第08話『超絶クレイジーお姉さま』

 血の気が失せ、顔面蒼白のジュリオットは、顔色に似合わぬ冷静な表情で視線を紙面に走らせ続ける。


「そして強襲当日。シャロさんとギルさんが暴走している最中、私とペレット君は王城と地下通路で繋がる教会にて、国王アルベートを尋問。国王は設計図を知っていると白状したものの、ありかを知らない様子でした」


「まぁ、国王は主犯じゃなかったらしーしな」


「ウェーデン王国の大臣たちが黒幕だったそうですね」


「いやぁ、ホントかはわかんねぇけど。本人が言ってたんだから多分正解だろ。んで、それで噛み合うよな?」


 片目を瞑って尋ねるギルに、眼鏡の奥で目を瞬かせるジュリオット。ギルの感覚の雑さに驚きつつ、彼は『……噛み合いますけれど』と視線を紙面に戻した。


 ちなみに詳細を説明すると、国王も高確率で黒である。


 本来『殺戮兵器』の存在は、ウェーデンでは都市伝説として扱われており、代々教え継いでいる国王しか『殺戮兵器の設計図』のありかを知らない筈なのだ。

 だというのに、設計図が見つかったのは髭男(多分アレも大臣)の服の中から。


 つまり〈国王が大臣達に手渡していた〉か、〈国王が設計図のありかを大臣達に教えていた〉と考えられ、どちらにせよ国王も黒になるのである。

 

「それでその後、シャロちゃんが王様をぶち殺して」


「そこに設計図を入手した俺が合流して」


「ウチら、全部ほったらかしにして帰ってきたんだよねー」


 説明役のジュリオットを無視して、勝手に反省会を進行するギルとシャロ。

 すると、フィオネが心底呆れたように眉間を押さえて溜息を吐いた。


「本当に『処理班』に任せっきりね……そういう契約ではあるけれど」


「テキザイテキショって言葉があんだろ? 俺らは片付けが苦手なんだから、片付けが得意な奴に任せた方が絶対効率いいし賢いだろ」


 どうだ正論だろうとでも言いたげに、ドヤ顔で自論を語るギル。親指を立ててサムズアップ、挙句にウィンクまで丁寧につけて盛大に偉ぶる。

 まぁ、考え方の1つではあるのだが、彼が語ると何故だか異様に餓鬼臭い。


「――あ、そんで、昨日渡した設計図はどーしたんだ?」


「あぁ、昨夜ペレットに捨ててもらったわ。古代の機械に興味があるって言って、ちょっとの間眺めてたみたいだけど」


 フィオネがそう言うと、メンバー全員の視線がペレットに寄る。1人2つ、計12個の視線を受けて、眠たげな少年はふにゃりと破顔し、


「だぁいじょーぶ、きちんと捨てましたって。でも、中々面白かったっスよあれ。文字が読めなくて多分8割も理解できてないっスけど、1つ1つパーツの絵が描き込まれてて、読んでで楽しかったっス」


「あぁ、マジで捨てちまったんだ……せっかく手間かけて奪ったのに」


「まぁ、手元にあっても厄介だし。惜しいけれど、割り切ってちょうだい」


 若干引いたようなギルの言葉に、さらりと横髪を払うフィオネ。


 ギルは勘違いをしていたようだが、彼の中では当初から『殺戮兵器』によって圧倒的な戦力を持ったウェーデン王国が、世界の均衡を壊して戦争屋の計画を邪魔してしまうのを、阻止することが今回の目的だったのだ。


 そう、間違っても『殺戮兵器』を奪って利用することが目的ではない。それに、仮に戦力として迎え入れるにしても、『殺戮兵器』が上手く扱えれば万々歳だが、何せ開発者さえ恐れて廃棄しようとしたと言われているような代物。


 もし暴走なんかを起こして手がつけられなくなったり、何かの拍子で敵対国に設計図が渡ってしまったら非常に厄介である。


 まとめると、『殺戮兵器』を所持するにはあまりにもデメリットの方が大きく、フィオネの言う通り『処分』をして仕方がないと割り切るのが妥当なのだが、


「報われね〜!」


 あまり納得がいっていないギルは、投げるように椅子の背にもたれかかった。





 こうして、ウェーデン王城強襲任務についての反省会は終わりを迎えた。


 しかし反省会自体は終わらず、誰も席を外すことは許されない。最後にやるべき事がまだ残っているのだ。――それは、


「……で、今度の遠征についてなんだけれど」


 つまり、次にする仕事の話である。


 昨日の今日でまた遠征はかなり頭がおかしいが、フィオネが持ってくる『潰さないと厄介になるモノ』の情報はまだまだ存在する。しかも大体、そのどれもが刻一刻を争うものであるせいで、常に何かしらの予定が控えてしまうのだ。


 大変と言えば大変だが、野望を叶える為には仕方がない――と、みんなして諦観している辺り、戦争屋もかなりブラックな職場だった。


「次は、3日後ね」


「え、早。シャロちゃんビックリなんだけど。どこに遠征に行くの?」


「遠征先は大北大陸の『アンラヴェル神聖国』。教皇領国家、つまり教皇が治めている宗教文化の強い国よ。先日、その国のある情報を手に入れたの」


 と、フィオネの話した情報について、ジュリオットの話に続き要約すると。


 まず『アンラヴェル神聖国』を治める教皇一族の人間は、代々この世界において成年とされる20歳になるまで、女神アクネの声を聞く力を持つとされていた。

 それで昔から人々は、その家系の子供達を崇め『神子みこ』と呼んでいたらしい。

 

 しかし、およそ40年前に生まれた神子を最後に、新しい神子の誕生はずっと発表されていなかった。


 そこにフィオネは違和感を覚え、事件性を見出したらしい。彼は『アンラヴェル神聖国』に集中して情報収集を行い、以下4つの情報を手に入れたそうだ。


 ①約40年前に生まれた神子より後にも、神子は生まれていること。

 ②しかし、新しい神子の存在は世間から隠されていること。

 ③隠されている神子が、『洗脳』の特殊能力の持ち主であること。


「4、その能力を使って、戦争を促そうとしている人物が居ること……よ」


 そう言ってフィオネが紫紺の目を細めると、今度は頬杖をついていたシャロが不思議そうに尋ねた。


「え、誰が? なんで戦争を促そうとするわけ?」


「さぁ、これ以上詳しい話はわからないわ。けど、確か『アンラヴェル神聖国』は穏健派・中立の非戦争国。恐らくは神子の身内に、教皇や重役・国民なんかを洗脳させてでも戦争をしたい馬鹿が居るんでしょう」


 そう答えたフィオネに一瞬、『それが戦争屋おまえに言えるのか』と怪しく思うシャロだったが、すぐに思考を放棄。横髪を指で弄りながら『ふぅん』と返した。


 すると、今度はペレットが割り込み、


「で、その話と今回の遠征は、どう繋がるんスか?」


「難しい話じゃないわ。予期していない戦争を起こされれば、戦争をしたい馬鹿が神聖国の関係者にしろ部外者にしろ、兵をろくに持たないアンラヴェルは滅びる。戦った相手国に必ず吸収される運命にあるのよ」


「はぁ。で、吸収されるとなんか、俺らにとって面倒な感じになるんスか」


「えぇ、かなりね……戦争じゃ弱いけれど、アンラヴェルに隠されている文献には計り知れない価値がある。それがどこかの国に奪われたり、戦火で消滅したらもったいないし……それと、あの国にはいつか、同盟の話を持ち込みたかったのよ」


「つまり、あれっスね、いつものエゴ」


 戦争に巻き込まれる神子や、国の人々が可哀想だから助けたい、とでも言えば聞こえが良くなるのに、この男は相変わらず本音を隠そうとしない。まったく、利己的な考えを剥き出しにし過ぎである。


 ペレットは、元々ジトリとしている両の目を更に細めた。


 まぁ、泥のように意地汚い、人間らしい欲望が垣間見えるだけ、綺麗事を並べた聖人気取りの奴よりもよっぽど『ついて行こう』と思えるのだが、と思いつつ。


「でも、誘拐じゃなきゃダメなんスかね?」


「えぇ。正々堂々とアンラヴェル神聖国に出向いて『このままだと戦争が起こる』なんて教えるよりも、誘拐する方がずっと問題の解決が早いんだもの。だから、戦争が起きる原因になる神子を誘拐して、未来を変えるわ」


「――」


 話している当人とジュリオットを除き、思わずその場の全員が絶句。そしてこの瞬間、戦争屋で1番やばいのは彼なのだと、全員が改めて理解をした。


 確かに、彼の『特殊能力』の内容を知っている上で聞けば、筋は通った話ではあるのだが――それにしても少々、無謀過ぎやしないだろうか。


「ね、ねぇ、あの……いつか同盟の話を持ち込みたいって国の神子を、ウチらが誘拐しちゃったらダメじゃない? 同盟どころじゃなくなる気がするんだケド……」


「あぁ、その辺りはバレないように変装してもらう予定よ。ジュリオットに今色々と手配してもらっているから、楽しみにしていて頂戴」


「あ〜、なるほど。変装……」


「いいや、騙されんなシャロ、問題はまだある。そもそも神子を誘拐したとして、その後はどーすんだよ。世間が存在知らないからって、神子が居なくなっても国家の関係者が騒がねえ、ってこたあねえだろ?」


 意外にもギルが頭を回し、考え方が振り切れているフィオネに問いかける。

 するとフィオネはそんな彼を、美しい紫紺の眼で見てハッと笑い、


「あら、知ったことじゃないわ。ただアタシは、アタシの『予想』を信じるだけ。誘拐をすれば、アンラヴェル神聖国は他の国に独占されないようだし……それなら誘拐以降のことなんて、関係ないしどうでも良いでしょう?」


「ま、マジかよ……んで、なに、お前の主張をまとめると?」


「戦争屋だとバレずに誘拐を完遂できれば、国家側は犯人がわからないままよね。だったらアタシ達が『同盟を組みましょう』って言っても問題はないわ」


「ハァ……お前やっぱ1番危険だわ、フィオネ」


 呆れと、1周回って尊敬の混じった声音で美丈夫を評するギル。

 それを聞き、フィオネは『まぁ』と目を細め、


「貴方にだけは言われたくないわね。けど、アタシとて心がないわけじゃないわ。『処理班』から最善のフォローはさせるつもりよ、安心なさい。それに、神子も未来さえ変われば、折を見て国に返すわよ。……口止めだけして」


 薄い口紅を塗った綺麗な唇で、緩やかな弧を描く。彼は歌劇団の男優並みに顔の彫りが深く、化粧がよく映えるので、その悪役顔がとても様になっていた。


「それで――遠征メンバーは、前回と同じメンツなんスか?」


「ええ、そうよ……と、言おうと思ったんだけど」


 ちらり、と紫紺の視線を動かすフィオネ。視線の先では、説明役の仕事を終えたジュリオットが椅子に座ったまま天に召されていた。すっかり開いた口から魂が放出しており、彼が続けて遠征をするのは無理だ、と傍目に見てもわかる。


 彼を見やったまま、フィオネは『どうしようかしら』と顎を摘んで考え始め――そこへ突然、とある人物が物凄い勢いで食卓に身を乗り出した。


「ッじゃあ、オ……オレが代わりに行こか!?」


「マ、マオ!?」


 机がガタンと揺れて、驚くシャロ。


 勢いよく挙手をしたのは、戦争屋の監視課担当である【マオラオ】だった。


 マオラオは、焦茶の髪に紅玉のような紅色の瞳を持ち、地方の民族衣装である深紅の着物と、膝丈の裾がすぼまった黒い穿き物を纏った少年だ。ウェーデン王城襲撃時にシャロをサポートしていた、無線機の通信相手でもある。


 10代後半にして身長はかなり低く、程良く筋肉質ではあるが全体的に華奢。

 フラムと属性被りの童顔も相まってか、小動物的な印象を受けるのだが、


「オレならジュリさんよりかは元気やし、戦えるから戦力にもなるやろ?」


 何より印象に残るのは、その喋り方であった。

 一応彼も他のメンバーと同じく『北東語』を喋っているのだが、どこかの地方の言葉が混じっているのか、特殊な喋り方をするのである。


 ちなみにニュアンスはなんとなく通じてしまっているので、本人も周りもあまりその喋り方を問題視しておらず、そのためそれが矯正される予定は当分なかった。


「それは助かるけれど、変に乗り気ね? マオラオ」


「や、やって、屋敷残っても監視モニター眺めてるだけやんか? いや、大事な仕事なんはオレもよーわかっとるんやけど、流石にそろそろしんどいなー思て、ハアアアアアアァァァ〜〜ッ……」


 疲労の滲むデカい嘆息を1つ。背の小さな彼は座ったまま腰をくいっと捻ると、椅子の背もたれを抱き締めて突っ伏した。小さな背中に哀愁が漂う。

 フィオネはその後ろ姿を目にすると、美しく整った顔に苦笑を浮かべ、


「じゃあ、ぜひ貴方にお願いするわ、マオラオ。けど……遠征まで今日を入れてもあと3日しかない。ゆっくりしている暇はないわ。だから、あとで誰か2人くらい連れていって、必要な物をすぐそこの港町で買ってきなさい」


「ええの!? ありがとーなぁ、わかった!」


 勢いよく振り向いたマオラオは、満面の笑みで頷いた。

 童顔の映える可愛らしい笑みだったが(嘲笑するペレット談)、その笑みが仕事からの解放によるものと考えると、途端に悲しく見えるのだから不思議であった。


「じゃあ、これで一旦解散ね。わからないところがあれば、あとで個人的に聞きに来て頂戴。それから最終確認が2日後の夜にあるから、忘れないように。解散」


 ――反省会は、フィオネのその言葉をもって締め括られた。

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