……」
自分にしか聞き取れない範囲で小声を漏らすギルの手前、気まずそうな表情のエセジュリオットは視線を落とす。
「アズノアさん、彼はきっと何も知らない。知っているのは私と貴方と、あるとしたら片手で収まるくらいの数人。だから問うだけ無意味です。けれども貴方は彼について外の世界へ出た方が良い、それが貴方が幸福になる道のはずですから」
「……ロ、ロミュ、ロミュ、ルダ」
上手く声の出ない喉で、どうにか名前を呼ぼうとする修道女。
その姿には必死さが滲んでいたが、対してジュリオットは全てを投げ出しているような、諦めたような目をして微笑む。
「……覚えていてくださったのは嬉しいですが、私のことはどうか一生許さずに居てください。貴方をここに縛りつけたのは私のせいでもある。貴方を外へ逃す協力はします、ですから貴方は自由になってください」
「デ、デ、デ、デモ、デモ」
「私の処分はこの際どうなろうと構いませんよ。――それから、ギルさん」
「……あ?」
突然話をこちらに振られて、間を置いてから素っ頓狂な声を上げるギル。ムードブレイカー殿堂入りの大層間抜けな顔をしたのだが、幸い光源はジュリオットの元にあるため恐らく彼から自分は見えていない。
実際、ジュリオットは何か思い詰めたような顔をしていて、
「……彼女を、よろしく頼みます」
「やだ」
「は?」
強張らせていた表情を崩し、心底おかしなものを前にしたような顔つきになる紫髪の青年。格好つけようとしてもうまくいかない、そんなところも『戦争屋』のジュリオットと似ていて好感を覚えるが、とりあえず今はどうでもよくて、
「いや、だって、なんでお前は脱獄しねェの?」
「そ、れは……いえ、もっと建設的な話をしませんか。どうしたって私はここから出れませんので」
どうしても踏み込まれたくないらしく、完全に拒絶したような声音で次の話題に移ろうとするエセジュリオット。恐らく無理に踏み込もうとして喋ってはくれない気がしたので、流石のギルも仕方なく説得を諦める。
「……でも、よろしくするかどうかは
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