第二十一話 星の力。そして

「ん~…なんか不完全燃焼だぜ。お前らもっと本気出してくれよなァ」


戦闘開始から10分が経過、周囲50mに及ぶほとんどの建物は倒壊し、第一陣は前衛2名と「天啓の粘土板」を保有する詠唱者1名のみ 奇襲を仕掛けた第二陣は全滅


「(強すぎる…何か、何か打つ手は…!!)」

その時、一人の短剣を持った青年が突撃していく

「おいお前!! 止めろ!死ぬぞ!!

…」




第一陣の冒険者を通り過ぎ、エンテルと会敵する

両者の感覚は10メートル前後。即ち接近戦、勝負は一気に決まる。

「よぉ、お前は楽しませてくれるんだろうなぁ?」

「俺は楽しみたくないけどな。」



「行くぜっ!!!」

「オラァ!!」



激突する二人

ラフェルによる援護で筋力が上昇すると言ったが、文字通り「筋力」が上昇している

つまり攻撃面だけにとどまらず、移動や回避、気休め程度だが防御にも強化されている

そして格闘技、対不良用野良ボクシングの技術と相まって、必要な時に必要な魔力放出を行うことで、効率よく魔力を使用できている

これは生前の記憶と転生後の技術が合わさった颯馬ならではの戦闘スタイル

盗賊という火力に欠ける職業ながら、今まで強敵と対峙できたのはこのようなペース配分や適切な力の入れ方をなんとなく感じ取っていたからである


しかしいくら手加減しているとはいえ、その一撃は颯馬の<集中力向上>では捉えることができない。剣聖は何とか見えていたようだが、並の剣闘士では成す術無く蹂躙されてしまう

ならば、肩の動きから目の動き、体勢から次にどこを狙うのかに全神経を研ぎ澄ます


超高速で繰り広げられる戦闘

主にエンテルが攻撃し、颯馬がそれを弾く

スキルなど使っていられる余裕はない。ただ直撃を避けるだけで精一杯だ 僅かでも視線がぶれると、次の瞬間自分はあの槍に貫かれてるだろう。

時折カウンターの蹴りを入れるが、こうも防戦一方では意味がない


槍を戻してきたので、防御の体制に入る

次は心臓 魔力放出で無理に体をひねり、ギリギリで躱す 腰の筋肉が悲鳴をあげる 

今ので筋が何本か切れた

「くぅあぁぁっ…!!」

痛みと恐怖で朦朧とする中、次の攻撃の手はしっかり見定める

しかし、このままではあと二分程度で颯馬は倒れてしまう

――――――――――――

「(防戦に特化した颯馬だから何とか受け切れてますが、私の魔力も確実に減ってしまっている… どうする、魔力が切れたら間違いなく颯馬は死ぬ、交代するにもまだ一分すら経っていない、回復が間に合わっていない)」

だが、魔力のパスを繋げた事で、一時的に魔力の流れに対し敏感になっていたラフェルはあることに気付く。第一陣の詠唱者が持っている粘土板が、地球から魔力を貰っていることに


「ちょっとそれ借りますよ!!」

「ああ、おいお前!!!   


…うそだろ、明らかに俺が使っていた時より魔力の量が違う…?」


<魔力視認>を持った超越者手前の詠唱者、魔力の流れは目で追うことができる



「コード:LFA8-V 黙示録の守護者よ、その権限を解放する!」

定められたコードを紡ぎ、権限を肉体に譲渡する 前にもやった事だ、しかし状況はやはり悪い。何しろ相手が強すぎるのだ

「コード実行承認。戦闘行動を開始します。制限:ランクA」

「(私の方で魔力のパスを繋いでおきます、ペンちゃんはその粘土板の解析をお願い!!)」

「了解ですマスター トレース・オン解析 開始

――――基本骨子、解明

――――構成材質、解明

――――根底定義、変更

――――神性施錠、解放

――――トレース・アウト全工程 完了


とある英霊の生前の人物が使用した魔術、特化された投影魔術

それは魔力を用いて「見た」「触れた」物質の構造を把握するもの

こと剣においては一瞬にして構造を解析できるが、ラフェルのそれはあくまで真似たもののため、触れて二秒程度の解析の時間が伴う


しかし今回は投影ではなく「解析」

投影の必要はない ただその在り方を変えるだけ


「命名、マルドゥクが命じる、其の名は「天と地の礎の家エテメンアンキ」」

その使い方に相応しい名を与える

真名解放程ではないが、力を少し取り戻した

かつて存在したそれらは、世界の壁を超えてその名に相応しいものへと昇華させる。


「(この魔力量は…!!いける!!)」

クラススキルの回復を遥かに凌ぐ魔力量 この膨大な魔力を受けると颯馬の体は確実に持たないが、それでもあいつに殺されるよりかはマシだ

――――――――――――

「ホラホラどうしたぁ!!守ってばっかじゃ勝てねぇぞ!!」

迫りくる一撃、弾いても一秒と経たず次の一撃が来る

躱しても少しずつ傷が増え、体の筋肉はズタボロになっていく


「そぉら!!」

「っ!!!」

足払いを掛けられる

槍に全神経を集中させていたため意識外の攻撃に反応が遅れる


体が宙に浮く まずい

二ィ…とエンテルが笑う

死ぬ……!!!


「――――トレース・アウト全工程 完了

準ずるペンの声が聞こえ、体中に力がみなぎる

みなぎりすぎて血管が所々破け血が出てきている


「おい、メガミじゃねぇか!! …っていうか前程威圧を感じねぇな。」

「どうにも、「不幸」な事があってな!!」

魔力放出の力を、体だけでなく外まで届かせる

ジェット噴射と化した体は不可避はずの攻撃を避ける

「グッ…  へっ、面白れぇ!!」


更に加速する戦闘

撃ち合う風圧は並のものではない 回復中の剣聖ですらその圧に引けをとっている

来る槍を強化した左手の手刀で弾き、右手の短剣で手を狙う

「っ このっ!!」

躱される、しかし、最初に剣聖が吹き飛ばしたときや、<カオティック・チェイン>をルーンで避けた時以来の明確な退避行動

恐らく槍を抜きにした直接戦闘技術までは受け継いでいないらしい


ならば

足元にある瓦礫を拾い<投擲>を発動する

槍を回して弾かれる。矢避けの加護はあくまで使用者が認識して初めて効果を発揮する。つまり反射的に槍を回した防御では効果を発揮しない。

あまりの速度に槍に当たった瞬間粉々に砕け散るが、接近し次の弾を投擲する

バックアップによる圧倒的なステータスを利用した目眩まし

単純だが、効果的だ


二度の投擲。次を許せば、確実に射程圏内に突入する。

必然的に急接近する物体に意識が向いてしまい、結果颯馬の接近を許してしまう

一発目の投擲を躱せなかった時点でこの結果は確定していた。


「<ピアッシング>!!」

口頭発動は一度だけで、その後は動きででスキルを発動する

普段は魔力の流れを掴むのが難しい為口頭発動により自動的に魔力を集中させるが、体中を魔力が駆け巡る今なら、少し力を溜めるだけでいい

繰り出すは威力は低いが速度に長けた一撃 おまけに消費魔力が少なく、クールダウンが短い

つまり手数で押すことができる

連続で放たれる十数発の<ピアッシング>。

エンテルが通常戦闘に慣れていないという事も相まって、数発が直撃する。


「クソッタレ!!」

槍を横に払い、後方へ距離をとる。

やはり、臨機応変に戦うならばこれに限る

I、すなわちイスIsa その意味は氷

浮かばせたルーンはたちまち現象化し、巨大な氷の壁を生成する

一瞬にして出現させた氷壁は周囲の熱を喰らい尽くす


急激な温度変化に体が軋み、意識がガクンと垂れ下がる

しかし体中を駆け巡る魔力の奔流と、弾け飛ぶ血の猛りがそれを許さない

すでに体の至るところから出血し、貧血で倒れてもおかしくない

颯馬の目から光が失われつつあり、あと一分もせず意識が飛ぶだろう


魔力放出でブーストした左手の拳が氷壁を粉砕する

反作用で強化しきれなかった左手の骨にひびが入るが、構っていられない

「クッ!!この三下がァ!!」

「おおおおぉああああああああああああああああああっ!!!」


なお接近する ぼやける視界の中狙うべき点ははっきりと見える

空中に新たな文字が浮かび上がる

S、すなわちシゲルsowulo その意味は太陽

燦々と燃える光球が出現する

砕かれた氷片は一瞬にして蒸発する A<アンスール、アンサズ>やK<ケン、カノ>のように火に纏わるルーンは他にも存在するが、その中頭一つ抜けているのがこの太陽のルーン

先程のように魔力放出による物理的な排除は不可能

スキルの発動はその後が問題だ


しかし、颯馬が対処できずとも、ここにもう一人適切な知識を持った者がいる

主こそ我らの太陽C I O S故に太陽は此処に非ずT S I N H

偽りの灯よF A消え去るがいいG L!!!」

常識を否定し、自分の常識に塗り替えることで神秘を打ち消す反発魔術

太陽はただ一つ、我らが「主」のみ

ラフェルの常識に塗り替えられた偽りの太陽は、即座に霧散する

「っ!!このクソメガミがっ!!!」

「もう遅い!!」


刃を上に向け、突撃の構えを組む

上半身のバネのみで繰り出されるゼロ距離の必殺の一撃

母親が読んでいた漫画に出てきた技で、通常の人間の肉体では不可能だが、いつかはやってみたいと憧れていた技。

このような形で実現するとは、思いもしなかっただろう


「「牙突零式」!!!!!」


魔力放出による最大のブースト、引き絞った腕を一気に放つバネ、そしてほとんどが蒸発しているが、残った氷片で塞がれる奴の視界

一点集中の攻撃は弾かれやすいが防御しにくい。対策は局所的な防御だけだが、それも悪い視界でままならない


そして受ける術なくエンテルの左胸に短剣が突き刺さる




決まった。



「うぐァあああああああああああああああ!!!!!」

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


斜め下向き四十五度に向けて打ち放った究極の一撃は、二人共々北通りの地面に激突しクレーターを作った

全魔力を一点に集中させた一撃、その威力は並の宝具に上る

かの有名な騎士王や神々の子には遠く及ばないが、相手は模造品。効き目は十分だ


その戦闘は実に五分とかからなかった。


颯馬が立ち上がる。意識は殆どなく、余剰分の魔力放出で筋肉を支えているだけだ

「はぁ………はぁ……… 終わった………」

ラフェルの元で応急処置でもいいから済ませようとして振り返った瞬間

彼は最後のミスをしたのだ。



颯馬の体が思いっきり吹き飛ばされる


白目を向いて気絶している最後の瞬間に首を撥ねておくべきだったのだ

一国の軍を相手に戦ったクー・フーリンは数ある英霊の中でもトップクラスの持久力を備え、こと防戦に置いては、誰にも引けをとらない

例え心臓を貫かれ、瀕死の重傷を負ったとしても。

死にさえしなければいつまででも全力で戦う事ができる。



ラフェルも膨大な魔力を経由したため体の到る所から血が出て、足が震えている

もう戦える状態じゃない


しかし運命とは悲惨なものだ。



「颯馬さんっ!!!」



少女の悲痛な叫び声が上がる

宿屋に置いてけぼりにされたレガス 

それが「恋」だと彼女はまだ知らないが、その横顔に触れた彼女は本能で彼を追う

10mほど飛ばされ横たわる颯馬の元へ駆け寄ろうとする


しかし致命的、致命的にタイミングが悪かった

「駄目ですレガス!!戻りなさい!!!」


「ハハハッ!!もう許さねぇ!!!そこのクソガキまとめて死にやがれ!!!!」


距離的に一番近いのは颯馬だが、エンテルにとって背骨を砕いた颯馬はもう取るに足らない存在だ。

おまけにメガミも足の力が抜けて、立つことができない

ならば残るは参入者、青髪の少女のみ


肉体の維持の為の最低限の魔力以外を全て槍に回す

「『刺し穿つゲイ・ボルク…」


「颯馬さん!!起きてください!!!颯馬さん!!!!」

少女の叫びは届かない 既に意識は無い 心臓もほぼ止まりかけている


「私達を置いて逃げなさい!!!せめてあなただけでも!!!!」

元管理者はこの時何を思ったのか。 期間は短くとも衣食住をともにした仲間との友情か

それとも「管理者」として世界を歪めてしまった結果への責任か。



幻想の槍・アルターネイト』」

充填された必殺の一撃

曰く、その槍は突いた相手の体内で30本の剣となる

曰く、その槍は必ず相手の心臓を貫く

その名を唱えた時点で、間合いに入っている者の死は確定している

「心臓を貫いた」という事実が存在し、その後に「貫くまでの過程」がやってくる

因果逆転の呪いの朱槍


絶対に避けることは不可能で、唯一幸運と第六感による「死」そのものの回避でのみ避けられる

しかしそこまで幸運かつ直感に優れた人物は今は存在しない


「颯馬さあああああああああん!!!!!!」

泣き叫び、その心臓を思いっきり叩く


目の前に槍が迫る

「死」が迫る


そして―――――




そして――




彼女が見たのは、すぐ先程までその場で倒れ伏していた男が自分をかばう姿だった




当然割り込んだところで結果は変わらない

穿つ対象が変わっただけの事


残酷無慈悲な一撃は颯馬の心臓を確実に貫いていた


ボロボロになりながらも自分を庇った彼はその場に崩れ去る

彼は間違いなく死んだ。

助かるかもしれなかった。


万、いや、無限に等しい程の中の一つとはいえ、何らかの運命の悪戯で彼は助かったのかもしれない


自分が殺した



頭が真っ白になる




思考が止まる





感情の波に飲まれる




あ、





あああ、






あああああああああああ、







あああああああああああああああああああああああああああ、







「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」





彼と初めて会った日 彼と初めて食事をした日 彼と初めて冒険をした日 彼と初めて一緒に寝た日



それら全ての思い出が、この現実から逃さない



嘆き、悲しみ、怒り、憎しみ

ありとあらゆる感情が凝縮し、混ざり、どろどろに溶ける


両目からとめどなく溢れる涙


右目が熱い、あまりの熱さに何もかもが融けてしまいそうだ


溶けて、溶けて、溶けて…



後ろの留め具がはじけ飛び、魔眼が露になる


「お前まさかっ!!!その瞳!!!」

「レガス…さん…」



もはや真っ赤などというレベルではない



元々赤く染まっていたレガスの右目は、

完全に黒に染まり、一切の光を吸い込む 残っている黒目は深紅に染まり、それを見るだけで狂ってしまいそうだ


レガスの魔眼 それは崩壊の魔眼



かつて自分の兄を殺した禁忌の魔眼が今、解放される




「あああああああ!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



叫び声とともに彼女から発せられる恐ろしいほどの魔力の圧に、嫌な予感を感じたエンテルはレガスに止めを刺さず、即座に撤退しようとした


それは正しい選択だった



暴走した彼女の魔眼は、あらゆる生命を溶かしつくす

それは目標を定めるほんのわずかな時間すら許さない


速攻で颯馬から槍を引き抜く

全魔力を脚部に回し、全力疾走するエンテル


その速度は人間の目では到底捉えきれるものではないが、彼女にとっては関係ないことだ



その間僅か0.2秒後

その忌まわしい瞳がエンテルを捉える 捉えてしまう



エンテルの胴体がドロドロに溶け始める


「がっ、!!!あがああああああああああああああああああああああ!!!!あああああ!あああああああ!!!」


想像を絶するほどの痛み  脳が焼き切れそうだ


一見神経すら溶けて痛みは無いかもしれないが、実際は真逆


肉体が溶けてゆく違和感を感じるとともに、その痛みは酸に焼かれるものの30倍近い強烈な痛みを感じる


彼女の旧友であるクレトは、それが現実になる前に視界外に避けたから無事だったが、それを直に受けてしまった彼女の兄は、子供故の鋭敏な感覚に恐ろしい苦痛が耐えきれず、ショック死した上液状化してしまった。

その為、彼女の脳裏にはいつもその光景が浮かんでいる

魔物と対峙した時、命の危機を感じた時、冒険者としての活動すべてにその光景が付きまとう





痛みを抱えて崩れた門を跳躍する

何とか魔眼の視界内から逃れ、一命をとりとめる

しかしこのままでは時間の問題だ。急いで魔王城まで戻らねば





ひたすら嘆き、嘆き、嘆いた彼女はやがて糸が切れたように意識を閉ざした。


次に彼女たちが目覚めたのは、王城内部の医務室のベッドの上である。

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