第二十四話 廻る意識の中で

―――体が動かない



あいつの叫び声がする



―――力が入らない



あのクソ野郎の笑い声がする



―――意識が遠くなる



やめろ、殺すなら俺だけにしろ



―――風を切る音がする



あいつらには手を出すな



―――手を出すな



手を…出すなぁっ!!!



―――体が一瞬だけ動いてくれた、俺はあいつを助けられた



殆ど感覚がしないが、胸の部分に何かが突き刺さるような感覚がする

光が消えていく。これが…死だとでもいうのか?

結局…何もできずに終わっちまったか…






意識が完全に途切れ、暗闇の中に放り出される

体の感覚はとうに消え、ふわふわとした「何か」が残る

きっとそれは、魂だとでも言うのだろう。


暗闇を漂いながら、気の遠くなるような時間が過ぎた。思考はぼやけて、時間の認識すらままならない

これが死後の世界…?

退屈だけど、悪くないかもしれないな

他の魂たちもみんないる…ように見える。不思議と寂しくはない



一点。ある一点だけ、暗闇の中に光を見つける

それは周囲の魂たちを吸い込んでいる。まるでブラックホールのようだ


少し怖くなったが、今更流れに逆らうことはできず吸い込まれていく

意識とともに…





ふと目を覚ます。

そこはとある門の前だった。

思考が冴えている、体の感覚もある、呼吸や体温すら感じる

肉体がある…? 

胸にぽっかり空いた穴があり、妙なリアリティに夢と現実の狭間のような場所だと認識させられた。


「おや、死者が体を保つなど珍しい。もうしばらく前からずっと器の無い魂ばかりだったからな。」

男性か女性か、子供か老人か、はたまた人間か獣か。

混ざり合っていてよくわからない声が聞こえた


ふと門を見る

地獄の門というにはいささか恐怖感に欠けるような、かといって天国の門というには華やかさが足りない、素朴ではないが地味な門

その傍らにもやもやした何かが立っていた


それは天使のようで、悪魔のようでもあり、揺り籠を持つ女性のように見えたら、次の瞬間には仏さまに姿を変える



「この姿は気にするな、「現世」の方で法則を書き替えられたのだろう。器が無くなったのと同時期に、私の姿は「統合」されてしまった。本来は見るべきものに姿を変えていて、もともと私の姿は無いに等しかったのだが、ここまでごちゃまぜにされるのも気分が良くない」


十字教統合の影響は、死後の世界にまで手を伸ばしていた。

とある神話では、死後は天使に天界まで魂を運ばれる

とある神話では、死後は冥界の世界に行き、その門を管理する女王がいる

とある神話では、死後は同じく冥界の世界に行き、その揺り籠を管理する石棺の神がいる

とある神話では、死後は修業を終えた者は仏になり、次のステージへ進める


これらすべてのそれまでの人々の「想い」が一つのカタチに押し込められ、結果よくわからないもやもやになったのだ。


「仏さま…? ってことは、やっぱりここは死後の…?」

「あながち間違いではないぞ、ここは生きとし生けるものは入れぬ空間。この門の先は現世と完全に離れた幽世。この門をくぐれば二度と戻ってくることは出来ぬ。…まぁ、私がこの姿である以上、その制約もどこまで通じるかわからんがな。」



「しかし奇妙なものよな。そなた、何故器がある? 一国の王、あのうっとおしいファラオなどではあるまいし………ほう、なるほどなるほど。」

「なんだ?俺に未練とかあるってのか? まぁ無いわけじゃないが…」


「いや違う。お前は生きている。明確には「死んでいない」と言う方が正しいか」


「!!!」

「ふふふ、この前も自力でここへ来た生者が居たが、お前も奴と同じでこの世界の常識が通用しないようだ。」


どういうことだ…?俺は生きている? しかも「この世界」ってことは前勇者がここにきている?

理解が追いつかない。次から次へと新しい情報で頭がパンクしそうだ

「お、おおおい、どういうことだよ、俺はまだ死んでいない? ここにぽっかり穴が空いてるんだぞ?」

「生きていることを素直に喜べ。高利を背負わされて「死んで来い」とでも言われたのか?」

「いや、そんなことはないが…」




「フム、説明不足と言うのもいささかつまらんな。いいだろう、お前でも分かりやすいように説明してやろう。

お前は今、器を持ちながら魂だけの存在だ。大抵ここに来るものは、本来は事故で器を失った者や、土葬で虫に食われてボロボロになった者、他にも新鮮なやつなら頭に矢や氷片が刺さって即死…なんてものも居たな。そういう風に、ここに来るものは皆死因と今の器の状況がはっきりしている。」

「じゃぁ、今の俺の体は…」

「そう、ぽっかり胸に穴が空いている状態だ。本来はそこから崩れ落ちていくはずなのだ、肉体を維持できず細胞が壊死する。しかしお前の体はまだぴっちぴちだろう、胸の跡も綺麗に円柱状にくり貫かれている。本来ならばあり得ない状況、「保存」の魔法ならばあり得るかもしれないが、それでも完全に壊死を止めることは不可能なのだ。」


自分の体に触れる。不思議と痛みは無い、細かい傷は殆ど治っており、それが胸の不自然さを際立たせていた

「そしてその胸の後、恐らく不治の呪いの類だと見受けられる。どれ、少し調べさせろ」


もやもやした冥界の主が近寄ってくる

「え、えっと…あの…」



「動くな。ずれたらどうなるかわからんぞ」




不定形の右手を胸の穴に当てる

触られているのか、触られていないのか。不気味な感覚が恐怖を感じさせる

人間の恐怖の源は、「理解できない」ことだ。


「ほぅ…これまた奇妙な。お前、「槍」で殺されたな? しかも「朱い槍」、「神速の槍兵」、「不思議な文字を使う」…」

胸に手を当てたまま、目を閉じたと思われる冥界の主は語る

「す、すごいな。全部あたりだよ」

「ならば話は簡単だ。私はその槍を知っている、否、知っていた。この統合された意識の中の一人が、この槍を見て反応した。「要素」があれば、私は確立できる。」



突然、目の前のもやもやが形をとり始めた。

それは漆黒の衣装を身に纏った華麗な女性の姿 両手に二振りの朱槍。

その槍は、アイツが持っていた槍に酷似していた

黒く、さらさらとして美しい髪 漆黒のドレスのような衣装は、喪服に近いセンシティブを感じられる

顔はマスクで隠しておりよく見えないが、その目はこちらの奥底まで見透かされているようだ


「初めまして、生と死の狭間を漂う者。私はスカサハ。冥界の主、その一人」

――――――――――

「はぁ…王都って思ったより遠いのね…退屈だわ…」

「いいじゃない、待った分だけ楽しみがいがあるってものよ。我慢強い女はモテるわよ?」

「本当!?じゃぁお姉様は社交界でもモテモテね!!」

「えぇ!!どんな男でも手玉にとってみせるわ♪」

(※個人差があります)


「にしてもまだ見えないのかしら。この子たちも疲れてきたし、そろそろ休憩しましょうか?」

「ええそうね、この子達に頑張ってもらった分、今度は私が頑張るわ」

「おおっ!!お姉様抜刀なさるの!?」


闇の鎧を纏い、黒い額当てを付けた少女フィオネ・オルテルロック

彼女の持つ聖剣は、かの騎士王の持つ聖剣と酷似していながらまるっきり正反対の性質を持つ

眩い光を放つのに対し、全てを飲み込むどす黒い闇を放つ

清浄なほど美しい魔力は、憎しみが入り混じり混沌としたぐちゃぐちゃなものとなっている

しかして聖剣。「本物の鞘」は持ってこれなかったものの、その仮の姿でも十分な威力


聖剣、抜刀Alter open

荒れ果てた荒野に降り立ち、鞘からゆっくりと剣を抜く

充填される魔力、滲みだす空間の歪み

そして禍るまがる世界


「『約束されしエクスカリバー・…」

「強化」された視力、六将の域では呼吸一つで<ホークアイ>を発動する等お手の物である

見据える王都 確実に射程に収める


残り約10kmほど

向こうに辿り着くころにはほとんど威力は減衰しているだろうけど、これはあくまで前座 威力がどうのこうのは後でやればいい。今はただ、好きに暴れさせろ…!

そして手加減無しの一撃が振り降ろされる


必滅の剣アナイアレイション』!!!」



約束されしエクスカリバー・必滅の剣アナイアレイション

その刀身を真っ黒に染めた聖剣は、心正しき者が使えばその身をいずれ純白に輝かせ、心悪しき者が使えば、世界を破滅に導くという。

災厄の剣、故に必滅 いずれ自分自身さえも滅ぼす邪剣であり、全ての悪を滅ぼす聖剣でもある



そして殺戮を楽しむ人の心を捨てた姉妹が善な筈も無く、その刀身は一撃を放ってなおより黒く染まり続ける。


圧倒的な魔力は、黒い光の波となって邪魔する全てのものを消滅させる。

山々は吹き飛ばされ、通り道にいた全ての生物は消え、あらゆるものは彼女の前から消え失せた


「あーすっきりした!!やっぱり全力で撃つと気持ちいわね!!」


「いいな~お姉様は派手なもの持ってて。私のなんて地味も地味よ、大体このカードを使った時から混ざってきた人格も気に食わないわ。誰が正義の味方ですって!?いったいいつの話を…」


「フィオナ。」


殺気が込められた声が向けられる。例え実の妹であっても、過去の、人間であった時の話は禁忌なのだ。

今の彼女たちは「魔人」、もう人間などという脆弱な存在などではない

その決意表明

もうフィオネ・オルテルロックの目は人間ではない


「ごめんなさいお姉様、つい昂ぶり過ぎてしまいました。」

「いいのよそれで。」


上機嫌な姉とは裏腹に、妹は顔には出ていないものの内側には慈しむ心が残っていた

「(お姉様…私が言えた口ではないかもしれませんが、魔王に使える前のあなたは今よりもっと美しかった。あなたは、弱い魔物達を守る正義の味方になりたかったのではなかったのでしょうか…)」


フィオナ・オルテルロックのカード「Assassin」が呼び出したのは、とある英霊。

正義の味方を目指した、機械になろうとした人間。レティシアのと同じ、世界の枝ワールドブランチの一つ、天文学的な可能性から生まれた英霊。

もっとも、人間になろうとした機械である彼の養子は他の英霊と同じ世界の根ワールドルーツから生まれているのだが

彼女達は、一度は正義の味方を目指した。介入者から教わった異なる世界の常識を利用し、生存競争に負けてしまった弱い魔物達を率いて、弱者だけの国を統率したのだ。

それが正義だと信じて…

その為に、姉は人間の心を完全に捨てきった

その為に、妹は人間の心を守ろうとした


彼女達は、見た目こそ同じだがその中身は真逆だった

なぜ、私達姉妹は人間と戦わなければならなかったのか、手を取り合って生きていくことは出来なかったのだろうか…


語らずとも混ざり合った人格により、呼び起こされた過去の記憶。

人間の心を守ろうとした彼女は、その心に苛まれ続ける

―――――――

「…これでいいだろう。その槍の呪いも解けている。後は魂であるお前が地上の器に変えれば全てが起動する手筈だ。


……私が存在を保つことができたのも、今お前の心臓にあるそのカード、可能性の結晶が生み出した奇跡だ。一度起こったイレギュラーは連鎖する、それは良いことも悪いことも変わりなく。


さぁ、行って来い。そして私の弟子を映した奴に会ったらこう言って来い。

「修業し直しだバカたれ。」とな」


俺を呼ぶ声が聞こえる

良くも悪くも現世への準備は整った。



後は、この一歩を踏み出すだけだ…!!





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