第06話『At Home』

 ――大東大陸を拠点に活動する7人組、戦争屋『インフェルノ』。


 それは、各々が圧倒的な戦闘能力や常軌を逸した立案能力を持つ、少人数で構成された頭の可笑しい奴らの集団。自分達に都合の良い世界を作ろう!! という目的の為には人殺しも全くいとわない、世界レベルの犯罪者組織。


 これが世間一般の認識だが、実際には少し違った。


 一部の地域では指名手配さえ出回り恐怖されている戦争屋だが、世間にはあまり知られていないその実態は、かなり所帯染みているのであった。


「……ん、むー」


 年初めから10番目の『ライブラの月』も半ばの秋季。


 午前6時より少し前、快晴の朝のことだ。

 鮮やかな紅葉で全体を覆われた山に建つ木製の古い屋敷にて、2階の部屋の大きな窓から柔らかい日差しを浴びて、彼は――シャロは目覚めた。


 白い天井が、寝起きの視界を覆い尽くす。


「んー、ん」


 しばらく寝ぼけながら、程良く柔らかいベッドの上を転がるシャロ。右へ左へ自由に動き回り、ベッドから落下したところで『あがッ』と獣のように絶叫。

 打ちつけた顔面を労りながらよろよろと立ち上がり、寝足りないのか涙目で欠伸を噛み締めると、彼は男らしからぬ細首をぐるりと回した。


 意識が覚醒し、改めて視界に映るのは一月ひとつきぶりに見る自室――シャロ本人の要望で造られた、白と黄色を基調とするシンプルな部屋だ。


 広さは約20畳と、1人部屋にしては快適な方か。家具は少なく、タンスと机とベッドの3つくらいしかないのだが、微妙にキモいぬいぐるみやらよくわからない小物やらが散乱していて、かなり情報量の多い空間となっていた。


「くっそぉ、まだ眠い……」


 シャロは重い瞼を手の甲で擦りながら、タンスの引き出しを引っ張る。


 そして久しぶりに中を漁り、何段かある引き出しを行ったり来たりしてようやくフェイスタオルを発見。部屋を出ようとドアノブに手をかけるが、


「なぁーシャロ!!」


 開けるよりも先に、ガタァンッ!! と派手な音を立ててドアが開き、人殺しみたいな顔をした人殺しが目の前に現れた。

 緑髪赤眼が印象的な、目つきの悪い青年・【ギル=クライン】である。


「俺のパンツ知らねぇ!?」


 焦ったように尋ねるギル。その顔は血行が良いのかほんのりと赤く、彼の頭髪や筋肉が綺麗についたその身体には、いくつか大粒の水滴がついていた。


 シャロは、最初はそれを『風呂上がりなのだろう』としか思わなかった。濡れたままの状態で来るのはどうかと思ったが、どうせ掃除をするのは自分じゃないので気に留めなかったのだ。しかし、


「……はぁ〜?」


 シャロ的に問題だったのが、彼の格好だった。上半身は裸で、腰にバスタオルを巻いただけという、どこかに居そうな民族のような格好をしていたのである。


「だから! 俺のパンツ知ら……」


 と、言い終わる前に平手打ちが炸裂。パシィン! と気持ちの良い音が響いてギルは呆然とするが、遅れて焼けつくような痛みを自覚すると、



「いっ、テェェェェェェェ――ッッッ!!??」



 彼は、頰を押さえて絶叫した。


「うぁ、おまっ、お前なぁ、『神の寵愛』の痛覚無効が、不意打ちの攻撃にはムリなの知ってンだろ!? なァんで全力でやんの!? せめて『今から叩くぞ』って言ってからやってくんね、そしたら痛くねーからさァ!」


 シャロの肩をわしっと掴んで揺らし、生理的に出てきた涙をうっすら浮かべて痛みを訴えるギル。だが、シャロはその手をすげなく振り払い、


「全力でやるに決まってるでしょー、この変態!」


 と、自分の細い腰に両手を当てて非難の視線を向けた。すると涙をどこかに引っ込めたギルは、途端に眉根を寄せて怪訝そうな顔つきになり、


「は? 半裸だけでヘンタイとか、何急に女々しいこと言って……」


「シャロちゃんは花も恥じらう乙女なんですぅぅぅ!! 死ねオラァ!!」


「ぐっふオエッ!」


 シャロに足の裏を使って突き飛ばされ、軽く吹っ飛ぶギル。彼は部屋の向かいの壁に思いっきり頭をぶつけると、そのまま床へダァン! と落下した。


 部屋から出て様子を見てみると、どうやら判断が間に合わなかったらしい。

 衝突の痛みをダイレクトに感じているようで、彼は半裸体で廊下に転がったまま歯を食い縛って唸っていた。それを見てシャロは、


「へっ」


 と愉悦の表情で言葉を残し、苦悶するギルを無視して洗面所へ。


 その道中、次にシャロが出会ったのは、三つ編みにした薄紫の長髪に細縁メガネの痩せた男――もとい、変態ヤク中【ジュリオット=ロミュルダー】であった。


「う、うぅ……」


「ぅえ、ジュリさん!?」


 重たそうに足を引きずるゾンビのような姿に、声を裏返して絶叫するシャロ。


 その大声にちらりとシャロを見たジュリオットの落ち窪んだ目元には、昨日にはなかったはずの隈が出来ていた。心なしか、身体も昨晩より更に細く見える。有り体に言えば、睡眠不足と栄養不足がよくわかる、悲しい風体になっており、


「なに、また夜通し報告書につきっきりだったの……?」


「はい。先程、ようやく終わって……」


 枯れた声を発しながらふらついて、廊下の壁にぶち当たるジュリオット。

 ワンテンポ遅れて後退するが、力がうまく入らずそのまま転倒。ゴンッ。床に後頭部をぶつけて嫌な音を立て、彼は大の字に仰向けになった。


「……」


 あまりの貧弱っぷりにドン引きするシャロは、足元で仰向け状態になったジュリオットを見てそっと口を開く。


「そ、そっか。じゃあ、これから寝るの?」


「いえ、報告書を提出した時に『朝8時になったら食堂に来るように』と言われてしまったので、残念ながらまだ寝るわけにはいきません」


「うっわぁ、可哀想なシャチク」


「社畜?」


「いいやなんでもない」


 哀れむような視線を真下へ向けるシャロ。表面上ではジュリオットの扱いに同情しているようだが、内心はどちらかと言うと『引き』の方が強かった。

 

「あ、ウチ今からジュリさんの死因当てるわ」


「なんです」


「過労死」


「でしょうね」


 やつれた顔で肯定しつつ、のっそりと起き上がるジュリオット。

 彼は僅かにズレた眼鏡の位置を直すと、心底だるそうに立ち上がった。


「でもジュリさん、徹夜には慣れてなかったっけ?」


「まぁ、そうですけど……でも、今日で徹夜を始めて5日目なので、流石に……」


「うぇッ、5日目!? え、でも昨日のジュリさんはそんな風には……」


 昨晩のジュリオットの様子を思い浮かべるシャロ。昨日時点で4徹目にしては、割と元気で活動的だったはずだが――。


「昨晩は化粧で隈を誤魔化してました。体調の方は、事前に自分で作った薬を服用してたんです。正直、国境の検問とか通ると絶対止められるので大声で言えたものじゃないんですが、強制的に脳を活性化させる“ブツ”を……」


「ひーッ……しゃ、シャロちゃんイイコだから薬とかよく知らないけど、それって大丈夫なの? その、副作用とか」


 青い顔をして息をごくりと飲み込み、恐る恐る尋ねるシャロ。

 すると、

 

「副作用には最大限に配慮し、調合していましたが……大まかには麻薬とほぼ変わらないモノですので、限度を越えれば脳神経が壊れる可能性は十分あります。現に薬物耐性のある私ですら最近危うくて……そろそろ実験体が欲しいですね」


 ――と、恐ろしい言葉を吐き捨てて、ジュリオットは再び歩き始めた。


「……」


 絶句。ちなみに彼の言う『実験体』というのは、敵捕虜のことである。基本的に戦争屋が捕虜を持ち帰ることはないが、時折ジュリオットが実験の為にと何人か、拠点屋敷の離れにある研究所に連れて行ったりするのだ。


 まぁ、大抵捕虜が酷い目に合って終わるのだが。以前は超特効の胃腸薬を作ろうとして捕虜が逆に腹を下し、3日間大変だったそうな……。


「……何しにきたんだっけ、ああ洗面所か」


 つい忘れていた目的を思い出し、傍のドアノブを捻って引くシャロ。そうして露わになったのは、タイル床やシャンデリアを模した照明器具がよく磨かれた、個室水洗トイレ付きの洗面所(凄いラベンダーの良い匂いがする)だった。


 シャロは、洗面台を向いて蛇口を捻り、寝起きの顔を丁寧に洗い始める。

 しばらくして顔を上げると、再び蛇口を捻って水を止めた。


「ふぅ……って、ん!?」


 肌についた水滴をタオルで拭き取っている最中、シャロがふと人の気配を感じて隣を見ると、そこにはいつの間にか人間が突っ立っていた。


 その正体は、黒髪紫眼の眠そうな顔をした少年――ペレットだ。

 彼はコップを持って壁の鏡を覗きながら、歯ブラシを忙しなく動かしていた。


「……」


 顔を洗ってすっきりしたばかりなのに、一気に不快感に包まれるシャロ。

 彼は、わかりやすく嫌そうな顔で口を『へ』の字に歪めると、


「ねぇ今、『瞬間移動』――したよネ?」


「……」


「あの、突然ウチの近くに出てくるのやめてくれない? それに建物の中での移動くらい徒歩で良いじゃんか、何でわざわざシャロちゃんの前で能力使うの?」


 『ていうか、』と語気を強めながら言葉を継ぎ足し、


「こんな天気良い日にウチの視界に入んないでよ、目が腐るデショ」


「……おうおんりゃらいれふは(暴論じゃないですか)」


 シャロの主張に短く返して、泡で満ちた口内を水でゆすぐペレット。

 しかし彼への不満が溜まっており、ちょっとの文句では気が済まないシャロは、その間にも『うるせ〜童貞〜!』とめちゃくちゃな罵倒を重ねた。


 かなり語彙が足りないが、その辺りは美少女(笑)にてご愛嬌――ただしどんなに微笑ましかろうと、ペレットにとっては子犬の吠声はいせいである。『ていうかアンタも童貞でしょ』と返したくなるのを、一旦ペレットは飲み込んで、


「……え、つまるところ、後輩の俺に嫉妬ですかァ? えっえっ? 自分は能力者じゃないから俺のことが羨ましくてしょうがないんですか〜? ただの瞬間移動にすら敏感になっちゃってぇ、別にさっきのは煽ったつもりじゃないんスけど〜」


「なっ……」


「ま、センパイ雑魚っスからねぇ。つい周りを羨んじゃうのは分かりますよぉ? 分かりますけどぉ、それよりも先にもっと実力磨いたらどうっスか〜? そーじゃないと今後ぉ、他のセンパイらの足引っ張ることになって……」


「ッ、ハァー!? な・ら・な・い・で・すー!! それに雑魚じゃないもん! 今に見てろよぉうお前ー、今度の模擬戦闘でぜぇぇぇぇっっったいに叩きのめしてやるんだからなぁアア!!」


「あはは、流石125戦全敗の負け犬。キャンキャン吠えて可愛らしいっスねぇ。でも、有言実行してくれるの、楽しみにしてるっスよー? せぇんぱい?」


 慣れたようにシャロを煽るペレット。彼はひらひら〜と手を振ると、『そんじゃまたっ』と言い残して、空気に掻き消えるようにその場から


 それを必然的に見送る羽目になり、洗面所に1人取り残されたシャロは、せめてもの気晴らしにと彼が居た空間に向かって『べーっ』と舌を突き出すのだった。

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