第65話『死刑まで残り:60日』
約400年の歴史を持つと言われている脱出不可の監獄・『ヴァスティハス』。
かつて存在していた国の古城を改修して造られたというその監獄は、〈特殊な海流により並大抵の半端な船では流れに乗れず、入ることも出ることも出来ない〉という海域のど真ん中の孤島に建っている。
城以外のかつての王国があった証――例えば家々や灯台などが壊されて、完全に鬱蒼とした森と化しているその孤島。そのおどろおどろしい様に今日の悪天候はとても映え、また今日投獄される囚人3名の幸先の悪さをよく示していた。
沖全体に見受けられる、度重なる荒波により削られている岩壁が何よりも最初に移送船を迎え、
「うっわ〜、超可愛くなぁい」
甲板にて囚人の移動用の鎖に繋がれたうちの1人・ジャックは、迫る赤茶けた岩壁を見つめて不満げに溢す。
すると、同じ鎖で列車ごっこのように連結されている後ろのギルがハッと笑い、
「監獄の島に可愛いもクソもあるかよ。つか、俺牢屋に入れられんの何回目だろ」
ドゥラマ兵の時に強姦罪の濡れ衣を着せられて1回、アンラヴェルにて聖騎士に捕まって2回。そして今回で恐らく3回目だ。1回目を除き職業が職業とはいえ、こんなにも牢屋に縁があると嫌になるなとギルは嘆息。
一方、その更に後ろで同じ鎖に連結されて、列車ごっこの最後尾を務めるマオラオは全然違う場所に興味を向けており、
「あかん、このツナギほんまにデカいねんけど」
と、身を覆うゆるゆるダボダボの作業服の裾を気にしつつ、ぶつぶつと1人で文句を言い続けていた。
というのも彼、先程投獄のために囚人服(刑務作業の効率化のため、オレンジ色のツナギが規定として決まっているらしい)を支給されたのだが、用意されていたのが170センチ用か180センチ用のものだけであったのである。
「やっぱり意固地にならんで、女の子用を着た方が良かったんやろか……」
「そーだそーだ、見栄張ってんじゃねえよ152センチ」
「うそぉん、マオ助152センチなの? オレねオレね、ひゃくななじゅうごー。23センチ差じゃんネ!!」
「――あ、ちなみにおれは190センチですよぉ」
「「「お前は論外」」」
横入りしてきた
着陸地点を見上げる囚人達の胸元では、それぞれが留めた『10010』『10012』『10013』という、番号のふられたネームタグが雨に濡れていた。
*
孤島の海岸、崖のような場所の間近で
甲板から陸上へタラップがかけられ、投獄される罪人3名は先導するチャーリーの背に従い、鎖で列車ごっこをしながら大人しく陸へ上がる。
そして徒歩で森林地帯を抜けて元・ヴァスティハス王城――今となっては黒の監獄と化した場所に辿り着くと、3名は彼らを出迎える巨大なその構えに圧倒。
それは今までに見てきたどんな王城や宮殿よりも遥かに広大で、監獄の頂上を見上げようとすれば身体がひっくり返りかねず、その規模の大きさは一目見るだけで瞭然としていた。
さて、しばらくの間よたよた歩きを続ければ、とうとう彼らは新米囚人は収監エリアに到達する。
「うっわ……『監獄』っつーか……」
「……『古代都市』やな、これは」
マオラオが溢すその前で、ジャックが息を飲む。
目の前に広がっていたのはそう、マオラオの言うように――『古代都市』であった。
石造りを基盤としており基本的に鼠色をした空間なのだが、それが古の都市のような景観を形成しているのである。廃墟のような建物が大小様々に空間中、手前から遠くの方まで広がっているのがそう見える原因の1つであろう。
よく見ると、その廃墟のような建物にはきちんと鉄格子が一定間隔でついていて、中にこぢんまりとした牢屋があった。
天井は遥かに高くて影がかかっており、ここからでは到底見えそうにない。
「すぅぅぅっ、げぇぇーー!! ナァナァ、こんな街みてーな造り、どーやってやったんだ!? つか、でけえ!! ひれえ!!」
「さぁ……400年も前には既にこのような建造をしていた、という記録がありますから、超現代っ子のおれにはわかりませんね〜」
古代都市風の内装に目を輝かせるジャックを、鬱陶しそうに手を払って視線を振り切るチャーリー。直後、近くで囚人が鉄格子を蹴りつけた威嚇音にビビりつつ、彼は3名を繋いでいる鎖をリードのように握って先導を再開した。
そうして石造りの都市を進みながら、ギルは辺りに視線を飛ばしつつ思考を進める。
広すぎて把握仕切れないので大体だが、ざっと見た感じ、この空間にある牢屋の数はおよそ500。それだけあれば当然、戦争屋をも越える大犯罪者が居るだろうと思ったのだが、それにしては覇気のない囚人ばかりで味気がない。
死んだように囚われている者、新しく入ってきた囚人(じぶんたち)を見て殺気を隠しもせずジロジロと眺めてくる者。
世界最高にして最悪の監獄にしては、つまらない奴らばかりだ。
でも、それでも『ヴァスティハス収容監獄』というだけあって、程度の低い奴だけを収容しているはずはなく、
「……もしかして、あれか。このエリア以外にも、収容する場所があんのか」
「そうです〜、よく気がつきましたねぇ。ここはエリア『ファースト』。罪状を処理している間、適当に入れられる場所です。それできちんと罪が重いようであればエリア『セカンド』へ移行します」
「つまり、犯罪歴のうっすい奴が残されがちなわけね」
「えぇ。と言っても、普通の王国で管理しづらい犯罪者ばかりですけどねえ。13名殺害の通り魔とか、山1個燃やしちゃった放火魔とか〜」
「山1個燃やした、には俺も覚えがあんな……一応自分らの敷地だったけど」
身体が鈍らないようにと、悪ガキ組で模擬戦闘を行ったいつかの日。ギルが何も考えずに爆弾を大量使用したら、拠点の周りの森を燃やし尽くしかけたのである。
もちろん事後は責任を持ってギルが木々を自費で買い、植林の業者を呼んだので元通りになっているのだが。
「それで、重めの罪状が判明している囚人達の集まり『セカンド』に行くと〜、死刑までの懺悔の時間や、遺書を書く時間などが与えられるんです。まぁ、死刑待ちの場所でもありますね〜」
「おーん、で、ナァナァ、『サード』は? サードはねぇの?」
ただただ鎖で引っ張られたまま歩くことに飽きたのか、話の続きを幼い子供のようにせがむ先頭のジャック。すると、こちらに一切の視線を寄越さぬまま、空色の髪の青年は『ありますよぉ』と答えて、
「ですがぁ、『サード』はファースト・セカンドとは別次元です〜」
「なんやその言い方、怖いな」
「事実ですからね。……えっと、『サード』は常識を逸した罪人の行く場所です。移送船の中でギルさんには、亜空間に送り込む処刑人が居るとお話ししましたでしょぉ? 他のお2人にも、それぞれ話がされているとは思いますが〜」
「あぁ、聞いたわ」
過去の記憶を手繰り、チャーリーとの会話を思い出すギル。
確か、死刑が出来ない能力者なんかに死刑と同等の処分を課す為、とある能力で亜空間に送り込んでいるのだが、その効力を切れさせない為に能力者を不死身っぽく仕立てあげようとして、人体改造をした――という話を聞いた。
その『人体改造』という言葉が引っかかった記憶があるのだが、あの時は確か説明する意味はないと先にバッサリ切られてしまった気がする。
「あー、よう覚えとらんけど、亜空間が云々は聞いた気ぃするな。そんで……?」
「はい、その方が作る〈時の流れない空間〉を『サード』というんです〜。ギルさんは最終的にここにお世話になることが決まっていますがぁ、ファーストとセカンドという前手順はきちんと皆さんと一緒に踏ませてあげますから〜」
チャーリーはそう言って、これまた城の中にあるとは思えない、とある石の建造物の前で足を止めると、
「さ〜、ここが今日から貴方たち囚人の住処ですっ」
5つ並んだ牢屋を背に、場違いな笑みをゆるりと浮かべた。
*
牢屋1つ分の広さは、大体にして4畳半。
勉強机とシングルベッドが置けて、少し歩くスペースがあるかという程度だ。短期間を過ごす分には問題なさそうだが、これからこんな雰囲気の場所に2ヶ月も入れられるのかと思うと早々に気が滅入る。
家具は簡易なベッドと、木製の机が1つ。それに備えて木椅子もある。照明は見当たらず、読書や勉強をするにはかなり目に悪いといった明暗度。読み書きをしたくば廊下に一定間隔で固定された、ウォールランプに縋るしかなさそうだ。
換気目的か、各牢屋を隔てている壁の上の方は壁材でなく、隙間が大きめの金網に変えられていた。
「……かわいくねえ」
囚人番号『10010』の牢屋に入ったジャックが、牢屋に入れられるなり死んだようにぼやく。可愛らしいもの・派手なものを好む彼にとって、灰色塗れのシンプルな牢屋は地獄でしかなく、生気を失ったようにベッドに倒れ込んでいた。
その隣の無人の牢屋を挟んで更に隣の『10012』番。そこではマオラオが閉じ込められており、彼は布団の中や机の裏などを入念に調べていた。
もしや盗聴器なんかがあったりするのだろうかと警戒していたのだが、流石にそこまで囚人のプライベートに踏み込む気はないらしい。至極、安全な牢屋であることがマオラオによって証明された。
そして、その隣の『10013』番の牢屋では、
「大人しく入ってください〜。首の爆破スイッチ、おれが握ってるんですよ〜?」
「……でもそれってさ、俺にとっちゃ意味ねェし、なんならこの距離でやったらお前も巻き込まれるよな? ただお前が自爆するだけだよな?」
「……そうですねぇ。でも、ついでにこの距離だと、マオラオ君とジャックさんも巻き込まれると思いません〜?」
「いやいやいや回答に間ァ開けるってこたぁ、自爆になる可能性まで考えてなかったのかよ!? ――つか、そこでそういう脅しをしてくんなって、くそ。ジャックの命もかかってる、ってんなら無理に抵抗は出来ねェな……」
「待ってオレの命はええん!? なぁ!?」
「いや別に俺、マオラオとは友達じゃねェし。ビジネスライクだし」
本気か嘘かわからない発言をしつつ牢屋の中に入っていくギルに、自分の牢屋の鉄格子に掴みかかりながら唖然とするマオラオ。あまりに無情な発言に文句を言う声も出ない。無論、友達ではないのは公然の了解だが。
「さて〜。無事皆さんを収監したところでぇ、お伝えすることがあるんですが〜」
純白の羽織を翻したチャーリーは、各牢屋から見えやすいところに立った。
「早速、今日から皆さんには刑務作業を行なって頂きま――って、なんでそれぞれふて寝してるんですかぁちょっと、これ鏡の前で練習してきた説明なんですよ、ちゃんとおれの話聞いてくれません〜?」
「なんで鏡なんか見て練習してんだよ、別に俺はお前の顔面に興味はねェよ」
「スマイルの練習すんのはイイとおもーケド、どれだけ練習したところでジャックくんの必殺スマイルには敵わないぜー?」
「オレ試したいことあんねん、説明すんなら手短に頼むで」
「あ〜〜〜っ、クソ野郎ども〜〜〜」
チャーリーは羽織の中に隠した爆破スイッチに手を伸ばしかけるも、寸前で踏みとどまって手を外に出した。
一応、牽制用としてスイッチは持たせてもらっている。もらってはいるものの、なるべく(ほぼ絶対に)彼らを爆殺してはいけないのだ。『戦争屋を利用する』という神様の考えが何よりも優先されるので、チャーリーのいっときの苛立ちでそれをパァにするようなことがあってはならないのである。
私情と、責任。その狭間でぐらぐらと揺られつつ、チャーリーはどうにか怒りを鎮めて笑みを作り直す。
「今日は、昼前に食事を作って頂きます。全囚人分の」
直後チャーリーは、バッシングの嵐に見舞われた。
ただし囚人共の圧力に屈するわけにもいかず、彼はどうにか全員を監獄の厨房まで連れ込んだのであった。
*
場所は変わり、ヴァスティハス収容監獄1階・厨房。
ぱっと見はかなり良いとこの料理屋のキッチンを思わせる内装だが、むさ苦しいことに見張りの看守が数名付けられており、総合的に美しい環境かといえばノーになる炊事専用の空間。
そこでは既に3名の囚人が淡々と小慣れたように食事を作っており、もしかするとプロの料理人を凌ぐかもしれない手際の良さに、後から連れてこられたギル達はただただ見惚れていることしか出来なかった。
が、呆然としている彼らの尻をチャーリーは非情にも叩き、
「ほらぁ、貴方達の担当はこっちじゃありませんからぁ」
と、先輩囚人がテキパキ行動しているスペースとは別の場所を指差した。その視線誘導に従ってやり、彼ら3人が目にしたのは、食べ物やら調味料やらがテーブルに用意されたアイランドキッチンだった。
「……豚肉と、ネギと、にんじんと……こんにゃく? ……これ、もしかしてオレら豚汁作れぇ言われとるんか?」
「あぁ、よくわかりましたねぇ。そうなんですよ、向こうの囚人グループが魚の煮付けとほうれん草のオヒタシを作っているので、貴方がたには汁物を作って頂こうと思って〜」
「まってまって、オレ『トンジル』ってわかんないんだケド……」
未知のワードを使って会話するチャーリー達に置いて行かれたジャックが、食材の1つを持ちながら無理やり割り込んでくる。
「それに、このぶにぶにしたのってなんだヨ……」
「それは『こんにゃく』です、大丈夫ですよぉ、きちんと食べられますから〜」
怪しいものを見るような目つきと手つきでこんにゃくに触れるジャックを前に、チャーリーはこんにゃくを元の皿に戻させつつ『手を洗ってから触ってください』とキツめに忠告。幼児を相手にしているような気持ちになりながら、
「さて、では他のお2人も手を洗ってから調理を始めてください〜。おれは他に行くところがあるのでぇ、この辺で失礼しますねぇ」
ひらひら〜と手を振って、まさかの厨房退室。残された3人は顔を見合わせて、急遽会議を開始する。
「エッ待って、アイツ放任主義かよ、オレら今日来たばっかりの囚人だぜ何考えてんだあのくそふわ!? オレ料理とか作ったことねーんだケド……お前らは?」
「……あー、俺もまともなモン作ったことねェかも。あ、でも俺あれだわ、ピザだけ作るのめっちゃ上手いぜ」
「オレは……あぁ、それなりに作れるかもしらん。久しぶり過ぎて腕鈍っとるやろうけど、昔はよう作っとったで。やから……」
マオラオは、キッチンテーブルの上に並べられた食材達と対面。数秒間悩むと、『うん』と思考に整理をつけたように頷いて、
「――オレが指示出すから、ギルとジャックはそれに従ってくれれば、とりあえず食いもんは出来ると思うで、『食いもん』はな」
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