第59話『グラン・ノアールの存在意義』

 ――イツメの口にした意味深長な言葉に、ギルは『邪魔……?』と1番引っかかったワードだけを抜粋して復唱した。


「あぁ、最近で言えばアンラヴェルの件、他にも色々とヌシらに邪魔をされたことがあっての。それを【世界創造】の計画にとって邪魔だと考えた組織の総統――唯一神とも呼ばれておるその男は、戦争屋の壊滅を命じたのじゃ」


 イツメはそう語りながら瞑目し、肩までの長さで切り揃えた黒髪に指を差し込んで優しくかす。それからある程度髪を整えると、そっと瞳を覗かせて、


「そんな時ヌシらは、ロイデンハーツへ向かう計画を立てていた。故に『グラン・ノアール』を運営しているわらわ達――『ロイデンハーツ担当支部』が、戦争屋の壊滅役に抜擢されたのじゃ」


 壊滅方法は総統曰く、なんでも良いとのことであった。とにかく、戦争屋がヘヴンズゲートに反抗する勢力として成り立たなくなれば良いと。


 それでイツメはオーナーと話し合い、このイベントを利用して奴らを悪党と殺し合わせつつ、戦争屋も勝手に滅んでしまえば都合が良い。考えていた。


 最悪3グループまで生き残ったとしても、総統は『反抗勢力として成り立たなくする』というのが狙いだから、最悪勧誘を持ちかけてヘヴンズゲートに取り込められれば、またそれも1つの任務の達成方法だろうと、そう思っていた。


「だからあの日、列車の中でジュリオット=ロミュルダーに招待状を渡した。この悪党の殺し合いを目的とするイベントへの、死の呪いがかけられた招待状をな」


 じゃが、と一言入れてから、イツメは鋭くした瞳に憎悪を初めて映し出し、


「ヌシらはこの後に及んでまだ邪魔をする。特にあの――シャロとかいう奴がの。おかげでセレーネ=アズネラは死亡し、全ての予定が狂いかけている」


「……? シャロが……?」


 突然出てきたシャロの名前にギルは疑問を投げかけるが、真剣に物事を思考しているイツメの耳にはその言葉が届かない。彼女は恐ろしく温度のない目をギルへと向けると、渇いたように微笑を浮かべ、


「あぁ。おかげで、全部がひっくり返る寸前じゃ。……こんなことになるとわかっておれば、余興を織り交ぜつつ殺してやろうとイベントに招待する、なんて遠回しな計画は立てんかったじゃろうな」


 ――シャロによってセレーネが殺され、『記憶の鍵』の能力者がこの世から居なくなったことで、過去に持っていた記憶を全て取り戻したジャック。


 それにより本来抱えていた『弟を助ける』という目的を思い出した彼は、本気でヘヴンズゲートとの縁を絶とうとするだろう。なんだったらギルのことを思い出した今、ギルと再会を果たしてしまえば戦争屋に寝返ってしまうかもしれない。


 そうなったら、イツメやオーナーとて戦争屋に敵うかわからなくなる。それくらい、ジャック=リップハートという手札の有無は大きいのだ。


 だからこうしてギル=クラインを捕らえて、ジャックと戦争屋の結託ルートを回避しようと、イツメを始めとする多くの白装束が奮闘しているわけだが、


「余興などと勿体ぶらず、あの時宿泊していた戦争屋を皆殺しにするよう、そういう内容でジャックに依頼すれば良かったのう。全く、『ギル=クラインの暗殺』などと依頼をしたわらわを恥じる日が来ようとは」


「――ッ!? 待て、どういうことだ……!? まさかとは思うが、アイツにギルを殺せって無理難題を押しつけたのはテメーかッ!?」


 ほぼ確信に近いことについて問いを投げれば、イツメは髪を内側から払って『あぁ』と答え、


「元よりヌシが殺せないことは知っておったがな。犬のようにきゃいきゃいと騒ぐ様子を見ていたら、少し無理を言ってみたくなっての。……まぁ、案の定ぶつぶつと文句を言いながら縁切りを求めてきたが」


「……それで、ジャックはどうしたんだ」


「はっ、あの男は大層馬鹿じゃったからのう。別の仕事を与えると言って前金を渡したら、怒りをすぐ収めて尻尾を振りよる。――今は、場内を回って参加客を殺しているところじゃろうな。はした金の為だけに」


 嗜虐的に鼻で嘲笑するイツメ。常に黄金の世界で囲まれてきた彼女には、ご飯を食い繋ぐ程度の金銭を得る為に、必死になるジャックの気持ちがわからないのだろう。故に彼の懸命さが滑稽に思えて、今こうして思い出し笑いをしているのだ。


「――やめだ。やめようか、イツメ=カンナギ」


 僅かに俯き、目元に影を落として、ギルは瞑目する。考えるのは、この場内のどこに居るのかも知れないジャックのことだ。


「……やめる、じゃと? 何をやめるというのじゃ、わらわに2度も殺された小石の分際で」


「あぁ。そのテメーのいう小石は、今からやめてやらァ」


 そう告げてから一息取り込んで、ゆっくりと唇から溢し――緋色の両眼を覗かせて、イツメを鋭く睨みつけた。


 直後大地が蹴られ、ギルが跳躍し、大胆に開けたジャケットの背をひらめかせるとその刹那。イツメの白い顔面が、ナイフの歯によって斜めに切り裂かれた。


「――テメェに反抗しないっつぅ選択をなァッ!!」





 ――隠し持っていたナイフを取って飛びかかれば、刹那イツメの綺麗な顔に斜めの赤い線が走る。深くは入らなかったものの顔の皮が裂かれた彼女は、顔面に走った痛みに目をぱちくりとさせて、


「あぁ、そうか。ウヌはそれを選ぶんじゃな」


 痛がりもせずに自分の喉の影に手を突っ込んで、中から剣を取り出した。


 ――いや、剣というには細過ぎるか。それに、柄の部分も妙なデザインだ。一体何だと睨みつけながらギルがバックステップで距離を取れば、イツメは血だらけの顔面をこちらに向け、


「これが何か気になるか。まぁ、東では全く見ないものじゃから、気になるのも当然かのぅ。これは、刀という」


 ――カタナ。答えを得てもなおギルにはピンとくるものがない。南西に流通する武器なんだろうか。とにかく、


「素手では周りを全て巻き込みかねんからな。これでウヌの相手をしよう」


 イツメは鞘からその〈カタナ〉を引き抜くと、現れた細身の刀身を、森の木々の隙間を通ってこちらに差し込む月光にきらめかせた。ギルの知る剣とはやはり違った刃の形をしているが、扱いは剣と似たようなものなんだろうか。


 僅かな思考の時間を経て両者真っ直ぐに睨み合えば、真夜中の森林地帯に静寂が訪れる。先程追ってきていた白装束らは、こちらに戻ってきてはいるものの息を潜めているようだ。イツメが来ているから邪魔はしないということだろうか。それならば都合が良いのだが。


「――!」


 先に動いたのは、イツメであった。

 彼女はグッと踏み込むと、人間離れした威力で地を蹴り前に突進し、瞬き1回の間にギルの眼前へと迫る。それを捉えた瞬間、彼女の黒瞳と刀身が妖しく輝き、


「ッ!!」


 振り払われる大振りを両手のナイフで受け止めると、甲高い音がした。そのまま刀はナイフの刃と交じりながら火花を散らしてストンと落とされ、ひらりと向きを変えて違う角度から振り上げられる。


 狙われているのはナイフを持つ手だ。ギルから武器を奪えば、彼は丸腰になり抗うすべがなくなる。故に、彼女はギルの手首を切って飛ばそうとしていた。


「っっ!」


 ギルは続けてナイフで迎撃。すんでのところで刀の侵攻は阻まれて、刃同士が擦り合わされる。それの、繰り返しであった。


 しかし、刀の本来の使用方法を知らないので素人意見になるのだが、ギルから見るとどうも、イツメは刀を使い慣れていないようであった。嗜んだ程度というべきか、自分が扱える中で適当に選んだ武器といった感じ。


 本来の戦闘スタイルでないことは確実だった。恐らく、『鬼族』特有の怪力を1番振るいやすい格闘こそが、彼女の1番得意なやり方なのだろう。


 本気で相手にされず、慣れない武器を使ってまで手加減されているとは、ギルを逃がさないよう周囲に散らばっている、白装束への配慮であることを除いても随分と舐められたものである。


 ――まぁ、実際それで助かっているギルが居るのも事実なのだが。


「……あぁ、テメェに1個聞きてぇんだけどさ」


 森の中に無数にある影を利用し、沼のように飛び込み、別の場所の影から飛び出してくるイツメの死角からの攻撃を弾き返し、話題を切り出すギル。依然イツメは猛攻を繰り返して動きを止める様子はないが、話を聞いているものとしてギルはそのまま話を続ける。


「このカジノがお前らヘヴンズゲートのもんで、ヘヴンズゲートは天国を作るってのが目的でさ。このイベントは世界から悪人を集めて殺し合せて、それをオーナーが余興として楽しみつつ、排除する為のもんだってのはわかったよ」


 けどさ、とギルは一呼吸を置いて、脳天に降ってくる斬撃を弾き、


「じゃあ、このクソみてェなイベントのルールにある『生存者が3グループになるまで生き残れ』――ってやつ。あれ、実際に3グループに減らされるまで生き残ってたらどうなんの?」


「……ふっ、ようそこに気が向いたな。まぁ良い、どうせヌシには関係のない話じゃ、教えてやろう。3グループになるまで生き残ったらなんと―― 我がヘヴンズゲートの『天使』になる〈義務〉が与えられるのじゃ」


「……ハァーーー?? まじで?」


 素っ頓狂な声をあげて聞き返せば、攻撃をぶつけ合わせたイツメは後ろに跳ねてから『マジじゃ』と短く答え、


「義務って、権利じゃねえのかよ。じゃあ世界から悪を滅ぼすと同時に、天使ごっこしてるテメーらの勢力拡大を狙った一石二鳥のイベントってことか」


「あぁ、そうじゃな」


 ギルからの問いに、イツメはいっそ清々しいほど綺麗に頷いた。そして相変わらずギルの手首を狙って、鋭い一閃を何度も浴びさせる。うち1つの斬撃がギルの腕を断ちかけて、肉に割れ目の入った腕から骨が覗いた。


 それを即座に回復し、分断された肉を繋ぎ合わせて骨を閉じ込めると、イツメは若干悔しげに目の下をぴくりと動かす。


 ギルの武器が奪われて、降参をするのが先か。それともイツメの刀が血と体液でベトベトになり、使い物にならなくなるのが先か――。


「元々正気じゃねえとは思ってたけど、なんつうイベントだよ。お前らのボスが考えたんだか、ここのオーナーが考えたんだか知らねーが……」


「考えたのはほぼオーナーじゃな」


「いや別にそこ聞きたかったわけじゃ……つか、その、オーナーって奴を俺は1度も見てねえ気がすんだけど、オーナーはなに、顔出さないわけ?」


 刃を擦り合わせてみたびよんたびと、同じやりとりの連続で集中力が切れてしまったのか、若干ナイフを持つ手に切り傷を作りつつ尋ねるギル。するとイツメは後ろに跳ね、柄を持つ手を振るって刃先の血を払い、


「あぁ、ちょいと人見知りな奴でな。わらわがあらゆる催事で顔役として動いておるんじゃが……ふふ、恐らくそろそろ出てくる頃じゃろう。生存者がルール通り3グループにまで絞られたら、ようやく出番のはずじゃから」


「出番……そいつがヘヴンズゲートに勧誘すんのか、生存者を。最後まで生き抜くってこたァ相当なツワモノだろうし、仮に3グループに一斉に暴れられたら、流石にオーナーも手がつけられねーんじゃねえの?」


「いいや、つけられる。あの男ならばな」


 イツメは一切の曇りを見せずに挑戦的に微笑み、まるで絶対に出来ることを知っているかのように不敵に告げた。


「ついでにヌシに良いことを教えてやろう」


「は? 良いこと?」


「あぁ。先程言ったようにヌシのところの小娘シャロによって、わらわの部下であるセレーネが殺され、ジャック=リップハートの記憶が元に戻った」


「――ッ!? 戻ったって、じゃあ……!」


 宿屋に居た時に傭兵団を引き連れているジャックと出会った時、彼がギルのこともドゥラマ兵士時代のことも忘れていたのは、記憶を奪われていたからなのか。それで、その記憶が今は戻っているというならば――。


「いや待て、そもそもなんでアイツの記憶を奪う必要があった……!?」


「……奴の記憶を奪ったのは、弟を助けようとドゥラマからオルレアスへの国境を越えようとしていた約1年前。あの日記憶を奪っていなければ、ジャックは弟を探したその先でヌシと再会し、戦争屋として結託する運命にあったのじゃ」


「……は」


 ギルは心底困惑する。理解の及ばないことだらけだ。ジャックには【シャルル】という弟が居て、それを助ける為に兵士として金を稼いでいたのは知っている。だが何故その弟を助けようとしたその結果、自分たちと結託することになる?


 しかもその結託を、何故ジャックの記憶を盗んでまで止めようとした?


 ――いいやそうじゃない、そこじゃない。本当に理解が出来ないのはそんなことではない。


 アンラヴェル襲撃事件よりもずっと前の、1年も前から、ヘヴンズゲートは水面下で動いていたのか? 否、それよりもずっと前から奴らは活動していた……?


「実際、本当にそんな運命にあったのかは知らんがのう。総統がそうだと言うから、あの娘は……セレーネはそれに従ってドゥラマに遠征、記憶を盗んだ後はアンラヴェルにてメイドのフリをしつつ、ジャックの記憶を保持していた」


「待て……情報が多すぎんだよ、テメーの話は……」



「――【ペレット=イェットマン】の記憶と合わせてな」



「……は?」


 イツメは至極愉快だとでも言わんばかりの笑みをたたえ、手にしていた刀を何故か喉の影に仕舞い込んだ。


 その行動を奇妙に思ったその瞬間、ギルの身体が突然動作を止める。


 ――その感覚は、空間を丸ごと止められたかのような感覚であった。1ミリも動かないのだ。髪の1本も、指の先も。ただ目と口のみが普段通りに動いて、


「え……?」


 瞬間、脳裏に浮かんだのはペレットの『空間操作』のことであった。身体が空間と一緒に止められて、身動きが出来なくなるこの感じ。本当に時々その感覚を味わうことがあったのだが、現在の状況はその時の感覚に酷似していた。


 ――身体のほぼ全ての部位が動かないと気づいたと同時に、両脚が沼に浸かるようにずぶりと沈む。


 見れば、足元に出来た自分の影が、自分自身の身体を飲み込んでいた。視線を変えて白黒の美女の方を見れば、音も出さずに浮かべられた微笑。ただ口パクで告げられた言葉が、『たわけ』であったのは何故か読み取れた。そして、


「あぁ。ペレットについてじゃがな。不本意なタイミングじゃが、全てを思い出してしまったから――もうそっちで長居は出来んじゃろうと、今はわらわの部下の監視下で預かっておる」


「ど……」


 ――どういうことだ、と問う前に、両膝まで浸かっていたギルは更に影の中へと飲み込まれた。身動きが取れず、一切の抵抗が出来ないまま腹まで浸かり、肩まで浸かり、まるで底なし沼に落ちていくように飲み込まれていって、


「くそ……ッ」


 喉から顎までが沈んでいくのを感じながら、忌々しそうに睨みつければ、イツメは気に留めずに身を翻して白装束を呼び寄せ、ギルがその場から消える瞬間すら見届けずに何かやりとりを続けていた。






『……タイミング……してくれたのう。……じゃ、……仲間……る気持ちは』


『……もちろん……ものじゃ……っスよ』

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