第57話『超絶キュートでアンバーな兄弟』』

 ――ミレーユに呼ばれたシャロとマオラオは、『監視者』で道のりを確かめながら、彼女の居る美術館までの道のりを走った。


 シャロが負傷しているため、マオラオによるお姫様抱っこでの移動だが、正直人間1人抱えてもなお彼の疾走は通常シャロの全力疾走より速い。


 故に庭園と美術館は遠く離れていたが、到着までは2分もかからなかった。


 イベント開始から時間が経過しているため、エリア全体的に生存者が少なく敵に遭遇しなかったことも、早く到着できた理由の1つであろう。


「ここは……? えっと、『陶器の作品展示エリア』って書いてある……ミレーユちゃん達が居るのって、どこなんだろう……?」


「ちょい待ってな、今『監視者』使うと失明するから、もうちょい目を休憩させてもろて……回復したら位置確かめるわ」


 そんなやりとりをしているとふと、2人が立ち往生をしていた陶器の展示エリアに、非常に良いタイミングでミレーユの声が響いた。


「ッ、シャロさ……シャロ、さん!?」


「あっ、ミレーユちゃん……!?」


 満身創痍のシャロの姿に絶叫するミレーユ。突如左の通路から何故か鉄パイプを杖代わりにして、よろよろと歩いてきた彼女に驚きの声をあげるシャロ。


 だが、互いの生存がきちんと確認できたその安堵が、彼女らに1番最初に訪れた感情であった。辺り一帯の背景に花を咲き誇らせて、青髪の少女は嬉々としてシャロとマオラオの元に歩速を早めて近づく。


「シャロさんも、マオラオさんもご無事……とは言えないですよね、すみません……応急処置が出来れば良いんですが……!」


「いや、一応それなりに元気だから大丈夫……って言ったらマオに怒られそうだからやめといて……えっと、ミレーユちゃんを守ってくれたって男の人は?」


 シャロだけはその姿を視認してないので信頼が難しいのだが、こうしてミレーユがほぼ無傷で居るのを見た感じ、彼女を守ってくれたというのは事実なのだろう。それならばお礼を、と思ったのだが、


「あぁ、今後ろからジュリオットさんを引きずって来て……」


「引きずる? ジュリさんを?」


「その……非常に言いにくいんですが、先程の戦いで氷漬けになってしまって……」


 と、複雑そうな表情をしたミレーユが、自分の来た道を振り返るのに合わせてシャロが同じ方向へ目をやった、その時だった。


「――え」


 シャロの息が、止まった。ぴたりと、そんな効果音が似合うくらい綺麗に呼吸が止められた。無意識である。故に止めていることにも気づかず、彼はただ目の前の光景のみに集中する。長い間、何年も求め続けていたその背中に。


「なー、ウサ公、これくそ重……」


「なん、なんで……なっで、なん、なんで、ジャックぃが、なんでここに!?」


「……??」


 シャロの悲鳴にも近いその声に、何か大きなものを引きずっていた男はこちらを振り向いた。


「――えッ、まさか、おま」


 途切れ途切れに言葉を溢し、どうにか引きずりながら運んでいた氷像をがたん、と床に落とすその男。


 盛大に叩きつけられたが、その氷の塊は少しも欠けたりはしない。なんだったら氷像よりもずっと、ジャックと呼ばれた男の方が衝撃を受けてこたえていた。


「えっ、え……」


 青年の琥珀色の瞳が動揺に揺れ、しかし真っ直ぐにシャロの両眼を刺す。


 向かい合った彼らの瞳は、そっくりどころかそのものとしか言い表せない酷似ぶりをしていた。それ以外にもあらゆる特徴が似通っており、まるで運命の出会いを果たしたように雷電のような刺激がシャロへ脳天から突き落とされる。


 ぶっちゃけ氷漬けになっているジュリオットにも相当驚いたのだが、そんなことよりもそれを引きずっていた人間への衝撃の方が数倍は大きく、


「しゃっ、しゃ、シャルル!?」


「……シャルル?」


 2人の反応に理解がいっていないマオラオは、そう叫んだジャックの言葉を自分の口で繰り返す。その最中、自分の腕から満身創痍で運動がままならないはずのシャロが自力で逃げていき、


「あっ……」


「お前、なんで、なんで……なんで、ここに居るんだよ!!」


 思わず溢れたマオラオの声すらも、ジャックの大声によって掻き消された。ただそんなのはどうでもよくて、自分の腕から逃げて走っていった行ったシャロが、螺旋のように乱れる感情に顔をぐちゃぐちゃにしているのが目に入り、


「にぃ、ジャック兄ぃ……!!」


 思いっきり動いて開いた傷から血が溢れるのも構わずに、シャロは自分と酷似した男の元へと走っていく。そしてそれに対し、おろおろと両手を空中で彷徨わせながらもジャックは受け止める体勢をとり、


「――ッ!!」


 突進してきたシャロを倒れることなく受け止め、彼は少年の華奢な身体を固く抱擁した。


「じゃっく、ジャック兄ぃ……! あいだがっだよお……!!」


「……オレも、ごめん、本当にごめん……! 助げにいげなぐで……ッ!!」


 そっくりの見た目をした2人は、情熱的に抱き合いながら大号泣。人目も忘れてわんわんと泣き続けるシャロとジャックを前にして、マオラオとミレーユは視線を合わせて意思疎通をする。


 なんだか状況がややこしくなって来たが、変に口は突っ込まない方が良いだろう。きっと何を言っても『無粋』になりかねないことだけはわかった。


 その似通った見た目から彼らの関係を推察し、長くゆっくりとした息を小さく吐くことによって、マオラオは無遠慮な気持ちを自粛。ただ号泣して互いの生存を喜び合っている2人の再会に、見守るような視線を向けるだけにとどめ切った。


 ――そして、2人が泣き止んだ頃。ようやく彼はおずおずと声をかけた。


「……あの、一応聞きたいんやけど、2人はどんな関係なん……?」


「あ、ごめん……こっちはジャックって言って、ウチのオニーチャンなの。ウチに超絶そっくりで超絶キュートでしょ? で、ジャック兄ぃ。このちっちゃいのがマオラオって言って、ウチの仲間」


 そうシャロが端的に紹介をすると、ジャックは琥珀色の眼を鋭く細めながら、マオラオの全身を頭から爪先まで眺めた。特にてっぺん辺りを重点的に見た後、シャロとマオラオの背丈を見比べて何かを思考していた。


「……む」


 明らかに馬鹿にされているな、といつもの雰囲気を感じ取って、マオラオは若干口を尖らせる。


 けれど実際のところは馬鹿にしているというより、ジャックの中では不思議に思っているところが大きかった。

 

 それなりに武芸に秀でている奴の雰囲気はあるのだが、こうも身長が低くてひょろっこいのに、よくこんな物騒なイベントの中でここまで生き残れたな、と。悪気はないのだが、反射的にそう思っていた。


 というかそれより、


「仲間……? なんの仲間よ」


「その……ジャック兄ぃにはあんまり言いたくないんだけど、その、戦争屋……インフェルノって……」


 ジャックが戦争屋のことを知っているかはわからないが、その名前からして既によくない組織であることは明白だ。なんて思われるか、なんて怒られるかが怖くて身を竦ませながら尻すぼみに告白すれば、ジャックはばちんと衝撃を受けたように頭を震わせてから『は!?』と溢し、


「……は!? え、そんなとこに居んの!? 待って戦争屋インフェルノって、この前オレ、え、ギル=クラインって、えっ、待って待ってやばい、とてつもなくやばい何かをオレは……この前会った奴って、ギル!?」


 今度はギルの名前を口にして、激しく動揺し始めるジャック。


 なんだか知らないが、どうやらギルとも知り合っているらしい。シャロの兄が、ギルの知り合い。ジャックからすれば、大事な弟が、かつての相棒の仲間。世界とはなんて狭いのだろうかとシャロは圧倒されかけて、


「兄ぃ、ギルのこと知ってんの……!?」


「知ってるも何も……同じメシ食って、ホクロの数も大体知ってて、命託し合った親友だぜオイ!! ドゥラマの狂犬と言やぁ『ギル&ジャック』ってな! 超絶有名なコンビだったんだぜあぁぁぁぁぁぁあ!!」


「そんなに重い感じだったの!? ちょ、待って、ホクロの話ってそれなに!? 兄ぃとギルってどういう関係!?」


 何か禁断クラスの重さを感じ取り、兄弟と仲間がそういう密な関係なのではないかと衝撃を受けるシャロ。実際はただ兵士時代に風呂の時間が同じだったというだけなのだが、勘違いをしている弟の問いにまともに答えてくれることはなく、


「嘘だろ、オレこの前ギルに対して『知らねー』って言った気が……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ごめんなぁギルぅっ!! オレまたお前に会いてえよ……」


「ちょ、情熱が凄いんだけど……こんな兄ぃをギルは相手にしてんの……? あ、えっと、そういうハナシならその……うん、ウチは良いと思うよ」


 正直自分の兄弟と仲間がそういう生々しい関係だとは考えたくないが、本気で好きなら周りには止める権利などないのだ。と、シャロは自身に語りかけながら頷くことで、無理やり現実を擦り込んで飲み込む。


 するとひとしきり叫んで落ち着いたのか、ジャックは『はぁ』と疲弊ひへい混じりの溜息を溢して落ち着いて、


「まぁ今はしょーない、ギルのことは置いとこう。つか、シャロがここに居てギルがシャロの仲間ってこたぁ、ギルって今日ここに来てるわけ!?」


「あぁ……はい、来とりますけど、置いとくゆーて置けてないですよお兄さん」


「あっ……失礼。いや、相棒が近くに居ると思うと嬉しくてさァ。――あ、で、次はちゃんとギルのことは置いといて1個聞きてえんだけど」


 ジャックはシャロに向き直ると、少し言いにくそうにもごもごと口を動かして、


「なんでが、戦争屋なんかに……」


 ――と、ジャックが疑問を悪意なく呟いた瞬間。


 そこへ、弟からの冷たい視線が差し込まれた。その瞳に親愛の色はなく、むしろ虫けらを見るようなゴミ溜めを見るような――割と誇張ではない色をしている。


 それに気づいたジャックが動揺すれば、無意識に見ていたのかシャロも自分の態度に気づいて動揺し、


「あっ、いや、ごめん兄ぃ! 兄ぃに対して向けようと思ったわけじゃないの、ただあの人のことが頭に出てきちゃって……ごめん、兄ぃ。あと……一応その名前は捨ててるから、シャロって呼んでくれたら嬉しい、かも」


「えっ? ……あぁ、そうだよな。悪い、うっかり連呼しちまった。わかったシャロな、おっけー」


 一瞬兄弟の間に真剣な空気が混じり、他2人が違和感を覚えるも次の瞬間には和解する。そんな彼らの態度に何か大きな闇を感じ取りつつ、ミレーユやマオラオがそこに干渉していくことは出来なかった。


「それで、なんでシャロが戦争屋に居んだ? ……この際オレもおんなじだから、人殺しがどうのってとがめたりはしねえケドさ。あれから、何が起きた?」


「……それは、また落ち着いたら話そうよ。だから、まずはこのイベントを突破して――」


 と、シャロがそこまで言いかけた時だった。


 突然何の予兆もなしに、このエリアの壁が爆発音と共に吹っ飛んだ。


 そして壁に空いたデカい穴から黒煙が流れ込み、そのまま上方に昇っていって天井に立ち込める。その最中、爆発を起こしたのであろう隣のエリアから続々と人が乱入してきた。まるで、軍隊のようにぞろぞろと現れたのは――白装束姿だ。


 全員純白のローブを纏い、フードを深く被って顔を隠している。

 つまり、ヘヴンズゲートであった。


「エッ、白装束!?」


 シャロが悲鳴をあげれば、それに呼応したように白装束の軍団が一斉に飛びかかってきた。人間離れした跳躍を見せ、彼らは舞い降りるように降ってくる。狙いは恐らく、かなり体力を削がれているシャロと弱っちそうなミレーユか。


 すると、ジャックが誰よりも前に飛び出て、手持ちの鉄パイプを指の器用な動きだけでぐるりと振るった。


「チビ助、シャロとウサ公持って逃げろ、ジャック君が相手をしてやらァ!!」


「――えっ、あっ、はいお兄さん!!」


「あ!? 今義兄おにいさんって言ったかチビ助!?」


 ジャックが絶叫するのを背中で聴きながら、マオラオは左腕でシャロを抱え、右腕でミレーユを抱えて軽快な足取りで美術館内を駆ける。


 その速さは人間2人を抱えているものとは到底思えない速さで、2人の視界を美術館内の設備があっという間に駆け抜けていった。そして、


「テメーらまとめて痺れちまえ、あほんだらーーッ!!」


 デカい筆を操る要領で鉄パイプを扱い、空中に軌道を描けば、そこから雷電が真っ直ぐに発射されて飛びかかってくる白装束達を全て迎撃する。


 それから地を走ってくる者には床を靴でどんと叩き、自分を中心に縦横無尽に走る雷電の檻を展開することで速殺した。


 これで6割ほど勢力が削がれるが、それでも数名ほど勇敢に走り抜けてくる強者が居る。そんな奴らには鉄パイプによる直の攻撃をお見舞いし、鼻骨を割り、歯を砕き、喉を突き、金的を潰して全員に素早く対応。


 懐に潜り込まれれば膝で蹴り上げ、拳で頬を殴り払い、相手がふらついたところで脳天に鉄パイプを振り下ろしてやった。


 ロイデンハーツの鉱山から取れる特殊な鉱石を混ぜ込んだ鉄パイプは、ちょっとした衝撃では折れ曲がることなく、むしろ叩きつけた脳天の方から嫌な音がする。


「甘っちょろいんだよ、クソがーーッ!!」


 ペッ! ペッ! とサービスで2回唾を吐きかけてやって、ジャックは辺りをぐるぐると見回す。流石『グラン・ノアール』に配属されている白装束達というべきか、ジャックの放電攻撃を2度受けても何名かピクピク動いている奴が居る。


 まぁ、ジャックも鬼ではないので、そいつらだけは放っておいてやった。


 そしてマオラオ達に置いていかれたジュリオットの氷像と対面をしながら、さてどう持っていってやろうかと思案するジャック。


 その時ふと、天井の方からアナウンスが流れ始めた。

 聞こえて来たのは今までと同じ、白黒の美女・イツメ=カンナギの声だ。


《あー、あぁー、マイクテス、マイクテスじゃ。聞こえるか? 生きている者達よ。もうすぐでイベント開始から30分が経つが、生存者は残り6グループ20名じゃ、あと3グループ減らせるよう各々頑張ること。それから――》



《――プレイヤーと対戦中の全従業員85名は直ちに対戦を取りやめ、現在エリア内を逃走中の【ギル=クライン】の確保に努めるように》

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