第12話 決戦 前編

この夢を見るのは何度目か、忌まわしい、過去の記憶。


信じていたのに裏切られた。私はただ、神の御声を届けたかっただけなのに。

磔にされた、両手に杭を打ち付けられ、あの槍で刺された。

私は主の御心のままに、彼らに救いを与えただけだったのに


神よ、なぜ我らをエリ、エリ、見捨て給うたのかレマ、サバクタニ

――――――

体は既に朽ち、魂だけがこの世界に残った。

再び目覚めたのは何百年ぶりか。

■■■の手によって、新たな肉体を得た。

それは、私の復讐を実現するために十分な肉体だった。


憎しみを、ただひたすらに憎しみを。



――――――


ゆっくりと扉が開く、足を踏み入れる。

「ようこそ「勇者」、歓迎しよう。貴様だけは私自らの手で葬ってくれる。」

「それは有難い、正々堂々というのは大好きでね。気兼ねなくぶっ殺せる」

「ほんとに血の気の多い奴じゃ。前世何があったんマジで…」


「なぁ…今更だが、そのローブとらないのか?やりくくないか?」

「敵の心配をするのか、「勇者」は我ら人間の敵に対し慈悲は無い物だと思っていたのだがな。随分とお優しいではないか」

「あー…コイツ殺す相手の恐怖する顔が見たいだけじゃぞ、優しさの欠片もない。そんなんだからここまでついてきたの儂だけなんじゃよ全く…」



「…では、始めるとしよう。復讐劇の幕開けだ。<アビス>!」

突きだした右手の先から小型のブラックホールのような球体が出現する。

混沌魔法とは違う、純粋な魔力が生み出した「孔」。虚数的エネルギーの集合体であるそれは空間すらも呑み込み、正物質的エネルギー、つまり質量を持つ物質と相殺され後には何も残らない。

単純な魔力量で言えばカルネスですら足元にも及ばないかもしれない、その圧倒的魔力量と人間への憎悪という歪められたカリスマで魔物達を統べたのだ。


「起動!」

「夜空」に魔力を込め、刃を展開する。螺旋状に変形した刃片は正面から魔王の魔法に突撃する

あらゆる物体を吸い込む「孔」は刃片に触れた途端跡形も無く消え去る

魔力という空間に漂うエネルギーを用いて奇跡を起こす「魔法」というこの世界の法則は、「夜空」にも使用されているウロボロスという金属に対して非常に相性が悪い。

このウロボロスは「修正」というあらゆる超常現象を破壊し、世界の歪みを修正する。例外として大聖杯の無限にも等しい魔力をぶつけた時は砕けてしまったが、それこそ世界を破壊するくらいの魔力でなければウロボロスの前には無力に等しい。


「やはりその剣、魔力を打ち消すか。小癪な」

「お前の住んでるここにもよく使ってある素材だぜ。」

「フン…ならばまずはその老いぼれから始末するとしよう。<グラッジ・レイン>!」

床から無数の黒い塊が浮き上がり、カルネスに襲いかかる

勇者達に倒された魔物達の魂が、魔王に更なる力を与えているのだ。


「舐めるなよ小童が!<ソーラレイ・ビット>!」

カルネスの周囲に小さな光球が数個出現し、一つ一つが簡易的な<ソーラー・レイ>を放つ。簡易的とはいえ元々の<ソーラー・レイ>自体熱量を光線に集中させたかなり威力の高い魔法で、それを連続で放たれてはひとたまりもない。しかし、相手が魔王や六将ともなると、せいぜい<グラッジ・レイン>のような多段攻撃の対応程度しか使えないが。


全て撃ち落としたと思った瞬間、既にカルネスに魔王が接近していた。

「!! <インフェルノ・クランチ>!」

即座に発動するが、瞬間移動を思わせるような瞬歩についていけず視界の外へと消える。

「後ろだ!カルネス!!」

「な!?<ディスクラi…」

「邪魔だ。」

首根っこを掴まれ弾き飛ばされる。もはや吹き飛ぶという次元ではない

「馬鹿な!魔力の流れは無かった筈ッ ぐぅおおおおお!!!」

「それ以上やらせるかああああ!!!<エクセプト・スラッシュ>ゥゥゥ!!」

展開した刃が魔王に迫るが

「遅い」

先端の刃を繋ぐワイヤーを掴まれる。スキルにより強化された刃が音速を越えるが、それすらも捉える魔王の身体能力は規格外すぎる。

くいと引っ張られて前のめりになる


「くっ…」

「どうした?この程度か。大口を叩いていた割には呆気ないな。」

「舐めるなぁああああああ!!!」


一度ワイヤーを粒子に戻し、魔王の手から逃す。そして即座に合着させ手元に戻す。

鞘から引き出し、本来の刃で斬りかかる

展開された刃が掴まれた以上、近接戦闘しか手は無い。

「<インパクト・ブレイク>!」

パワーを重視した<スマッシュ>と、スピードを重視した<スラスト>を合わせた技。素早く、そして威力は絶大。魔力消費は<エクセプト・スラッシュ>の方が少なく、更にあちらの方が威力が大きいが、相手が音速の斬撃を見切っているとなると、接近戦で更に早い斬撃を繰り出すしかない。


そんなことは向こうも読めている。

たくましく鍛えられた悪魔のような腕は、軽く力を込めるだけで明登の剣を弾く

「なっ!!拳で!?」

「フム、思ったよりも頑丈にできているな。奴め、余計な事をしてくれる。」

「だったらこれで!!<エクセプト・スラッシュ>!」

前方に跳躍し、正面から剣を振り下ろす。一番体重が乗り威力が高い型だ、そして南大陸の全員の期待を載せた一撃だ。


だが、魔王の魔力の前には「期待」など関係ない。

「砕け散るがいい! <カオス・インジェクション>!」

混沌属性の魔法・スキルは最後に必ず吸収したエネルギー分に応じた威力の爆発を起こす。これを利用し混沌魔法に吸収させ、結果的に消費魔力に応じた爆発を利用する。

武器に乗せることで急激な威力の上昇を見込めるが、魔王はこれを拳に乗せた。

悪魔のような拳は、爆発的なエネルギーの増加により威力が跳ね上がり、正面からはじき返す。

あまりの威力に、「夜空」が欠ける。

そしてもう片方の手から無慈悲な一撃が襲いかかる、とっさに刀身と左腕で防ぐが、いくら聖遺物の鎧を付けているとはいえその威力は到底殺しきれるものではなく、確実に左腕の骨を砕く


そして腕に吸収されてもなお止まらないベクトルは、明登を弾き飛ばし壁へ激突させる。

「うわあああああああああっっ!!」

「明登ォっ!!グッ…ガハッ…」


「所詮人間などこの程度、この世界でも主が救いの手を差し伸べるような存在ではなかったのだ。

死ぬがよい勇者。闇に呑まれて消えろ。<アビス>!」


明登にゆっくりとブラックホールが迫ってくる。

意識が朦朧としているため逃げることもままならない

「う………く…そ…こんな…ところで…」

「明登おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


もう魔法では間に合わない、詠唱破棄ではあの威力の魔法は相殺できない。

なら手段は一つだ、明登を救えるなら例えこの身が犠牲になろうとも…!!!

「うおおおおおおおお!!!<微空間接続ショートテレポート>!!!!」

無理矢理空間を繋げ、明登の前に移動する。もうブラックホールは目の前だ、助かる術はない

「カルネス…?だめだ、やめろカルネスううううううううう!!!!」

―――――――

儂の残った魔力量なら相殺できるはずだ、これなら明登は助けられる。

ああ、これでいい。

王都に残してきた孫が心残りだが、あの子ならきっと強く生きてくれるだろう。




――――――――

朦朧とした意識の中、確実に自分に死が近づいていることだけははっきりとわかった。

もしこれを第三者が見れば、ほんの一瞬の出来事かもしれないが、今の俺にとってこれはとても長い時間に感じる。人間は死が迫ったとき、その意識が暴走し一秒がとても長く体感するそうだ。まさしくこれはその一例だろう。


ここまでか、と思った瞬間目の前にカルネスが手を広げて俺をかばうように立ちふさがる。魔力の流れを感じない。カルネスは自分を犠牲にするつもりだ。

だめだ、そんなことは。誰でもいい、神でも悪魔でも何でもいい、誰かカルネスを助けてくれ…!

誰か…!!







その時、一筋の光が差し込む。

「今までよく頑張りましたね。明登さん」


声がする。それも、だいぶ前に聞いた声だ。


ああ、よかった。助けは届いたんだな。


俺の祈りは、ちゃんと届いたんだな…


「ここからは、私もご一緒いたします。メガミとして、貴方を守る!」

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