第16話 復讐者

扉を開ける。

前に戦ったゴブリンの変異種や、鋼蜘蛛のような素人の俺でもわかるような魔力は感じない、

油断はできないがこの感じなら先程のケイヴスパイダーの大群の方がマシかもしれない


だが、その予想は即座に覆される いや、ある意味当たっていたかもしれない。


開けた途端、刃のようなものがこちらに飛んできた。

しかし未熟。直線的過ぎる刃は鋼蜘蛛の糸よりも容易く捉えられる

単にレベルが上がり前よりも感覚が鋭くなっているのもあるだろうが、ナイフを刃の軌道の下から切り上げ逸らさせる。

かなり難易度の高い技だが、鋼蜘蛛の速度に比べればまだぬるい。

襲いかかった刃は獲物を仕留められなかった事を悟り、手元へ帰る

今の刃は確かに鋭いが、この使い手はそこまで使いこなせていないか、威嚇のつもりだったのだろう。


しかし待てよ、延びる刃、そして蛇のようにしなる形状…  ミライの話の中で非常によく似た武器が出てきた気がするのだが…

「いきなりのご挨拶だな、初対面の人には刃を向けろと教わったのか?」

まずは軽口で様子を見る、すぐに姿を現すのはまだまずい

「ひっ…な、なんだ冒険者か…」

返事がある、つまりはまともな思考を持つ人間ということか



松明を持ってゆっくりと姿を現す。

ボスのいる部屋と言うこともあり、中はホールのように広々としていて、初めて定期探索に行った洞窟の奥より一回り大きい。おまけにちゃんと松明が付いているお陰で意外と明るくなっている


そして剣の主は中央に立っていた。足元に約1m程度の巨大な蜘蛛の亡骸があることから、恐らくは先を越されたのだろう。ダンジョンの探索は特にルールなど設けておらず、早い者勝ちで死んでも自己責任となっている、これがダンジョンをギャンブルたらしめる要因なのだが


外見は颯馬と同じくらいで、褐色のローブを纏っているため暗闇と相まって顔はよく見えない。

中性的な声だが、口調からして恐らく男性だろう。

しかし注目すべき点はそこではない

彼が持っている剣、あれは間違いなく


「黒刀「夜空」…あれは確か全体にヒビが入って修復不可能とか言ってなかったか?っていうか先越されてんじゃん骨折り損じゃんアゼルバイジャン」

「ええ、しかし壊れかけでもアーティファクト。「ウロボロス」の名を冠する通りに周囲の魔力を吸い上げこの十三年間の間に自己修復したのでしょう。というか韻を踏むな」

「何でもありだな…」


「先程はいきなり攻撃して悪かった、何しろ止めを刺した瞬間だったからな。焦ったよ

俺はアーリア。アーリア・モルゲン」

「葛城颯馬だ、このパツ金がラフェル、青いのがレガス、ちっこいのがミライだ。」

「ちょっ!!私達の説明雑すぎません!?」「青いの…」「ちっこいの…」

「…とまぁこんな感じだが冒険者をやっている、よろしくな。」



自己紹介を終えたところで本題に入る

「ところで、一つ質問いいか?」

「どうぞ」

「お前その剣、どこで手に入れた?」

「っ!!」

一瞬冷や汗を感じる、まさか地雷を踏んだか? しかしまさかな、まさかだ。

いや、確実にそうだと思うが

「拾っただけだ、偶然な」

「そうか、何分今の攻撃方法に少し引っかかるところがあったんだが、まあいいか。」

「あのー…わたしからもいい?」

「ん?いいが、お前中々度胸あるな。」


「「モルゲン」って、おじいちゃんが明登お兄ちゃんのお嫁さんの前の名前だったって…」

殺意、明確な殺意を感じる。やはりアーリアは前勇者と何か関係がある。

っていうか前勇者既婚者だったのか…初耳だぞ。その名前を名乗っているということは恐らく前の名前はあまり有名では無いのだろう。

「あ、おいミライ、多分お前今物凄い地雷踏んだ気がするぞ」



「その名を口にするなぁぁぁぁ!!!!!」

鞘から剣を抜き斬りかかってくる。

黒刀「夜空」は「ウロボロス」で構成されており、現代の最高級のアダマンタイトやヒヒイロカネですら太刀打ちできない硬度と切れ味を誇る。正面から受けるのは間違いなく無理だ


であれば躱すに限る

「シッ!!」

刃が欠けない様にナイフの裏側で「夜空」の腹に当て軌道を逸らす

中々に重い衝撃が襲う、レベルは大体30前後というところか。幸いにも剣士や騎士といった戦闘系の職業の戦闘スタイルのため速度と正確性に欠けている


何度も振り下ろしてくるが、躱すだけなら鋼蜘蛛で経験している、あちらより速度も戦略性も無い攻撃だ、捌くのは容易い。

ただ剣の腹に当てるだけ、普通の人間では白刃取りと同じくらい難しいかもしれないが、あいにく俺は速度に特化した盗賊だ、こういう精密な戦闘にはボーナスが入る

まぁステータスの差で結構腕がしびれるんだがな、これが。

あとできて10回ってところか。


「落ち着けよ、お前の過去に何があったのかは知らないが、それを俺にぶつけたとしても何の解決にもならないぞ」

「うるさい!!!黙れ!!!黙れェッ!!!」

更に攻撃が加速する、怒りに任せた攻撃で軌道も読みやすいが、如何せん対処には神経を要する。

またここはまだダンジョンの中だ、いつ魔物が押し寄せてくるかわからない。こういうのは奇術のエキスパートにお願いするに限る


「ラフェル、頼むぞ」

「途中からは自分で蒔いた種でしょうが…

「憤怒」の心はサタンに通ず。「神の子」の名のもとに命ずる、主に背きし原罪の悪魔よ、速やかにセフィロトより立ち去るがいい」


詠唱を終えた瞬間、突撃するアーリアの体が吹き飛ばされる

憤怒に心を囚われた者に対してのみ発動する七つの大罪をベースとした術式。

何とか体制を立て直したが、胸の辺りに来た急な衝撃は、肺と心臓を押さえつけ酸欠状態を引き起こす

「はぁ…はぁ…」

「冷静になってください、まずは、あなたの過去を話してもらってもいいですか?」

「ああいいだろう!!あいつは俺を捨てていきやがったんだ!!残された母さんも奴が仕留め損ねた魔王の部下に殺された!!!全部あいつのせいだ!! ガハッ…ㇵぁ…はぁ…」

胸を押さえて軽く血を吐きながら叫ぶ 血管がどこか切れたのだろう。と言うことは剣士か、それか天職か。


「(おい、前勇者って失踪したのか?)」

「(ええ、魔王を倒し結婚した一年後…でしたっけ。この世界の人間は魔物の存在により発育が早いんです。ちょこっとだけね。だから失踪したのは恐らく彼が二、三歳ぐらいの時だったのでしょう。)」

「(ふ~ん…ならこいつは体は十五だけど中身はまだ中学生なのか…ん? それ普通じゃね? というかはよ言えよ…)」

「(だって聞かなかったじゃないですか)」



「はぁ…いいだろう。なら人生の先輩として一言だけ言っておく。

誰かのせいにするのは構わないが、得られるものは何もないぞ。そんなに元気があるなら、王都にでも行くんだな。俺もあまり知らんが、こんな田舎よりかは楽しいだろ。」

息を詰めた。しかし核心に迫った言葉も今の彼には意味を成さない。まだ憤怒は潰えていないのだ

「っ!!!……黙れ…見下しやがって……どいつもこいつも!!!

殺す!!俺を見下す奴も、あいつを勇者だの英雄だのとほのめかす奴らも全員殺してやる!!!!」


ジャキッという音とともに「夜空」が展開する

ラフェルの話の通りなら、あの鞘は魔力で出来た奇跡を弾く つまり攻撃は近距離もしくは不意打ちでなければならない


「セットアップ!!後衛、詠唱準備!!俺とレガスで引き付ける!!」

「はい!!」「了解です」「うん!!」

パーティを展開させる 向こうが明らかに戦闘態勢に入った以上こちらも応戦しなければならない

ここからは殺し合いだ


「死ね!死ね!死ねぇぇぇ!!!」

魔力によって展開されたそれは、不規則な軌道を描いて迫ってくる

向こうが操作できる以上防御は不可能 ならば

「ミライッ!!最短の奴を頼む!!」

「わかった!」

人差し指を突き出し親指を上げ、残りは握る

子供がよく遊びに用いている「銃」のジェスチャー しかし「銃」の存在を知らない人間に対しても、これは効果を発揮する。

「指を指す」ことに意味があるのだ


北欧神話で用いられる呪い「ガンド」

これは指で指すことで相手を呪う簡易的な呪術の一つなのだが、最上級まで突き詰めれば「フィンの一撃」という物理的破壊力を伴う強力な一撃へと変化する

しかしミライの魔術はまだ基礎段階であり、高速詠唱と大量の魔力という才能を持ってはいるが、魔術そのものは特筆すべき点はまだない

しかし、効果が発動さえすればいい


指をアーリアに向け、魔力で形作られた黒い塊のような呪いを発射する

それ自体に効果は殆どないが、気を逸らすという点では十分だった

「!!」

「夜空」の刃片でガードするが、刃の軌道が変わり隙ができる

「<ステップブースト>!」

獲得したスキルポイントで、念願の【任意:瞬間飛躍ステップブースト】を習得した。

<ステップブースト>は盗賊の任意スキルツリーの最後の項目で、<ピアッシング>や<投擲>等の攻撃系のスキルが前提条件となる。なお、盗賊たらしめる<アイテムスティール>はまだ習得していない。

いくらスキルポイントがあるとはいえ常時スキルツリーの方にも割り振らなければいけない為そちらの方は余裕が無いのだ


「くっ…!」

アーリアが後方へ飛ぼうとする 再び刃片の射程距離に入るが

「次!!一秒以内の奴!!」

「我は祈願する、捻れよ世界 Twist,I'm order」

二小節の詠唱 かかる時間は僅か0.5秒

世界をミリ単位で歪曲させ、疑似的な瞬間移動を可能とする

世界の在り方そのものを一時的とはいえ変化させてしまうため消費魔力は中々に大きく、二小節とはいえ僅かにミライの体が揺れる


「おわっと!? よし、レガス、上に弾け!」

「は、はい!<シールドバッシュ>!!」

後方で、魔力で加速した盾で、迫りくる刃片を弾く

しかし颯馬のように「見切り」に特化されていないレガスでは完全に弾くことは出来ず、盾に大きな傷ができる。貫通しなかったのは幸いだ


そして更に颯馬が接近する

「クソッ!!来るんじゃねぇ!!」

刃を一瞬戻し、再びこちらに振り直す

しかし腕の動きから軌道は読める。前転し刃を躱し、ついでに落ちていた石を拾う

「これでも喰らいな!! <投擲>!」

そして<投擲>で加速された石がアーリアへ向かう

ギリギリで躱したが、一瞬意識が他所へ向かい颯馬の接近を許す

「<ステップブースト>ォ!!」

更に加速し、胸ぐらを掴み壁に叩きつける。

そしてアーリアの首にナイフが迫り…




「なぜ止めを刺さない」

「別に殺してその剣を奪ってもいいんだが…俺たちは魔王城を目指していてな、仲間が欲しい。」

「えっ、そうだったんですか!?」「ちょっとー、きいてないよー」


「…」

「…」

「本当に?」

「どうだろう」


「それに、その途中でお前の殺したがってる奴に会えるかもしれねぇぞ。」

「!!!   …ふふ、それも悪くないかもしれないな。」

「だろ?だったら…」


「お断りだ。俺の目的は俺一人で成し遂げる、お前たちの手は借りん」


「えっ、ちょっとこれ完全に仲間になる流れだったよね!?何で!?

いやマジで頼むよ、このままじゃ戦力不足なんだって」

「自分でどうにかしやがれ!俺はもう行くからな!!」

「お願い待って~!!!」

先程まで首元にナイフを当てていた者のセリフとは考えられないひ弱な言葉をかける


「まぁいい、いずれお前たちとは会うことになるだろう」

「仲間になってくれないならメリットないからあまり会いたくはないけどな。

というか盾弁償しやがれこの野郎!!」

「お前ほんとに情緒不安定だな…」

「ええ、私もそう思いますよ」

「お前だけには言われたくないYO!!!この食いしん坊が!!!」


「ではさらばだ。」

ポーチから結晶のようなものを取り出し、砕く。

魔封結晶と呼ばれるもので、下級の魔法を砕くことで発動できる魔導具の一種だ。消耗品の為中々にコスパが悪く、サイズもそこそこの為肝心な時に取り出せなかったりするが、ソロの冒険者にとってありがたいことこの上ない。

今回の場合は町や村への帰還魔法<エスケープ>が封じられた、所謂帰還結晶というものだ。


光に包まれ、アーリアの姿が消える


「やれやれ…結局仲間にはできなかったか…というかあいつ男だったのか?

ローブ取れなくて顔見えなかったからわかんないけど」

「あなた本当に何考えてるのか全く分かりませんね、女性だったらどうする気なんです?」

「魔王城目指してるって本当ですか!?ちょっと!!初耳!!」

「ねぇねぇどっちー?」


「だーっ!!いっぺんに話しかけるな!!とりあえず鉱石とか回収して帰るぞ!!」



…と言ったはいいものの

「採り尽されちゃってますね…」

金欠の為ご飯もろくに買えず、ついでになけなしの食料もこの暴食野郎に殆ど吸い込まれて行っているため、そろそろ限界が来ていた。

「そんな~…収穫ゼロだなんて~…

元はと言えばお前があんなに食べなかったらこんなことする必要も無かったんだこのバカ野郎!!」


レディー ファイッ

「私はメガミですよメガミ様ですよ!!お供え物をするのが普通でしょうが!!」

「そのメガミ様は現在何の罪もない一般人の足を引っ張ってるんですけど!」

「メガミを下界に落としたんですよ万死に値します!!!!」

「テメェが毎回一言多くて煽ってくるからだろーがセキリュティぐらいしっかりしやがれ!!!!」


「もう許しません!! ミライちゃんちょっと杖貸してね。

温にして乾、続いて寒にして乾、二属性の調和を持って、我が眼前の敵を葬らん!!」

「ちょちょちょそれは反則ぅぅぅぅぅ!!!!! おわあああああああああ!!!」

放たれた溶岩の塊をギリッッッッッギリで回避する

後方で爆発が起こり、壁が溶解する

「ここ洞窟だから!!もうちょい威力抑えて!!」

「ふ、フンだ。」


改めて溶解した部分を見るが、少しおかしい。

「何か」が奥にある気がする。罠の可能性もあるが


「とりあえず何かないか確認してくる、十分間待っててくれ」

「わかった~」

こういうピリピリした時にミライがいてくれると助かる。


穴の奥、松明を持って照らす

生命の気配はない、しかし嫌な予感がする。

何かこの先に恐ろしいものがあるような…


が、特にそんなことはなかった。と思う この時はまだ

「行き止まり…か。はぁ…さっさと戻ろう、早いとこ次のクエストに行かないと…

ん?」

ふと足元を見る。そこには一枚の絵の描かれたカードがあり、下に英語で何か書かれていた




「んーっと…「Foreignerフォーリナー」?外国人のことか?まぁいいや、一応拾っておこう。」


――――――――――――

魔王城の最奥、地下空間。突如現れた聖剣により、魔力濃度が周囲の比ではないほど濃くなった空間で、その儀式が行われた。

六将が持つのは六枚のカード、それぞれ

剣士Saber槍兵Lancer魔術師Caster騎兵Rider暗殺者Assassin狂戦士Berserkerという名前と、それぞれの名前の通りの姿をした人間の絵が描かれている。

元々このカードは10枚あったらしいが、発見した時には既にこの6枚だけだった。

これも運命か。魔王様は既にこのカードとは種類の違う、数字と絵が描かれたアーティファクトを入手し、更なる次元へと手を伸ばした。

カードに込められた「想い」が流れ、紡ぐ言葉を理解し、唱える

疑似再臨インストール

そして、カードに秘められた力が現実のものとなる。

一人は聖剣に形は似ているが、正反対の色をした剣を持ち、漆黒の鎧を身に纏う

一人は青色のスーツを纏い、その手には棘のついた赤い槍がある

一人は十字型の仮面を被り、青色のマントを身に着けた奇怪な姿

一人は古代ローマの剣闘士のような鎧を纏い、その手には一振りのハルバード

一人は赤い頭巾と覆面で顔を隠し、黒い装束に身を包む

一人は荒削りの巨大な剣を持ち、雄々しい肉体を備える


――――――――――――

さらに別の場面


エレリス大空洞から脱出したアーリア・モルゲンは木陰で休んでいたが、岩陰に一枚のカードがあることに気付く

「「Avenger」?なんて読むんだこれ? にしても不気味な絵だな。これが人間だとしたら、相当エグイ殺され方だったろうな。

…とりあえず街へ戻ろう、クソッ、パツ金野郎め、結構痛ぇじゃねぇか…」


10枚のクラスカード。

残るは「裁定者」と「弓兵」。

その一枚はとある王様に その一枚はこの世界でもう一人「Foreigner」の資格を持つ者に

カードが持ち主を選ぶのではない。彼らの運命フェイトがカードを引き寄せた。


これより始まるは異世界を舞台としたとある儀式の再現。

資格者達よ、生き残れ。聖杯はとうに失われた。

勝者が手にするのは借り物などではない本物の聖剣。

勝者のみが次のステージへ進むことができる


これなるは魔王との戦いの前哨戦。

さぁ、ゲームを始めよう

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