第二十三話 揺れ動く世界

――――――――


中に入ると、そこは暗闇だった

何かの駆動音が聞こえる

「一体何が…」

「もう少し待ってな。今明かりをつける」


ガコンというとともに、レバーが動く

天井のランプに魔力が回り、明かりがつく


その光が照らしたのは…



カプセルの中に逆さに入った颯馬の姿だった



マリーナの話の通り、他の傷は多少治っているが、左胸にぽっかり空いた穴は全く塞がっていない

傷口からは泡が止まらず、恐らく治療の副作用だとは思うが不気味さを増している。


「颯馬お兄ちゃん!!!」

駆け寄ろうとするミライを、ナルメラ王が止める

「あまり近づくな。今の彼の命はこの王城の中でも秘匿されている場所にある地脈と直接つながっているゆえの大量の魔力と、二つのアーティファクトで繋ぎ止めている」

「そんな…お兄ちゃんは生きてるの?」

「一つ目のアーティファクト、「Foreigner」のカードが彼の心臓と同化し、周囲の魔力を吸い上げることでその役割を担っている。そしてこの円柱の装置に組み込まれたもう一つのアーティファクト、その11番目の「The hanged Man」の正位置の力を受けて何とか人としての形を保っていられる。君たちも知っているだろう?タロットカード…もっとも、このアーティファクトは一部が変更されたトート・タロットだが。」

「え、えっと…確か骨董屋さんで見たことがあるような…」

「知ってる、おじいちゃんのコレクションにあったよ。確か11番は…」


「忍耐、犠牲、知恵、魂の成長、試練…等だ。」


タロットカード。

アーティファクトを生み出した魔術結社が、世界の根底にある上位次元のセフィロトの木を表す為に作られた22枚+50枚の72枚セットのカード。この世界では「魔法」や「魔力」といったいわゆるオカルト要素が一般化されており、ただの占い程度にわざわざカードを使う必要が無い為四十年ほど前に絶版されたものである。

しかしタロットカードは失われし第二魔法の影響を受けずその神秘を保った貴重なアイテムであり、アーティファクトとして今も尚その神秘を保っている。


ラフェルは来るのが遅く、また前の管理人は(魔法には詳しいが)魔術に疎い為知る由も無いが、第二魔法は天使の偶像化による副産物として十字教の絶対化のためあらゆる「神・天界という概念」は統一された。

しかし彼らとて「世界そのもの」の在り方まで変えることは出来なかった。過程はどうあれ、世界の成り立ちには善性の「セフィロト」と悪性の「クリフォト」という二本の概念の木があることは確実だ。更には各セフィラには守護天使が与えられ、その天使名は統一された十字教と同じものとあっては、第二魔法も手の出しようがない。


故に、そのセフィロトを表すタロットカードは第一、第二魔法の効果を受けず、十全にその効果を発揮する。当然、デメリットも…


「しかし今言ったのは「正位置」の効果、即ち「逆位置」の効果も存在する。これがこのタロットカードを使ってこなかった理由だよ。ほとんどの場合に置いて、このタロットカードは正位置の効果よりもその代償としての逆位置の効果が大きい。 まぁ、どこぞのリアリストは生贄無しの魔術など奇跡だと言っていたが…

逆位置の効果は基本的に正位置の真逆、つまりは

『諦め、無駄、徒労、報われない』といった所か。今回の使い方だと、タロットを外した瞬間維持していた期間に等しいダメージを彼は負う。つまり維持したことが「徒労」に終わってしまうのだ」


見返りの代償。何かを得るには、何かを捨てなければならない

かつて、全能の神や戦神と言われた北欧の神オーディンも、その右目を代償として力を得たと言われている。

しかし、このタロットは悪質だ。まるで高利貸しの被害にあったように


「ではなぜ…」

「当然、助かる可能性があるに決まっているだろう。私とて「無駄」なことはしたくないのでね。

彼が意識を取り戻したとき、内側から発生する魔力を受け「外」と「中」からの二つの似て非なる性質の魔力で彼の心臓にあるカードは覚醒する。タロットと間違えやすいから…そうだな、「英霊スピリットカード」とでも呼ぶか。我のスピリットカードは条件がまた違ってくるが、彼のスピリットカードも大体の条件は同じ。

「二種類の魔力」と「強い想い」だ。もとより彼は瀕死の身、死んでいないだけで奇跡のような体だ。意識を戻すには彼の「強い想い」が必要になるだろう」


「??? …どういうことです????」

よくわからない単語を連発され、とりわけ勉強は苦手だったレガスは混乱するが、その手のエキスパートの手ほどきを受けたミライはある程度の理解は出来たようだ。

「…つまり、私達にはなにもできない?」

「そういう事になるな。実際、メガミもしばらくは戦えない。王都の冒険者も恥ずかしながらほぼ全滅だ。こうなるんだったら早々に「二十八人の忠義の騎士クラン・カラティン」辺りでも使えるようにしておけばよかった!! …いや、あれは確か女性専用の宝具だったか。おまけにあれはミスると怪物が出てくるからな… 

まぁ被害が出てしまった以上もう遅いか。我の方でも「十二の羽」で何とかするつもりだが、遠距離からの投擲で既に二枚も手札を切っている。ネタはメガミがいくつかくれたが時間の問題だ。

足止めは出来ても、もうどうにもならない。」


「なら、私達は黙って見ていろとでも言うんですか!!? これじゃぁ何のために…颯馬さんは……」

「彼の死、いや犠牲と言うべきか、それは無駄ではない。実際エンテルは彼の攻撃で心臓を突かれ、君の魔眼で内臓までどろどろに溶けている。流石にあの槍兵を模したとはいえそれほどの重傷では一週間はかかるだろう。」

「………」

「だが問題は、他の六将も同じようにスピリットカードを保有しているという事だ。我の持つカードは他のカードの居場所と種類を一日の回数は限られているが大まかに特定できる。そして魔王城には残り五枚のカードの反応がある、負傷したエンテルの事もあり向こうも本気で来る可能性も考えられる。

恐らく次はオルテルロック姉妹だろう。六将の中で戦闘狂なのはエンテルとあの姉妹くらいだからな。」

しかし、そこにカードが複数ある場合、精度は極端に落ちる。せいぜいカードの種類とその保有者だけであり、100mほど離れないと個人までは特定できない

故に、彼の予想はあくまで予想の域を出られない


「あとどれくらいで…?」

「あの姉妹のスピリットカードはそこまで戦闘向きではない。寧ろ暗殺や特攻向きのカードのはずだ、エンテルのカードは速度に特化した故我も計算を誤ったが、今度はそこまで不確定ではない。

我の見立てだとあと6日…いや、エンテルの件もあるならば奴らはもうカードの調整を済ませた頃だろう。後5日でこの王都に到達する。ついでに派手に北門は破壊され、冒険者もエンテル一人にかなり荒らされたものだ。」


「まずミライはカルネスに連絡を取ってもらいたい、彼の知識と技術は必要不可欠だ。それと君にはこれを。魔眼の副作用を抑える薬だ、かなりの苦痛を伴うが効き目はバッチリだ。数は3つしかないため慎重に使ってくれ。」

「うん、わかった。」

一足先に部屋から出るミライ、迷わないようマリーナがついて行く

「絶対に使いたくありませんよそんなもの…」

「ははは、そうだと良いがな…」

「颯馬さん………」

レガスはナルメラ王とともに彼の帰還をただ待ち続けることしかできなかった。




「もしもし、おじいちゃん、起きてる?」

「…ああ、起きとるよ。途中からじゃったが、いきなり高密度の魔力の空間に入ったんで反応があっての。急いで昼寝から飛び起きたわい」

「ってことは話聞いてた?」

「無論。しかしこの家から王都まで三時間はかかるかの、一旦村から出るキャラバンに同行させてもらう都合上、来れるのは明日になりそうじゃ。

…ところで、メガミ様は無事かの? なにやら戦闘ができないだのジジイは言っておったが」

「おじいちゃんも十分おじいさんだよ」

「(´・ω・`)」

「……傷がひどくて、特に魔力回路がやられてるみたい。今は主治医さんのおかげで何とか治り始めてるけど、完治には一ヶ月くらいかかりそうって。」

「そうか… あの坊主も瀕死、嬢ちゃんの魔眼も副作用でしばらくは使えんか…

残る戦力は剣聖のぼっちゃんのパーティと、ジジイの持ってるよくわからんカードとデカい石板だけか。おまけに向こうは一人一人が冒険者が束になっても叶わない相手と。

これなんて「むりげー」かの?」

「おじいちゃん…また明登お兄ちゃんの変な言葉真似してる……」



――――――

魔王城地下、聖剣の間

そこではエンテルが治療を受けていた。勿論肉体の再生レベルではなく、再構築クラスのキツイ治療だが

「チッ、まさかメガミにやたら戦闘慣れしてやがるガキ、そしてやべぇ魔眼持ちまでいたとはな… ったくよぉ…… あたたたた!!! そこ、マジで痛いって!!」

「我慢なさい、元はあなたが突っ走るからでしょう。いつも通り彼女達に任せておけばよかったのに。」

甘い妖艶な声が響く 高い精神力を持たざる者であれば、即座にその声に魅了されただろう

彼女の再臨先はそのような逸話を持っていない為、彼女の元々のスキルである


六将の一人、レティシア・プラウデーレ

その紫の端麗な長髪は常にその湿を保っており、その透き通る肌は氷の女王のようだ

その青い瞳は美しく煌き、その完璧な黄金比の容姿は「美しい」以外の感情を排除する

美の化身とも言われた彼女は、その天性の体を使って幾人もの権力者をたぶらかし、戦闘能力は六将ワーストだがその大量の配下を持って六将の座まで上り詰めた。


彼女は主に治癒魔法を得意とし、切り札には蘇生に近いものすら持っている

攻撃では数々の毒を駆使し、こちらの兵士を一方的に苦しめた

「毒は薬にもなる」 彼女を体現するならばこの一言に尽きる

如何なる毒も彼女の前では無力と化し、如何なる傷跡も彼女の前ではその存在を完全に忘れ去られる

唯一残しているのは勇者に斬られた首と四肢の跡か。


毒々しい色に侵され倒れた兵士は勇者を怒らせるには十分だった

もっとも、勇者を怒らせなかったのはまともに戦ったグリゴリとヴァルスくらいだが


本気を出した勇者の前にレティシアは成す術無く接近を許し、四肢を一瞬にして切り落とされた後、再生を封じられた状態でゆっくりと時間を掛けて首を切り落とされた 

その時の顔が忘れられない。 怒りと愉悦にまみれた人間味のある顔

堕としたい、今度こそは。私自身の手で彼を

その思いを胸に秘め、彼女は再び勇者と合間見える日を楽しみに待ち続ける


カードによる再臨を果たした彼女は、青いマントを羽織り十字の仮面を被るといった非常に奇怪な姿をとっている。

元となった英霊は、まだ外見以外の片鱗を見せない。「彼」の本領は、軍隊を相手にする時に発揮される


「さて、そろそろいいかしらね。<キュア・オーディエンス>」

あらゆる毒に即座に適応する治癒魔法。様々な毒を駆使した彼女だからこそ完成できた最強の万能薬

強力な治癒魔法ほど副作用がある、この究極の治癒魔法はそれすらも打ち消してくれる

ちなみにこれ自体に傷を治す作用は無い。あくまで「万能薬」、「治療薬」ではないことを間違えてはいけない

これを完成させたならば、「Caster」のカードを用いたならば、本来ならばとある医神やとある女帝が再臨されるに相応しいが、なぜ「彼」が来たのかは彼女自身不思議ではあるが納得はしている


彼女は以前、不完成の魔法で自分の子供を亡くしてしまった事がある。

苦しむように泣いて、その命を散らした我が子。不完全な魔法の使用は、その副作用をもろに受けてしまい、最悪の場合命を落とすことになる。


その症状のお陰で、彼女はこの回復術士泣かせの最高クラスの魔法である<キュア・オーディエンス>を完成させたのだが。

「子供を犠牲にして完成させたものがある」同士引かれたのだ。

「座」の中で唯一十六騎、イレギュラーな形で召喚された記憶を引き継いだ者たちがいる

「彼」もその一人、そしてその記憶こそがレティシアと「彼」を結び付けた。もっとも、「彼」の扱う「魔術」は彼女との相性はあまり良くないが。


「助かったぜ、レティシア」

「なるべくその名で呼ばないで欲しいわ。私にその名を冠する資格は無いもの」

「悪い悪い、プラウデーレ」


「ところで、あなたたちはもう準備できた?」


「ええ、もちろんよ。ねぇお姉様?」

「ええ、楽しめそうね!!」


その服装から「悪魔」と兵士に謳われた双子の姉妹が、再び戦場に姿を現す

短剣を使う妹は、「Assassin」のカードを、

鞭を使うはずだった姉は、「Saber」のカードを

それぞれそれに相応しい姿に装う


運命の悪戯か、「湖の騎士サー・ランスロット」の名を冠する六将の一人であるヴァルス・ランスロットの手に渡ったのは「Saber」ではなく「Rider」だったのだ。

故に、彼は六将の中で依然変わりなく最強を保ち続けているのだが



復活した彼女の愛竜である征緋竜ヴァ―メレアドラゴンに騎乗し、魔王城を発つ

姉のフィオネは何故「Saber」のカードに導かれたのか。

それは彼女のどす黒い憎しみからだ。勇者を殺したい。あの時の恐怖を味わらせてやりたい

その憎しみを十三年間滾らせてきた。それゆえ、もともと加虐性の性格に拍車がかかり、もはや非道な王に近いところまで発展している。そこに合点が行ったのだろうか。

幼き姿とはいえ、その中身は100は下らない。

なんたる偶然、なんたる運命

カード達は皆持ち主の役職ではなくその心を映している

――――――


では、彼の心には何が映る?






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