第82話『シークレット・プロフィール』
ノエル=アンラヴェルの収監場所はエリア・ファーストの『3909』番。
指定の牢屋に収監した後は、担当を『マルトリッド看守』と交代し、マルトリッド看守は囚人ノエルを囚人服に着替えさせたのち、刑務作業に参加をさせる。ノートンが演じている本来の看守は、任務終了後はファーストの巡回に努める――。
何度も脳内で刻み込んだ言葉を
現在はファーストを巡回する
というのも噂に聞いていただけあってただっ広く、まるで大昔に存在した石の都市を歩かされているようなのだ。それなりに地形には強いつもりでいたのだが、流石にこれほど広大な場所を歩いているとわからなくなってくる。
この中から見つけるとなるとかなり難しいな、と改めて実感。ノエルさえも回収できるか不安になってくるが、そんな不安は無理やり掻き消して捜索を続ける。
一応探しているのはギルとシャロと、マオラオとペレットの4名だ。
カジノ『グラン・ノアール』にて死体が見つからなかったため、ひとまず全員ここに居るという前提で見て回っている。効率はもちろん悪い。もし、フィオネの未来視が細かいところまで見れればどれほどよかっただろうか。
「……いや、もっと効率的なやり方があるはずだ。囚人の状態をまとめたリストみたいなのがないか……看守室に入ってみるか……?」
最も時短が出来そうで、最も危険な方法。擬態中のノートンを見る目が増えるのであまり選びたくなかった方法なのだが、今はしのごの言っていられなさそうだ。確実に見つけられる方法を取るため、ノートンは看守室を探す。
「……あった」
エリア内を探して十数分、一際高くそれらしい石塔にようやっと辿り着く。今も看守が忙しく出入りしており、自分もあの中に混ざると思うと少し気が引けたが、
「……行くしかないな」
そう自分に言い聞かせて、ノートンは前に進み出る。そして当たり前のような顔をして上着の内からカードキーを取り出し、薄い鉄扉の黒いパネルに押しつけた。
すると鉄扉は『ぴ』と機械的な音を発して、左右へ綺麗に分かれた。ノートンを看守だと認識してくれたらしい。すれ違った看守もその機械の判断になんら違和を感じた様子はなかった。ただ、忙しそうな足取りで出て行った。
「……行くか」
カードキーをしまい、首元を手短に締め直しながら呟いた。
*
――案の定、看守室は情報の宝庫だった。
メインルームは監獄内の各地に設置された、監視カメラの映像を映し出したモニター室だったのだが、付近の看守用倉庫には今までの囚人の情報を記載した紙を閉じ込めた分厚いファイルが多く揃えられ、時代順に並べられていた。
最近のファイルを調べれば、中には戦争屋の面々の情報もあった。
だが、そこにあったのは思っていた面々とは少し違っていた。
まず、ペレットが居ない。
ギルとシャロとマオラオ、悪ガキ3人は居るのに彼だけ存在しないのだ。そしてその代わりに何故かフラムが記載されている。もっとも、フラムは『罪歴』の項目が欠落し過ぎていて、ろくに情報書としての役割を果たしていなかったが。
そして、何故か知らない男が戦争屋と一緒くたにされている。
名はジャック=リップハート。大北大陸で傭兵をやっていたらしく、年齢は19歳で特殊能力は雷を操るという上位種の能力――。
「リップハート……?」
やけにその言葉が引っかかって、ページをいくらか捲って見返す。
すると、シャロも同じ苗字として記載されていた。やけに聞いたことのあるようなむず痒い感じがしたのはこれのせいだろうか。明確に聞いた覚えはないのだが、確かにこの名前を知っている気がしたのだ。
――というか、シャロってそんな苗字だったのか。
いや違う。そんな馬鹿な感想を述べている場合ではないのだ。そもそも何故シャロと、このジャックという男が同じ苗字で、顔がこんなに瓜二つなのだ?
「……きょう、だい……?」
安直に考えたらそういうことになるのだが、つまりどういうことだ。
監獄で生き別れの兄と巡り会ったとでもいうのか。
それに、
「シャロ……じゃない、『シャルル』だ……」
綴りをよくよく見てみると、地味に自分の知っている名前とは違う。偽名を使っていたのだろうか。そのことをたまたま自分が知らなかっただけなのか、それとも戦争屋は皆知らないのかもよくわからないが――
「……ん?」
もう1度隅々まで全員のプロフィールを見返していると、先程とは比にならない猛烈な違和感を捉える。
「これ……フラム、は……どういうことだ……?」
顔写真が添付された横に書かれていた名前は、『アントニー=プッチ』。そして獄死したか否かのチェック欄の横に小さなメモ書きがあり、
「過去、既に死亡済み……?」
――待て、流石にどういうことだこれは。
おかしい。何故ならフラムは6人目の戦争屋で、その時には既に自分は戦争屋インフェルノの事後処理班としての活動を始めていたから、シャロの時とは違って戦争屋と身近で、加入時のフラムの事情は知らされているのだ。
彼は戦う意思があったわけでないのに加入した、一際特殊な奴だった。
どういう経緯で出会ったのかまでは知らないが、彼は突然現れるや『過去の記憶が全くない』と言って何故かフィオネに気に入られたのだ。
だから、フラムという名前も本名じゃない。フィオネがつけた名前だ。
そして記憶がないという彼の発言は、ジュリオットの特殊能力『絶対審判』で嘘ではないことが証明されている。つまりフラム本人から名前を聞いたのならば、フラムという名前だけがここに記載されるはずなのだ。
なのに、
「アントニー=プッチ、って……」
いや、まず落ち着け。
考えられるパターンはいくつかある。ひとまずは単純な、別の囚人との間違い。次に監獄側がフラムの事情を悟り、なんらかの理由があって授けた仮名という説。
そして、最後に『過去を知れる能力者がいる』という説。過去でなくとも、例えば個人情報を盗み出せる能力と仮定しても良いだろう。
「名前に関しては、説明のしようがあるな……ある、が……」
でも、『過去、既に死亡済み』というメモ書きは一体どういうことだ。
ギルなら話はわかるが、何度見てもフラムのページであるし、ギルだとしてもギルに対してそのメモ書きは滑稽というか奇妙だ。他の紙からの裏写り――にしては文字が綺麗すぎる。明らかに筆者は、フラムに対してこう書いている。
けれどフラムは生き返れる能力者じゃない。分身を作れるという能力者だ。
「……わからない。どういうことだ……?」
額に熱が昇るのを自覚するノートン。
これが別の囚人との間違いだというならばすっきりするのだが……。
筆者が誰なのかを切実に知りたい。けれども、ここには担当の看守名しか書かれていない。この看守が筆者かと思ったが、他の全ページ通して筆跡が同じなので、恐らく看守とは別にこのファイルを書く奴が居るのだろう。
つまり、筆者は誰なのかわからずじまいだが、
「【チャールズ=クロムウェル】……この男が担当の看守か。牢屋の鍵を所持しているとしたら、コイツしか居なさそうだな……この倉庫に看守のプロフィール表もないか、1度探してみるか」
1歩捜索が前進したのを実感して、ノートンは気持ちに喝を入れ直すように少し強めにファイルを閉じた。
*
チャールズという男は、苦戦したがその日のうちに見つけることが出来た。
ちなみに中々見つけられなかったのは彼が看守ではなく、死刑執行人という扱いだということを知らなかった為である。彼の情報の記載がないファイルばかりを漁りまくって、時間を余分に食ってしまったのだ。
チャールズ=クロムウェル。柔らかな髪質と可愛らしい顔立ち、反して高身長のノートンでも思わず怯むくらいの背の高さを持った青年――。
個性的な外見を前に、ノートンが抱いたのは『奇妙な奴だ』という感想と、
「なんで白装束がここに……」
1つの大きな疑問であった。白装束、もとい『
まさか、手を組んでいるわけもあるまいし――。
同日深夜、エリア『セカンド』を徘徊する彼を静かに追いながら考えた。フラグ臭いのは自覚していた。それでも考えながら追った。現状は気づかれていないようでチャールズは白い羽織をはためかせながら、迷いなくどこかへ進んでいる。
ある程度歩くと、今度は石の小屋のような建造物の中に入っていった。
――追うべきだろうか。
流石に小屋の中まで追うと、確実にこちらの姿も向こうに確認されるため得策とは言えない。あの小屋がどんな場所なのかも知らないので、咄嗟に嘘をつくことも出来ない。リスクは相当に高く危険な賭けだと言えよう。
でも、もしあの小屋の中が、どこかに通じていたとしたら?
「……嗅覚を最大限に利かすしかないな」
元々ノートンは通常の人間の何倍か、嗅覚が優れている。嗅覚・聴覚特化の
なるべくギリギリまで小屋に近づいて、それでチャールズの匂いが小屋の中から遠ざかれば追ってみようか。
「……よし」
鉄格子の隙間からソロソロと出され、潜伏中のノートンの足首を掴んできた囚人の枯れ枝みたいな手を踏んでノートンは進む。今は擬態中の為、明るい茶色になっている髪を撫でつけながら、小屋の外壁にぴたりと身体を押し付けた。
すん、と鼻を鳴らす。洗剤らしい匂いの中に、生きている人間の匂いがする。悪く言えば肉の匂い。肉の匂いで思い出したが、そういえば腹が減ってきた。
任務を終えたら、またすぐにサプリメントを飲まなければ。
ノートンはチャールズの匂いが〈下へ〉消えていったのを確認すると、今度は扉の傍にぴたりと背中をつけて、ゆっくりと扉を開けた。
近くの監視カメラが、がくっと向こうを向いてからこちらに直ろうとする。擬態中だが念のため、目を合わせない内にと扉の隙間に身体を滑り込ませた。
「っ、ここは……?」
中は、物置部屋のようになっていた。木箱という木箱が積み重ねられ、全体的に埃を被っている。照明などはなく、扉を閉めてしまえば完全に光の世界からは拒絶されて、夜目を利かすことも出来ないほど真っ暗になる。
この中をあの、空色の髪の青年はどうやって進んだのだろうか。
ノートンは仕方なく、胸ポケットからライターを取り出す。当然、鼻の良いノートンの嗜好品ではない。煙草は鼻を潰すからだ。つまり、これは本来の看守の持ち物である。適当に所持品を引ったくった際に胸元に入れていたようだ。
なんというラッキー……とはいえ、ライターは長時間の使用で熱くなるので、長々とここを探しているわけにはいかない。
あの青年がどこに消えたのか、それを探さなければいけない。ノートンは足元に注目し、地下階段や穴のようなものがないかを目をよく凝らして探索した。
「――なんだ、これは」
探索開始から少しして、ノートンは床に蝶番のついた大きな扉――ハッチがあることに気づく。そこだけ埃が払われていて、誰かが使った形跡があった。
恐る恐るハッチを引っ張り上げると、そこから下は地下階段になっていて、
「――!」
そこに、チャールズの残り香は続いていた。
緊張に喉を鳴らしたノートンは、ひとまずライターを閉じる。
元々かなり暗かった小屋の中が真っ暗になるが、僅かな明かりが地下階段の奥から漏れ出していた。ちらちらと影が揺らめいているので、松明の明かりだろう。火が今も燃え続けているということは、確実に人間がこの階段の先に居る。
ノートンは嗅覚を使った。埃の匂いで相当ノイズが入るが、それでも下には人間の匂いが1つ――いや、2つ、3つか……?
「うっ……」
途中、油と鉄が混じったような匂いが流れてきて、ノートンは顔をしかめる。
一体これは、何をしている匂いだ……?
あまりの悪臭と不気味さに、嗅覚を研ぎ澄ませた状態で思いきり嗅いでしまったノートンは中に入ることを躊躇う。しかし、
「――っスよ。次の――までには間に合う――ないかと。ボクは――」
「……!?」
プロフィール表には乗っていなかったはずの、あの生意気な少年の声が聞こえたような気がして、気づけばノートンは階段を降りていた。
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