第05話『眼鏡をかけた青い悪魔』

 秋の真夜中のひんやりとした空気の中、紫髪を1本の三つ編みにした男・ジュリオットは薄い唇を震わせて声を溢した。


「――1つ目。貴方は、古来よりウェーデンの王家間で内密に受け継がれる『殺戮兵器の設計図』というものを知っていますか?」


「……」


 早速された質問に、口の端をきつく結んで黙り込むアルベート。黙秘をしようとしているわけではなく、この質問に答えていいのかを熟考しているのだが、その様子に早くも見かねた黒髪の少年は、不機嫌そうに拳銃のセーフティに指を掛けた。


「待ちなさい、ペレット君。事を急ぎ過ぎです」


 アルベートが怯えたことに気がついたジュリオットが、すぐさま振り向いて少年をなだめる。すると少年は渋々指をセーフティから離し、拳銃を握り直した。


 見た目に反して少年は、意外にも短気のようだった。


 ずっと眠たげに目尻を下げているから、温厚そうだという印象があったのだが、案外そうでもないらしい。そんなことを考えて、軽く現実逃避をしていると、アルベートの頭の中を読んだのか『チッ』と少年に舌打ちされた。


 リップ音にも似た音が響き、アルベートは無情にも現実へと引き戻される。


「それで、どうなんでしょうか? 知っているのか、いないのか」


「……知っている」


 再び口にされた質問に、アルベートは重々しく呟いた。

 それに対してジュリオットは、驚いたとでも言いたげな表情を顔に浮かべ、


「おや。意外と素直に順応するんですね、貴方は」


「……ああ」


 何かを諦めたような顔で、小さく頷くアルベート。


 彼にとっては、自分の治める王国の国家機密などどうでも良かった。

 戦争屋の求める情報に対して答えることだけが、彼らに反抗する術を持たないアルベートが出来る唯一の『生き延びる方法』なのだ。


 ならば、戦争屋の質問に答えるのみ――と。

 死を恐れるアルベートは、一国の国王らしからぬ決断に至ったのだった。


「ふむ、では2つ目。貴方はその設計図のありかを知っていますか?」


「……それを、それを教えたところで、どっ……どうするつもりだ?」


「……?」


 あからさまに動揺しながら尋ねるアルベート。それに対し、ジュリオットは不思議そうに目を瞬かせる。その後、彼は自身の顎に指を添え、『あぁ』と何かを理解したように呟いて、にんまりと笑みを浮かべながら『ナイショです』と返答。


「そう仰るということは、ありかをご存じでいらっしゃる?」


「……いや。知らないな」


「そうでしたか。それは非常に残念です」


 ジュリオットは視線を断ち切るようにまぶたを落とし、深めの吐息を1つ。開目後、隣に立って拳銃を握る黒髪の少年に視線を流すと、


「ペレット君、尋問は終了です。銃を下ろしてください」


「……え? 見逃すんスか?」


「ええ。私は解放条件として『全て〈嘘偽りなく〉答えろ』と言い、彼はその通りにした。なので、もう私達に彼を殺す資格はないんですよ」


 ふふ、と笑うジュリオットの言葉に、愕然とする黒髪の少年。同様にアルベートも目を見開き、まるで自分を見逃そうとするかのような発言に疑念を抱いた。


 確かに真実は嘘偽りなく伝えた。それを全て誠のことだと信じて貰える気はしていなかったが、少しでも生存確率の高い行動をと全て曝け出した。しかし本当に、尋問をする前に交わした約束を守る気でいたとは。


 ――いや、違う。ジュリオットの行動には何か、裏がある。


「……はぁ、なるほど。まぁ……別に良いっスけど」


 不服そうな表情を浮かべながらも、少年は何かを理解したのか握りしめていた拳銃をゆっくりと下ろす。アルベートを殺すことは諦めたようだ。が、少年の視線はそれでもまだ、ゴミ屑を見るような冷たさでアルベートに向けられていた。


「『戦争屋インフェルノは、人情のない狂人の集い』――どうやら世間ではそんな風に噂されているようですが、私とて悪魔じゃありません。自分でした約束はきちんと守ります。ですから、もうご安心ください、アルベートさん」


「は、はぁ……」


「では、ペレット君。引き上げましょう」


 諦めを瞳にたたえて微笑み、その身をくるりと返すジュリオット。

 彼は漆黒のマントを優雅に揺らしながら、扉が吹き飛ばされてガラ空きになった教会の出入り口へと歩みを進めていく。そして、それを見た黒髪の少年も、小さな舌打ちをその場に残して青年の後を追っていった。


 ――何も、されない。何も仕掛けてこない。何故だ。確実に何か裏があるはずなのに、何故彼らは背中を自分に見せるのだ?


 考えてもわからない事だらけで、思考は堂々巡り。故にここで思考を放棄してしまうところが、アルベートが『愚王』と密かに言われる所以であった。

 難しいことに行き着くと、何もかもを投げ出してしまうその性格こそが。


「は、ぁ……」


 少しずつ遠くなっていく2人の背中を見つめ、殺していた息を溢すアルベート。痛むほどに高鳴っている胸を鷲掴みするように押さえ、たらりと冷や汗を流して大きく息を吸い込み、彼は自分の肺に空気を促した。


 生きた心地がしない、とはこの事なのだろう。頭が真っ白で、もう自分が何を喋っていたかも思い出せない。


 空気が冷たい。心臓が痛い。身体が寒い。早く、早く、早く早く早く、安全な場所へ逃げて、それで……そうだ、ベッドで、ベッドで羽毛の、そう、暖かい羽毛の布団に包まって、責任も醜態も何もかも忘れて眠りについて――。


 そんなことを必死で考えながら、緊張で溜まった生唾を飲み込んだ――


 その時だった。



「……あぁ、1つ忠告をしておきますが」



 突然、人が変わったように熱のない口調になったジュリオットが、床に膝をついたまま竦んでいるアルベートの方を振り返った。


 こちらを向く動きに合わせて、長い漆黒のマントがゆったりとくうを舞う。教会に差し込む月光が彼の顔に影を作り、その端正な顔立ちの凹凸を更に強調した。

 そして何よりも目を引く紺青色の瞳が、より不気味な輝きを帯びて細められ、


「――私は嘘をつきません。たとえ心臓に釘を打ち込まれようと、身体を狼に食われようと……。何があっても、約束は絶対遵守します。……もう1度言いますが、殺さないと約束したのは〈私達2人〉だけなので」


 同時、アルベートが背筋に感じる『人ではない何か』の気配と血の匂い。


 振り返って目に映ったのは、空間を斬り裂く鉛色の一筋だった。


 直後、脳内を駆け抜けていく走馬灯。20年ということを差し引いてもあまりに中身の薄い走馬灯が、それこそ馬のように駆けていく。少しの思い出を巡る中で、最後に残ったのはお手付きの女のいやらしい笑みだった。


 忌々しいあの顔が脳裏に浮かんだとき、放心したアルベートの瞳にぼんやりと映っていたのは、


「お間違えのないよう、お気をつけください。――それでは、また来世こんど


「グッッッッッ、バァーーイ!!」



 殺気に満ちて自分を見据えた、爛々と輝く2つの琥珀色だった。





 大量の血飛沫が飛んだ瞬間、黒髪の少年――ペレットはおお、と目を見張った。


 その紫眼に映るのは、吹き飛ぶ首と置いてけぼりにされた胴体。それと少女のような華奢な体躯で、大鎌を軽々と振るったイカれ野郎の姿であった。


「相変わらず、悪魔みたいなお方ですね……」


 演技がかった溜息を吐き、あまりの冷酷さに肩をすくめるジュリオット。


 白々しくも我関せず、という顔をして、彼は己の履いた革靴に目をやる。国王の首から噴き出した、不健康そうな色の血がかかっていた。汚い。これは帰ってよく洗わねば――と思い、ジュリオットは自分の中で心労が重なるのを実感。


 一方、目の前のクソ野郎は国王だったものの血を頭から被ったまま、不思議そうにこてんと首を傾げており、


「なんで? コイツが例の王様じゃないの? ジュリさんのさっきの台詞って、ウチに向けて出した『殺して良いよ』って合図でしょ?」


「ええ、例の王様です。合図を出したのも確かです。が、解放されると信じていた彼があまりにも可哀想だったので……」


 ジュリオットは白い手袋をつけた手を口元に添え、哀れみの言葉をアルベートの首無し胴体へ投げかける。しかし、その口調や表情には『可哀想』と口にする割にそれらしい重みが一切存在していなかった。


「先に変な希望を与えた、ジュリさんの方がよっぽど酷い悪魔だよ。シャロちゃんはあくまで作戦に従っただけだしぃ……」


 そう呟いて、両頬に握り拳を添える鎌使い――シャロ。

 彼がとったのは、いわゆるぶりっ子の典型的なポーズだ。当人の性別は男だが、そんな仕草も似合ってしまうのだから不思議なものであった。


「――うわ、血の色きったな〜! 栄養偏らせてたデショ、この王様」


「とことん死者を冒涜しますね。一応やめてあげなさい」


 暴言を吐きながら大鎌の血を振り払うシャロを、軽く戒めるジュリオット。彼はそれから顎に指を添え、小さく唸りながら何かを考え始めて、


「さて、どうしましょうか。国王本人が設計図のありかを知らないとなると」


「……え、もしかしてこのヒト無罪だったの!? そんな……もう多分助からないってこの王様! ねぇ、殺す前に言ってよー、可哀想じゃァん!!」


「え? いや、多分ではなく確実に助からないでしょうね。首をねられても生きていられる人間なんて、恐らくこの世でギルさんただ1人です。それと、知らないからといって無罪というわけではなくて……」


「んぇ〜え? なんだぁ、焦り損じゃーん」


 ――と、2人が会話をしていたその時。突然、力強い雄叫びと共に、緑髪をガサツに束ねた男が地下階段から飛び出してきた。


「うぇ〜〜〜〜〜〜い!!」


「えっ、ギル!?」


 階段の最後を弾むように蹴った勢いで、空中をアクロバティックに舞い、軽快な音を立てて着地する男――ギル。彼は暗闇の中で緋い瞳を輝かせ、ギザギザとした歯を見せて愉快そうに笑った。


「――おぉ! 久しぶりだなァ、ジュリさん、ペレット」


「うっス」


「えぇ、久しぶりですね……と言いたいところですが、それよりも貴方。いつものジャケットはどうしたんです?」


「あぁ、とあるおっさんにあげてきたんだよ、可哀想だったから。まぁ、別に帰れば同じような服いくらでもあるし問題ねーわ。それよりもコレだコレ」


 ギルはくしゃくしゃに握りしめていた紙束を広げると、紙面を何度か叩いてシワを伸ばす。それから、偉ぶるようにニヤつきながらその場に仁王立ち、


「見ろ、これが『殺戮兵器の設計図』だ。俺字ぃ読めねェから代わりに誰か読め」


 そう言って、ジュリオット達の前でボロボロの紙を構えた。すると、それを目にした3人は目を瞬かせ、沈黙し、揃って1文字だけ発声。


「「「――は?」」」


「いやいやいや、『は?』じゃねえんだよ『は?』じゃ。俺きちんと仕事したンだから、褒めるかねぎらうかくらいしてくれたって良いんじゃねェの?」


「いやっ、だって、なんでギルが持ってんの? どこで見つけたの?」


 困惑したような顔で、腕を組みながら尋ねるシャロ。他2人も同じように、不可解そうな表情をしてギルを見つめている。が、そんな彼らに対してギルは、


「ま、色々あったんだわ」


 と、あからさまに説明を濁してふんすと鼻を鳴らした。


 その態度に呆れ顔のジュリオットは『楽しそうですね』と評するが、ギルは彼の嫌味が入ったそれを無視し、黄ばんだ紙面を見せつけるように突き出した。

 それに合わせて約2名、古びたその紙面にずいと顔を寄せて、


「これが殺戮兵器……? オモチャの設計図にしか見えないんだけど。てか、これどこの文字? こんな文字見たことないよ……?」


「書かれている製造工程を見る限り、製作者は『自動追尾式の人間型兵器』を想定しているみたいっスからね。機械人形に見えるのも仕方ないっスよ。文字は俺にもよくわかりません、ただ、現代の文字じゃなさそーっスね」


 眉をひそめるシャロと、興味深そうに内容を読んでいくペレット。2人は互いに意見を交わしながら、次へ次へと紙面を捲っていった。


 と、しばらくして、遠目から傍観していたジュリオットが声を上げ、


「さて、任務も成功しましたし、『処理班』も到着する頃かと思うのでそろそろ帰りません? 私、帰って今回の分の報告書を書かないといけませんし」


 横目で国王の死体を見つつ、疲れたように提案。

 それを受けてペレットも『そうっスねぇ』と気怠げに首を回し、


「じゃ、早く退散しましょーか。この教会の外に、俺が拠点と繋いだ『転移陣』があるんで、そこまで行きましょ」


「おっけー。あ〜〜〜〜今日も疲れたなぁ〜〜〜〜!!」


「やっと屋敷に帰れる……帰ったら爆睡する自信あるわぁ、俺ェ」


 そんなやりとりをしつつ、ギル・シャロ・ジュリオット・ペレット――4人の青少年は、疲れと眠気を相手に戦いながら教会の外へと向かう。


 ――今宵は満月が美しい。濃紺の夜空には星が散りばめられ、教会を囲む木々はたっぷりと銀の光を浴びていた。風は涼しく乾いており、秋の匂いを感じさせる。身体が血に塗れてさえいなければ、大層良い夜になっただろう。


 もったいない、とは思いながらも、今は月夜を優雅に楽しめる身分ではないことをギルたちは自覚していた。だから、彼らは一切振り返らず――


 血染めになった、ウェーデン王城を後にした。

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