第60話『残されたのはただひとり――』

 イツメ=カンナギによりギル=クラインは捕獲。ペレットも同じように彼女の操る影によって捕獲され、ジュリオットは針屋・バーシーによる能力にて凍結。


 行動が可能であるものの、シャロ=リップハートは満身創痍で死にかけで、戦争屋メンバー+アルファの中で動けるのは、マオラオとミレーユとジャックのみ、という崩れかけの状態。そんな時、最後の放送が場内に響き渡った。


《皆のもの、そこで終了じゃ! 生存者が3グループにまで絞られた故、これにてイベントを終了とする。生存者には我がオーナーから褒美があるので、皆30分以内に宮殿1階中央のカジノエリアに来るように》


 イツメの朗らかな声による放送でイベントの終了が告げられて、その場に居た皆が安堵に溜息を吐く。正直ミレーユの弟に関しては欠片も進展しちゃいないが、これだけ精神と身体を疲れさせては探す気力も起きなかった。


「どう、するよ……行った方が良いのかな、まだミレーユちゃんの弟見つけられてないんだけど……」


「……むしろ、オーナーさんと会って聞いた方が早いんちゃうかな。教えてくれるかはわからんけど、流石に初手で殺されることはないやろ……」


 新しく襲いかかってきた白装束(もう死体)の首根っこををポイッと放し、軽く何度か手を叩くマオラオ。汚れを落とそうとするが、殴りつけた時に浴びた血の跡だけは流石にとれない。どこかで洗うしかないなと嘆息し、


「ミレーユ……さん? あの、もう出てきてもええよ」


「え、あ、本当ですか……?」


「ダメだよマオ、その死体どっかに隠さないと、多分ミレーユちゃん怖がるから。その手前の奴は奥の展示物の裏に隠して」


 襲撃から逃れるためミレーユを隠れさせていたトイレルームの出入り口に立ち、あの死体をあっちへ、この死体をあっちへとマオラオに指示を飛ばすシャロ。


 神子ノエルの一件にて、健常者にこの残酷な光景を見せるとどうなるかを学習した彼は、ミレーユのため念入りに環境を整えさせていた。


「……流石に床とか壁に飛んだ血の跡まで消すんは無理やで。あと、床に落っこちた目玉は拾いたくないねんけど。踏み潰して原型わからんようにする?」


「うーん……流石にグロくない? だって目玉だよ?」


「そうかぁ……まぁ靴の裏に変なもんついても嫌やしな、ミレーユさんにはどうにか見ないように出てきてもらうしかないわな」


「その会話だけで十分怖いですけどね……!?」


 何も問題のない天井を向いたまま、シャロに手を引かれてトイレルームから出てくるミレーユ。出てきた瞬間なにかヌメッとしたものを踏んだ気がしたのだが、見たくないのでずっと天を見上げつつ歩を進める。


「さて……よくやったマオ。頭に血ぃ被ってるからご褒美のなでなでは出来ないけど、このシャロちゃんがエアなでなでをしてあげよーぅ」


「それ撫でてないんよ、空気触ってるだけなんよ」

 

 などとやりとりをしていると、1つ前のエリアで白装束の相手をまとめてしていたジャックが氷像をどうにか引きずりながらやってきて、


「な、ちょっとこれ、重いんだケド、ちょーやばくね……!?」


「――あ、ジュリさん忘れとった……」


 仲間に対してとんでもない発言をしながら、重そうに氷像を引っ張るジャックの元に駆け寄って、運搬を手伝うマオラオ。瞬間ずっと重たかったものがスッと軽くなって、ジャックはぎょっと目を見開きながらマオラオを見る。


「おま、力あんね!? チビ助の癖によくやるじゃねーか!」


「チビ助……マオラオですぅぅ、僕マオラオ言いますぅぅお兄さん!!」


「マオラオ……変な名前してんな! わかったチ……マオ助な! オレ、ジャック。お兄さんじゃなくてジャックって呼んでくれよなーッ!」


「直そうとして直せてへんとかこの人どないなってん!? なぁ??」


 絶叫しながらシャロの方に答えを求めれば、上を向くミレーユの介護をしていたシャロは困り顔で肩を竦めてみせる。これがジャックの通常だというのか。


「――それで、今からカジノエリアに行くんだろ?」


「そう、ですね……もっと、やらなきゃいけないことあったんですけど……」


 ミレーユは、弟のことを考えながら上を向き続ける。きっとこのカジノに連れてこられているだろうと目星をつけてここに来たわけだが、残り30分の猶予で会場内を探し回って、その間に弟に関する手がかりを得られるとは思えない。


 だからカジノのオーナーに話を聞いて、真実を直接確かめた方が良いという先程のマオラオの意見はもっともであった。


「うん、やっぱ、聞こうよ。ミレーユちゃんの弟のこと。見つかるかはともかく、何かしら情報は得られると思うし……」


「そうですね……けど、オーナーさんが答えてくれるような人かどうか……」


 そうミレーユが悶々としていれば、マオラオと共に凍結したジュリオットを運んでいたジャックは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていそうな表情を作り、


「……なんだかよく知んねーけど、もしオーナーから手ェ出されそうになったらオレが殺してやるからヨォ。安心してオレの背中を見てな!!」


「「「かっこいい……!!」」」


 3人でやんややんやとジャックを囃し立て、フラグのようなやりとりを経て4名+ジュリオットは宮殿の1階中央へと向かう。そして道すがら、数多くの死体が白装束に回収されているのを観光のように眺め、彼らは目的地に到着した。


 多少迷って時間をかけはしたが、マオラオの『監視者』によるナビゲートのおかげで体感的には制限時間内に来れただろう。


「別館の方から歩いてきたからか、結構時間かかってしまいましたね……私たちのグループが、1番最後に来てしまったんじゃないでしょうか……?」


 明らかに構えの違うカジノエリアの正面扉を前に、ミレーユは不安げに唇を触りながらぽつりと溢す。すると、完全にジュリオットの運搬をマオラオに任せたジャックは、『何を不安に思うことがあるのか』と問うように眩しく笑い、


「まぁ、まだ15分とかくらいだろーし大丈夫ダロ。んじゃあ、ジャック君が先頭で……なぁマオ助、中身はどーなってる?」


「……それが、全く見えへんねん。この感覚はアンラヴェルで神子の部屋を覗こうとした時と一緒や……何かようわからん力で、確実に外からの干渉を遮られとる」


「えぇ……めちゃくちゃ怪しいじゃん。じゃあ、警戒態勢でミレーユちゃんは後ろの方に居てもらって……マオと兄ぃに挟まれる形にしよう」


 前後どちらから攻撃があっても対応できるように、万全な状態の2人がシャロとミレーユ(とジュリオット)を挟む。とりあえず前から攻撃が来たら、ジャックが雷電の檻を展開して守ってくれるはずだ。


「――よし」


 意を決したジャックが正面扉の手すりに手をかけて、扉を手前に引く。



 ――直後、高速で、連続で起こった出来事の数々を、全て認識していたのはシャロだけだった。



「……え?」


 ジャックとミレーユとマオラオ、周りで横たわったその3人に囲まれて、シャロの口から不可解を言語化した言葉が無意識に飛び出る。


 何が起きた、何が起こった、何でこうなった。

 シャロは声を震わせながら、停止した思考を無理やり動かした。


 まず、ジャックが観音式の扉を左右両方とも引っ張って開けて、扉に手が差し込めるくらいの隙間が出来たのだ。そうしたら中の部屋が見えた。一瞬だが、目も眩んで潰されるような豪奢な世界がそこに広がっていた。


 で、だ。それをジャックの後ろに立つシャロが認識した瞬間、ジャックが何も言わずにぶっ倒れたのである。それで傾いた兄の身体を認識した途端、隣のミレーユが膝を崩して頭部の位置を下げた。


 それで、それで――。


 ジャックが数瞬早く倒れて、それを追うようにミレーユも転倒して、背後ではマオラオがひっくり返った体勢で意識を失っていて――。


「えっ、えっ、え……!?」


 シャロが声をあげた頃には、他3人は全員床に横たわっていた。


「なんで、え、何で……!?」


 ジャックらが突然倒れたことにも、自分だけが倒れないことにも、あらゆることに対してその一言しか口から出てこない。


「兄ぃ……? ミレーユちゃん……? マオ……?」


 死んだようにぴくりとも動かない3人の姿に瞳を震わせれば、彼の声に反応したように開きかけの大扉が内側から開かれる。


 そして室内からこちら側に漏れ出た、黄金色の光に目を眩ませながらそちらを見れば、現在も稼働している豪奢な世界が視界に映り、


「……え?」


 そこに男女2人組と、扉を内から押し開けた双子のような白装束が居た。


 男女のうち片方は知っている、イツメ=カンナギだ。

 最後にシャロが見たドレス姿から変わって白黒の軽装を纏っており、多少汚れていて戦闘の後であることが見受けられた。先程はなかったはずの斜めの傷が顔に入っていたが、もう既に傷口は閉じ切って白い線のような痕しか残っていないのが気になる。


 双子のように息のあったタイミングで扉を内から開けた白装束は、フードを被っていて顔はよくわからなかった。


 ただ1番印象的だったのは、怯えたようにこちらを見て震えている長身の――冗談抜きで2メートルくらいあるんじゃないかというヒョロ長の男で、


「あぁ……なんでだ、なんで立っている……? どうして、どうして、また発動しなかったのか、僕が、僕が、僕が駄目な奴だからか……?」


 仕立ての良い服に上物の装飾品を掛け合わせた格好のそいつは、髪を掻きむしりながらシャロを見て後退あとずさる。まるで絹のような白く美しい長髪が彼の震えと後退に合わせて揺れ、なんとも言えぬ色気を醸し出していた。


 そんな彼は、長身を震わせてルーレット台の奥に身を隠しながら、涙腺を崩壊させて号泣し、


「あぁ怖い、イツメ、助けてくれ……! 駄目な僕にはどうしようもない、怖い、怖いよ、あの女の子が僕をじっと見てる、どうせ心の内で僕を嘲笑っているんだ、どうせ、どうせ……っ! あぁそうさ、僕は弱くて気が小さくて影が薄くて……わかってるんだ、オーナーの癖してイツメの影に隠れてるせいで目立ってないことなんか……!! 君は良いよね、グラマラスでミステリアス、特殊な口調に凄く強くてさ。物語なら完結間際まで生きていそうだよね。それに反して僕は所詮背景、良くて一言も喋らないエキストラさ。あぁ怖い、こんなにも人生補正のかかっていそうなよく出来た人間ばかり見ると、心を奥がむずむずするよ……あぁ、恐ろしい……」


「何を言う。怖がっておるのは向こうも同じじゃ、お互いにビビってどうする、馬鹿か、ヌシは」


 ガタガタと震えている2メートル越えの男に服の裾を掴まれ、美しい声でけらけらと笑ってナチュラルに罵倒するイツメ。彼女は親しげにヒョロ男の薄く広い肩を叩くと、『わらわがやろう』とシャロの方に歩み出て、


「ヌシ――さては、名前を偽ったな?」


「名前を、偽った……?」


「こやつはヌシらが来た瞬間に呪いを発動したんじゃ。『本名が判明している人間が一定圏内まで近づいた時、体力を根こそぎ奪う』という呪いをな。しかしヌシだけそれが作用しない。と言う事は、名前を偽ったのじゃろう?」


「名前……名前なんて、どこで……あ」


 突如脳内にフラッシュバックする記憶。確か入場時にイツメに迎えられて、彼女が取り出したメモ帳に名前を書かされて――。


《『必ず』フルネームで書くんじゃぞ。たとえ名前が100文字を越えようと、省略や愛称を書いたりしてはいけないぞ?》


 そうイツメから念押しされた記憶が、脳の奥から蘇ってくる。そうだ、あれでシャロは、思い出したくもない苗字をジュリオットに代筆してもらう羽目になったのだ。確かその時に書いてもらった名前は、


「【シャロ=リップハート】。そう手帳には記載されておるが、恐らくヌシは〈名前〉の方を偽ったな? 何せ、ヌシがあの『奴隷飼い』のリップハート家の出身である事はわかっているからのう」


「――ッ!?」


 イツメの発言にぶん殴られたような衝撃を覚えたシャロは、『あ、あ』と言葉にならない声を発しながら壊れた機械人形のように首を横に振り、


「……なんで、ウチは、ウチは違う! アイツらと一緒にしないで、ウチは今まで1度も奴隷なんて、飼ってない、飼ったことなんかない……!」


「……。その口ぶりからすると、ヌシは奴隷を持つことは好きではないししたくもないが、奴隷は『飼うもの』という認識をしていることでよいかのう?」


 イツメがそう笑みをたたえて尋ねれば、シャロは今の発言を脳内でリピートし、自分の口から出た言葉に驚愕を隠せずに目を見張る。そして口元を押さえ、視線を揺らしながら『違う、違う』と身を引いて、


「ふっ、そうじゃ。『奴隷飼いの公爵家』――だったかのう? その血筋と才能は、未だに絶えていないということじゃな。生憎、ジャック=リップハートの方にその適性はあまり見られなかったが……」


 扉の前で伏せているジャックを一瞥いちべつしてから、丁度扉のところで突っ立っているシャロにちらりと黒の瞳を向けて、


「ヌシはひょっとすると、『誰かを支配したい』という欲がどこかにあるのではないか? ――独占的で、傲慢な、欲求が」


 鮮烈な赤を刻んだ唇が、色めかしく艶やかに、ゆったりと動かされ美声を溢す。彼女の人を魅了する声は、恐ろしく強くシャロの脳裏に刻まれ、反芻はんすうされた。



「――なぁ、ところでヌシら……。全員で『天国の番人ヘヴンズゲート』へ来ないか?」

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