第二十二話 激戦の惨劇

「おーい、■■■■、こっちだぞ~!!」

「待ってよお兄ちゃんー!!」


丘の上を駈ける兄妹

その頂上についた所で、立ち止まる

「ほら、ここだぞ。」

「うわぁ~!!!すっごい!!」


見える景色は、一つの城壁が数kmにも及ぶ王都を隅から隅まで見渡せた

美しく整えられた塔のような王城、一寸の狂いも無く囲まれた城壁

ここからではよく見えないが、街を右往左往する冒険者達の不規則な姿が王都の美しさを際立たせる


「ここ、前からお前に見せたかったんだ。ちょっと父様に無理言ったけどな」

「ありがとう!!お兄ちゃん!!!」


暫く眺め、その光景を満喫する

「さ、帰ろう」

「うん!!」


兄の手を掴み―


その手がどろりと溶ける


轟く悲鳴 地割れし魔力が噴き出る大地 溶けてしまいそうなほど熱い右目

そして、暗闇に落ちていく

――――――――――――


「…はっ!!? ……」

またこの夢。ジェニム村で颯馬さん達と出会ってから見なくなったはずなのに…


目を覚ますと、そこは清潔な真っ白のベッドの上だった

薬品の匂いにハーブの香り 

様々な医療作用の香りが自律神経を活性化させる


「ここは…?」

「目が覚めたのね、気分はどう?」

「え? えっと…」


突然声をかけられるが、不思議と焦りはない

この程よく混ざったハーブの香りだろうか、心が落ち着く


視線を動かす

窓は一つだけ 部屋は約5m平方で、自分の部屋より少し広い

床も壁も真っ白で、恐らく加工しやすい大理石に対魔力防護壁の素材を混ぜてあるのだろうか

もしそうならばここは王城の中

何より他の魔法治療店にはここまで清潔感あふれる場所は無い。

少なくとも壁や床は木製だ


声のした方向を向く

ふわふわのブロンドヘアーで白衣を纏った綺麗な女性が椅子に座っていた

「あなたは…」

「私はここの主治医を務めてるマリーナよ。ここは王城の中の医務室、本当なら王城には入るだけでもライセンスが必要なんだけど、今回はあの爺さんが張り切っちゃって。中でも撤退まで追い込んだあなたたち三人はここで特別治療をしているの。

まぁ、一人は延命みたいなものだけどね…」


起きたばかりで思考が鈍い為、一つ一つ整理していく

恐らくあの後私の右目が暴走して六将は退却した 記憶が無い分確証も無いが、現にこうやって治療を受けられている以上そうなのだろう。

その後魔力の過剰使用で意識が途切れ、この医務室に運ばれたということか


そして極めつけはこの顔の右上部を覆う包帯だ。

あの眼帯は付けていても外の景色を見ることができ、他の人間には付けていることすら見えていない。

本人にも全く付けているという感触は無く、自分の意思で外そうと思った時だけ実体化する、特別なアーティファクト。別の世界の「魔眼殺し」とは違い、本体そのものに何らかの隠匿の魔法がかかっている。

今まで右目は普通に見えていたのだ


違和感に気付き、取ろうとするが


「駄目よ、その布は対魔力用の特別製。魔力の循環を抑え内側からの崩壊を防ぐために付けてるの。

あなたのその「眼」、六将すら撃退したその力だけどデメリットも当然大きくて、あなたの体を内側から破壊していってる。応急処置で壊れた部分を治している最中だから、まだ外さないで。あなたが付けていたであろう眼帯はあくまで魔眼の発動を防ぐだけで、一度始まった内部崩壊は止められないわ。」



「そうですか… ところで、ラフェルさんと…颯馬さんは?」

「まだ動かない方が良いから、面会は明日になるわね。彼女は無事よ、爺さんが言うには彼女は十三年前の勇者とともに魔王を倒したメガミ…らしいから、肉体の修復は普通の人間より遥かに早いわ。ただ魔力を循環させる機能はまだ全然治ってない、少しずつ再生はしているけど、私の見立てだとあと一ヶ月は魔法どころか魔力を生成、循環させることすら不可能ね。要するに一ヶ月間の間は魔法が使えないの。


あ、もしかしたら本人から聞いているかもしれないけど、彼女がメガミっていうのは内緒ね。」

「……そう…ですか…」

何とか彼女は無事だった でも…

「ただもう一人は重傷も重症、何より生きていることが奇跡だわ。明日王都滅ぶんじゃないかしら。

殆どの筋肉は切れてて、もうまともに動くこともできないわ。どこから仕入れたのかわからないけど夥しい量の魔力を循環させた後があるから、それで体を支えていたみたい。

そのお陰で魔力を循環させる機能は彼女より酷いわ、完全に壊れていて彼はもう一生魔力に関わる事はできないでしょうね。」


そうか、それ程までに…

自分が見たのは最後の彼が立ち上がった瞬間背中を思いっきり蹴り飛ばされたところからだった。

つまりもう決着が付いた…はずだった時だ

六将との戦いはそれほどまでに苛烈を極めていた


「そして何より、彼の心臓はぽっかり穴が開いているわ。あらゆる治療法を試してみたけど全然だめね、エンテルが持ってる槍の影響でしょう、呪いに近い毒々しい奴のものに似た魔力が残っているわ。

他の傷はやりにくいとはいえ治療が可能だけど、心臓と、ついでに貫通された左肺は全く治らない状況よ。 あいつらまた新たなアーティファクトでも発掘したのかしら」


「そんな…… うぅっ……グスッ……」

「はいはい泣かない泣かない。気持ちはわからなくもないわ、私も似たようなことがあったからね。

たださっきも言った通り「延命」状態よ。死んでもおかしくない状況なのに、彼はまだ生きているわ」

「え…?」


「カードよ。彼の穴の空いた心臓によくわからないカードがすっぽり入り込んで、動かないはずの心臓を動かしている。そのお陰で彼はまだ死んでいない、細胞が壊死していない。どうやらあのカードは周囲の魔力を吸っているらしく、この王城も例外ではないみたい。彼の周囲にある魔力を保有している物から次々と魔力を吸われているわ。メカニズムは全く持って謎だけどね

そういやどこぞの白髪の誰かさんも似たようなカード持ってて吸われたって騒いでいたわね。私には丸聞こえよ」

「………」


生きている、彼はまだ生きている

つまりまだ助かる可能性はあるということだ。


「彼は…助かるのですか?」

「確実に無理ね、私達にできることはただ更なる奇跡が起こることを祈るだけよ。

全くあのジジイが自分で解析を進めていればもっと結果が出たかもしれないのに…

私は前線から帰ってきた人たちの治療で忙しいんだから…ブツブツ

あ、ジジイってさっき私が爺さんって言ってたあの白髪の事ね。あなたたちも会っているはずだけど。」

「そ、そうですか…」


彼女は「祈る」、神に、世界に。

それだけが、今の彼女の恋した人にできることだから




次の日、面会が許可されたらしく、朝一番からミライちゃんが来てくれた

「だいじょうぶ?おねえちゃん…」

「私は大丈夫よ、心配しないで。」

「あらあら、まるで姉妹みたい…」


クスッと微笑むマリーナさん

彼女も彼女で、色々な修羅場を潜り抜けてきたような気がする

しかし、この人結構情緒不安定だな…


「とりあえずあなたもここで泊まっていくといいわ、王都の宿は高いからもうお金ないのでしょう?」

「うん…」


飛び出したレガスの後を追い、ミライも事情は何となく分かっているようだ

彼女達から離れたくなくて王城に運ばれる時も付き添いたかったようだが、城内に入れてもらえなかったらしい。

その後大急ぎで王が招待状を偽造し、ばれないようミライに渡したそうだ。

しかし丸二日たっており、彼女の、そして私達の財布の中身は空っぽだ


「さ、ちょうどもう一人も来たことだし、彼女との面会を許可するわ。ついてらっしゃい」


まだ少し頭がくらくらするので、ミライに軽く支えてもらいついて行く



ラフェルの病棟は自分の所とは別で、魔力回路…と言ってもこの世界で一般的にそう言われているそれで、ある平行世界で言われているミライとカルネスがその存在を知った魔術基盤という世界のルールにアクセスするためのものと一文字違いで似ているが別物である

便宜上、「魔術」ではなく「魔力」と書いている



その魔力回路が破損、もしくは麻痺している人専用の個別治療室に案内された。

扉に「ラフェル」と書かれた札のあるドアをノックする

「ラフェルさん、入るわよ」


取っ手に手を当て、ドアをスライドさせる

その部屋は、一人用とするには少々大きめの部屋だった


相変わらずの真っ白さだが、部屋の大きさは3m×4m

そしてラフェルが寝ているベッドの他に、薬の入った棚、業務用の机に何に使うのかわからない、ヴァイオリンが置いてあった


楽器はこの世界でもメジャーで、貴族から庶民まで幅広く娯楽や仕事として演奏されている

基本的にヴァイオリンやチェロ、バスなどの弦楽器の他に、オカリナやリコーダー等の吹奏楽器もある

高級な所だとコーティングされたグランドピアノや、少し有名な宿屋では素のアップライトピアノが置いてある

ただ生産がまだ確立していないので少々値が張るはずなのだが、ここに置いてあるのはかなり高級品で、遠くからでもわかる艶加減、ぴっちりと貼られた弦は一切の摩耗を感じさせない

フォルムも非常に滑らかで触り心地はかなりよさそうだ


自分は過去に挑戦してその才能の無さに悲観したが、今でも弾き熟したいということを夢見ている


「ごきげんよう、調子はいかが? 昨日言った通り面会に連れてきたわ」


ベッドにいるラフェルは寝たきりで、体中に包帯が巻き付けられている

魔力回路とは神経の一部のようなもので、それが破壊されているということは神経の麻痺とほぼ同意味らしい。

ちなみにミライとカルネスが持つ「魔術」回路は、遺伝子レベルで密接な関係にあるため、破壊や欠損による障害はこれの比ではない。


「ラフェル……さん……」

「レガスさん…ああよかった、あなたは無事でしたか。良かった…

それにその包帯…あの目の…」

「みんなには…いえ、ミライちゃん以外には内緒にしてたんです。嫌われたくなかったから…」

「まぁ、確かに驚くかもしれません。でも、その目のお陰で私達は何とか一命をとりとめたんです。感謝してもしきれませんよ」


「それとミライさん、ありがとう。あなたのお陰でギリギリ間に合いました。」

「どういたしまして!! えへへ…」

素直だ、彼女は嬉しいことがあるといち早く顔に浮かべる。

そのお陰で二人が喧嘩していた時も楽しく過ごせた

彼女だけは悲しませたくないな…


「さて、せっかくだから治療の風景を君達にも見てもらおう。知らないうちによくわからない薬を打ち込まれていたのは嫌だろう」

そういってマリーナさんは高級なヴァイオリンを手に取り、顎に当て

ゆっくりと、弦を引く


流れ出る流水のような音、その旋律に魅了される

ああ、なんて美しいのだろう 目を閉じると広大な平原が広がる

あの丘に似た華麗な平原


曲は管弦楽組曲第3番:G線上のアリア その組曲

もっとも名は彼女達が知る由も無い。美しい旋律を奏でる天才はどの世界にも存在する

これはその証明。

紙はまだ羊皮紙であり、繊維で作られた紙はかなり貴重品である現在、ましてや印刷技術など存在しない為楽譜は本人の著書のみである



そしてヴァイオリンが置いてある理由がこれだ。

音楽療法

音色を患者の波長に合わせ、神経に響かせることで治療を促進させる療法

本来の音楽療法はあくまで音楽を利用した精神的・能動的な治療法だが、こちらは音そのものを利用した治療法。

音楽の波長は生命の波長に非常によく似ていて、その波長に合わせた音楽を演奏させることで神経を活性化させる。

平行世界では「調律師」と呼ばれる演奏家の魔術師が、この療法を用いて他者の魔術回路の活性化をしたそうな。


今回弾いた「G線上のアリア」はラフェルの波長にベストマッチで、マリーナの奏でる音楽を聴いているだけで少しずつ浮き出ている血管が引いていくのが見える


そしてフィナーレ。

その空間にいた誰もがマリーナの演奏に魅了させ、無意識のうちに拍手をしていた。

「ふぅ、ひとまず今日の応急処置は終わり。あとは色々投薬しなきゃね。」


数分後、治療が終わる。

ラフェルに挨拶して、部屋を出る


「それで、颯馬お兄ちゃんはどこ? 無事にここにいるんじゃないの?」

「えっ? どういうことです?」


「ああ、それは方便だ。まぁ、ここにいることは間違いないがね。」



姿を現したのは100歳を過ぎているのにも関わらず現役で王都を統率しているナルメラ王だった。


「はぁ…あんたまた仕事から抜け出してきたのか…ジジイ、いい加減仕事押し付けるのは止めてくれないか。私はもともと単なる医師だったのだぞ。お前のせいでどれだけ魔法の勉強に私の休暇を潰されたか…」

「いや、お前元は探偵だったじゃん…

 

 まぁ良いではないか、そのお陰でメガミの治療は進んでいるのだろう?」

「結果論で話を進めるなコラぁ!!! …いかんいかん、怒った所で毒になるだけだ。」

顔に手を当て、冷静さを保つマリーナ

「さて、では案内しよう。少し歩くよ」


5分程歩くと、壁に突き当たる

「えっと…行き止まり?」

「そうだったらここまで連れてこないよ。 <マギテック・クラック>!!」

「お手並み拝見と行くか。どこまで腕が上がったか見せてもらおう」


何の変哲もない、のっぺりとした壁。そこに手を当て、魔法を詠唱する


<マギテック・クラック>

魔術・魔法の術式に介入し、改変、破壊を行う魔法

魔導具や結界の解除に使われるのが主で、成功した場合対象の術式は基本的に再発動しないと元に戻らない


しかしこの壁は別だ。

あえて穴を複数作ることで、そこを踏ませる。違う穴を進めていくと、最終的に答えに辿り着かない。

これはコンピューターのハッキングに似ている


組まれたコードから正しい答えを導かなければならない。これは相当な魔法の知識、それも術式に関する知識が必要で、実際これを突破できるのは壁を作った張本人のナルメラ王とまさに今突破しようとしているマリーナ、そして後はカルネスくらいか。

当然、全員新しい魔法を完成させられるレベルの腕前である

ミライやラフェルではまだまだ実力不足ということである。


触れた途端に壁に光のラインが生まれ、中からカシャカシャと機械のような音がする。

<魔力視認>を持つ者がここに居れば、内部の魔力の配線がマリーナの手によって次々切り替わっていることが分かるだろう。

「このパスをこっちにつないで、ここのバイパスを切断、このポートを… よし!!できた!!」

数十秒にわたる術式改変の後、解が導かれる。

壁から手を放すと、急に壁が真っ二つに割れ、扉が開く


「中々やるではないか。少々ロックが甘かったか」

「マジで勘弁してくれ…」


「す、すごい…」

「私でもむずかしいかも…」

いきなりの超技術を見せられ、圧倒される二人だった

――――――――


中に入ると、そこは暗闇だった

何かの駆動音が聞こえる

「一体何が…」

「もう少し待ってな。今明かりをつける」


ガコンというとともに、レバーが動く

天井のランプに魔力が回り、明かりがつく


その光が照らしたのは…

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