第12話『飲酒と博打は程々に』

 ――それから丸2日間、特に目立ったことはなかった。


 強いて言うなら1日目の夜、休憩のために停泊した航路の中間地点にある島で、ギルくん(19歳児)とシャロくん(16歳児)が迷子になって、出港の時間に遅れかけたことくらいであり、それ以外には何もなかった。


 だが、3日目の夜は違った。

 それは、ギルのとある発言がきっかけだった。


「ハーッ、船内料理クソすぎんだろ。何なんだよ、『主食が毎回魚・量が少ない・値段が高い』の悪質スリーコンボ。あぁ〜久しぶりに肉食いてェな……」


「クソ言うなや周りに聞こえるやろ。オレを見習って心ン中で言えや」


「ウチもお肉食べたぁぁぁい!!」


 船のタラップを渡って島に下りるなり、船内で提供される食事に対する不満をまき散らし始めるギル・シャロ・マオラオの3人。

 それに見かねたペレットが『はぁ……』と溜息をつきながら、


「この島、ステーキが美味いって有名な酒場があるんスけど、行きますか?」


「行くに決まってんだろ」


 魅力的な提案にギルが即答。他2人もうんうんと首肯し、満場一致で彼らはその酒場にお世話になることにした。

 ――なお、この世界では未成年(=20歳未満)は酒を飲んではいけない、という決まりがあるのだが、全員しっかり飲酒済みであった。


「船がこの島に停泊する時間は長くないんで、早めに食うようにしてくださいね。遅れたら置いてかれるんで、その辺よろしくお願いします」


「わぁーった! そいじゃギル先行ってー」


「へいへい」


 酒場に着くと、ギルを先頭に店内へ入る4名。

 ベル付きの扉を押し開けると、最初に一同を迎えたのは店内のあちらこちらで酒気と熱気に酔っている、店内客たちの賑やかなざわめき声だった。


 カウンター席からもテーブル席からも、階段上がって吹き抜けの2階に広がる客席からもガヤガヤと楽しげな声が聞こえる。


「おー、賑わってんなぁ。小せえ島だから少ねえと思ったのに」


「ホントーだ、人がいっぱい……!」


 パッと見たところ、島民や旅商人らしき若い男性が多いだろうか。しかし客層はかなり幅広いようで、老弱男女を問わない全ての大人がこの空間を楽しんでいた。

 そして、こういった雰囲気が好きなシャロは、最初こそ一緒になって酒場独特のこの空気感を楽しんでいたのだが、


「凄い、どこ向いてもお酒の匂いがする……ちょっと酔ってきたかも……」


「嘘ぉ、酒の匂いなんかせんて」


「するもんちゃんとぉ……マオの鼻が悪いんじゃないの〜??」


 そう言われて、すんすんと鼻を鳴らすマオラオ。

 その背後でシャロはじんわり顔を赤らめ、まだシラフであるにも関わらず、信じられないことに『ひっく』としゃっくりを始めた。


 一方、彼らの先を進むペレットは、自分の鼻を指で摘みつつ、


「実はこの前、ジュリさんの部屋に入った時、あの人が貯蔵してたっぽい高そうなワインボトルを1本割っちゃったんスよね……すぐ片付けたんで多分、あの人まだ割られたの気づいてないんスけど。同じもん、ここで売ってないっスかね?」


「っえ、まじ? お前、やっちまったな〜! ジュリさんがこつこつ溜め込んでるあのワインボトルって、世界で1000本だけとかのレアものばっからしーぜ? ヤバいやつだと1本ウン千万とかするって、いつだか本人から聞いたわ」


「……エッ、本当に言ってますそれ!? うわぁ〜、マジっスか……てか、なんでそんな高いもんジュリさんが持ってるんです? 流石にウチの金管理してるジュリさんがウン千万も使ってたら、フィオネさんに蹴飛ばされると思うんスけど」


「ハッ、正規法で手に入れてるとは限んねーぞぉ? あいつもアレでいてしっかり戦争屋だからな、流通ルートは網羅してるし闇商人とも取り引きしてんだろ」


 ――と、絶対に公共の場でするべきではないやりとりをギルと交わしながら、空いているテーブル席を探していた。


「……お、あそこええやん!」


 それから少しして、人数ぴったりのちょうど良い席を見つけるマオラオ。

 彼が『あの席ええんやない?』と尋ねると、3人は頷いて着席。その後、近くを回っていた店員をとっ捕まえて、文字が読めるシャロが4人分の注文をした。


 そして注文が終わり、メモを携えた店員が厨房の方へ消えて行くと、4人は料理が届くまでの時間を、ジュリオットへの文句を言い合って潰し始めるのであった。





 注文した品が届いたのは、意外にもすぐのことであった。

 酒場の店員によって等間隔で置かれた、分厚くテカテカと輝く肉料理達。それを目にした途端、4人の瞳は料理に乗った脂と同じくらい、きらきらと光り輝いた。


 ――まず、彼らは目の前の料理を『肉だ……』と声に出してしっかり認識。ナイフとフォークを手に取って、思い思いのサイズで口に運んだ。


 途端、口の中に広がる胡椒ベースの濃い味。毎日食べようとしてもすぐに飽きが来そうな強いクセがあったが、今はそれすらも己を満たす材料に過ぎなかった。

 海の魚漬けだった彼らは今、自分のせいを実感していた。


 と、


「――あァ!?」


 離れた席から突然、店内のざわめきを全て消し去る大声が上がった。


 声の発生源の周辺に居た客達は、一斉に声のした方を振り向く。

 遠征メンバーもそれに漏れることなく、揃って同じ方向に目を向けた。


「どういうことだァ、テメェ!!」


 ――皆が視線を向けた先。酒のせいか怒りのせいか、その顔を真っ赤にしながら店内に轟く大声を上げていたのは、身長が2メートル近い巨漢。

 全身が鍛え上げられた、『荒くれ者』という言葉がよく似合う男だった。


「イカサマかぁ!! ふざけんじゃねえ!!」


 酔いが回っているのか若干ふらふらしつつ、巨漢はなんとか席から立ち上がり、向かいの席に座っていた男の首元を掴む。


 その勢いでがくんと首を揺らすのは、純白の制服を纏い、尻まで届く緑色の髪を後頭部で纏めた青年だった。腰から細身の剣を下げており、衛兵のように見える。巨漢に反して穏やかで、礼儀正しそうな印象を受ける風貌であり、


「何とか言いやがれェ、眼鏡!」


 揺すられても涼しい表情の男を前に、巨漢は不快を顔に浮かべる。しかし、苛立たしげなその様子に触発されたのか、衛兵の男はにやりと口元を歪め、


「あぁ悪い、君があまりにも滑稽なもので、少し呆然としていたよ」


 言いながら、衛兵は手にしていたものをパッとばら撒いた。

 机上に広がったのは、赤い文字が刻まれた5枚のカードだ。どうやら普通のトランプのようだったが、それを見た巨漢はかたきを前にしたかのように顔を歪めた。


「ゲームで負けたからって激昂して、相手のイカサマを疑うなんて。よくもまぁ、そんな恥ずかしい真似が出来るものだ。……あぁ、そういえば聞いたことがある。確かこういうのを負け犬の……何と言ったかな?」


「あァ……?」


「……いや、いい。君がズルだ何だと糾弾する男になってしまったのは、君がこの勝負に全力をかけていたからだよね。すまなかった、君も頑張ったと思う。でも、君はボクに負けた。これは揺るぎない事実だ。大人らしく負けを認めてほしい」


「――ッ!」


 衛兵男に煽られ、頬をぴくりとさせる巨漢。彼は首元を掴む手を離すと、剛腕を大きく振りかぶって男を殴り払った。刹那、衛兵の男が真横へ吹き飛ぶ。


 吹き飛んだ先には運の悪いことに、大量の料理が置かれた客席があった。

 それに衝突した衛兵は、テーブルを見事にひっくり返して床に打ち付けられる。そして宙へ飛び出した料理は全て、連鎖する皿の割れる音と共にべちゃべちゃと生々しい音を立てて客の足元に広がった。


 客達がひぃ! と悲鳴を上げる。

 何名かは、腰を抜かしながら酒場を飛び出していった。


「――なっ、アイツ、料理を……!」


「食べ物を粗末にしよったぞ……! あ、あと男の人殴りよった……」


 巨漢の暴虐的な振る舞いに、『辛抱たまらん』といった様子で勢いよく立ち上がろうとするシャロとマオラオ。しかし、それをギルとペレットが手で制し、


「な……なんで止めるの……!?」


「あの衛兵みたいな男の方に非がない、とは言い切れないからです。あの手札……確率的にあり得ませんし、そもそも制服の袖に何枚か隠してますからね。グレーの人間に迂闊に加担するのは良くない、って思っただけっス」


 そう言って、床に仰向けになっている衛兵の男に手を伸ばし、そっと空気を握りしめるように五指を折り畳むペレット。直後、その手元に5枚のカードが現れた。

 袖に隠された、つまり本来男が配られていたのであろうカードを奪ったのだ。


 ペレットは、カードを眺めながら『なんスかこのクソ手札』と呟いた。と、


「いっ、たいなぁ……もう、酷いじゃないか。歯が欠けてしまったよ。ボクが君にポーカーで勝てたら、君はこの島で狼藉を働くのをやめここを出て行く。そう誓ってくれたんじゃなかったのかい?」


 さしてダメージはなかったのか、饒舌に問いながら立ち上がる衛兵の男。

 彼はペッと歯の欠片を吐き出すと、そっと巨漢に片手をかざした。


「……??」


 それを前に、怪訝そうな顔をする巨漢。

 その次の瞬間、突然、巨漢の胴体と足回りが眩く輝きだし、


「ッ!?」


 パッと散ったその輝きは直後、巨漢の肉体を締め上げる鎖に変わっていた。


「……!! テメェッ、何をしやがった!!」


「――特殊能力『咎人とがびとの鎖』。罪人だけに巻きつけられる、絶対に外せない鎖だ。これでもまだ狼藉を働こうというのなら、ボクは君を海に突き落とそう。大丈夫、あまり苦しまずに死ねるよう努めるから。……手元が狂う可能性はあるけど」


「ッ……テメェの格好、アンラヴェルの聖騎士だろうが! 女神だかなんだかを信じてる聖騎士の分際で、そんなこと――」


「出来るよ。ヒーローじゃないからね、君のことだってすぐ殺せる。だって、君を野放しにして多くの人が理不尽な搾取に苦しむか、君を殺して多くの人を恐怖から解放するか……女神がどっちを選ぶかなんて、考えるまでもないだろう?」


 言いながら、ゆっくりと巨漢に歩み寄って、不敵に笑う衛兵。

 彼が眼鏡のレンズの奥から、深緑色の目で巨漢の顔を覗き込むと、刹那、巨漢の脳内に海に突き落とされるビジョンが浮かんだ。


 手足を縛られ動けない状態で沈めば、どれだけ息を吸い込んでから入水しても、必ず酸素不足になる時が来る。そうしていずれは意識を失い、開けた口から肺に大量の海水を取り入れて、大量の塩分で脳を冒しながら苦しむ羽目になるのだろう。


 それにそうだ、海の中には――。そんな想像を盛り上げ、巨漢は今までの態度が嘘だったかのように顔を青く染め上げて、


「う、海は……海はよくない。良くない。海はヤツが、毒クラゲが居るんだ……わかった、疑って悪かった、だから海だけは勘弁してくれ……!!」


「……よろしい、それじゃあ君は今すぐこの酒場を出るんだ。君がここに居ては、皆の酒も不味くなるだろうからね」


 そう言って再び衛兵が手をかざすと、巨漢に巻きついていた鎖が霧散。巨漢はこけつまろびつ酒場から飛び出していき、直後――酒場中から大地を揺るがす騎兵の掛け声のような、歓喜の声が上がった。


「お、おぉぉぉぉ!!」


「すげぇーーーーッ!!」


「あの男を追い出しやがった……くっ、長い間その真髄をひた隠しにしてきた、俺の邪眼の出番は今回もなかったということか……いや、良い。俺の邪眼は世界を滅ぼうわっ待て押すな寄るな」


「すげえなアンタ! アイツに手を出せるやつァ、中々いねえよ!」


「ありがとうなぁ、ここの酒場気に入ってんのに、最近アイツがよく陣取ってて、居心地が悪かったんだ……追い出してくれて、本当に助かった!!」


 興奮しながら、衛兵の男に絡み始める酔っ払い達。

 彼らが衛兵の男に酒をすすめると、男は『いえ、勤務中なのでまた今度……』と申しわけなさそうに断るが、酔っ払い達は聞く耳を持たず、腕を掴んでずるずると彼を客席まで引っ張っていった。


 ――と、今まで静観していたギルが居づらそうな顔をして席を立ち、


「熱気すげぇなァ……暑苦しくなってきたし、そろそろ……って、おいペレット、おっまえ俺が10皿食ってた間に、なんで1皿も食い終わってねーんだよ」


「は? いや、俺が食うの遅いんじゃなくて、アンタが早すぎるんスよ……」


「えぇー、俺ァ別に早くねーよ。お前が特別に少食なんだろ? ほら、シャロとマオラオを見てみろよ、俺が特別早いわけじゃねーから」


 そう言って片目を瞑るギル。

 それに『えぇ?』と聞き返しながらふと見ると、シャロとマオラオ2人の前にはいつの間にかいくつもの皿が山を作っており、


「ご馳走様でしたー! あ〜、美味しかった!」


「んふふ、こんだけ食べられたんは久しぶりや」


「あ、ペレット会計よろしくねー! シャロちゃんはもう戻るから〜!」


 そう告げて慣れたようにウインクをし、席から立ち上がるシャロ。

 酔いで顔を真っ赤にした彼は、でへへへと汚く笑って酒場を出て行く。そして、それを追うように『じゃー先行ってるぜ』とギルが酒場を出て行き、


「ほな、オレも先行っとるから。財布は持っとるやんな? うん、会計任せたで」


「――」


 残されたペレットは言葉を失い、背骨を捨ててしまったかのように勢いよくテーブルにうつ伏せる。その振動で、積み重なった皿がシャン、と音を立て、


「あとで抗議しよ」


 ――その夜、任務用の共用財布から夕食費として約4万ペスカが飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る