第15話 初挑戦

「夢…か。」

こちらに来てから生きるのに精一杯で、そんなこと考えたことも無かった。もとより、あちらの世界でも毎日がサバイバル状態で余裕なんて無かった。

何度轢かれそうになったか、というか既に何度か車に轢かれ、その都度病院にお世話になった。

幸いなことに即死は免れたが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。


不幸の重なりによる死という不条理を突きつけられ、理解が定まらないままファンタジーな世界に飛ばされた。一応ラフェルの指針で魔王城を目指すことになったが、それはあいつの目標であって俺の目標ではない。


そういえばあいつは信仰心をエネルギーに変えるとか言ってたけど、なら何故俺をこの世界に連れてきた?

俺の怨念が他の世界に影響を与えるなんて言っていたが、本当にそんなことがあり得るのか?

あいつらは本当の事を隠しているかもしれない、今はまだ余裕がないが、いつかは問いたださなければ。


「おっと、明日はちょっとした遠征なんだったな。早く寝よう。」

そうして彼は再び苦境へ足を踏み入れる。



翌日、目的地への移動の最中

今日はジェニム村から東にあるエレリス大空洞へ向かう。


いわゆるダンジョンというもので、進めば進むほど出てくる魔物が強力になり、最深部にはボスと共に、そのダンジョンに住み着く魔物が奪ってきた金銀財宝や、長時間高密度の魔力に晒され後天的に魔鉱製になった武具などがある。


ダンジョンは言わば賭けであり、定期探索のように強力な魔物が出現しにくいわけでもなく、討伐クエストのように一定数倒せば帰れるわけでもない。途中で帰ると只のくたびれ儲けになってしまうが、最深部まで行くのは難易度相応のリスクがある。

ちなみに難易度は最深部の魔力密度に比例する。


そしてこのエレリス大空洞は比較的密度が薄めのため、中級冒険者の登竜門として挑戦する冒険者が多く、そこそこ有名なスポットの一つである。

「もうレベル17か…幾らなんでも飛び級しすぎやしないか?」

「そりゃゴブリン200匹倒すより糸吐き一体倒す方がよっぽど大変ですよ。」

「大変の計り方が違う気が…

ついでにステータスも上がり方半端ねぇな、最初は敏捷以外全部20くらいだったのに今はもう100に行きそうだし、敏捷に到っては120越えてるぞ?

…って、数値じゃ基準がよくわからんな。」


「あなた世界での平均男性のステータスが大体30くらいです、あんまり宛にならないですからスカウター的な感じで見てください。

で、技術を抜きに身体能力だけで図ると、軍人は全体的に100前後と言ったところでしょうか。単純な身体能力ではこちらの世界のインフレ具合は凄まじいですからね。技術を加味すると大体200弱の冒険者と互角といったところでしょうか。

ちなみに先日共闘したパーティは大体150前後、槍使いのおっさんは180前後ですね。なおカルネスさんは全体が2200前後、魔力、精神力は6000を越えています。前勇者の明登さんは全体が3500前後、筋力、精神力が4000くらいです」

「いやBAKE-MONやん」


「あなたは単に戦闘数が多いから上がりがちょっと早い程度ですが、明登さんは私の加護でバンバンステータスもレベルも上がりますし、カルネスさんに到っては自力でそこまで上げたのですからね。ステータスは努力の証ですからいかに彼が魔法の訓練を積んだかよくわかります。

大体レベル50の平均ステータスが1200程度、有名なとこだと1400とか行ってますね。

ここに各職業の得意不得意なステータスに倍率がかかってくるんです。例えばあなたの「盗賊」系は敏捷に補正がかかりますし、レガスさんの「騎士」には体力・耐久に、ミライさんやカルネスさんの「魔法使い」系には魔力・精神に補正がかかります。最初は微々たるものですが、後々尖りだしてくるので侮れません。


…とまぁ、大分話が飛躍してきていますが、ファンタジーなアニメや小説などで出てくる人たちが皆人間辞めてるのはそういうことです。

皆さん弛まぬ努力の上で、あんなえっぐい動きするんですよ。「魔力」という概念は、それほどまでに影響を与えるんです。

ま、数値上では何千とありますが、実際はせいぜい数十倍くらいが関の山ってところですかね。それに耐久力の限界も加わるので、「勇者」のように別の力が無ければ人間はそうそう辞められません。なので途中から技術がステータスを上回ってきます。」


話が終わったところで休憩に入る。いつもは村から遠くて1~2km辺りの森や洞窟などだが、今回は8kmほど離れており、一種のハイキングだ。

それにミライは外見通り体力は年齢相当なので、あまり無茶はさせられない。


「だああああああああああああっ!!!それは帰りの分だ!!今喰うんじゃねぇ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

ふふはいへふへうるさいですね!!ひひははほほひははひいいからよこしなさい!!!」

「もー落ち着いてください二人とも…」

「たのしいね、みんなでごはん食べるのって。」

「おいミライ、呑気な事言ってる場合じゃねぇぞ、こいつ一人で俺らの分全部食う気だからな!!

…あっ、テメェ!!保存食まで手を出すなああああああああああ!!!!」


結果、何とか餓鬼を取り押さえて事なきとまではいかないが被害の縮小は出来た。

こいつ目的を完全に忘れてるだろ…一生ここで暮らす気か。

わざわざ消耗品すらケチって高い魔法鞄を買ったというのに、こうもバカ食いされちゃ元も子もない。


移動を再開し、暫く歩くと泉を発見する。ここは山のふもとなので、恐らく下流だろう。

皮水筒の水すら飲まれたので補充することにした。なんでもこの世界の水には微量ながらマナが含まれており、細菌などはおらず、おまけに工業が魔法で代用され、科学が発達していない為産業廃棄物等も出ないので、かなり綺麗らしい。羨ましい限りだ。

「あ、そうだ。どうせ移動中に回復するんですしちょっと水筒貸して下さい。」

「少しでも飲むそぶり見せたらその首掻っ切るからな。」

「ひぇー怖い。」

水が詰まった皮水筒を受け取り、目を閉じる

「水は死からの生を意味し、全ての水は主の御加護を得る。主の名をここに示し、この水は救いをもたらさん。AAdonaiMEMelefNNeman

詠唱を終えた瞬間、皮水筒の中の水が輝き始める。まるで祝福と言わんばかりに黄金に煌く。

「本当は塩がいるのですが、土壌にNaとClが風化と堆積で運ばれてきたのでいつもの拡大解釈で同一視させてもらいました。皆さんが行う場合はちゃんと綺麗な部屋で、カバラ式のお祓いをして天使を降ろせるくらいのお膳立てを整えてからやりましょう。私との約束ですよ」

「誰に言ってんだ?そっちには誰もいないぞ?」

「コホン、とりあえずができました。普通の水は予備の水筒の方に入れておくので、水分補給はそっちで行ってくださいね。」

「はーい!!」

「(なるほどプラシーボ効果か。)」

(※聖水に物理的な医療作用はありません 効果の程は信仰の生活サイクルによって個人差があります)


道なりに進み、大空洞に到着する。書いた通りこのエレリス大空洞は中級冒険者への登竜門として有名で、道がしっかり整備されているため道中魔物の襲撃は無かった。その為最深部の財宝等は無いだろうと予想されたので、魔鉱石を持ち帰って売り捌くように魔法鞄を購入したのだ。


「さて…いくぞ…」

「お、おー!!」

「くらいよ~」

「あ、松明よろしく」

「仕方ないですね…」


松明で手元を照らしながら、地図を見る。

普通ダンジョンなどは、視覚情報を地図に反映させる<マッピング>という魔法を使って地図を即席で作成するらしいが、ここは何度も踏破されているので、そんなものが無くても地図は出来ている。


しばらく歩くと分かれ道に当たる。

「ここは、右だったな。   …っと、ようやくお出ましだぞ」

地図に従い右に曲がった所で、松明の光が二匹のゴブリンと数体のコウモリを照らす

コウモリの名前はケイヴバット、洞窟の複雑な地形把握の為に普通のコウモリよりも音波がより強力になっており、更に小動物等を餌にするために爪が発達し、野生動物から魔物に分類された。

このように洞窟で独自の進化を遂げ魔物になったものは、元の名前に洞窟を意味する「ケイヴ」が付く。

また、影に潜めるようにその体は黒く変色している。通常のコウモリは茶色が混じっているが、こいつらは爪と目以外真っ黒だ


光に気付き、襲いかかるゴブリン。

洞窟で生き残るために、道具に頼らず自らの爪を巨大化させたゴブリンは、ケイヴゴブリンと総称しても過言ではない。群れで行動する普通のゴブリンとは違い、生存競争に特化したケイヴゴブリンは身体能力がかなり強化されている。適正レベルは大体10くらいだ。

しかし五感が強化された颯馬はそれより早く動く

「そこっ!!<ピアッシング>!!」

右手に持ったナイフを素早く逆手持ちに切り替え、ゴブリンの攻撃の外周をなぞるように躱し、隙だらけの背後に<ピアッシング>をお見舞いする。

まずは一体

「ひえええええええ~っ!!!」

振り返るとレガスがゴブリンの攻撃を受け止めているが、案の定攻撃に移れない

ほんと何でこいつ冒険者になったんだよ… とりあえず放っておく訳にもいかない

「<ホークアイ>、<投擲>っ!!」

糸吐きを倒し、手に入ったスキルポイントで新たにスキルを習得した。

【任意:ホークアイ】。【常時:集中力向上】の視力特化版であり、双眼鏡顔負けの視力を獲得するほか、今回のように狙いを正確に定め<投擲>等の遠距離攻撃の精度を上昇させる使い方ができる。というかむしろこちらの方がメインである。


強化された視力で正確に放たれたナイフは、ゴブリンの脳天に直撃し確実に即死させる。

後はこのうっとおしいコウモリだけだ。

「ミライちゃんGO!!」

なんとか杖にルビーをはめ込み、詠唱する

起動Bigining!」

一小節だが、「賢者」から譲り受けたルビーは依然として最高級のもので、詠唱数が少ない魔術では魔力の流れをコントロールできないミライでも十分な性能だった。

杖の先端にはめ込んだルビーから炎が噴射される。さながら火炎放射機だ。

さらに「杖」は四大元素の一つ、火属性の象徴シンボライズ武器アイテムであり、火属性魔法を得意とするエイゼル家と非常に相性が良い。

大半の魔法使いが杖を持つのも、殆どの冒険者の得意属性が火属性ノーマルであることから来ている。また杖は魔力の指向性を決定するのに役立ち、魔法・魔術の難易度をより簡単にするため、かなり重要なアイテムである。

焼かれて真っ黒に焦げたコウモリが落ち、灰になる。

ラフェルの時もそうだが、一発で灰にするにはまだ精神力が足らないようだ。


「ふぅ~…やっぱり難しいな~」

「初めのうちはみんなそういうものですよ、何度も唱えて、コツを掴むんです。練習あるのみ!ですよ。」

「うん!」



突き当りにある階段を下り、すぐに会敵する。

ケイヴスパイダー、粘着力の高い糸を吐きだし、引っかかった獲物に麻痺毒を注入しじっくりといたぶる全長50cm前後の巨大な蜘蛛。ちなみに鋼蜘蛛は全長2m。毒はポーションで解毒が可能だが、全身に回る前に飲む必要がある

それが四匹、壁と天井を這って襲ってくる


「レガスっ薙ぎ払え!!」

「はぃぃ!!<シールドバッシュ>ッ!!」

完全防御寄りのスキルツリーだが、ミライと話して勇気が出たのか珍しく攻撃のスキルに振り分けた。

巨大な長方形の盾、タワーシールドの薙ぎ払いは全長50cm程度のケイヴスパイダーを難なく吹っ飛ばす。

「後ろ二人頼むぞ!!」

「行きますよ、考えるのではなく、感じ取って。

四大元素の一つ、温にして乾をここに示す」

杖を借りて、火属性の外面魔術を詠唱する。そしてミライの手を手首に置き、魔力の流れを感じ取らせる。

「基盤」という世界が定めたルールに乗っ取り、自身の小宇宙を再現する内面魔術だが、その根底にあるのは「エーテル」、即ち魔力で神秘を再現するということに変わりはない。

そしてラフェルの体は特化させたものではない為魔術回路は流れていないが、カルネスの研究によってミライに流れた回路は正確に魔力の流れを掴む。

言葉で言い表せないような不思議な感覚が包んだ。まるで世界そのものと繋がっているような…


咄嗟に一匹は避けたが、残りの三匹は気付くのが遅れ灰になる

そして残った一匹も颯馬のナイフによって敢無く絶命した。


「何か呆気ないな、もっとこうわちゃわちゃしてるのかと思ったが」

「何せここ中級冒険者の登竜門ですから、あんまり難しくされてもと困りますよ。

本格的な局地戦闘や技術習得はここからなんです。


な ・ ぜ ・ か あなたといるとやけにレベルに合わない奴らと出会うだけで」

「昔からこういう不幸体質ナンデスゆるしてください」


「このバカは置いといて、どう?大体わかった?」

「う~ん、やっぱりむずかしい」

「そうだよね~一朝一夕で身に着けられるものでもないし…

王都にある魔法専門の教室にでも行きますか。」

「あれ?ジェニム村にも訓練所ありましたよね?」

「あれはそこまで手取り足取り教えてくれるわけじゃないんですよ、自主練習でたまにちょこっと教えてくれる程度です。この子の場合はマンツーマンでお願いしたいので、そういう個人個人の専門所はやっぱり王都にしかなくなっちゃうんですよ。」

「なるほど~」


瞬間、何かを察知した颯馬が上を見上げる 【常時:集中力向上】の副作用か、第六感まで強化されているのはありがたい

「っ!!上だッ!!!」

咄嗟に前方に転がり手ごろな石を掴む

「それっ!!<シールドバッシュ>!!」

上から落ちてきた何かをタワーシールドで弾く。カンッという軽い音とともに吹き飛ばした感覚

それは、先程灰にしたそれとよく似ていた。

暗闇の中では聴覚が強化される、ましてや盗賊系は尚更だ。そんな中で洞窟に住むケイヴ系魔物がとった進化は、音を殺して移動することだった。


そもそもなぜ最初のケイヴゴブリンは松明で照らされるまで気付かなかったのか、次のケイヴスパイダーの時にも違和感を感じなかったのか。

本来なら大きさ相応の移動音を出すはずなのに。

「もしかして…」

恐る恐る松明を後ろにかざす

そこに待っていたのは…




数十匹になるケイヴスパイダーの大群だった





「ギャーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!(楳図か○お)」

「走 れ ェ !!!!」


先程落ちてきた一匹は足を滑らせただけなのだ。

壁から天井までびっしり詰まった蜘蛛たちが追いかけてくる

まるで黒い波が押し寄せてくるようだ。

「次の角は左だぁ!!!」

「まだおっかけてきますよ!!!」

「ひぇええええええええおじいいいいいいちゃあああああああんんんん!!!!!」

なおミライはそんなに早く走れないのでラフェルに抱えてもらっている

かわいい

「あっそうだおいラフェル!!水筒の中の全部ぶちまけろ!!!」

「正気ですか!?途中で水分切れでぶっ倒れますよ!!」

「今お前が持ってるのだけでいいから早くやれええええええええええ!!!!」

「ええいもうどうにでもなれーーーーーー!!!」

ラフェルが持っていた皮水筒の中身をこぼし、颯馬が持っている松明を近くに投げる。

黄金に煌く水が松明の光を反射し、暗い洞窟の中も相まって一層強い輝きを放つ


すると、突然蜘蛛たちが引き返していく 先頭の何匹かは気絶すらしている

「うわっ眩しっ…」

「これは…」

そう、今まで暗闇に目が慣れていた蜘蛛は、目の前に襲いかかる突然の光に耐えることができず、失神してしまったのだ。

ただでさえ松明の明かりを受けた颯馬達ですら目が痛くなるほどだ。普段から暗闇に慣れている蜘蛛はひとたまりもない。


「今ので聖水全部使っちゃいましたよ…勿体無い…」

「松明でも追い払うには限度があったからな… よっと、まぁ帰りは多分採った魔鉱石をどうにかすれば何とかなるだろ」

「めっちゃアバウトですね…」

「つ、つかれたぁ~」「こわかったよぅう~…」



休憩を終え、先に進む

地図に従い突き当りまで行くと、大きな門が待ち受けていた。

「この先にボスがいる、変異種や鋼蜘蛛のようなオーラを感じないから多分そこまでの強敵ではないだろうが、油断するなよ」

「ええ」「ガタガタガタガタ」「おっきぃ…」


「行くぞ!」

門に力を込め、ゆっくり開く。

ダンジョンの奥で颯馬達を待ち受けていたものとは…

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