第64話『人生とは奇妙の連続である』

 自分の仲間はどこか。というギルのその質問に、少々の恐怖心が混じっているのを汲み取ってしまったのだろう。高身長を屈めてこちらを見てくる青年は、言葉を咀嚼した後、頬を口角でゆるりと持ち上げた。


「――では、まずは同船していない方から紹介した方が良いですかねぇ」


「……ってことは、何人か逃げれたのか?」


「えぇ、まぁそうですね。本当は全員まとめて回収したかったんですけど、フィオネ=プレアヴィール率いる集団による集中攻撃を受けて、急いでカジノから離れて出港しなきゃならなかったので」


「……は」


 体調不良により拠点で寝込んでいたはずのフィオネが、こちらにまで来て、しかも『グラン・ノアール』に攻撃を仕掛けたというのか。いや、一体何故だ。カジノに行くことなどフィオネには伝えていないはずなのに――。


 というか集団ってもしかして処理班の事だろうか。だとしたら、フィオネにあれこれ言われて無理やり連れ出されたんだろうか。


 現在どこに居るとも知れぬ兄貴分ノートンの心労を思って、ギルは心を痛める。


「で、同船していないのがえーっと……ミレーユさんと、ジュリオットさんと、ペレット君ですね」


「……その3人か。なんか、青っぽい色した奴ばっか集まってんな」


 どういう経緯でその3人が逃走に成功したのかはわからないが、ジュリオットが策を立てて、ペレットがそれに従い敵を払って、ミレーユが必死に2人の跡を追ってフィオネ達と合流した感じだろうか。


 いや、逃走が果たして何を持ってして逃走と呼ぶのかはわからないから、現状は喜ぶことも出来ないか。フィオネ達に庇護されたのではなく、もしかしたら帝国の方に逃げた可能性だってある――とギルは無言で思考を広げた。


 だが、


「それで〜、乗船して投獄の為にこの移送船の、船医の治療を受けているのがシャロさん、ジャックさん、マオ……」


「おい、今テメー『ジャック』っつッたか……!?」


「ひ!?」


 檻を破らんとする勢いで鉄格子に飛びつけば、不意を突かれたチャーリーが情けない声をあげる。しかし今のギルには、そんな面白みと擦り甲斐しかない点にすらもいちいち構っている余裕はなく、


「ジャック、って言ったよなァ!?」


「い……言いました、けど……」


「同じこの船ン中に居るんだよな!? んで……」


 ギルは、数時間ほど前にイツメから告げられた言葉を思い出す。彼女は確かに森の中で対峙していた時、ギルに向かってこう言った。


 『部下が殺され、ジャックの記憶が元に戻った』――と。つまり今同船しているジャックは、ギルのことを知っているジャックということであり、


「くそふわ野郎、今すぐに俺をこっから出せ!!」


「む……無理ですよ、不死身の貴方を解放したら手に負えませんし……! っていうか、他のお仲間のことは気にかけないんですか!?」


「気にかけてるに決まってんだろーが!! でも正直、今ジャックがここに居るってことの衝撃の方が数倍デカくて、それ以外何も考えらんねーんだよ!!」


 自分でもドン引きしそうになるくらいクソみたいな開き直り方をすれば、チャーリーは唖然として檻の中のギルを見つめる。そして唇をキュッと引きながら、空色の髪の彼はふるふると首を横に振り、


「ダメって言ったらダメなんですぅ……これ以上おれのこと怒ったら、流石のチャーリー君も泣きますよぉ? 人目とか知りませんからね、おれ〜……」


「いや、怒ってねえけど……? あ、いや、確かに怒っちゃいるが、今はただ声をデカくしただけだろーが。……おい、本気で泣こうとすんな、野郎の泣き顔真っ正面から見るのちょっときついって、待て、お……」


「うっそで〜す、こんくらいじゃ泣きませんよお。あは、焦りましたか?」


「……久々に腹たったわ。なぁ、コノ檻チョット破ッテミナイ?」


 これ以上ないくらいの笑顔を浮かべ、鉄格子の1本をぎりぎりと握り締めつつ尋ねれば、チャーリーは涙の粒を白装束の袖に吸い取らせてから小さく吐息。


「――続けましょうかぁ。最初にシャロさんの状態ですが……」


「おいくそふわ」


 どこまでも舐め腐ったような態度のチャーリー。それにかちんという音がギルの脳内で鳴り、殺意を込めた呼名をすれば、それを一瞥いちべつしただけでものともせずに白装束の中を探って、彼は小さなメモ帳のようなものを取り出した。


「えー、はかなりの重体ですね〜。全身の切り傷、後頭部の酷い腫れと、数回に渡り蹴られた痕。投獄する際都合が悪いので、乗船させている船医に昨夜の出港時から治療はさせていますがぁ、いくつか傷は残ると思います〜」


「……!?」


 当然のように女性扱いをしている初見あるあるはさておき、その後に羅列された悲惨を表す言葉の数々に喉を凍りつかせるギル。しかし彼の状態には気を留めずにチャーリーは、淡々と説明を続けていき、


「次にマオラオ君。彼は怪我も特に見当たらず、医務室では気絶から目覚めると、すぐに叫んで暴れ散らしたそうです。お陰で負傷者多数、いくつか医療用機材もぶち壊されてしまったようですねー、今も医務室に居るようです〜」


「ちょ、待てよ、さっきのシャロの話って……マオラオの話もある意味の突っ込みどころが大概だけど――」


「そして最後にぃ、お待ちかねのジャックさんですが……」


 ――そこで、意味ありげに1つ区切りをつけるチャーリー。その演出に思わず無言になって、次の言葉を待つギルに彼はいやらしい微笑みを浮かべて、


「彼は、所々に怪我がありましたが、3日も経てば全部元通りになるほどの軽症だったそうです〜。ただし、彼はまだ目覚めていません。……あ、そうだ。あと能力を使われるのが怖いので、首に爆弾装置を取り付けさせてもらいました」


「はっ……!? 爆弾装置ィッ!?」


 ギルが叫び声をあげた瞬間、それに共鳴するように船がぐらりと傾いて、元々失われかけていた平衡感覚が更に奪われる。


 この物置部屋が思いっきり傾いて、天井から吊るされたカンテラが揺れ、どれだけ船の揺れが激しいものであるかを体現していた。


「わ〜っ、ととと……危ない。あ、平等に全員につけてますよ〜? 安心してください。ま、これでおれや看守さんに反抗すると、ボーン! ってなるわけですね。これに関して、ギルさんに意味はないかと思いますが……」


「ウワ本当だ、なんか知らねー内に首になんかついてる……いやマジで、俺に関しては無駄遣いだぜこれ」


 何故つけたのかと、不可解に思いながらギルが指の腹で撫でるのは、首元に取り付けられた銀色の首輪――のようなものだ。ツルツルと機械的で、首飾りにしては無骨な触り心地をしており、装置であるという発言の真実味が増す。


「まぁ、全員につけとかないと、ズルだーって別の囚人さんから暴動が起きちゃうので〜。こればっかりはどーしようもないです、大人しくつけられてください〜」


「……はぁ、ちなみに仮にこの首輪、今ここで無理やり外したらどーなんの?」


「無理やり外したら? まぁ、看守さんが管理してる専用の鍵がなければ、基本外せないと思いますけど……爆発するんじゃないですかねぇ」


 唇に人差し指を当てて、どことなく遠い場所を見つめながら呟くチャーリー。ふわっとしがちな彼の発言だが、今の思案顔には特に騙して遊ぼうとするような色も見られない。実際にどうかはともかく、半端な脅しではないのは確かで――。


 と、チャーリーの思考を読み取ろうとしていれば、そこへ物置部屋の木製の扉が耳心地よくノックされて、


「失礼いたします。クロムウェル執行官、ジャック=リップハートとマオラオ=シェイチェンを連れて参りました」


「――あ」


 事務的な断りの言葉の後、物置部屋の扉が開けられた時、来客を視線で迎えたギルの口から出たのはそんな音だった。


 彼の視線の先に居るのは、こちらに琥珀色の瞳を向けてくる、およそ同年代であろう青年だった。こちらを見たソイツの口はパッカリと阿呆らしく開けられて、それから数秒間この場の時間が停止する。


 かと思えば、


「ギルーーーーッ!!」


 猪もサイもびっくりの突進でギルの元へ走り、しかし鉄格子で邪魔をされているため青年は、その勢いのまま檻に飛び乗る形となった。


「じゃ……ジャック!?」


 鉄格子越しに目に映る、かつての相棒の名前を呼べば、ギルの上に陣取った青年は――ジャックは格子の隙間から顔を覗かせ、改めてギルと目線を合わせる。


「ぎる……ぎる、ぎるぅ……!」


「ちょ、おま、なんで泣いてんだ……」


 ぼろぼろと涙を溢すジャックを前に、思わず苦笑を浮かべるギル。懐かしい声と懐かしい顔に、思わずギルでさえも視界が歪みそうになるが、腹の立つことにチャーリーの手前なのでそれを瞬きで誤魔化した。


 以前にもやりとりはしたが、あの時とは違う。きちんと視線に、声に、表情に親愛が込められていて、本当の意味でジャックと再会できたのだと実感した。


 聞きたいことも聞かせたいことも沢山あるけれど、まずはおよそ3年以上ぶりになるであろう相棒との再会を喜びたい。だから、


「「――鉄格子これ、壊しても良い?」」


 2人を隔てる物理的な障壁である檻を指差して、ギルとジャックは彼らの感動の再会をつまらなそうに見ていたチャーリーに許可を求める。


 するとふわふわの青年は、嘆息しつつ肩を落として、


「ジャックさん、貴方にも説明がいってると思うんですけどぉ、爆弾を常にくっつけてる身でよくもそんなことが言えますね〜」


「ふふー、だろぉ? ほら、オレってばよく向こう見ずって言われるしサッ」


 鉄格子の檻の上を陣取り、きゃぴんとウインクを飛ばすジャック。

 すると、そこへ遅れて背の小さな少年が入室。ジャックとギルの様子をそれぞれ目視すれば、彼は呆れたように眉を下げて、


「いや、多分それ誇ったように言う話やないで、ジャック……」


「――あ、マオラオ。え、お前らいつのまに仲良くなってんの?」


「『あ、マオラオ』じゃないやろ!! お前からしたら生きてるかわからんかった仲間との再会やぞ、もっと喜んだらどうなん!?」


 だんだん、とカジノに合わせたよそ行きの格好のまま地団駄を踏むマオラオ。革靴と木製の床の相性はよく、聞き心地の良いタップ音が振動により響く。


「いやぁ、ジャックの後に来ると喜びが薄くてさー。しかも俺とお前、入場直後から全くもって会ってねえし。お前が何してたか知らねえし。つか、それよりも……シャロは? 重症ってことだけ聞いてんだけど……」


 マオラオの怒りはさっぱり無視してそう問えば、少年は更に怒気を高めようとしたところで『シャロ』のワードにまんまと引っかかる。彼は喉から出そうになった言葉をどうにか飲み込み、額に昇った熱を冷ますと、


「シャロは、なんや詳しく知らんのやけど……無理やり眠らされとるらしい。オーナー・ハクラウルって奴に強い呪いをかけられて、そんで……その反動で解呪直後に暴れ散らしたんやって」


「……呪いの、反動……?」


「あぁ、『五感を奪う呪い』とか言うとったかな。オレも、オレの治療をしとった白装束ヅテに聞いただけやからわからんけど……」


 詳細を聞いたところシャロは、この世界に数ある『呪術』という異能力の中でも最高位の危険性を持つものをかけられていたらしい。


 内容が内容だけあって解放された後の反動も大きく、シャロは狂ったように暴れ回っていたそうだ。それで数人がかりで抑えつけて睡眠薬を注射して、今はどうにか大人しくさせているのだとか。


「それって……次に起きた時、シャロは正常に戻ってるのか?」


 しばらく放置していたチャーリーのことを思い出し、そちらを振り返って恐る恐る尋ねるギル。すると、構われなかったせいか妙に不満げな彼は首を傾けて、


「さぁ、どうでしょうねぇ? 一応監獄に着いてからは、メンタルケアの専門家に定期的に診て頂く予定ですが、呪いに関する知識はないのでなんとも〜」


「……シャロのことだから、そう簡単に呪いには潰されねーヨ。なんかあったとしても、オレがアイツを助けてやるだけだ」


 チャーリーの不安を煽る言葉に視線を落としたジャックが、自分に言い聞かせるようにしてそう呟く。それを当然のように聞き入れ――かけて、ギルは脳内で反芻はんすうした言葉の内容に『ん?』と思考を始め、


「なんで、お前がシャロにそんな固執してんだ? ジャック」


「え、だってオレ、アイツの兄貴だもん。オレは歴史なんてさっぱりだケド、大昔から兄貴にゃ弟を守るって使命があんだろーよ」


「……え、お前……待て、俺は何か重大な何かを知らされてね?」


 濃厚な情報を前に困惑するギルは、再び鉄格子越しにジャックを見上げ、その特徴は今一度じっくりと眺める。そうして緋色の瞳に映されるのは、薄茶色の短髪に意思の強そうな琥珀色の瞳、長い睫毛と整った目鼻立ち――。


「アッ、お前、シャロだ!? シャロそっくりだ!?」


「そーなんだよ、どっちかってぇとシャロがオレそっくりなんだケドな」


「えっ、じゃあドゥラマの時に言ってた『シャルル』ってシャロの本名か!? ってことは、アイツの本名はシャルル=リップハート……?」


「そ、でもアイツ、名前にも苗字にもあんま良い思い出ねーから、普通に『シャロ』って呼んでやってくれよナ。オレもこれからはそう呼んでくつもりだから」


「あ、あぁ……わかった」


 思いのほか真面目な雰囲気を纏って口を結ぶジャックの横顔に、ギルは動揺しながら壊れたように首を縦に振った。


 しかし、かつての旧友にして相棒が、まさかシャロの兄であったとは。

 ギルは心を落ち着ける為、大きめの息をふぅぅと溢した。人生とはなんて奇妙に作られているのだろう。


「むしろ、何でシャロとの初対面で似てるって気づかなかったかなァ……」


「――あ、てかそーだよ、俺は何でシャロがお前らと『戦争屋』なんてもんをやってんのかが知りてぇ。ギルだって噂で強姦やって牢にぶち込まれてたって聞いてたのに、いつのまにか居なくなってるしよぉ……」


「はぇ、強姦……!?」


「待て待て待て、勘違いすんなよマオラオ。強姦罪は濡れ衣だし、やろうと思ったこと自体1度もねーよ。大抵は娼館に行きゃあ済む話だしな」


「あぁ、そういやギルはたまーに行ってたナァ。オレは知らねーヒト抱くなんざ怖すぎて1度もついてかなかったケド……」


「バァカ、知らないからこそ都合が良いんだろ、どこまでもビジネスライクだからな。これで知り合いとかとやってみろ、すっげえ後味悪ぃから……多分」


 再会したことでテンションが上がっているのか、早朝にも関わらず生々しい話を展開していくギルとジャック。その許容範囲を超えるワードの数々にマオラオが目を回していれば、一方その横でチャーリーは額に手を当てて撃沈。


 その間にも彼らの男子的なトークはマシンガンの如く進み、気づけば話題はジャックの過去の話にまで飛んでいた。


「なるほどなァ、お前らが実家を……いや、良いんだ。むしろあんなとこからシャロを救ってくれて、ありがとう。オレからもお礼をさせてくれ」


「あ、あぁ……あん時も今までも、あれがお前の実家だったなんて、全く知らなかったけど。でもそうか、ジャックはドゥラマを辞めたあと傭兵団に……えっ、ジャックを助けてくれたッつーそのオッサンはまだ見つかんねーわけ?」


「ウン、ここしばらく見かけてなくて……オレじゃ力不足だから、どうにか仲間と一緒に活動、を……って、そうだ、やべっ!! どうしよ!?」


「あァ?」


「オレ、傭兵団アイツらロイデンハーツに置いてきちまった! 『グラン・ノアール』で従業員やってくる、って別れてからなんも伝えてねえ!」


 バッ、と勢いよく立ち上がったジャックは、ギルを閉じ込めた檻からひらりと飛んで着地すると、自分よりも随分と背のあるチャーリーの両方を掴んで揺すり、


「おい、ふわふわ野郎、全速力で船戻せ! 首落とされんならきちんと別れ告げねーと!」


「あぅわぅあぅあ……あの、揺らさないでくれますかぁ〜? それに今更ロイデンハーツへは戻りませんしぃ……というか、なんで処刑される覚悟はキマりまくってんですかぁ、貴方〜……」


「なァんで戻んねーんだよ! ちくしょ、ちくしょぉぉぉぉおおおお!!」


 猛たように絶叫を腹から放ちつつ、ギルの真横で床を何度も叩いては胸中に燻る歯痒さを体現するジャック。しかし彼の意思などつゆ知らず。移送船は無常にも、豪雨の大海を突き進み続けるのであった。



 ――ヴァスティハス収容監獄到着まで、残り6日。

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