第39話『逢魔時のドッペルゲンガー 後編』

 その後、目覚めた班員2人の力を借りてウェーデン王城へと戻ってきたシャロ。彼は道中、班員2人に事情聴取をおこなって、あのギルの姿をした人物と一体何があったのかを尋ねた。


 ――まず、上司であるノートンの指示によって、王城付近を徘徊していたというその2人。しかしその最中にあのギルの姿をした奴と遭遇し、最初は普通にギルだと思って声をかけたらしい。


 まあ、全ての武器を扱いこなすギルは全班員の憧れであったし、ギル自身もよく処理班に絡みに行っているので、従来のように気軽に声をかけたのだろう。だが当然相手は本物のギルではないわけだから、途中から話が通じないことに気づいて違和感を覚えたそうだ。


 そして相手をギルではないと判断した班員2人は、ギル(?)に向けて発砲したのだという。その時響いた銃声が、シャロの聞いたあの時の音である。


 けれどいとも容易く銃をギル(?)に奪われて、奴が手刀のような技を見せた瞬間、意識が飛んで倒れてしまったのだという。


 つまりそのギル(?)は、班員に対して攻撃をしたわけではないようだが――それはそれで、あの場所に居た理由が気になってくる。


 そもそもアレがギルなのか、それとも全く関係のない別人なのか。それがシャロにはわからなかった。


 そんな時はぐちゃぐちゃと考えるよりも本人に直接聞いた方が楽であろう。


 ということで彼は、班員に連れられてギル達と再会するため王城の地下へと来ていた。


 鼠色のタイルの床と、白乳色のパネルが貼られた壁。およそその2色しか存在せず、いっそ近未来的な景色を見せるその『地下』は、地上の豪華絢爛な王城を見てから目にするとそれは異質な世界であった。


 そして少しの徒歩を経て辿り着いたのが、本棚や薬品棚がぎっしりと詰められた倉庫――というか、ベースは図書室なのだろうが、機械やら鉱石やら薬品やらで埋め尽くして何が何だかわからなくなった部屋であった。そこの入り口を、丁度塞ぐように立っていたのがギルであり、


「ッ!!」


 先程のこともあり反射的に怯えるが、あのギルとこのギルは別人だと言い聞かせて無理やり心の安定を保つシャロ。そして、


「ねぇ、あの、ギル……」


 伏し目がちに声をかけると、入り口を塞いでいたギルが何事かと振り向いた。


「あ? ……なんだシャロか。随分と遅えじゃねえか?」


「えと、その……接敵? みたいなことがあって、遅くなっちゃったんだ」


「接敵『みたいなこと』ってなんだよハッキリしねえな。何があったんだよ」


 シャロの方へ向き直った彼は、怪訝そうな表情を浮かべながらシャロの話を聞こうと耳を傾ける。別談おかしなところはない。


 それに『シャロの身に何があったかわからない』ということは、やはり先程出会った『ギル』はギルではなかったということだ。そのことを理解すると、シャロはあの抱きすくめられた感覚を思い出してぶるりと震えた。


 あの時自分は、誰とも知らない人物にあれほどきつく抱擁されていたのか。


「……? お前、顔青くね? 大丈夫か、お前」


 シャロの様子を不審に思ったのか、その場でしゃがみ込んで無理やり顔を覗き込もうとするギル。その無駄に綺麗な腹立つ顔に顔をしかめて、シャロは両手の障壁で視界から消し去ると、


「……その、今から何があったか説明するんだけど、絶対にウチを疑わないでね。全部、本当のことだからね」


「は? なんだ急に気持ち悪ぃな。んだよ」


「そのね……さっき煉瓦の路地裏で、ギルに襲われた」


「――ヴェッ、ギルに襲われたァァァァァァアアアア!!??」


「ちょ、うるっせぇなマオラオ!!」


 部屋の奥、本棚が並ぶ方から飛ばされたマオラオの絶叫に耳を塞ぐギル。即座に彼が怒鳴り返してやると、今度はまた別の方角から『うるッッッさいですよ貴方達ィ!!』とジュリオットの声が飛んだ。


「つか、俺に襲われたってどういうことだぁオイ。流石に俺でも、路上でンなことしねえんだけど……??」


「ちょっと、なんで押し倒されたみたいになってんの!? マオもギルも馬鹿じゃないの!? 思春期の拗らせすぎにも程があると思うんだケド!!」


「え!? あ、そういうことじゃないのかァ……いやぁ俺もマオラオも、戦争屋のスケベ担当みたいなとこあるじゃん。俺らはその役割を果たしただけだ。んで? 襲われたってのはどういうことだよ」


「ちょい待てスケベ担当ってなんや、オレを不名誉な係に任命するんやない!!」


「あのうるせー外野は放っておけ、一旦中に入ってこいよ、立ち話はテメーが疲れんだろ」


「え、あ、そうだね……ちょっと疲れたから、座りたい、かも」


 あの時の感覚を思い出して再度身体を震わせると、シャロは入室を促してきたギルと共に図書室の中へと入った。


 すると、埃とカビの匂いがつんと鼻腔に襲いかかる。恐らく数百年間ずっと使われていなかった図書室なのだろう。当然の悪環境であったが、それでも壁や床が朽ちていないのは、ウェーデンの科学力で出来た保存技術のおかげなのだろうか。


「……あ、今みんなで本回収してるんだ」


「あぁ、ノートンの兄貴は今外してるけどな。とりあえずペレットとマオラオが適当に本を集めてきて、ジュリさんがその中身を読んで確認してる。あっちのテーブルの本の山、あン中にジュリさんが居るんだ。だから、俺らはこっちな」


 ギルに地下図書室の中を案内され、上から見ると楕円状の形をした閲覧テーブルの下まで来ると、木製の古っぽい椅子を引いて2人でそれぞれ着席した。若干ギィという音がしたが、決してシャロが重いせいではないだろう。


「……それで、俺に襲われたってのはどういうことだよ」


「その……ギルの特徴を、99%くらい真似た奴が居てさ? 最初ギルだと思って近づいたら、なんか突然骨がぶち壊れそうなくらいグーッて抱き締められて……」


「あ、それ絶対俺じゃねえ。俺ンなこと絶対しねえ。やるとしたらお前みたいな貧相な身体じゃなくてボンキュッボンのいっっっっでえ!!」


 向かいの席を立ったシャロに頭を鷲掴みされ、机上へえげつない音と共に叩きつけられて、性癖を語りかけていたギルは額を覆って叫ぶ。


 しかしシャロは気に留めない。何事もなかったかのように澄ました表情で着席すると、無理やり膝を組もうとしながらプルプルと足を震わせていた。


「んで、殺したら判別つくから殺そうかと思ったらさぁ、壁をすいすいって駆け上がって逃げちゃって……ギルは3階建ての建物を走って登るってこと、出来る?」


「あ〜〜……。まぁ、走って登るくらいは出来るんじゃねーかな。んで? 99%似てるって言ってたけど、残りの1%はこの本物の俺と何が違かったんだよ」


「うーんと、じっくり見てわかるくらいの違いだったんだけど……ちょっとギルより痩せてた。身体を絞ってるっていうより、栄養が足りない感じの痩せ方。それでギルより顔が怖くて、目の色が黒色だった」


 ちら、とこのタイミングでギルを伺えば、何かを考えるように伏せられた眼がパッと開かれて、緋い瞳がシャロの方へと向けられる。相変わらずの酷い色、殺したばかりの人間の血のような嫌な色だ。


 ただし、シャロがじっと見ていて安心するのはこちらの色なのだが。


「目の色が黒色って、決定的なトレースミスじゃねえかよ。あれじゃん、尻尾だけ変化(へんげ)するの忘れて、人間に化けた狐の寝物話と同じじゃん。そーいやガキの頃にクソほど聞かされたっけなぁ……」


「そのお話は知らないからわかんないけど、確かにギルをコピーしたつもりなら凄い馬鹿なミスしてるなぁ……そっかぁ、ちょっと本気で怖くなってきたな……偽ギルは何が一体目的だったんだろ……」


 そうシャロが青い顔で溢すと、いつの間に近場から適当な本を持ってきていたギルは、無造作にページをめくりながら『さぁな』とだけ溢して口をつぐんだ。





 半日を経て、欲しい物品の没収を終えた戦争屋は引き上げることにし、ノートンに別れを告げることとなった。


 途中から別行動をとっていたノートンと、ウェーデン王城のダンスフロアにて再会した皆は、別れ惜しげにそれぞれ言葉を伝える。


「中央大陸の大使がいざ来たら、相手をするのは大変かと思いますが、もし酷い仕打ちを受けるようであれば私に連絡をくださいね」


「あぁ。とはいえ、お前たち戦争屋の力を借りることはそうそうないだろう。片付け役の処理班とて、曲者の集まりだからな」


 と、こう語るノートンは処理班の主に『頭脳』を務めているのだが、過去に剣術を習っていたとかで武闘派でもあるのだ。その腕前は武力国家オルレアスの兵団長にならないか、と国王ブルーノから半分真面目に声をかけられるほど。


 しかも常識人枠に見えて意外とネジが足りず、『常識人のふりをするのが上手いだけの悪人』とガチ狂人のフィオネにまで評されている次第で、


「怒られない程度にいたぶってやるつもりだ。何せ俺は中央大陸が本当に、本っっっ当に嫌いだからな。出来れば考え得る中で1番残虐な方法で大使をもてなして……っと、流石に疲れが溜まったか、気にするな」


「あァー? 流石に今のフォローはきちぃよ、兄貴。やっぱ戦争屋の才能あんじゃねえの? 兄貴だったらフィオネのヤローも受け入れてくれると思うぜ、いい加減に処理班からこっちに来たらどーなんだよ」


「はは、すぐそうやって俺を誘うなぁお前は……。考えたことがないわけじゃないが、やはり頭の回る奴が処理班には少ない。まぁ、俺が信頼出来る賢い奴が増えたらそっちに行くことも考えてやるよ」


 ギルの積極的な勧誘に苦笑しつつも、確証のない曖昧な言葉で上手く誤魔化して誘いをかわすノートン。方々から期待をされている分、命を落としやすい前線へは中々行きたくないのだろう。


「……兄さん、あんま根詰めたらあかんからな。こないヤク中眼鏡みたいなしょーない顔面なるで。隈は出来る限り作るんやないぞ」


「そうだな。俺はジュリオットと違って『自分で自分の身体をいじる』って感覚がないから安心してくれ。限界が来たらすぐに休みを取るさ」


「あ、ウェーデンの死体から没収したって鉄の装備、溶かし切ってインゴットにしたら俺にもわけてくださいね。約束っスよ」


「なるべく忘れないでおくが、あの国王はがめついからどうだろうな。まぁ、それなりに交渉はしておこう」


 戦争屋の兄貴分として一部の人間に有名なノートンであるが、16歳のペレットとマオラオ2人と話すと余計に兄弟感が強く見える。マオラオはともかく、ペレットの話が基本的な兄弟間での会話であるのかは些か疑問だが、傍目に見ている分には微笑ましいやりとりであった。


 そして最後に、シャロが自身の洋服の胸元をグッと掴んで顔を上げ、


「あ、あの……トン兄ぃ。偽物のギルの調査、頼んだからね」


「あぁ、片手間の作業にはなるが、出来るだけ並行しておこなっておこう。何か情報が手に入ったら連絡するから、そう怖い顔をするな。シャロ」


 事務的なノートンの硬い表情が崩されて、少しだけ柔らかくなった顔つきで微笑みが向けられる。


「……うん、わかった。それじゃあね」


 ――その言葉を合図にしたように、丁度のタイミングでペレットが『空間操作』を発動。白黒チェックのダンスフロアに描かれた紫の転移陣が、淡い光を放つと共に戦争屋を呑んで消し去った。

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