第10話『問題だらけの遠征前夜』

 早くもやってきた2日後の夜。


 戦争屋メンバーは、2日前の反省会の会場であった食堂に揃っていた。

 フラムが料理中で不在の為、7引く1の計6人で食卓を囲んで座る。机上には遠征前ということで、普段よりも豪華な夕食が並べられていた。


「……食べながらで良いわ、全員耳を傾けて。まずは明日からの『アンラヴェル神聖国』への遠征について、ざっと改めて確認していくわよ」


 そう言って今回も主賓席に座り、手のひらサイズのノートを開くフィオネ。彼は達筆な文字が書き込まれた紙面に、美しい紫紺の視線を走らせて、


「最初に遠征メンバー。これはギル・シャロ・ペレット・マオラオの4人ね。まともなのがマオラオだけで少し不安だけど、頑張って頂戴」


「うっわぁ、改めて聞くと嫌なメンツやな……」


 露骨に眉をひそめ、ローストビーフの切れ端を一口含んで咀嚼するマオラオ。

 すると、隣に座っていた気怠そうなクソガキが口を開き、


「俺はまとも側じゃないんスか、フィオネさん」


「えっ、まさかペレット、自分のことまともだと思ってた……?」


 自分もまとめて非・まとも枠に入れられていることを、この僅か4秒間で忘れたシャロは、心底驚いたような顔をして嫌味ったらしくペレットに尋ねる。


 が、それを聞いたペレットは鼻で笑い、


「そういうシャロさんよりかは、ずっとまともな自信がありますよ?」


「ハァーン? ッのやろォ、後輩の分際で生意気な……!」


 睨み合い、食卓の上で火花を散らし始めるシャロとペレット。


 いつも通りのやりとりではあったが、遠征前夜から既に幸先の悪さを感じさせる彼らを前に、フィオネは白い手を額に添え嘆息。『先が思いやられるわね……』と呟きながら、乱れなく整った顔貌に似合わぬ、苦労人の表情を浮かべる。


 ――と、今度はローストビーフを飲み込んだマオラオが口を開き、


「というか、全員普通に受け入れてはるけど、誘拐やろ? 国家側へのフォローは入れるにしても、こう……人間の心というか、良心痛まんの? 明日から遠征始まるっちゅうんに、オレ以外みんなリラックスしとって結構びっくりしてんけど」


「――殺人、窃盗、海外逃亡」


「あ?」


「これだけやってて、まだそんな事気にしてるんスか? ていうかマオラオ君に、ニンゲンの良心なんてもんがあったんスね? マオラオ君、人でなし代表みたいな戦い方するから、てっきり良心なんかこれっぽっちも持ってないもんだと……」


「はァーッ!? オレやってそんくらいあるわ!」


 ペレットに挑発され、キレ気味に吐き捨てるマオラオ。

 根っからのツッコミ気質で、ボケ混じりの煽りにもつい乗ってしまう彼は、頬をぴくぴくと痙攣させながら言い返そうとして、


「――良心、についての話ですが」


 煽り合いに発展するのを防ぐ為か、不意にジュリオットが声を発する。


「確かに、私達がやらんとしているのは非道徳的な行為です、が……神子を利用されたことで引き起こされる問題は、決して少なくありません」


「あ、あぇ、ジュリさん?」


「ですから、まずは神子の確保が何よりも優先されます。これに際してさまたげになりますから、人としての良心はないならない方が好ましい。まぁ、あるならあるでも構いませんが、せめて一時的に殺しておくべきかと」


 そう告げたジュリオットの、眼鏡の奥にある紺青の瞳は至って真剣であった。

 彼の落ち着いた声は、静まった食堂に響いて余韻を残す。ただし悲しいことに、彼の言葉が皆の心にまで響くことはなく、


「ジュリさんが言っても、なんかねー」


 1COMBO!


「ジュリさんのセリフってキマんねーよなぁ」


 2COMBO!


「どっか残念な感じしますよね」


 3COMBO!


 ――口々に意見をぶつけていくシャロ・ギル・ペレット。3人の正直な意見にジュリオットは、気取ったような表情を崩してカッと顔を赤らめ、


「え、今ので空振りですか!? 結構いい感じじゃありませんでした!?」


「オレは、んふ、かっこいいと思ったから安心してや、ジュリさん。せやな、心は殺すべき……っふ、んふ、あぁ悪いわろてしもたわ」


 傷心中のジュリオットに、慰めの言葉をかけるマオラオ。しかしその口元は、笑うのを堪えるようにヒクヒクと動いていた。


 4COMBO! K.O!


「うっ……」


「あ〜あ〜、貴方達が一斉にいじるから……」


 などと言いながらも、悪ガキ達をとがめようとはせず苦笑するフィオネ。

 瀕死だったところに会心の一撃を受け、魂が放出したかのようにこうべを垂れるジュリオットを本気で慰めてやる者は、もはやこの場には存在していなかった。


 そして、『流石にやりすぎたか』と少し気まずくなったシャロは、共犯者3人に琥珀色の瞳で目配せをすると、からになったスープ皿を手にして席を立ち、


「……あ、あー、ウチおかわりしてこよーっと」


「「「あっ、俺/オレも」」」


 ぴたりと声を揃え、一斉にその場から逃げる悪ガキ4人組。

 16歳が3人と19歳が1人、実年齢的にも20歳未満――この世界における未成年の彼らは、最後の逃げ方まで徹底的に悪童を貫いていた。





「……んッゔん!! ……で、確認を再開しますけど」


 スープのおかわりを終えた悪ガキ組が戻ってくると、まだ若干顔を赤らめたジュリオットが改まったように大きく咳をして、再び話をし始めた。


「今回は、変装して任務を遂行してもらいます」


「変装? あ、そか、でも何の変装するかはまだ聞いとらんかったよな」


 何になるんやろな、と顎を摘みながら考えるマオラオ。するとジュリオットは、少しの沈黙の後、眼鏡のレンズを輝かせて不敵な笑みを浮かべた。


「うわぁ……」


 恥辱に赤らむ顔から一変、邪悪な顔つきになった青年に揃って引く悪ガキ組。これはかなりタチの悪い話が飛び出してくる、と4人は過去の経験から身構えるが、


「貴方がたが今回なりきるのは女性の使用人――つまり、メイドです。下っ端の。変装する為に必要な洋服や小物は全てこちらで手配したので、早速ですが今から試着してみましょう。というわけで、皆さん更衣室へ」


「……うん? んんん? え、はぁ!?」


 予想していたより遥かにタチの悪い発言に、4人は再び声を揃えて驚愕。直後、彼らの反応が嫌悪と嬉々に分裂した。もはや説明するまでもなさそうだが、ギル・ペレット・マオラオの3人が前者で、シャロが後者である。


「……あの、純粋に疑問なんスけど、何のために女装しなきゃなんないんスか?」


「良い質問ですね、説明しましょう。ですが、その前に前提として。今回潜入するアンラヴェル宮殿は、メイドがとても多いことで有名なんです」


 ――ちなみにどれくらい多いのかというと、入職から2、3年目に初めて自分の同期を認識することが頻発するほどらしい。フィオネのツテで協力してくれた、元宮殿メイドの証言なので確かな情報である。


 つまり、とジュリオットは言葉を継いで、


「潜入捜査で障害になりがちな『名前も顔も知らない人間がいる』という問題が、メイドという職業のみ正当化されているので、他の宮殿関係職にふんするよりずっと動きやすいんですよ。これが、今回メイドの格好をする理由です」


 悪意たっぷりの笑みを浮かべて、ペレットを見据えるジュリオット。先ほど弄り倒された分の報復のつもりなのか、やたらと強気な口調である。


 そして立場は逆転して、ペレットは今までにないくらい動揺しており、


「いや、待ってください。『召使い』に変装するのはわかりますよ? 召使いなら宮殿の中を歩き回っても違和感がないですし、掃除だのなんだので色んな部屋を合法的に回れますから、回収対象を探すのに都合が良いことはわかります」


「はい」


「でも、わざわざ『メイド』になる必要はないっスよね? メイドが多いなら、男の召使いだって同じくらい……なんでしたっけ? 執事、かわかんないスけど」 


「ん〜、フットマンかな、あんまりいっぱい居る気はしないケド」


「へぇ、フットマンって言うんで……待ってください、なんでシャロさんがそれを知ってんスか?? いえ、とにかく色々工作すれば……」


 女装をするのが本当に嫌なのか、いつもは眠たげな目をはっきりと見開いて、饒舌に遺憾の意を述べるペレット。しかし、


「いえ、居ないわ」


「えっ??」


「『男は聖騎士・女は召使い』――男尊女卑の風潮があった建国当時から宮殿にはそういう決まりがあって、男の召使いはそもそも居ないの。まぁ、今は平等化を目指しているから、その制度はただの名残りでしょうけど」


 と、フィオネが引き継いだことで筋が通り、とうとう諦めざるを得なくなる。

 女装からは逃れられない、その事実を前にペレットは絶句。他のメンバーも女装ウェルカムなシャロを除き、それぞれ自分の行く末を想像しては絶望していた。


「さて、更衣室に行きましょうか」


 うきうきと日々の報復をするジュリオットに先導され、重たげな足取りで食堂を出て行く悪ガキたち。唯一嬉しそうなシャロが最後に出て行き、ハミングしながら食堂のドアを戻すと、パタンという音の後に静寂が残った。


「……」


 沈黙と共に置き去りにされたフィオネは、グラスを傾けて赤ワインを喉に通す。

 ほぼ同時、食堂と隣接するキッチンから犬耳の男――フラムが色とりどりのグラスゼリーを乗せたトレーを持ってきて、


「食後のデザートを作りました……って、あれ、皆さんは?」


「あぁ、少し外してるわ。せっかく作ってもらったのに悪いわね」


「え、あっ、いえ! 大丈夫です、冷やし直しておきますね」


 すぐにきびすを返し、空色の尻尾をゆらゆらと振ってキッチンに戻るフラム。

 その背中を見送ると、フィオネは最近になって何度か吐いた気のする、深く重い溜息を薄桃色の唇の隙間から溢した。


「色々と、嫌な予感しかしないわね……」


 今後降りかかってくるであろう困難の数々を想像し、あまりの悪寒に頭を痛めるフィオネ。彼は、こめかみに手を当てて『やれやれ』と首を振るのであった。











─ 第1章 風評の戦争屋 編・完 ─

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る