第37話『美麗と名高き全裸の国王』

 ――オルレアス王国は、大東大陸の北西に存在する大国である。


 その歴史は500年以上前から続いており、とある専門家の記述では世界で3番目に古い国という説もあるほど歴史のある国家だ。


 かつてより戦争が盛んな国であり、建国から約500年間という長い年月の間、その圧倒的な勢力によって領土を次々と吸収していった武力の国でもある。


 しかしおよそ数年前、自国と同じ程度の戦力を持った大国とぶつかった。


 後に『地獄戦争』とも呼ばれたその戦争は、両国とも死者2万人を記録するほどに被害を出し、それでもなお両方引かずに戦い続けるほど白熱していたという。


 ――だが、次第にオルレアス王国側が追い込まれていった。


 かの戦争大国オルレアスも、これにて幕引きか――そう思われたおよそ2年前、オルレアスに加担したいという5人の男達が現れた。前触れもなく、本当に忽然と姿を露わにしたのである。


 そしてその5人組が協力するにおいて出した条件は、戦争に勝利した際、今後オルレアスが自分達の後ろ盾となって生活を支援することだった。


 『たった5人の男共に、この圧倒的に不利な戦況がどうにか出来るものか』


 オルレアス国王は鼻で笑ったが、何にせよオルレアスの滅亡は見えていた。だから、藁にも縋るような――いや、最後なのだから面白そうな方を選んで幕引きをしようと、そんな気持ちでオルレアス国王は5人組の出した条件を飲んだ。


 すると、条件を了承してもらった彼らは――やりやがった。

 オルレアスと相手国とのどうしようもない戦力差をガン無視して、相手国の兵士を片っ端から刈り取っていったのである。


 通常であればそんな彼らの存在は、オルレアスにとっては突如現れた神のように思えたことだろう。


 しかし阿鼻叫喚の戦場を、我が物顔で走り抜けて敵を殺すサマ――それは決して神と呼べる存在ではなく、畏怖した国王は戦場を支配する者として男達を『戦争屋インフェルノ』と命名した。(命名当初は本人達から反論があったが、なんやかんやその名前で落ち着いてしまっている。)


 それが、戦争屋が『戦争屋』と呼ばれるようになったきっかけであり、戦争屋インフェルノとオルレアス王国が結んだ契約の全てである。


 ちなみにあまりの恐ろしさにビビり散らした国王は、戦争屋に寝首をかかれるのが怖くて、国王を引退して舞台裏に消えた。それでもって、王位は20代の息子【ブルーノ=オルレアス】へと継承されたのだが――。





 遠征メンバー拠点帰還から次の日の昼下がり。ジュリオットの名前パスで通された、オルレアス王城の謁見の間にて。


 当の王位を継承された20代の王子もとい、美麗と名高きブルーノ国王は裸体での逆立ちを楽しんでいた。


「あの……国王陛下? すみません、健全な16歳の教育に悪いので、せめて下半身だけでも隠されませんか? あの、聞いてます陛下?」


 付き添いもとい護衛役のシャロの目に毒なので、白手袋をした片手でシャロの目元を抱えるように押さえながら、裸体で逆立ちして謁見の間を動き回る国王を咎めるジュリオット。(ちなみに他3人の護衛は、門番に怖いと言われてそもそも王城に入れていない。)


 すると『美麗と名高き』ブルーノ国王は足を地に戻して起き上がり、


「……おや」


 と、女性の腰が砕けそうなほど良い声で呟いて、ジュリオット達の方へ綺麗なその顔面を向けた。


「ジュリオット、来ていたのか」


「えぇ、20分ほど前から国王陛下の裸体倒立を前にしておりました」


「おお、それはすまなかった」


 ジュリオットの髪色と似た紫のおかっぱをサラリと掻き上げると、ブルーノ国王は冷たい大理石の床をぺたぺたと歩いて玉座へ戻った。最中、形の良いプリッとしたケツが動くのを見て、『あ、この王様鍛えてるな』とジュリオットは気づく。


「んーねえー、ジュリさーん。もう外しても良ーいー?」


「ダメですねえ、陛下あの股間部いい加減に隠してくれます?」


「はは、あまりじろじろと見られると流石の余も恥ずかしいぞ」


 何を今更恥じているのか、そんなことを言いながら玉座の肘置きにかけてあった真紅の絹布を腰に巻きつけるブルーノ国王。彼は自分の局部が隠れたのを確認すると、そのまま玉座に腰をかけた。


 ――上半身裸体、下半身布1枚で玉座に座る変態王の完成である。


 クールな顔立ちもウットリさせる良い声も腹筋バキバキのボディも、何もかもが最高クラスのクオリティなのに、どうも頭だけ常識外れにおかしいのだ、このおかっぱ頭の国王は。


「それで、なんだったか。そういえばまだウェーデンの領土を取り合っている相手国との状況を話していなかったな」


「ええ、下手すれば戦争が勃発するとのことでしたけども……私達は私達で近々遠征があるので、状況や日程等があれば先に知っておきたいのです。それで、現在相手はどういう状況なんです?」


「あぁ、前から何度か交渉の手紙を送っているのだが、向こうの国も中々引かなくてな……オルレアスの提示する納税率より、10%軽くしたものを提示するとウェーデン国民に言っているそうだ」


 端正な顎に指を添え、眉目秀麗な顔を難しそうに硬くするブルーノ国王。そろそろ真面目な話に移れそうなので、シャロの目元を押さえていた手を離してやった。


「10%……というと、国としてはだいぶ痛手なのでは?」


「あぁ、最初の1年は痛手覚悟で向こうも提示しているだろう。だが2年目から納税率をぐんと上げて、1年目分のマイナスを補うんじゃあないかと余は見ている」


「中央大陸の国々なんて大抵が闇深いですしね。最終的には私達が本業の方で狩って潰すと思いますけど、どうせなら手に入るものは早く手に入れた方が良い」


 それに領土が増えれば、単純な計算ならオルレアス王国の財政は潤い、支援してもらっている戦争屋の生活も幾分か潤うはずなのだ。


 まぁその計算に領土が広がったことによるリスク――例えば災害時に手当てしなければならないエリアが増えたことなどを加えると、戦争屋の取り分はほぼプラマイゼロと言っても過言ではないのだが。


「……あぁ、そうです、1番大事な話を思い出しました陛下。近日アンラヴェル神聖国から、使いの者が来国するかもしれません」


「アンラヴェル……? アンラヴェルというと、大北大陸の……待て、その国の名を最近も聞いた気がするのだが。はて、どこで聞いたのだったか……」


 鍛え上げられた細腕を組み、記憶の中を探るブルーノ。その思案顔もやたらと美しい。絵になる美人とはこういう人間を指すのか、とジュリオットは思った。


「……先日そのアンラヴェルで起きたテロ事件について、重役の方々と会議なされたからでは?」


「おぉ、そうであった。流石、ジュリオットは勘が鋭いな。どうだ、この機会に我が国の書記長となってみないか」


「……勘が鋭いことと書記長になることは、脈絡がないのではという細かい話と、なるべく話を逸らさないで頂けませんかという話はさておき……」


 ジュリオットは1つ溜息を吐くと、ずり落ちてきた眼鏡を中指で押し上げて、


「以前から何度も申し上げているように、私達『戦争屋』と陛下の治める『オルレアス王国』は交換条件によって成り立った共同関係であり、決して私達が下につくことはありません」


「ふむ、それは寂しい話だな。お前達を正式に傘下に取り込めば、我が国の安定も確かなものになるというのに」


「あくまでビジネスライクですよ、陛下。我々はいつ何時なんどきでも戦力と専門知識を提供し、その代わりにオルレアスは『名前』と拠点を提供する。それが今までの私達と陛下の関係であり、これからも続く関係なのです」


 それが同盟の締結時に決めた、戦争屋とオルレアス王国との約束だ。今更破棄してどちらかの傘下にどちらかがつく、ということはない。


 もしたとえあったとしても、吸収されるのはオルレアス王国だ。フィオネが生きている限りは、戦争屋が誰かの駒になることは確実にないだろう。


 あの男はそういう人間だ。彼こそが世界の主役で在らなければいけないのだ。


「そこまで言い切られては、これ以上は押せないな。……話を戻そう。それで、確かにテロ事件について話をした覚えがあるが、その困窮中の国家が何故(なにゆえ)我が国に使いを? まさか、助けを求めに来るのではあるまいな?」


「そのまさか、ですよ陛下。我々から向こうへ提案をしたのです」


 そう告げると、ブルーノは長い睫毛で目元に影を落とし、冷ややかな紫紺の瞳を向けて『はっ』と渇いたように笑った。


「我が国が無条件で、同盟国でもない海の向こうの国家を助けるとでも思うか? それほど余は甘くないぞ。世界には交換条件が常に成り立ってしかるべきなのだ」


「まぁ、向こうもきちんと条件を提示しているのでお聞きください。アンラヴェルはテロによる困窮で、オルレアスに物資支援と同盟の締結を要求しています。代わりに提供するのは、アンラヴェルの古代から残された秘蔵書物――」


 とそこまで言いかけると、今まで黙ってジュリオットの発言を聞いていたブルーノが剣呑に息を呑み、玉座から飛び出すように立ち上がった。


「秘蔵書物、だとッ……!? ……して、それはなんだ」


「ご存知ないなら迫真の演技をしないでください陛下。まぁ、秘蔵なので私にも知り得ませんが、アンラヴェルは知識文化の国でもありますから、それが隠していた書物となれば、王国発展に大いに役立つことは予想出来るでしょう」


 現に武力思考なオルレアスは年々教育面が疎かになっているし、そういった点ではアンラヴェルから知識を取り入れることによって識字率の上昇や教育機関の発足も期待出来るであろう。


 武にかまけて知を疎かにした先人に、幸せな最後を迎えた者は居ない。その先人らの進んだ道から外れる為にも、アンラヴェルとの同盟は必要不可欠だ。


「……ふむ、なるほど。一考の余地はありそうだな。……使者が実際に来るまで、答えを出すつもりはないが」


「まぁ、その文化力が攻め入った他国に呑まれて、他国が肥えるのだけは避けてほしいんですけどね」


「はは、それではオルレアスが攻め入れば話は早くないか?」


「冗談が過ぎますよ陛下。お互いが認可した交渉での国家吸収ならまだしも、弱った国を無理やり攻めれば平和主義の国々からどんな目で見られるか」


「何を言う。戦争屋を匿っている時点で、我が国は世界の敵なのだよ」


 一体今の話の何が面白いのか、見合った国王とジュリオットが『ははははは』と談笑するのを前に、『……』と奇怪なものを見る目を向けるシャロ。


 ずっとボーッと聞いていたが、半分くらいよくわからなかった。大人にしかわからない話のようだ。


「ふぅ……愉快だ。久しぶりにこんなに笑ったぞ。……では、今日はこんなところか? 次会う時には、シャロ殿もぜひ仲良くしてくれると嬉しい」


 美麗フェイス・美麗ボイスでシャロに語りかけるブルーノ国王。

 彼に非はそれほどないのだが、視線を向けられたシャロは悲声をあげて、そそくさとジュリオットの背後へと隠れた。


 黙ってやりとりを横から見ている分には良かったが、いざあの全裸の国王から話しかけられるのは中々きつい。一国の国王に対し無礼なことをしている自覚はあるのだが、どうしても相手が裸の変態となると平常心が保てなかった。


「ジュリさん、シャロちゃんもう帰りたいよう……」


「あ、あぁー……今回は気分が優れないようですので、次回お会いした時にでもお話しの時間を設けて頂ければ。それでは、本日はこれで失礼します」


 そう適当に理由をつけて頭を下げると、そそくさとシャロを連れて謁見の間から退室。そして扉を閉め切ると、何かをやり遂げたような疲れた表情をして『ふううううううう……』と長い溜息を吐いた。


「あぁ、しんどい……無意識に発動している特殊能力は厄介ですね」


「え? 特殊能力?」


「あの国王、人を魅了する能力者なんですよ。私は向こうと同じ精神干渉系の能力者だったので、対抗出来ましたけど。しかし男からずっとフェロモンを撒かれているというのは、毎度非常に気分が悪い……」


「ふーん……なんか、悲しい能力だね」


「まぁ、本物の愛情が何かわからない、という意味では不幸な能力でしょうが、一国の王様やるにはラッキー過ぎる能力ですよ」


 そう語りながらうずくまると、ジュリオットは腑抜けたように床に転がった。



「……吐きたい……」



「ちょ、ジュリさん!? 今吐きたいって言った!? ちょっと待って、こんなところで吐かないで、マジ頑張って我慢して、ちょ、王様ァァァァアアアアアアアアアアアア!! 助けてくださいィィィイイイイイイイイイイイイ!!」



 その後ジュリオットは、無事オルレアス王城の医務室にて嘔吐をキメた。

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