第二十話 借り物の力

「………っしゃオラァ!!!」


ドゴオォン!!!という派手な音とともに北門が吹き飛ばされる

「くっ、みんな下がって!!<ストレートウォール>!!」

第一陣、つまり門に一番近い冒険者のグループの詠唱者が魔法を詠唱破棄で唱える

せりあがる土の壁は、飛んでくる瓦礫を残らず受け止める


「よぉ、人間諸君、六将が一人「スフィア・エンテル」様が来てやったぜ。」


スフィア・エンテル

六将の一人、王都一の槍使いですら叶わない槍裁き、人間の動体視力を越えた一撃や、一部の敏捷特化の限られた冒険者が偶然手に入れた千里眼ですらとらえきれない俊敏さ

そして何より、その狡猾さにある

騙し討ち、闇討ちは当然の事、最悪の場合味方ごと敵を貫く惨忍性は、多くの冒険者達を恐怖のどん底に陥れた。十三年前、カルネスのサポートで闇討ちと俊敏さを奪い、それでもなおあの勇者が一撃をもらってしまうというかなりの強敵。

なお、口説くのは苦手らしい。


「なんかよぉ…このカード、「Lancer」、えーっと、何て読むんだァ?これ

ラ、ラ、れんせー?まあいいや、このカードを使ってからなんか闇討ちとかバカバカしくなってよ、やっぱし勇者とかそういう強敵とは正面からガチでやり合うのが一番でな。

これだけは「誓う」ぜ、勝負は正々堂々と戦ってやる。」


「ゲッシュ」

ケルト神話に置いて、騎士の制約の事を指す

各々の騎士がそれぞれのゲッシュを定め、代わりに力を得る。

もしゲッシュを破った場合は、半身不随等、強大な代償が伴うが、その殆どが人為的に起こさなければ難しいため戦闘中に破らせることはほぼ不可能

本物のゲッシュはただの制約であり、特に見返り等は無いはずだが、「破ったらペナルティを受ける」というリスクの存在させるためにリターンが用意されたらしい。

それならポンポン使えよと思われるかもしれないが、気軽に追加しては誓約の意味がない。


そしてここに「正々堂々戦う」というゲッシュを立てたエンテルは更なる力を得た。


「…来るぞ!!全員構えろ!!!」


エンテルが目にもとまらぬ速さで突撃する

しかし相手が規格外すぎるだけだが、こちらは腐ってもレベル65以上の冒険者。ステータスではあまり知名度の高くない英霊とそう大差ない。

ましてやこちらは颯馬の世界とは別の世界。何百年も前の時代、すなわちアーティファクトが作られた時代では颯馬の世界の神話の存在を知る術があったのかもしれないが、時の流れとともに完全に失われてしまっている以上、知名度の恩恵は得られない。


しかしそれはあくまで「並の」英霊、極東の小中武将や西洋のちょっと名を馳せた騎士など、あまり大きな伝説の無い者での話だ。

エンテルの再臨先はかの有名なケルト神話最強の騎士の一人、クー・フーリン。影の国で彼の師スカサハに槍の指導を受け、先程彼が投擲した魔槍の原点「刺し穿つゲイ死棘の槍・ ボルク」を携わった


そして彼は敵対する王国の罠により自国の兵士がどんどん衰弱する中、一人で戦い続けた戦士。

その能力は、0に等しい知名度や、「疑似再臨インストール」によるステータスの弱体化にあったとしても並の英霊を軽く凌駕する


「<キャッスル・ウォール>!!!」

騎士の上位職、守護者ガーディアンの任意スキル <フォートレス>の上位スキル

その防御力は魔金剛製の武器ですら凌ぐ硬さ


しかし彼に挑むには最上位職でなければ同じ土俵に立つ事すらおこがましい

「へっ、脆い脆い!!」


人ならざる力を受け止められるはずもなく、無様に吹き飛ばされてしまう

そして追撃を入れようとした瞬間

「それ以上やらせるかッ!!」

一人の剣聖が槍を弾く


希少鉱石であるヒヒイロカネで作られた剣は、あの朱槍のレプリカを弾いてなお欠けていない

「ほぅ、俺の槍を弾くとは。アンタ、人間にしちゃやるじゃねぇか」

「くッ…!<疾走>!!<エイミング>!!」

<ステップブースト>の上位スキル、脚力の増加にとどまらず、体全体の速度を向上させる。当然魔力と体力の負担も大きくなるが、仕方がない

ちなみに<疾走>の上位、つまり加速系最上位に<神速>なるものがあるが、それを習得できるのは盗賊系最上位職であるニンジャのみである

なお、「勇者」は万能すぎるので省いている


そして颯馬も使っていた<ホークアイ>の上位スキル<エイミング>、ギリギリまで研ぎ澄まされた神経は、相手が例え高速で動こうと、正確に攻撃を当てる。

防御を突破できれば、の話だが


「おいおい、その程度か?こりゃ期待して悪かったかもしれねぇわ」

「舐めるなっ!!」

冒険者の中でも最強に近い剣聖、その彼が本気を出してなお苦戦している

ぶつかり合う金属の音、止まない風圧 その全てがこの戦いの規格外さに誰もが驚く


「<インフェルノ>!!」「<カオス・ブラスト>!!!」「<グラビティ・プレス>!!!」

「ふん、小賢しい」

後衛の詠唱者達も攻撃するが、何故か逸らされてしまう


クー・フーリンのスキルの一つ「矢避けの加護(B)」

疑似再臨によりランクが下がりCになっているが、その効果は同じく疑似再臨者、もしくはゴーストライナーが相手でなければあまり差はない。

これは視界に収めた投擲攻撃なら宝具すら回避してしまうというスキル、ランク低下のため宝具級の攻撃の回避は自力で行う必要があるが、それ以外の普通の魔法や魔術程度の攻撃であれば、軽く受け流すことができる

そう、例え大地を焦がす炎であろうが、全てを飲み込む混沌の空間だろうが、それが明確な「投擲」という形を保つならば、彼は避けてしまう


そして肝心のグラビティ・プレスももののついでのようにひらりと躱す


だが、躱す瞬間を見逃す程、剣聖は甘くない

「そこだっ!!<ギガスマッシュ>」

「!!」


とっさに槍で防ぐが、大きく吹き飛ばされる

不安定な体勢の為、うまく防御することができなかったのだ

彼の戦い方はあくまで闇討ち、このように多勢に無勢の戦いは不慣れなのだ

本来ならば躱せたはずの一撃。その傲慢さに再臨した英霊は舌打ちをした。


「っチィ!!」

「今だっ!!みんな!!!」


後ろに控えていた剣闘士や暗殺者が死角から一斉に飛び出す

「<アサシネイト>!!!」「<ウォーソード>!!」

繰り出すのは冒険者の必殺の一撃

完全なる不意打ち 

しかも全方位から襲いかかる斬撃はまともにさばききれるものでない



しかし

「っ!!」

「この程度で当てられると思ったか?」

槍を一回転させる

千里眼や心眼ですら捉えきれない一撃

隙を突いたと思ったら、吹き飛ばされていた

なんたる無力 飛ばされた冒険者がレンガ造りの民家に激突し、轟音が鳴り響く


「ったくどいつもこいつも歯ごたえがねぇなぁ。鍛え方が足んないんじゃねぇの?」

「はぁ…はぁ… くそっ、バケモノすぎる!!」

「バケモノたぁひどいこと言ってくれるじゃねぇか。確かに俺は"魔人"だが、さっきも言ったがこのカードのお陰で結構普通の戦い方になってるんだぜ」


――――――――

「颯馬!!こっちです!!!」


強すぎる魔力の気配に導かれるラフェルに従いついて行く

先程から鳴りやまない轟音、そして土煙、金属音

間違いない 王都の中で戦闘が起きている


しかしここは王都、少なくとも衛兵で足止めが可能な適正レベル80以下の魔物なら王都内での戦闘にはならないはずだ、それにラフェルが言うにはそれ以上の魔物は滅多に南大陸へ来ようとはしないらしい


ならば考えられるのは一つ

「Lancer」のカード保有者、六将の一人、スフィア・エンテル

王の見立てより一日早く到着していたのだ。王の千里眼はあくまで少し先の未来、故にその予想は外れることがある、そしてその最悪のケースがこれだ

敵の到着を見誤り対策が間に合わなかった

はーつっかえ。


王城北側の通路に向かって走る

途中、吹き飛ばされた冒険者が横を一瞬の内に通り過ぎる

レガスとミライは宿に置いてきている

彼女達を危険な目に合わせるわけにはいかない、性に合わないが犠牲になるのは俺一人で十分だ


それに、どうせこの大食いは言っても聞いてくれなさそうだし、ついでにカードとやらについて知っているかもしれない。


「はぁ…はぁ…はぁ… !!! あれは!!」


姿が見える

圧倒的な速度で、多勢に無勢な状況を完膚なきまでに叩きのめした張本人

青色のスーツを纏い、その手には朱い茨の槍


「あれは…あの朱い槍、それに最初の膨大な魔力の一撃。間違いありません、あれはケルト神話一の槍使い、クー・フーリンの姿です!!

六将、やはり復活していましたか!!!」

「ケルト神話?なんだそれ…でも神話一ってことは…」

「えぇ、ギリシャ神話や北欧神話同様、神が人の元を別つ前の時代、今の戦士である冒険者が到底かなう相手ではありません!! 聖遺物とアーティファクトに頼るしか…」

「くそっ…!!!」

――――――――――



アーティファクト

天啓の粘土板ウル・ウシュム

「唯一の月」を表す呼び名

それは始教皇によって神話が統一される前、最古の人類の時代に作られた粘土板

それが長年の「こうあるべき」という「想い」により変化した、純粋なアーティファクト


それは大いなる天からの力を授かることができる許可証

つまり無限に等しい魔力の恩恵を得ることができる

また、粘土板に記された神代の魔術を扱うことができる


あまりにも遠い時代の流れによりその真名は失われており、管理者ですら知ることは無い

この名前も粘土板に記されていただけであって、後から名付けられたものである

その為力を完全に引き出すことは出来ず、多少の魔力消費を担う程度になっている

当然解読も不可能


しかし、メガミのクラススキルのように持続的に魔力が回復することは貴重であり、その回復した一秒の威力が勝負を制することもある



「<カオティック・チェイン>!!」

混沌属性で形作られた鎖

単純な力技では外すことは出来ず、また「鎖」という連鎖した存在の為、「投擲」が条件である矢避けの加護は働かない


「しゃらクセェ!!」

槍を左手に持ち替え軽く回す。

いとも簡単に断ち切られてしまうが、でなければわざわざ混沌属性にする必要はない


弾いた衝撃で形が崩れ、鎖が崩壊するとともに、混沌属性特有の魔力の「孔」が発生する

「っ、こいつはあのジジィの!!」

一度カルネスの混沌魔法を喰らい、足をやられたことがあるエンテルは、混沌属性の恐ろしさを身をもって味わっていた


回避は間に合わない、気付くのに遅れた 矢避けの加護は効かない 

そして直撃はこの体とて多少なりともダメージを負う


「laguz!!」


ならば奥の手。この体は知らずとも、この霊基はそれを知った

古代のルーン。ケルト神話において、戦神オーディンの用いた神秘その物

それそのものが神秘の為、文字を浮かばせるだけで意味がある

正確にはフサルク、人の手で扱う事を可能にした共通のルーンだが。

laguz、その意味は水

即ち流水の動き 不可避の攻撃を回避する


異常なまでにひらりとした動きで「孔」を躱す


颯馬達が到着したのは同時刻である。

「(まずはあの足を止めないと…直線攻撃は駄目、今のように鎖も弾くかルーンで避けられてしまう。おまけに魔力を絶つのはあの浮いてるアーティファクトが使えなくなってしまう…

ちょっとこれマジで打つ手無いじゃないですか …ん?)」


ラフェルが目にしたのは

ぶっ倒れている剣闘士が付けていた純白の十字架


過去にカルネスに送った聖遺物

無慈悲なる十字架ルーレス・クライスト

自身の魔力を用いて筋力を一時的に増加させることが可能となる

何人かの英霊が持つスキル「魔力放出」と同じもの


「(カルネスさん…売っちゃったんですか…)

ちょっと借りますよ、後でちゃんと質屋に返しておきますからね」

こんな時でも外道精神 汚い、さすがメガミ汚い


「これではまだ魔力が足らないですか…仕方がありません、颯馬、これを付けて」

「ん?何だこれ、十字架?」

「一時的に魔力を消費して筋力を増加できます、魔力のバックアップは私がするので、ついでにこれを」

近くに落ちていた希少鉱石製の短剣を借りる


アダマンタイト

非常に硬い希少金属

切れ味はヒヒイロカネの方が上だが、こちらは耐久性が抜群

とにかく硬い

それゆえ加工が難しく、好んで使用する冒険者や鍛冶屋は少ない


「うゎ重っ!! …あれ、急に軽くなった」

「その十字架に私の魔力のパスを繋いでいます。しばらくはスーパーマン状態ですよ。

取り戻したメガミのクラススキルで何とかリソースを確保しています、向こうは長期戦にかなり有利な英霊です、なるべく短期決戦でお願いします!!」

「(よくよく考えたら別に俺がやる必要なくね…?)」



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