第11話 前哨戦

「来るぞカルネス!予定通りグリゴリを頼む!」

「分かっておるわい!<カオスブラスト>!」

開幕の挨拶を叩きこむ。当然混沌魔法の威力は向こうも承知の上なので

「下らん! <カオスディッパー>!」

同じく混沌属性のスキルで対消滅する


「それじゃぁとっておき、見せてあげますわ!」「ええお姉様!」

「「Call起きなさい、My Babyかわいい坊やたち!」」

彼女たちの背後から大量の蝶が飛び出てくる

蝶魔術パピリオ・マギア」と呼ばれるこの"魔術"は、蝶の幼虫がさなぎから蝶へと羽化する時に、さなぎの中で一度溶けきってから蝶に姿を変えるという様に神秘性を見出した魔術。生物の肉体を材料に、別の生物へと変化させる。死体を素材として使える点は、死霊魔術ネクロマンシーによく似ているが、あちらが呪いに特化した魔術なのに対し、こちらは「変化」といういろいろなことに使うことができる。

無論、明登達が知る由は無いが。


そして、それは戦闘にも応用できるのである。


飛び出した魔力の蝶は明登の近くを飛び回り、一か所に集まったかと思うと急にその形を変える。

その姿は姉妹にそっくりであり、どこから運んできたのか短剣と鞭まで持っている。

おまけに二体同時に出現しており、見た目も変わらない為外見上での本物との判断は不可能である。


「何!?」

驚きで一瞬対応が遅れるが、「夜空」を展開し切り裂く。手ごたえはある

しかし、斬られた第三・四の姉妹は即座に蝶へと姿を変える。

死体から蝶を生み出し、蝶が集まり人へと姿を変える。この繰り返しであるが、行っていることはあくまで「変化」の応用の為、魔力消費は少なく一回の戦闘で使い切ることはないだろう。


「あははっ怖い怖い!」

「でも面白いですわお姉様!」


姉妹二人に加え分身体二人、四体で攻撃してくる。

「夜空」はウロボロスとやらで作られている為魔力を弾くが、近接戦闘では意味がない。また展開した状態では隙が大きく、本来の刀身を用いて戦うしかない。



一方明登の後ろ側でカルネスも苦戦を強いられていた。

火力が強すぎる魔法は防御に徹している明登を巻き込む形になり、発動できない。かといって生半可な攻撃ではグリゴリの防御を突破できない。


ここ魔王城は城というよりも間取りは屋敷に近く、非常に大きな大広間が連なる状態なので、複数の戦闘は同時に行うことが可能である。


「くっ、<インフェルノ・クランチ>!」

「甘い!」

しかし対象を絞るとその機敏さで避けられてしまう。いくらある程度の操作性があるとはいえ、グリゴリの速度にはついていけない。


本来の作戦ならば、室内で思うように戦えないオルテルロック姉妹を速攻で倒し、二対一でグリゴリを倒すといった感じだった。狭い空間でも戦える獣系の魔物が付いてきて多少は手こずるだろうという見立てだったが、姉妹の戦闘能力が明登が苦戦するほどだったとは。


「<ソーラー・レイ>!」

詠唱者の任意スキルツリーの中間あたりに位置する魔法、指先、もしくは杖の先から鉄をも溶かす熱光線を発射する。いわゆるビーム兵器に近いが、消費魔力も熱量相当なので接近された時の対処といった感じに使われるが…


「無駄だ、前後の動作で予測できる!<微空間接続ショートテレポート>!」

混沌魔法の空間を飲み込む性質を利用し、瞬間移動まがいの現象を引き起こす。


「<ギガスマッシュ>!」

「させん!<マナシールド>!」

剣の先に魔力を集中させ、強烈な一撃を叩きこむ<スマッシュ>系スキル、その最上位の攻撃。剣闘士で習得可能だが、この世界には技量次第で使えなくなるスキルは無い為、問題なく威力を発揮する。

カルネスの前に展開された魔力の盾はあっけなく破壊され、カルネスごと吹き飛ばされる

「ぬぅおおおおおおおおおおおお!!!」

「カルネスゥゥ!!!クソッ!!」

助けに行こうとする明登だが、姉妹+分身の四体で全方向から攻撃され、身動きがとれない


そして吹っ飛ばされたカルネスに向かってグリゴリが接近してくる

残りの距離目視10メートル、一秒も経たずに接近される。転移魔法は妨害魔法が効いている為使えない、奴が使った<微空間接続>の応用も組み立てまでの時間が長すぎる。


ならば、明登以外誰にも見せていない奥の手を使うしかあるまい。

どの道現状で使える儂の魔法では奴を倒すことは出来ない、ならば賭けに出るのも許してほしい。

「おい明登ォ、あれ使うぞ!」

「ミスるなよカルネス!俺もちょっと本気出すぞ!」

明登は姉妹の連撃を防ぎながら返事をする。

さて、反撃開始だ。


床にぶつかる寸前で身を翻し華麗に着地する。そして懐からあるものを取り出す。

それは、宝石だった。しかもかなりの高級品だ、天然ものの中では最上位といっても過言ではない。

紅に輝くルビー、透き通るように輝くアクアマリン、煌々と輝く琥珀アンバー、優しく輝く翡翠ジェイド


宝石というのは魔術という観点に置いては神秘その物なのだ、光を反射するその構造は魔力を貯め込みやすく、またカルネスが今まさに使おうとしている高級品、即ち地中の奥深くで何十年もの間その土地の魔力を吸収し続けたものは、宝石そのものに精霊が宿ると言われ、現代でもパワーストーンとして使われている。

秘匿が原則の魔術でも防ぎきれない神秘性、宝石というものは、それ程までに魔術にとって大きな存在なのだ。


元は新たな魔導具の作成時に、宝石を動力源として組み込もうとしたことが発端である。魔導具の動力源は普通「魔結晶」と呼ばれる魔力濃度の高い場所で長い年月をかけて結晶化される魔力の塊を使用するのだが、宝石の持つ魔力に目を付けたカルネスは、魔結晶の部分を宝石に変えて作成したのだ。

魔導具といっても千差万別だが、カルネスが作ろうとしていた魔導具は魔法使いでなくとも初歩的な属性魔法が使えるようになる「魔力増幅器」だった。

仕組みは単純、魔結晶をレンズ代わりにして使い手の魔力を反射・集中し、後は精霊の加護を付けて属性を付与することで、簡単な属性魔法(<ブレイズボール>や、<アクアブレイド>程度)なら放てるという仕組みだ。


そして魔結晶を宝石、もといルビーに変えて実践してみたところ…


宝石から爆炎が巻き起こったのだ。


当然、低品質なものではそんなことは起こりえないが、魔法を極めようと最高品質の素材を使用したからこそ発生した現象だ。

その威力はさながら詠唱者の放つ上位の魔法に匹敵し、一瞬早く気付き<エレメントホール>で吸収したからよかったものの、気付くのが遅れたら研究室は跡形も無く灰と化しただろう。

カルネスの得意な属性が火属性だということも重なり、宝石を用いた魔法の開発に取り組み始めたのだ。


話は場面へと戻り、そして初披露となる。相手は鉄壁の戦士、こちらは王都一の大賢者

相手にとって不足無し。

聖遺物の装備品、そして魔法で強化された剣闘士をも上回る筋力で宝石を投擲する

後は心の中で定めたあのワードを発するだけ。

Start up起動 開始


グリゴリは今までの魔法と同じように躱す、攻撃が何かわからない以上下手に防御するのは得策ではないからだ。

しかし今回ばかりは防御が正解だった。


左側に飛んだ瞬間、宝石に貯められた魔力が解放され同時にほぼ同じ空間に四元素が揃う。

そして先程示した通りカルネスの得意属性は火属性であり、対属性である水属性は彼の技量を持ってしても他の属性ほど威力は出ない。

ちなみに未来の話、つまり颯馬達の時代の話になるが、鋼蜘蛛と戦っていた冒険者パーティの一人であるダイクンは、いくつかの属性魔法を普通に使っているが、これはかなり希少な才能である。

本来得意属性は一つ、多くて二つなので、満遍なく使いこなせるダイクンは技量はともかく、特性はカルネスよりも優れている。だからこそローモスは属性調和という歴代の最強剣士達もほとんど習得していなかった稀有なスキルを持っているわけだが。


そして水属性が少なく、火属性が多いということは属性のバランスが崩れたということになる。そう、つまり混沌魔法が疑似的に再現されたのである。

しかも先に属性の配合を決め、正確に魔力の流れをコントロールすることで発動する本家の混沌魔法と、「同時」に「同空間」に「威力の異なる四属性の魔法(魔術)」を発動し、属性の乱れから混沌魔法と同じ効果を起こす今回の手法では、魔力調節がタイミングを合わせることだけで魔法の発動に魔力を注げる後者の方が、威力は圧倒的に高い。

その分少なくとも四人の魔法使いか、魔法(魔術)を発動させる別の何かが必要になるわけだが。今回は宝石がその役割を担っている

ちなみに四大元素を全て扱えたり、逆に何も扱えない奇才がこれを行うと、結果は全くの別物になる。


回避した直後に右側に大きな空間の歪みが発生する。それは向こう側で飛び回っている蝶を十何匹か巻き込んだ。

「何っ!?貴様まさか!!」

既に魔法は発動した、更なる回避は不可能

「そう、混沌魔法の再現じゃ、本家と言った方が正しいかの。タイミングを合わせるのがかなり難しゅうてのぉ、その分威力は折り紙付きじゃぞ、お主のスキル程度で打ち消そうなんて百年早いわい。」

「くそぉぉぉ!!<カオスデトネーション>!」

混沌属性の近接スキルの中で最強の威力を誇るカオスデトネーションだが、自前で属性を作っている時点で威力は知れている。相殺どころか、ダメージを減らすことすらままならない

そして一度吸収を許してしまうと、後は引っ張られるだけである。

「うがああああああああああああああああああああ!!!!」

「う~ん、受けた事無いからわからんが、やっぱり混沌属性は一番えげつないと思うな、儂も。」

本人の脚力もあり、運よく吸収されたのは右脇腹だけで済んだが、そこを中心として鎧は消滅する。さらに混沌属性と言えば吸収した後は爆発である。


「(全く、本当はこんな貴重なもの使いたくないんじゃけどな…ま、それはともかくこれで…)


 終いじゃ、六将グリゴリ・ミューザス。」



そしてカルネスが宝石を使うと同時に、明登も反撃に転じていた。

あらゆる方向から攻撃してくる姉妹、しかしわざわざ接近戦でくるということは裏を返せば遠距離の攻撃手段を持ち合わせていないということ。

ならば話は早い。

「<ドラゴンハウル>!」

次の手が来る前に一瞬早く剣を突き刺し、スキルを発動する。

<ドラゴンハウル>は、魔力の波で衝撃波を発生させ、周囲を吹き飛ばすスキルだ。当然魔力消費も多く、隙を突かれた時にカバーするための回避スキルといっても過言ではない。


「きゃぁっ!?」

「フィオナッ!!」

攻撃しようとした左ポニテこと妹のフィオナがもろに直撃し、吹き飛ばされる。

フィオネが受け止め分身がかばうように立つ。


まずは一転攻勢。

そしてここからはずっと俺のターンだ。

「夜空」を展開し、軽く人薙ぎする。まずは分身体を消す


短剣を持ったフィオナの分身体は何とか防いだが、鞭を持ったフィオネの分身体は反撃する余地も無く直撃する。妹に攻撃を当てさせてしまったことに動揺しているのか、分身体の動きが不安定だ。


「よくもやってくれましたわね!!もう容赦は致しませんわ!

Sleep眠りなさい,you areあなたはnails釘の子

Melt your 体を溶かしてbody,fry away飛び立つ時よ!」


舞っていた蝶の一部が一瞬溶けたかと思うと、次の瞬間には無数の魔力の針に形を変えた。

分身体と無数の針が同時に襲いかかる。またどちらも元は同じ魔力の蝶だからか、分身体に針が当たっても即座に蝶に戻り、分身体が針によって傷を負うことはない。

「本物の」使い手ならここまで分かりやすい言葉で繕う必要は無い。

そもそもこの世界に普通の蝶がいない以上さなぎになる生物も殆どいないわけで、その神秘性も当然ながら効力を失いつつある。

なんで普通の魔術ではなくピーキーな蝶魔術を教えたのか、介入者は目の付け所が悪いのかもしれない。


しかし、十三年後にその魔術は役割を果たしたのだが。


「そんなこともできるのか、面白いな。<マナジャミング>!」

だがそんなものは関係ない。本来ならば魔導士の任意スキルに存在する<マナジャミング>だが、勇者という天職はあらゆる状況に対応したスキルを習得できる。これもその一つだ。

強力な魔力の波で力場を乱し、周囲の魔法を無力化する。

<ドラゴンハウル>と同じく限度があるし、消費魔力もバカにならないが、魔導具や魔力を必要とする系の呪いも無効化できるし、何より使い魔との相性は抜群である。さらに、腐っても勇者だ。魔力量は超越者ほどではないが、詠唱者に匹敵する。必然的に効果量も上昇する。魔王との戦いの前の消耗は極力避けたかったが仕方がない。


魔王ならともかく、六将程度の魔力では太刀打ちできない。魔力で作られた蝶による分身体と針は、力場の変化に耐えられず自壊する。そして残されたナイフだけがカタンと音を立てて落ちた


「な…」

「驚いたか?勇者ってのはお前たちが思ってるより万能なんだよ。 <エクセプト・スラッシュ>!」

スキルで強化された「夜空」が、姉妹を薙ぎ払う

「キャぁァっ!!」




距離を詰める

「さて、それじゃぁそろそろ君達には…」


明登の顔が激変する。

「死んでもらわないと」

先程まで戦闘に集中していた真面目な顔が、いきなり笑顔に変わったのだ。

イキっているように見えるかもしれないが、これがやられると実際怖い。

実のところ、戦闘中も結構笑顔だったのだが…

「壊れるものほど美しい」とはよく言ったものだ。

何かを壊す時、彼はいつも笑顔だった。それが彼にとっての愛情だったから


これが明登が仲間がカルネスしかいない理由である。実力が近い冒険者とも何度か出会った、何回か一緒にクエストに行ったりもしたが、他に誰一人ついて行く者はいなかった。


彼は今、もの凄く自然で不気味な笑顔をしている。彼とて人間だ、善の面があれば、必ず悪の面がある。誰しもがもう一人の自分という仮面を持っている。そして、大きすぎる善は一度解放されると取り返しのつかない悪を生み出した。


笑顔、しかし前線で兵士たちを弄ぶ姿を見た彼の内心は怒りに満ち溢れている。

その為恐ろしいほどの威圧感、加えて自然すぎる笑顔に妙な安心感を感じ、それが更に不気味さを増している。


その不気味さは、あのグリゴリでさえも圧倒された。

「あれが…勇者人間だというのか…!?」

「冥途の土産に観ていくと良い。あれが、勇者とやらの中身じゃ。全く恐ろしい、あれならいっそのこと魔王と名乗った方がまだ理解できるわい。」

「(確かにこれは魔王様とはいえやられるとビビるよなぁ…まぁ無理だろうけど。あと多分俺も死ぬな、これ。とりあえず復活の準備だけしておくか。)」


「ひっ…ひひひっ…」

腰が抜けて立てない、いくら六将とはいえオルテルロック姉妹はあくまでも少女なのだ、当然恐怖を感じる。ましてや直接それを見せられたわけではないグリゴリでさえ戦慄した程だ、気絶していないのはほめるべきか、それとも…


そして、首元に「夜空」の先端が迫ってきて…




―――――――――――

「うーん、我ながら大人げないことしたかも。」

「今更じゃ、治すんだったら前世で治さんかいボケェ」

「ま、これであとは魔王だけだな、あの姉妹の散り様はちょっと不思議だったけど。まさか自分たちの死体まで蝶になるなんて。」

「恐らくグリゴリや他の六将と同じようにまた復活できるように保険をかけたんじゃろう、相変わらず用意周到な奴らじゃ。」

「保険か~、どんな感じなんだろ。遺伝子を元にクローンを作ったりとか?」

「いでんし?くろーん?何を言っとるのかわからんが、もう魔王のいる四階は目の前じゃ、気合入れろよ!」

「おうよ!」


北の大陸を制覇した魔王の世界征服の野望を止めるべく、明登とカルネスの最後の戦いが

今、始まる

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