第58話『ギル=クライン大逃走中』

 《ちょっとお知らせ》


招待状を渡すシーンにて『売り子の男が死んだことで招待枠に空席が出来たため、ジュリオットに渡した』と説明していましたが、修正によりイツメは最初からジュリオットに渡そうとしていたと変更しました、すみません。売り子の男に関しての修正はありません。相変わらず勝手に出てきて勝手に死にます。


カジノに関する『願い事を叶える云々』という話も、あまり必要なかったので修正をし、無くさせて頂きました。あまり重要な話としては扱っていませんでしたが、2つの修正を重ねてしまいすみません、ごめんなさい……。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



――その頃、ギルは追われていた。追いかけ回されていた。


 場所はエリアの北側に広がる夜の森林地帯。


 広大な地帯なのだが、かなり遠くまで『グラン・ノアール』の敷地らしく、呪いを込めた結界とやらは離れたところに見えている。ただそんな広大で鬱蒼とした場所を走っているというのに、ギルを追う人影はどんどんと増えていった。


「くそ、これじゃ俺が追い詰められる一方じゃねェかよ……糸の射出スピードも追いつかなくなってきた、そろそろやばいかもしれねえ……」


 相変わらず手首に巻きつけた腕時計型の射出器を、壊れる寸前までめちゃくちゃに操って、木々の枝に糸を巻きつけながらギルは進んでいく。


 奥には透明に輝くドーム状の結界。後ろからは木の枝を猿のようにぴょんぴょんと伝って飛んでくる白装束の軍勢――。


「って、白装束の軍勢……? 待て、これ全部ヘヴンズゲートとかいうんじゃねえだろうな、流石にキチィぞそれは……!!」


 あくまで殺し合いが目的ならば、ギルが逃げる必要はないし堂々返り討ちにするのだが、彼らの目的は恐らく会場中に鳴り響いたイツメのアナウンス通り、『ギル=クライン』の確保。ただそれだけ。


 武器を持って特攻する必要もなく、ただ蜘蛛の巣みたいな網を込めた鉄砲でもなんでも集団でぶちかましてしまえば向こうの勝ちなのだ。つまり今、ギルはとてつもなく不利であった。


「くっそ、逃げ続けんのも無理か……んじゃ、ちっとだけ反撃すっか」


 ギルは着慣れないスーツの内を漁って、爆弾を取り出す。全て、今まで逃げてきた道に死んでいた他の参加客から取り上げた、未使用品の数々だ。


「ほへへほふはいは(これでも喰らいな)」


 ギルは手榴弾のピンを噛むと、引っ張って分離した爆弾本体を少し離れた木の幹に叩きつける。すると直後に光が炸裂し、業火の熱が白装束たちを炙った。爆風に巻き込まれて吹っ飛んでいったのはせいぜい2、3人だろうか。


「つか、爆発の中を突っ切ってくる後続はなんなんだよ!?」


 白い装束に耐火性でもあるのか、フードを深く被った奴らが次々と爆炎の中から飛び出してくる。まるで致命傷になっていないようだ。


「あいつら不死身かよ……きゃー怖い」


 か弱い乙女の悲鳴を声帯から捻り出しつつ、木の枝に巻きつける糸を長めに出して、風を切りながら地面へと降下。


 迫り来る森の大地を足の裏で受け止めて、バキボキゴキッと鳴る嫌な音を無視しながら、奥へと押し出す糸の運動に身を任せて滑るように地を進む。多少革靴が汚れたが、まぁジュリオットじゃないのでそれくらい平気だ。


「んー、やっぱ戦う気は向こうにはさらさらなさそうだな」


 背後を振り返って、白装束たちが一斉に木の枝から飛び降りてくるのを見て一言。というか普通に落ちてきてぴんぴんしてるのが謎なのだが、なんだコイツらは、本気で不死身なんだろうか。脚が丈夫過ぎやしないだろうか。


「どう出てくる……どうかかってくる……?」


 爆風により一時遠ざかっていた静けさが空間を支配して、ギルと白装束らは無音の世界にて睨み合う。


 しかし、少しして突然、白装束達は風の如き速度で動き回り、ギルを中心に取り囲んで半径10メートルほどの円を作り上げた。


「は? はあ?」


 襲いかかってくるものと思っていたギルは拍子抜けし、同時に自分を中心に儀式でもするかのような陣形を作り上げた白装束らを奇怪に思う。


 なんだ、ここからどうするんだ、どう動くつもりなんだ。全員顔が全く見えないのもあって、不気味さが更に誘われてくる。しかし、そんなことに関心を示している場合ではなかった。次の瞬間、


「なっ、はぁ!?」


 突如、足元から人間の手が生えて、ギルはグッと足首を掴まれた。


「――ッ!」


 反射的に手持ちの拳銃でその手を撃てば、血が弾けて撒き散らされる。


 すると背後で『痛いのう』と美しい女の声がして、振り向いたその刹那、鳩尾に健脚が振り込まれた。――単なる1回の蹴り。だが、喰らった衝撃は普通に考えられるソレの数倍は凌駕りょうがしており、


「がッ……!?」


 肉体が抉られ、膝を打たれた箇所の内臓が弾け切れて、遅れてギルは遥か後方へと吹き飛ばされる。何がなんだか分からず、ただどんどんと視界の端を通り過ぎ去っていく木の群れ。それを見送っている間にも血が体内から逆流し、その全てを吐き出して唇を真っ赤に染め上げると、


「ぐぁっ!」


 後頭部から背中にかけて走る痛烈な衝撃。痛いなんてもんじゃない。一瞬で肉体から生の概念をほうむり去る死の一撃だ。吹き飛ばされたそのせいで、大木の幹に身をぶつけたのである。振り向いてはいないが、メキメキと音を立てて倒れる幹の音を聞けば、それは確かであった。


 ――恐らくこの短い瞬間で、ギルは2回死んだだろう。回復があっという間なので、明確な死のタイミングはわからないが。


「はぁッ……はぁッ……」


 全身を使うように口呼吸をすれば、口内の溝に溜まっていた血液がだらだらと口の端から垂れていく。それを乱雑に手の甲で拭い、紅のように唇に塗られた血の跡を頬まで引きずれば、ようやく脳の回転が事態の速さに追いついた。


「なんだ、今の……ッ!?」


 ――足首を、地面から生えた女の手に掴まれて。それを撃ったら背後で声が聞こえて、振り向いた瞬間に鳩尾を蹴り飛ばされたのだ。


 それはわかる。いや、正直地面から女の手が生えてる時点で全く意味がわからないのだが、物事の順序立てはこれで合っているはずだ。


 では、次のギルが考えるべきことは?


「――ッ、次の攻撃……ッ!」


 とにかく薄暗い森林地帯ではギルの安全がおびやかされる。まずは明るくて開けたところに出なくては――。


「そうじゃのぅ。きっと明るいところに行こう、などと考えておるじゃろう」


「な……んっ!?」


 再び突然背後から、しかも今度は抱擁つきで話しかけられ、反射的に身を固くするギル。直後その抱擁を振り切ろうとすれば、それに負けじと強い力で腕がしっかりと回されて、闇夜でもわかる白い手が口元を覆い、


「ただし、わらわから逃げることなど不可能……それはその身によう刻んでやったはずじゃ。何よりこのヌシの血がその証拠……んふ、そうじゃろ?」


 細く長い人差し指がギルの唇をゆっくりとなぞり、時に口内にまで侵入して労るように優しく血の色をさらっていく。やがて引き抜かれたその指先は、唾液混じりの朱色が染め尽くしており、


「きっ……しょ。テメ、人の口触って楽しいか……【イツメ=カンナギ】」


「ふふ、わらわのような美女にまさぐられるなら、ヌシも本望じゃろ? 現にヌシはこれを拒まんかった。それほど至福じゃったのなら、むしろわらわに頭《こうべ》を垂れるべきだと思うのじゃが」


 そう嗜虐的な発言をしてギルを抱擁から解放したのは、黒髪を切り揃えた美女・イツメであった。入場時に見たドレスから一変、白いブラウスと黒のスキニーパンツに着替えている。臨戦態勢ということだろうか。


 彼女はギルの体を離すと、己の影の中に取り込まれていき姿を消した。

 その僅か2秒後、ギルの視界内にあった木の影からぬっと現れ、プールサイドに上がるように地面へ這い上がってきて、


「どうじゃ? わらわに口内をもてあそばれたその至福に返すものはないか?」


「別に遊ばれたくて反抗しなかったわけじゃねーよ、テメーの狙い通り、反抗が無意味なのがわかってッから大人しくしてただけだ。勝手に人に特殊性癖者の肩書きを押し付けんな、クソアマ、クソサド、クソサイコ」


 指で掻き回された時の感覚が変に口の中に残って、そのあまりの気持ち悪さにペッ、と唾をその辺に吐くギル。それから、どうこの状況を打開しようかとイツメの姿を睨みつける。――駄目だ、豊満な胸部にしか目が行かない。


「残念じゃのう。そろそろわらわの足の甲を舐めてくれる、可愛い可愛い子犬が欲しかったんじゃが。まだ首輪をつけるには早かったか……」


「うるせーな、特殊シチュ大好きかよ!? 第一既に俺はフィオネのモン首輪付きだ。テメーなんかに飼い慣らされてたまるかよ、クソアマ」


「首輪付き、なぁ。ならば、無理やり奪いとるというのもまた一興じゃろうよ」


「だーかーらー、そういう特殊プレイは専門外だってーの!! 耳ついてっかーアマ、切り落として油で揚げてシュガーラスクにしたのかァ!?」


「――ふん、大人しく聞いておればきゃいきゃいと、ウヌの声は耳障りじゃの。可愛げもない癖に一人前に人の子のフリして、口うるさく喚くな犬風情。しゅとして絶対的王者であるわらわに楯突こうとは、飛んだ馬鹿者じゃ」


「……あれ?」


 性癖トークをしていたはずが、いつの間に辛辣な言葉を返された。それにギルは面食らいながらも平静を取り戻しつつ、


「種として絶対的王者だァ?」


「あぁ、古より存在のみが怪物として伝えられし三大種族の1つ――『鬼族』のことを、まさか知らないわけではあるまいな?」


「……ふざけてんのか、テメー」


 目を細めて目元に陰を落とすイツメに、ギルは顔をしかめて問いかける。


 鬼族。ギルとて、その種族の話は知っている。かつてたった10名で1万人の兵と戦い、半日にして国を落として乗っ取ったという伝説の種族だ。ひとたび走れば地が割れて、ひとたび殴れば山が割れる、だなんて噂がある怪力の一族。


 実際鬼の血を継いでいるから鬼族というのか、鬼のような力があるから鬼族というのかはわからない。


 ただ何にせよ、人族も獣人族もまとめてねじ伏せる、世界最強の一族であることに間違いはなかった。そんな恐ろしい種族の1人が、眼前で胸を張っている彼女だと言われても理解し難いのだが、


「生憎、嘘というものはつくべき時というのがあってな。今はその時ではなかろうて。この意味はわかるじゃろう?」


 ギルの反応がお気に召したのか、唇を引いて笑みを浮かべるイツメ。そこらの男なら1発で堕とされてしまいそうな魅惑的な笑みだ。もっともギルは、その笑顔の下方にある2つの山にしか興味はないが。


「あぁ、そう……何となくマジなのはわかったわ。んで、多分鬼族についてもっとツッコんで欲しいんだろーなってとこで悪ぃんだけど――1個聞きてえ、お前らは一体なんなんだ? ヘヴンズゲートとどこまで繋がってんだ……?」


 食事会場で最初にセレーネを見た時。あの時は、メイド少女もイベントの参加客の1人なのかと思っていた。だが、イベントが開始してからしばらくして突然白装束に取り囲まれ、襲われ追われて袋小路。


 流石にこの執着っぷりと、イベントの規定である『参加は9人まで』というルールを彼らが思いっきり破っていることを考えれば、白装束及びヘヴンズゲートは参加客ではなく『従業員側』と考えた方が通るのだ。


 だから『グラン・ノアール』と『天国の番人ヘヴンズゲート』が組んでいるという可能性があるだろう――と、思ったのだが、


「……? あぁそうか、ヌシらにはそう見えるのか。いいや、繋がっているというよりは『グラン・ノアール』そのものがヘヴンズゲートの一部なのじゃ。まぁ、ロイデンハーツ担当支部と言った方がよいかのぅ……?」


「ロイデンハーツ担当支部だぁ……?」


 聞き捨てならない言葉を耳にして、ギルはウェッと嫌そうに口を引いた。


「ってことは、アンラヴェル支部もオルレアス支部もあるってことか? おい」


「いいや、現在の侵略地域は『アンラヴェル以外の大北大陸』と『中央大陸』のみ。アンラヴェルへの侵攻は、以前ヌシら戦争屋に邪魔をされたばかりじゃ。それから大西と大東、大南も手をつけておらん。世界の支配にはまだまだ遠いぞ」


「それでも中央大陸は侵略済みで、大北もほとんどテメーらの領分なのかよ……」


「そうじゃな。だからあとはじっくりと他を侵略するのみじゃが……」


 イツメは語尾に何か含んでから、ちらりとギルを黒瞳で見やる。視線が交わって、ギルは初めてそこでまともにイツメの顔を見据えた。


「その為には、少々ヌシらが邪魔でな。このイベントにヌシらを呼んだのは、もうこれ以上、わらわ達の邪魔をさせない為なのじゃ」

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