第72話『男3人寄らばそんなに仲良くない』
盗み聞きされていたことも知らずにペレットと別れたシャロは、作業部屋に戻って第7班の皆と合流した。そして囚人の面々に何かを説明しているチャーリーにずんずんと歩み寄り、そこそこ青年らしい形状をした手首を引っ掴むと、
「ひ!? あれ、というか今まで貴方はどこに〜……」
「んね、チャーリー、今から屋上行って良い?」
「え、屋上ですかぁ……?」
突然の申し出に唖然とするチャーリー。別に、囚人が気晴らしの為に看守及び処刑人監視のもと屋上へ行くことは許されているのだが、それはそうとこんな大胆な演出を前置きして質問されると無駄に縮むものがある。
チャーリーはどくどくと跳ねるような心臓の鼓動を感じながら、檸檬色の双眸を彷徨わせた後、躊躇いを含んだ声に言葉を乗せて、
「良いですけどぉ、でも、今日はあまり動き回るのは良くないというかぁ……」
「え? なんで?」
「ちょうど、それを今説明しようとしていたとこなんですよぉ……あの、今日はですねぇ、その……シャロさんに『サード』の時空間を管理している処刑人さんがいらっしゃる、ってお話はしましたっけ?」
「え? あぁ、ウチが収監された日に皆から聞いたケド……それが?」
『時間の凍結した空間』を作り上げる能力者で、それを維持し続ける為に人体改造でほぼ不死身みたいな身体にされ、その結果精神がおかしくなってしまったとかいう可哀想な人の話を思い出しながら、シャロは率直に聞き返す。
するとチャーリーは口籠もり、思い浮かべた説明を口にしようとして語頭を発声し、いや、と途中で唸り声を混ぜながらこちらの気を何度か焦らして、
「その方がですね、監獄の中を徘徊される日なんですよぉ……」
「……徘徊? え、普段はどこに居るの?」
「普段は『サード』の中にいらっしゃるようです、中まで入ったことがないので詳しくはわかりませんが……それで、ずーっとぐるぐると色んな場所を歩き回すんですねぇ、主に午後入ってから翌日の夜明けまで〜……」
つまり、今は大体午後15時過ぎなので普通に対象の時間以内である。今でも監獄のどこかで徘徊しているのかもしれない。しかし、ただ歩くだけならここまでチャーリーも焦らないはず。なので、
「もしかして、反応からして有害なの……?」
「ゆうが……まぁ、そうです。愛用の鉄球を振り回しながら歩き回る方でして……牢屋の中に入っていれば問題はないんですが、以前すれ違った囚人の頭蓋を潰すという事故が多発しまして〜」
「ず、頭蓋を……はぁ、なるほどね。あぁそっか、『サード』の管理人だから追い出せないし殺せないし、放置してるしかないからこっちが殺されないように動かなきゃいけないのかぁ……」
「そうなんですよぉ、本当に見境がなくてぇ……!!」
ぶるぶると本気で震えているのを見る辺り、チャーリーは過去にその管理人に遭遇したことがあるのだろう。しかも汗粒まで流しているので、その凶暴性は誇張表現などではなく折り紙つきであると見た。
だが、
「本来なら自衛するとこだケド、今のオレらにゃあ武器もねーし、能力だって正直使って大丈夫かわかんねーもんナァ」
そうぼやきながらジャックが触れるのは、首についた無骨な機械である。
以前、いつだかの夜に『自身の身体は雷電に変えられる、だから自らを雷電に変えて首輪からすり抜けてはどうか』とノリノリで第7班の皆に相談をしたのだが、首輪が壊れて爆発したらどうするんだ、とギルに冷や水を浴びせられて以来、彼なりに能力の使用に慎重になっているのだった。
身体が雷電の状態で爆発がジャックに被害をもたらすのか、という疑問もあるにはあるが、絶対に安全であるという保証も出来ない。ので、周囲からも気安く能力を使うなとジャックには念押しがされている。
「もしその管理人と遭遇した場合、看守とかあんさんらは守ってくれるんか? わかっとるとは思うけど、オレらこン首輪で暴力行為そのものが制限されとるわけやから、自己防衛できんねんで?」
「まぁ、自らの安全も確保しつつになるので状況によりけりですけどぉ……処刑日よりも先に不慮の事故で極悪人が死亡、なんて後処理が大変ですからねぇ、一応おれらは囚人の皆さんを守るようには言われています〜」
「つったって、こーんな背がデカいだけのひ弱がどうやって俺ら守んだよ」
「あのぉ、勝手にひ弱設定にしないでくれますぅ? ギルさん。そりゃあおれは可愛いですけど、可愛いから弱いなんて式は成り立ちませんからねーっ?」
「俺の言葉を都合の良いように解釈しやがったこいつ……」
相変わらずのポジティブさに額を押さえて唸り声を上げるギル。その手前でチャーリーは、本調子を取り戻したように笑みを含み、
「おれはそれなりに強いですから、ご安心くださぁい」
「じゃあ、管理人さんに会っても大丈夫なんだね? よし、屋上行こうよ早く」
「あっ、いや流石に彼女に勝つのは……いえまぁ、日の出る場所に出たケースはありませんし、屋上に行くくらいなら大丈夫かな……?」
屋上行きを急かされて冷静沈着な判断も出来ぬまま、押されるようにしてチャーリーは全員を外へと連れ出す。最中、1度も喋らなかったフラムがやけに固い思案顔をしていることには、誰もが気づいていなかった。
*
今日の午後の空は曇りであった。
ヴァスティハス収容監獄の屋上はろくに雨宿り出来そうな場所もなく、ただ全方位に5メートル越えの金網が張られているのみ。雨が降ったら一旦中止にして帰るということだけ先に決めて、各々は適当な場所で輪の形に座った。
ちなみにチャーリーは少し離れたところのベンチで、何か書類を挟んだファイルのようなものを広げてずっと何かを書き込んでいる。
何やら、『アクネ教』にまつわるどこぞのお偉い様の処刑日が思いっきり早まったとかで今日になったらしく、異例の事態でかな〜りスケジュールが狂ったので、手帳でカレンダーを見つつ予定の調整をしているらしい。
それから処刑人(チャーリーの場合は看守も兼ねていそうだが)という立場上、牢屋に居ない時は常に自分の担当の囚人を監視していなければならないが、囚人の休憩時間にまで入り込むのは禁止とされているんだそうだ。
何やら過去に過干渉のあまりブチ切れて、看守を殴り殺した囚人が居たという伝説からその決まりが作られたのだという。
ので、監視の目はいつもより遠く、
「とりあえずここで運動するなりなんなりして、一旦みんなが抱えてるモヤを吐き出そう。頭がすっきりしたら、何かアイデアも浮かぶかもしれないし」
と、チャーリーに聞こえない程度の小声でシャロが全体に告げると、あぐらをかいて座っていたギルがぴくりと頬をひくつかせ、
「あー……もしかして俺、そんなに舌打ち酷かったか?」
「うん。んまー、何かがきっかけで仲間割れすんのも忍びないしね、シャロちゃんのありがたぁい気遣いに感謝してリフレッシュせよ」
「ン。んじゃあ、ボール遊びでもすっかぁ。どーよフラム」
血濡れの双眸を犬耳の青年へと寄越し、運動に誘うギル。すると青年はしばらく黙した後、数秒遅れて『え、あ、僕ですか!?』と滑稽な顔を晒し、
「えっと、僕はちょっと他にやりたいことが……」
「あそ、残念。じゃあシャロ」
「待って、今のギルの『じゃあ』には、まるでシャロちゃんがフラムの下位互換だとでも言いたげな感じが……まぁ良いけど、ギルとスポーツやるとろくなことになんないんだよなぁ……んねぇチャーリー、バスケットボールやりたいー!!」
一瞬ギルから差別を受けたような気もしつつ、倉庫から遊具を出してもらうためチャーリーの元に駆けていくシャロ。そしてそれを追うギル。彼らが離れることによってその場所には、ジャック・マオラオ・フラムの3人が取り残され、
「……会話しづら過ぎひん?」
「だよな、主にジャック君が邪魔になってるよナこれ完全に」
マオラオとフラムを見比べて、場違い感を思い知らされるジャック。ちなみにそんな雰囲気など入獄当初から薄々あったが、自分と強い接点のあるギルとシャロが遊びに行った今、ジャックの異物感は凄まじいものになっている。
何せジャックからするとどちらとも『最近出会った奴』にしかならないのだ。なんならフラムとは互いに、名前と顔がようやくわかるくらいの関係性。
何を喋ったら良いんだろうか、とジャックが割と真面目に悩んでいると、目の前のマオラオが『いや正直オレな』と肩を竦めて、
「フラムともろくに話したことないねん。やから、どことどこの関係性見ても、ほぼみんな顔見知りと同じような友情レベルなんよ、面白いことにこれ」
「まぁ、そもそも僕もマオラオさんも持ち場の作業が多過ぎて、お互いに介入する暇がありませんしね……」
「でもあれやで、フラム。裏でオレら言われてんねんで? あいつら特徴ばっかり似寄るなぁ〜って。あと、フラムは『光属性のマオラオ』言われてオレは『闇属性のフラム』って言われてんねん。なんや闇属性のフラムて」
「割と的を得ているような気がするんですけど」
「は〜しばらく喋らん内にめっちゃ言うようになっとるこいつ……」
同僚の嫌な変化に肩を落としながら、マオラオは『まぁともかく』と短い言葉で今の話題を棚上げし、ちらりと犬耳の青年へ目をやる。すると少し遅れて熱い視線に気づいたフラムは、きょとんとした表情で次の発言を待った。
そんな天然なのかわざとなのかわからない様子に、思わずマオラオは額を押さえながら重たい溜息を1つ溢すと、
「あんさん、なんでそない固い顔しとるん? よう鈍感や鈍感やぁ言われとるオレでもわかるで」
「エッ、いや、その……」
「あっお前、目ェを逸らすなーぁ。あんさんのことやから、なんややましいこと考えとるわけではないんやろ? あんま抱え込まんで相談したらええやん、『お前に相談したない』って言われたらオレが木陰で泣くだけやけど……」
「いや、あの、相談したくないわけじゃなくて……でも、これが本当に正しいことなのかわからないんです……」
体育座りに曲げた脚をぎゅっと抱え込んで、膝と胸の間に生まれた小さな溝に顔を埋めるフラム。髪色と同じ色の犬耳はだらんと垂れて、普段は彼の大声と共にバタついている尻尾も今は元気がなく、コンクリートの上に横たわっている。
「正しいことか、わからん?」
「はい。この数日間ずっと、僕なりに脱獄の方法を考えて今日、それらしいものを思いついたんですけど……でも、これで良いのかなって。もしこれで皆さんに咎められたらどうしようって」
「……まァー、別に構わんで? どないな意見でもきちんとあんさんが真剣に考えて出したもんやろ? それやったら馬鹿にすることも咎めることもない」
――受け入れるかはともかく。と、マオラオは胸中で小さく付け加えるが、この半月間でろくに意見も出なかったから、初めての発案となるフラムの意見は是非とも聞きたいところである。というか、そうしないと事態が前に進まない。
「やから落ち着いて、ゆっくりでもええから話したってくれや。な?」
「……えぇ、わかりました」
フラムは目を瞑って海色を押し込め、数十秒の間停止して自分の思考に整理をつける。そして話の順序を決めると、そっと唇から紡ぎ落とした。
「――まず、僕らは脱出経路がわかっていませんよね。ですから、牢屋付近の把握をする必要があります」
「せやな」
マオラオが頷く。脱出できるできないの以前に、自分達はこの監獄の構造を全く知らないのだ。広大で迷路のように複雑奇怪な通路は、一体どこがどこに繋がっているのか、どんな見張りがどこに居るのか、その膨大な情報の一欠片すらも。
つまり、脱獄をするその前に圧倒的に準備不足なのだ。だから一刻も早くルートを脳内に叩き込み、脱出経路の確保を行うべきなのだが、
「当然、休憩時間に『監獄内の散策』をすることは出来ない。ですから、無理にでも外に出て周囲を知る必要がある。けれど僕らは常に鎖に繋がれているか、作業部屋に居るか、牢屋に居るくらいしか出来ません」
「そーだナァ」
「そこで、僕の能力を使おうと思うんです。分身の能力・『
そう自らの手の内側を開いてみせると同時、フラムは『これ』を実際の行動に移してしまえば、自分はとてつもない悪人になってしまうんじゃなかろうか、などと今更の戯言を心のどこかで吐き溢していた。
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