第10話 勇者と賢者

―――それは、今から十三年前の話。

まだラフェルが「管理者」としてメガミの権能を持ってすぐのこと。




「朽ちろ。」

刃が展開し、魔物を薙ぎ払う。

そこには微塵の容赦もためらいも無く、魔物達にとっては天災そのものだった。

距離を詰めることは不可能、迎撃も出来ず、ただひたすら防御に徹するのみ。

背後に回ろうともお供の「賢者」がそうはさせない。


彼が持っているのはアーティファクト、黒刀「夜空」

刀身が真っ黒なこの片刃剣は、同じく発掘された専用の鞘に納め、動力源として魔力を注入することで

本来の刃が細いワイヤー状になり、活性化した鞘に新たな刃が生成される。そして鞘に彫られた12個の溝が分裂し、いわゆる蛇腹剣として使用する。

ワイヤーと化した本来の刀身部分は魔力を用いて自由自在に操ることが可能であり、その性質は鋼蜘蛛の糸に酷似しているが、アーティファクトは数百年前の代物なのに対し魔物の進化はごく最近の事なので、たまたま性質が一致しただけだと推測される。


また、自由自在に動かせるということは、その分の魔力制御を必要とするのでかなりの演算能力を有する必要がある。魔力の流れを起こすことは、意識を集中させ力を込めることと似ている為、体の一部のように扱わなければならず、これは魔導具の扱いに長けた魔法使い系の最上位職創造者クリエイターですら難しいと言われている。

実際戦闘で意識をよそに向けるということは自殺行為に等しいので、殆ど行った事が無いという方が正しいのだろう。



そしてこの剣の使い手である仰木明登おうぎあきとは、前回の位相の犠牲者、つまりラフェルの初仕事というわけだ。ちなみに彼は10年に一人レベルのいいやつだったらしく、颯馬のように不幸の常習犯ではなく本っっっっっ当に運が悪かった人である。ちなみに敵視した相手には若干サイコ気味になるが、怒ることは滅多になかったそうだ。非常にフレンドリーで、みんなの人気者だった らしい。

そしてその性格、転生者としての特典(このころのラフェルはまだあまり地球の文化に触れていなかったため、ステータスの大幅強化だけにとどまっている)、そして何より天職「勇者」から世界を救う勇者と崇められ、魔王討伐に勤しんでいた。

命の恩人である賢者とひょんなことからある墓で手に入れた「夜空」とともに。


「全く勇者様は怖いわい…儂なんて足元にも及ばんわ。」

「冗談言うなよカルネス、今でもあんたの方が強いよ。」

「煽てても何も出んわい、ひっひっひ…」


お供の「賢者」カルネス・エイゼルは王都一の魔法使いであり、冒険者だけでなく魔法の解析にも精通していた。まだ戦闘に不慣れだったころの明登を助け、その後魔力の基礎を叩きこみ、「夜空」を使いこなせるようにした張本人である。この魔力の扱いには王も目を引いており、第三勢力であり気まぐれでどちらかを支援する「北の魔女」を上回るほどらしい。


「出会った頃は儂に攻撃を当てることすらままならなかったというのに。本当に強くなられたものじゃ…」

「よせよ、照れるじゃないか。  …さて、そろそろ行くか。予定通りなら、もうすぐ魔王城だろ?」

「そうじゃ、そして六将の残りの三人。オルテルロック・フィオネ、フィオナ、グリゴリ・ミューザスがおる。オルテルロック姉妹は竜使い故、城の中ではその機動力を失う。儂がグリゴリの相手をする間にお主は姉妹を倒してくれ。グリゴリの硬さは折り紙付き、対軍魔法でも傷つかんとはいえ、儂にはそんなもの関係ないわい。」

「対軍魔法ですら傷つかないって、どんだけ頑丈なんだよ…ちょっとその鎧欲しいかも。 わかった。「期待」には応えなくちゃな。」


数分歩き、瘴気の森を抜けると魔王城に辿り着く。城門を前に、圧倒的な威圧感を感じる

「では、ノックでもしてやるか!<カオスブラスト>!」


魔法使い系の最上位一歩手前の詠唱者キャスターの常時スキルツリーの最後にある【常時:詠唱破棄解放】を習得することで、威力の低下と消費魔力の増加をコストに詠唱をカットできる。ちなみにカルネスのレベルは95である。「英雄」と称される上級冒険者の最低レベルが70であることから、彼がいかに強力な魔法使い、いや、魔法使い系の最上位職超越者オーバーロードであるかわかるだろう。

明登と違い地元の人間の為手に入る経験値が倍増することもなく、途方もない量の経験値を集め、何百回と魔法を放った彼は、颯馬・明登達の世界の、それこそまだ神と人が別たれていない時代。つまり神代の魔術師に匹敵しうる魔力、精神力だ。そんな彼でも蘇生魔法の実現は叶わなかったのだが。


そして詠唱破棄で威力が落ちてなお圧倒的な破壊力の魔法は、全ての属性を不均一に混ぜ合わせた「混沌属性」の魔力の塊を発射し、ブラックホールのように触れた物体を吸収し、最終的に大爆発を起こした。


「やることが派手だなー…」

「これだけが儂の取り柄じゃからのう、派手さはお主にも負けんわい。」

「さて、戦闘開始だ。」


まず襲いかかるのは魔王城の衛兵と呼ぶべき存在、「カオスナイト」。名前の通り混沌属性を駆使する魔物である。

<カオスブラスト>のように混沌属性の魔法はどれも強力で、触れるだけで爆発するニトロのような物質を発射する<カオスマター>、刃の軌道上にある物体を吸収しその量に応じた爆発を起こす<カオスディッパー>、そしてカルネスが使ったカオスディッパーの遠距離版<カオスブラスト>。

混沌属性の魔法・スキルは必ず名前に「カオス」が付く。まるで混沌のバーゲンセールだな。


そしてカオスナイトは耐久力が高く、<カオスディッパー>を主流として攻撃してくるため、近接戦闘はほぼ死と等しい。そのため後衛から強力な魔法で直接倒すか、足止めして前衛が一気に倒すという戦法が一般的である。


しかし、そんな強力な混沌属性の魔法を詠唱破棄で打てる魔法使いがいる時点で、一般常識はもはや通用しない。ある種の防御魔法及び妨害魔法が機能している為、魔王城内部に直接転移魔法で乗り込んだり、魔王城を数えるくらいしかない対城魔法で破壊するといった事は不可能だが、門が破壊された時点でお察しである。


ちなみに「対軍魔法」や「対城魔法」というのは文字通り軍隊や城塞を相手にできる魔法の事である。いわば格付けといったところだ。

例えば<カオスブラスト>、これは対軍魔法より一つスケールの小さい「対戦術魔法」、複数の戦闘を左右する魔法に分類される。他にも魔導士からの派生職である「召喚士サモナー」の任意スキルである【召喚:大天使アークエンジェル】や【召喚:不死鳥フェニックス】のような、単体で軍隊を壊滅できる魔法は対軍魔法に分類される。

そして最大で「対界魔法」という世界の存続、法則を左右する魔法が過去に発動したことがあるらしい。王都の学者達の間ではそれがアーティファクトの存在と深い関わりがあるとの見解を述べているが、時を遡る魔法も完成していないため、真実はまだ誰も知らない。


「<エクセプト・スラッシュ>!」

まず先に明登が動く。天職である勇者専用のスキル<エクセプト・スラッシュ>は、勇者に対するみんなの期待が力になるという非常に稀有なスキルだ。要するに勇者としての名声が上がれば上がるほど威力が上昇する、ましてや勇者の存在は既に王都にとどまらず、南大陸、つまり人間や人間と友好的な亜人、妖精達全員に知れ渡っており、その威力は剣聖の必殺の一撃をも上回っている。


「夜空」との相性も抜群で、蛇腹剣による不可避の攻撃は反撃の余地も無くカオスナイトに直撃する。

しかし、相手は腐っても衛兵、一発では倒れない。


「<インフェルノ・クランチ>!」

魔力の流れに精通しているカルネスは、新たな魔法を開発している。その一つがこの<インフェルノ・クランチ>だ。火属性魔法の最大級、対軍魔法に匹敵する<インフェルノ>を、魔力の流れをコントロールすることで一体の敵に掴み掛るように炎が動くことで、絶大な威力を誇る対人魔法に変化させた。


平原を一気に焼野原にする火力を制御し、エネルギーの無駄なく一体に向かわせることで、圧倒的な熱量

がカオスナイトに襲いかかる。自分達から仕掛けるつもりが「夜空」のお陰で不意打ちをくらわされ、回避もままならないカオスナイトは、成す術無くその業火に焼かれる。


そして恐ろしいのはここからである

「ムンッ!」

カルネスが指さしで魔力の流れを更に曲げることで、炎の鎖は更に奥に居たカオスナイトまで一気に焼き尽くした。

「うわっ熱っ!」

「おお、スマンスマン。指が滑ったわい」

「勘弁してくれよ…いくら魔力視認でさっきので最後とはいえ、ここ、敵の本拠地だぜ?」

本来魔法は放たれると術者の魔力制御からも解放され、物理現象に従って自然消滅するのだが、カルネスの「夜空」を解析して生まれた技術により、発動後もしばらく操作が可能な魔法が完成したのである。


階段を上り2階に上がる。ここは4階建ての城で、先程書いた通り外からの破壊、介入は出来ず正面突破以外入る手段は無い。

「これでも床が溶けてない。ほんと、頑丈な城だよなここ…」

「属性保護壁じゃろう。えーっと、確かウロボロスだったかのう。それを物理的に粉末状にして壁に練り込んだものじゃわい、ウロボロスの「修正」という魔法の無力化の現象を生かして、魔法を弾く壁を作ったんじゃ。ちなみに混沌魔法は他の魔法と違って孔の精製には魔力がいるがその後の爆発はただの自然現象じゃからろくな素材を使わないとぶっ飛ぶぞい」

「へー、じゃぁ、この「夜空」も?」

「そう、アーティファクトにもウロボロスが使われておる。相対的な数は少ないがの。

さて、おしゃべりはここまでじゃ。」


待ち受けていたのはカオスナイトの上位種、「マーダーナイト」が10体、そして魔法使いのアンデットであるリッチの最上位種「マスターリッチ」が3体

二種ともかなり珍しいかつ強敵で、マーダーナイトはカオスナイトが大量に魔力を吸収することで進化する。基本的にカオスナイトは魔力濃度が類を見ないほど高い魔王城にのみ出現しているので、マーダーナイトは比較的多く存在するが、マスターリッチはリッチの上位種であるエルダーリッチが数十年かけて魔力を取り込むことでようやく進化できる。おまけにアンデットであるリッチは基本的に死体の多い墓地にしか出現せず、当然ながら定期探索の範囲に入っている為、南大陸産はエルダーリッチすら存在しない。

その為北大陸でゆっくりと魔力を蓄えるしか手段が無くなってしまった。ある意味魔王という存在の被害者かもしれない。


そして飛んでくる一発一発が即死級の魔法。門が破壊された時点で既に勇者達の侵入は当然気付かれており、準備をしていたのだ。

「ほっほっほ、出待ちとは小賢しい!<エレメントホール>!」

<アブゾーブエレメント>の多様性に目を付けた時に考え付いた魔法、そして混沌魔法の応用でもある。

属性魔法を吸収するスキルと、周囲の物質を根こそぎ飲み込む混沌魔法の「孔」を利用し、「孔」が魔力によって物質を吸収するならば、その魔力に指向性を持たせることによって物質、つまり空間そのものを飲み込むのではなく、周囲の「属性」を飲み込ませた魔法。これは一度でも魔力が通された属性であれば全て吸収するため、属性魔法はもちろんの事、魔力をスイッチとした魔導具ですら吸収してしまう。


そして、魔法というのは概念的な存在である「精霊」(≠妖精)の力を借りて、魔力をカバーしてもらうことにより発動する魔法がほとんどの為、大部分の魔法が属性魔法になるのだ。ちなみにラフェルが初戦闘時に使った爆炎の魔術も、「精霊(天司)」の力を借りている為属性魔法になる。

魔法の詠唱に「○○(元素精霊)の加護を持って」とあるが、これは精霊の力を借りる為に必要なプロセスであり、詠唱破棄や略式詠唱で発動すると、威力が下がるのはこれが理由である。


なお混沌属性は厳密には「属性」そのものではなく、あくまで呼称なので元祖<アブゾーブエレメント>でも吸収できない。ましてや改良したとはいえベースが同じ<エレメントホール>ならなおさらだ。


過程上混沌属性の魔法になるため魔力消費は馬鹿にならないが、それでもかなりの魔法に対して有効な為、魔法戦ではカルネスに勝てる者は誰一人として存在しないだろう。 それが普通の魔法戦ならば。


「<インフェルノ・クランチ>!」

「あんまし飛ばしすぎんなよ爺さん!」

「馬鹿言えこんなの準備運動じゃわい!」


マスターリッチが<カオスブラスト>を放つが、「夜空」の「修正」によって無効化される。

その間に近寄るマーダーナイトはまずカルネスの魔法に焼かれ、それでも耐えるが<エクセプト・スラッシュ>で無慈悲に一蹴される。


向こうもただではやられまいと、マスターリッチが魔力を集中させて巨大な炎の玉を組み上げる

「カルネス、ありゃ「夜空」じゃ無理だぞ」

「分かっておるわい、少しばかり本気を出すとするか。」


超巨大な火球が発射される。その瞬間、素人ですら肌で感じられる程急激に周囲の魔力が吸い上げられる。そしてカルネスに溜まる魔力はたとえ魔力視認が無くてもその威圧感を漂わせていた。もうコイツ一人で魔王討伐できるんじゃないかなと思えてくる。

それがいかに浅はかな考えか、彼らは思い知ることになるのだが。


「おおおおおおおおおおお!!!サラマンダーよ我に至れ!精霊の魔力を持って現世を焦土と化さん!<アカシック・ノヴァ>!」

<インフェルノ・クランチ>など比べ物にならないほどの熱量により、周囲の酸素が一瞬にして消費され軽い酸欠状態に陥る。普通火属性魔法は魔力による超自然的発火のため既存の物理現象は通じず、それが着弾し発動者の制御から外れることで初めて物理現象として成り立つ。つまり周囲の酸素を吸収し始める。

つまり、まだ発射もしていない状態でここまで物理現象として存在するということは、あのカルネスをもってしてまでも魔力操作が不完全だという事である。

召喚士の上位職、魔法使い系の最上位職の一つである精霊使いエンジェルサモナーでも同じようなことが起こる。精霊、つまり概念に形を与え、偶像化するというのはそれだけで途方もない魔力操作が必要なのだ。少しでもミスがあると、周囲一帯が火の海になってもおかしくはないだろう。


凄まじい熱は、マスターリッチの魔法をいとも容易く飲み込みマスターリッチもろとも塵すら残さなかった。行き場のない熱は周囲の装飾を溶かし、魔王城の二階は見るも無残な焦げだけ残る空間となった。


「ほらよ、全く無茶しやがって」

「んくっくっ…プハぁーっ!いやーこれだから魔法はやめられん!」

「マナポーション全部飲み干しやがった…」

「いいじゃろ、どのみちお主は殆どスキル使わんくても済むし、殆ど魔力喰わんじゃろう。」

「そりゃそうだけど、せめて一本くらい残しといてほしかったなー」

「エリクサーなら残っとるから最悪それでええじゃろ」

「この前言ってた「体力から魔力を精製する」ってやつ?あれ難しいんだよ、ぶっつけ本番はキツイぜ。」

「やれやれじゃのう」


長い廊下と階段を抜け、三回に上がる。ちなみに魔王城とあるが、四階建ての時点から察する通り、どちらかといえば屋敷に近い。利便性を追求し、一直線に造った結果である。

本人(人?)曰く「小賢しい手など要らん、正面から叩き潰すまでよ」とのことだが。まぁなんにせよ道が入り組んでないというのは助かる。

カルネス曰く、ここには元々魔導具などが置いてある一種のダンジョンだったらしいが、魔王が現れてから全て撤去され、他のダンジョンに罠として回されたらしい。


そして三階には六将の残りの三体、グリゴリとオルテルロック姉妹がいた。

グリゴリは相変わらずフルプレートだが、前に戦った時とは魔力の量が違う。魔王の持つ膨大な魔力のお恵みを貰ったのだろう。巨大な図体に漆黒の鎧と長剣。更にその巨体に見合わない俊敏さと剣技。北大陸で「武王」と恐れられていた人間と魔族の混血児である魔人は、今もその強さを保っている。


そして二人。

オルテルロック姉妹、二人そろって全く同じゴシックな服装で黒髪のショートヘア―、違うところと言えば、姉のフィオネが右側のポニーテールなのに対し、妹のフィオナはその真逆といった所だろう。

前線で戦った時は竜種の一体の征緋竜ヴァーメレアドラゴンに騎乗して戦っていた。その戦闘スタイルは鞭や短剣、竜とのコンビネーションで攻めてくるものだった。ちなみにフィオネが鞭、フィオナが短剣を使う。


今回も獣型の魔物と一緒に来るのかと思っていたが、予想は大きく外れることとなる。


蝶が待っているのだ。しかも、かなり精巧に魔力で作られた。あれも「使い魔」の一種なのか?

「あれって…蝶!?「こっちは」ジャイアントバタフライしかいないはずだぞ!?どうやって…」

「ほう…予想じゃが、その祖先といったところかのう」


「蝶」という言葉に反応する、ジャイアントバタフライの姿しか知らないこの世界の人間は、蝶の姿を一目見ただけで判断することは出来ないため、明登が別の世界の人間であることが分かるのだろう。

「あらあら~、お察しが良いですね~ そして勇者、やはりあの方がおっしゃっていた通りですわ」

「どうしますお姉様?見たところ、何も知らなさそうですけど」

「関係ないわぁ、思いっきり楽しみましょう!」

姉妹に続き、グリゴリも戦闘態勢に入る。

「行くぞ人間。魔王様のご尊顔に預かりたければ、私達を倒して行くが良い。」


六将と明登達の戦い、魔王との前哨戦が幕を開ける

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