第09話『港町オルレオ』

 同日の昼過ぎ、『インフェルノ』拠点屋敷の門前にて。甲高い音を立てて門が閉まるのを見ながら、後頭部に組んだ手を置いていたシャロは投げやりに呟いた。


「なんでウチってば、ここに居るんだろうなぁ……」


「俺も、なんで自分がここに居んだかわかんねェわ……」


 心の底から面倒臭そうな顔をして、シャロに同調するギル。


 彼らはマオラオ直々に選出された、買い物付き添いメンバーだった。最寄りの町まで歩くことになった、荷物持ち確定のツーマンセルとも言う。何故この2人が選ばれたのかというと、マオラオ曰く『買い物の仕方を教える為』らしく――。


「別にわざわざ『買い物の仕方』なんて、小さい子供じゃないんだからさぁ」


「またそうゆーて、この前のこと覚えてないん? 8日前やっけ? なぁ? ウェーデンの骨董屋でホンッマにいらんもんばっか買おうとしとったやんなぁ? あんさんー……オレの存在と無線機がなかったら、今頃その辺で野垂れ死んでたで?」


「うぐ。そーデスネ……あざす……」


 図星を突いてきたマオラオに一言も反論できず、シャロは渋々お礼を口にする。


 そして3人は最寄りの町まで続く、紅葉に挟まれた並木道を歩き始めた。


 

 ――大東大陸の最西端に拠点を持つ、戦争屋『インフェルノ』。


 彼らが住んでいる木製の屋敷は、訳あって山の森の奥深くにあった。とはいえ、水道はきちんと通るし、ガスも電気も使える上、『貰い物』でありながら内装・外装共に新築のような綺麗さなので、建物単体で見れば優良物件――なのだが、


「道……長ぁい……あと何分〜?」


 しばらくして、歩くことに飽きたシャロがぐだつき始める。そう、山の中にあるため最寄りの町までの距離が長く、歩きだと移動に時間がかかるのが難点で、


「あ〜……あと15分くらいじゃねーの? ま、長いのは認めっけど、流石に体力なさすぎねーか、昨日の戦闘ン時のお前はどこ行ったんだ」


「さぁ……? てか、15分〜!? 馬車なら5分もかから……って、そうだよ、馬車出せばよかったじゃん!? あと、ペレットに瞬間移動やってもらうとか……いや、それはちょっとイヤだな……けど、色々あったよね!?」


「いやぁ、それがな……馬車を扱える大人がみぃんな仕事してはってな。あと、ペレットはどこかに逃げてしもうて……ま、たまにはええやろ、ウォーキングも」


 そう言って、幼児のように駄々をこねるシャロをなだめようとするマオラオ。

 

 ちゃっかり『自分は平気ですが?』という雰囲気を醸し出しているが、今回は監視課である彼にとっては久しぶりの外出で、しかも初っ端から30分以上続けて歩行しているので、シャロほどではないが、マオラオもそれなりに疲労していた。

 (まぁ、『自身の衰えを認めたくない』という年寄り臭い矜持から、必死に疲れていないふりをしているが。)


「ガキと……ジジイ……」


 そんな少年の隠し事さえ見抜いていたギルは、嘆くようにひっそりと呟いた。





 ――港町オルレオ。それが戦争屋『インフェルノ』が拠点としている、大東大陸の最西端に存在する町の名前である。


 小高い山に囲まれ、広大な海に臨む小さな土地で、港には多くの貿易船や漁船が停められており、その付近には露店が並んでいる。住宅街に並ぶ、白を基調とした美しい石造りの家々は見物みもので、ちょっとした観光地にもなっていた。


 人口は2000人程度。特産品はオレンジとエビだ。ちなみにこの町だとエビはオリーブオイルと、ニンニクで煮込んで食べるのが主流だった。


「ゔあー、やっと着いたァ……」


「これで、帰りは荷物抱えて同じ道歩くんだよね……?」


「嫌やぁ言わんといてぇ」


 なんだかんだ自力で町までやってきたギル・シャロ・マオラオの3人は、そんな会話をしながら露店街のメイン通りを歩く。


 ――と、


「あ、ウチあれ気になる!」


 骨董品をはじめとする、摩訶不思議なもの――有り体に言えば、明らかに要らないものに惹かれがちなシャロの、物欲センサーが今日も作動。今回は何やら小瓶に興味を持ったようで、彼はきらきらと目を輝かせながら露店の方に寄っていき、


「『水が尽きない小瓶』だって!!」


「そういう系は全部、特殊職人が作ってるモンだからクソ高えぜ? まぁ、どんなもんか俺も気になるけど、特にあの意味深な眼鏡。なんて書いてあんだ?」


「それは『双眼鏡になる眼鏡』だって。スイッチを押すと、レンズのズーム機能がオンになるらしいよ? ――うーん、あの小瓶5000ペスカするのかぁ、今日はちょっと持ち金少ないんだよなぁ……」


 特殊道具の専門店の前で立ち止まり、腕組みをするギルとシャロ。

 2人は品物を購入するかどうか、じっくり悩み始める――と、それに気づかずに先へ進んでいたマオラオがパッと振り返り、


「あっ! 早速何か買おうとしとんな!?」


 と、慌てて2人の視界に入り込み、両腕を残像が出来るほどぶんぶんと振って、露店に向けられた2人の視線を遮ろうとした。


 しかし背の低いマオラオの身体では、背の近いシャロはともかく、180近いギルの視界を邪魔することが出来ず、それどころか軽々とギルに持ち上げられ、


「よぉしチビのマオラオ君、高い高ーい。さ、シャロ行け」


「さんきゅーギル。いっちょ買ってくるね〜!」


「お前らなぁぁぁぁあああーーッ!! 本来の目的、忘れてへんかぁ!? 今日は金の使い方を理解するために来たんやでーーッ!?」


 俵担ぎをされたまま、ギルの肩の上でジタバタと暴れるマオラオ。主張激しく手足を動かすも、シャロはそれを全力で無視し、露店商のもとへ行ってしまう。


「あ、アイツ……あのままやと、独り身んなった時ぜったい破産するやろ……」


「ま、俺らの場合、まず独り身になるかわかんねーけどな」


「確かに、引退して独居するより先に、殉職しそうな職業やけどな!? そないな話がしたい訳やないねん、単純に金の使い方が危なっかしい言うてるんや!!」


「アイツの母親かお前は……そんなに言うんだったら、生涯お前が面倒見てやれば良いんじゃねーの? シャロのこと好きなんだし、苦じゃねえだろ」


「……ふぁ!?」


 唐突なギルの言葉にマオラオは、湯気を噴き出しそうな勢いで紅潮。

 しばらくして、小刻みに震え出したかと思うと、


「そ、それはた、確かに昔は何も知らんかったし、『可愛い女の子やなぁ』とか思っとったけど!! 思っとったけど!! べべべっ別にシャロにほ……ほれ、惚れとるわけやない、ないんよ……やからやめ、やめーやそういうん……!」


「んあー、わかる。第一印象は『可愛い女の子』で始まるよな。第一印象は」


 ギルはうんうんと相槌を打ちながら、マオラオを地面へと下ろす。


 ちなみに彼らの会話に言及をすると、実はマオラオ、過去にシャロに一目惚れをしたという経歴を持った面食いなのである。一応シャロが男だと知ってからは色々葛藤があったそうだが、なんだかんだ割り切れなかったとかで。


 今ではメンバーから、『ウブ』だの『ヘタレ』だの『チビ』『小さい』『子供服売り場はあちらです』だのと、事あるごとに好き放題言われる立場であった。

 まぁ、本人は片想いをこの通り否定しているのだが、ここまで顔を赤くされては決死の否定も無意味だろう。明らかに、普通の恋する少年の反応なのだから。


 と、そこで、マオラオを日々悩ませる元凶の男――なお何も知らない――が早くも買い物を終えたらしい。宝の持ち腐れでしかない美少女のような顔を、彼はいやらしくニマニマと緩ませながら、小さな紙袋を持って露店から帰ってきて、


「聞いて聞いて! 露店商のオッチャン、シャロちゃんの麗しいお顔に免じて2000ペスカもまけてくれたんだー! ……って、あれ、どしたのマオ」


「……はぁ!? 背が低い!? こ、これから成長期っていつも言うとるやろ! そ、それよりはよ、必要なモンの買い物せんと、な、なぁ? ギル……」


 林檎のような赤面で口走って、早歩きでどこかへ消えていくマオラオ。

 それを見たギルは噴き出しそうになるのを我慢しながら、シャロは混乱に眉をひそめながら、動揺しまくりの少年を追っていくのであった。





 それから約2時間後。

 メモ用紙のチェック欄に全てチェックをつけると、マオラオはメモ帳をぱたんと閉じてポケットにしまい込んだ。


「これでオーケーやな。んふ、遠征に必要なモンも個人的に欲しかったモンも買えたし、ついでにフラムのおつかいも果たせたし。オレは満足や……!」


 パンパンに膨れ上がった、買い物用のショルダーバッグを見つめて、幸せそうな表情を浮かべるマオラオ。彼が愛おしそうに撫で続けるバッグの中には、今日購入した生活用品や工具が所狭しと詰められていた。


「点検道具も一式揃えられたし、それで拡声器の修理をして……んふ。無線機も、より遠距離に対応できるようにせんとな。んふふ、んへ、ふへへへ……」


「……あのぅ、そこの変な笑い方してるマオくーん」


「この紙袋を持ってほしいんすけどー」


「ん!? あ!? え!? ……な、なんて? 紙袋!?」


 びくりと身体を震わせて、現実世界に帰還するマオラオ。


 彼の意識を引き戻したのはもちろんギルとシャロで、マオラオから少し離れた場所に立つ彼らの腕に抱えられていたのは、大量の野菜が詰められた紙袋だった。


「わ、悪い! すまんな、今持つわ」


 そう言って両腕にトマトの袋と、ジャガイモの袋を抱えるマオラオだったが、


「ぉぎゃーーッ!?」


 即座に野菜の総重量に耐えかね、爆誕ぜっきょうしながら彼は紙袋を置いた。


「待ってこれ重ない? 重過ぎんか!?」


「うーん、この中じゃ1番力持ちのはずのマオでも無理だったかぁ……」


「やっぱお前、歩いてっ時に疲れてねーフリしてたな? 変に強がって平気なふりしてたみてーだけど、普通に弱ってんじゃねェか、体力ジジイがよォ」


「ハ、ハァン? なんのことかわからんなぁ……?」


 マオラオは図星を突かれたように動揺してから、顔を背けて知らんふり。無理やり笑みを繕っているようだったが、こめかみからは季節外れの汗が伝っていた。


「あの――アレだろマオラオ、運動不足。運動の影響が身体に出やすくて、筋トレしたら簡単に腹割れるけど、ちょっと休むとすーぐ人並み以下になる体質だって、お前自分で言ってたじゃん。んで、最近ずっと監視モニター室に籠ってて……」


「じゃかしいな、モニター室に篭んのは仕事でやっとるんやけど!?」


「――え、マジ?」


「お、おま、逆に知らんかったんかお前!? え、暗い部屋に半日おるあの苦行、趣味だと思ってたんか……!? ま、まぁとにかく、屋敷戻ったらすぐ筋トレして体力取り戻したるわ!! ……それで、問題はあの長距離でどう持ち帰るかや」


 港町から少し離れたところに見える、大きな森の奥深くへと続く1本道を見て、頬をひくひくとさせながら大きめの汗を一粒流すマオラオ。


 重い紙袋を全て持って、屋敷まで歩いて帰るのは不可能に近い。もしマオラオの体力が最高潮であれば無問題だったのだが、タイミングの悪いことに今の彼は15連勤明けで、下手するとフラムよりもか弱い。ので、この案は不採用。


 かと言って、屋敷から荷馬車を寄越してもらうにも、今は連絡手段がない。


 ではどうするかと、3人で知恵を絞り出そうとしていたその時だった。


「――あ、買い物終わったんスか」


「あっ、クソガキ!!」


「ペレットっス。1文字も合ってないっスよシャロさん」


 突然、背後から気怠げな声が飛んできて振り向くと、いつのまにか、黒髪紫眼のダウナーな少年・ペレットが、両ポケットに手を入れてそこに立っていた。


 普段、猫っ毛が特徴的な後ろ髪がボサボサになっているのを見るに、反省会の後2度寝をキメてから瞬間移動してきたのだろう。相変わらず人を腹立たせる嫌味な澄まし顔をしていたが、この状況下ではその姿さえ輝いて見えた。


 そして、


「お願いしますペレット様ァァ!! シャロちゃんの為に能力を使ってェェ!! シャロちゃんの役に立つという最ッ高の栄誉をあげるからァ!!」


 プライドをいとも容易く捨てたシャロが、黒ズボンを穿いたペレットの脚にいの一番に飛びつき懇願し始める。その言葉の節々には相変わらずの厚かましさが見え隠れしていたが、シャロの割には珍しく、随分と下からの態度をとっていた。


 だが、それを見下ろすペレットは、偉そうに顎に指を添えて、


「残念、誠意が足りないのでダメです。俺に頼み事をするんなら、もっと真剣に、そして可愛い後輩に対する愛情と格上の人物に対する尊敬心をきちんと持ってから言いましょう。ちなみに、そこの先輩2人はどうします?」


「頼む……みますペレット様ァ!! おちょくってんと早よ使えやァ!!」


「右に同じくですペレット様ァ!! バーカバーカ!!(裏声)」


 流し目をされ、その場でサッと膝をつくマオラオとギル。ただでは帰れないこの状況下において、最強であるペレットに最大の平伏心(?)を見せたのだが、


「あーあ、素直に頭下げときゃよかったのに。そんじゃ、これはアンタらが選んだことです、俺はもう関与しませんから、せいぜい頑張ってくださいね」


 と、ペレットは満足したようなゲスい笑みを浮かべて、すぐにその場から掻き消えた。特殊能力を使って再び瞬間移動をし、3人を置いて屋敷に帰ったのである。


「――ッンのやろぉぉぉぉ!!」


 瞬間、3人は地面を殴りつけながら恨みを叫んだ。


 その様子に周りの人々は、『いったい何事だ』と驚愕、あるいは困惑の表情でギル達を見るが、当の彼らは周りの目などお構いなく地面を殴り続けた。

 自動回復する1人を除き、地面より先に手が壊れそうである。しかし、


「やっぱペレット気に食わない! 今朝の露骨な煽りといい今のといい!」


「最低やなアイツ! 普通見捨てるかぁ!?」


「ほぼ同期のマオラオはともかく、俺とシャロは先輩だぜェ!? 先輩をこんなとこに放っておくってーぇのは常識的によろしくないよなァ!?」


 地面を殴りつけるその手は、怒りを纏ってか残像まで見せていた――と、届かぬ怒りを3人で罪なき地面にぶつけていると、


「……おや。どうしたんです? 『インフェルノ』のお三方」


 今度はそこに、本物の救世主が現れる。


 顔を上げるとそこに居たのは、シャロが小瓶を購入し、2000ペスカをまけてもらったという道具屋の、露店商の男だった。男は荷馬車の御者台から、地面を殴り続けていた馬鹿3名を不思議そうに見下ろしていた。

 どこぞの腐ったクソガキと違い、優しさを持った綺麗な瞳がこちらを映し、


「露店商のオッチャン!?」


「あー、えっとですね……」


 気まずい空気のまま、数秒が経過。少しして、マオラオが代表としてようやく事情を説明すると、露店商の男は御者台に座ったままうーんと何かを考え込んで、


「ふむ。では、差し支えなければ私が皆さんをお屋敷までお送りしても?」


「え、良いの!? ……んですか!?」


「えぇ。普段からお世話になって・・・・・・・ますし、その恩返しだと思ってくだされば」


 と、微笑んだ露店商の男に数瞬、呆然とするギル達3人。その後、言葉の意味を理解すると、彼らは露店商の男を囲んでやんややんやとはやし立て始めた。


 肝心の『お世話』が何なのかはわからなかったが、恐らくジュリオットあたりが商売に関してアドバイスをしていたのだろう。あのヤク漬けむっつり社畜眼鏡は、あれでいて商才があり、色んな商人に恩を売っては人脈を広げているのだ。


 だとしたら彼には申し訳ないが、使える恩は使っておくべきか――と揃って開き直る3人のクズっぷりは、戦争屋の名物であった。


 そして長いこと囃し立て、とうとう露店商から『少し恥ずかしいのですが』とお言葉を頂くと、3人は厚意に甘えて乗せてもらい、無事に拠点へと帰還した。

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