第9話 落ちこぼれの魔法使い

森の方で爆発が起こり、俺たちのパーティは急いで見張りのおっさんと爆心地と思わしき場所へ行った。

そこには一匹の巨大な蜘蛛がいた。

「どこからきやがった!」「橋の方の冒険者は何をしてるんだ!」

ヤバイ、普通の鋼蜘蛛はこんな爆発を起こすことは出来ない。つまりこいつは糸吐きである可能性が高い。


「とにかくやるぞ!最悪橋の奴らが来るまで時間を稼ぐだけでもいい!」

パーティがセットアップされる。俺たちのパーティは剣士ソードマン、騎士、魔法使い、回復術士という前衛と後衛がわかれているバランスのとれたパーティだ。

ちなみに俺たちの名前は俺こと剣士ローモス、騎士がニヒト、魔法使いがダイクン、回復術士がメレナ。

あとメレナ以外男だ。なのでよく他のパーティからメレナが姫と言われることがよくある


「直撃は避けろ!俺たちの装備じゃこいつの爪は防ぎきれない!」

「わかった!速度上昇、エンハ頼む!」

「シルフの加護を持って我が魔力を疾風と化さん!<ヘイストウィンド>!」「我が魔力を汝の力に体現せよ!<エンハンス>!」

魔法使いの加速魔法と回復術士の筋力強化魔法により、前衛三人が強化される


「よし、俺たちで奴の攻撃を抑える!おっさんはその隙に攻撃してくれ!」

「おっさんじゃねぇっつうの!」


ローモスが攻撃し気を引き、さらにニヒトが<任意:敵対心上昇>を使いさらに意識を向け飛びかかった状態で

見張り番のおっさん…もとい剣士の派生職槍使いランサーが接近し足の関節部を狙う。

皮膚など表面が硬い敵は関節部を狙うのは常識であり、そしてそのことはこの鋼蜘蛛も熟知していた。


真ん中の二本の足で槍を弾く。今ので槍が折れなかったのは突きを放つ任意スキル<スラスト>で槍自体が強化されたのもあるが、先に穂先に当たったため芯に爪が当たらなかったからだろう。

反動でよろけるが、槍を地面に突き刺し何とか持ちこたえる

「<ウォークライ>!」騎士の持つ任意スキル、魔力の鼓動を放つことで共鳴した味方の防御力を上昇させる

。しかしこれは気休め程度にしかならない

角度を調整して剣と盾で正確にパリイする、少しのミスが命取りだ。

後衛のいない方に鋼蜘蛛をいなす


戦闘が始まり三分が経過したが、鋼蜘蛛は傷一つない。

埒が明かないと思い、ローモスは鋼蜘蛛の特性を生かした策を思いつく

「ダイクン!炎魔法頼む!」

「奴らの皮膚は耐熱製だぞ!効くのか!?」

「アイツだって目はあるんだ、少なくとも隙ができる!」

「わかった、離れてろよ!

サラマンダーの加護を持って我が魔力を轟炎に体現せよ!<ブレイズボール>!」


ダイクンの杖先から放たれた火球は熱を推進力に変えて猛スピードで鋼蜘蛛に襲いかかる

その瞬間攻撃に使用していた足を全て下に向け、一気に後方へ跳躍する。

躱されると思いきや、その行動を予想していたようにおもむろにローモスが火球に剣を突っ込む

「<アブゾーブエレメント>!」


下位職のスキルツリーには派生職に転職するための条件として必要なスキルが存在する。例えば、見張りのおっさんの職業である「槍使い」は、【熟練度解放:-】という特殊なスキルが剣士・騎士のスキルツリーに存在し、これは剣以外の武器を使い続けるか、ツリーを進めていくと習得できるようになる。この熟練度を一定以上上げると、その武器を使用した際にボーナスが発生し、槍の場合に限り槍使いへ転職することができる。

武器の他にも、回復術士が調合師に転職する条件として【熟練度解放:調合】が必要だったり、魔導士が符術士アミュレッターに転職する条件の【熟練度解放:御札作成】があったり等、道具の作成等で解放、上昇する熟練度もある。


中でも異例なのがこの剣士が習得しているスキル【熟練度解放:属性調和】である。剣士が使ったスキルである<アブゾーブエレメント>という、属性攻撃魔法(ブレイズボール、アイスブレイド等詠唱の最初に「○○の加護を持って」とある魔法の中で、効果対象が敵の魔法)を吸収し、その力を武器に一時的に蓄えるといったもので、一度吸収したら魔法の要領で魔力を消費して放出しないと再吸収できず一定時間経つと消えてしまうが、一瞬とはいえ武器に属性が付けられる強力なスキル。

火魔法を斬りつけた直後に発動し、傷口を燃やして再生を防いだり、矢や投擲用の短剣に氷魔法を蓄えて敵の足元に放つことで足止めしたりと、色々と応用が利く。

ただし燃費が悪く、吸収に僅かだが時間がかかるため好んで使う剣士はそういない。

要するに燃費が悪くすぐに能力が解除されてしまい吸い込みに時間がかかるカービィと考えてもらえればいい。

これで魔法を一定量吸収すると解放されるスキルだ。


【熟練度解放:属性調和】を習得すると、この<アブゾーブエレメント>で武器によるが複数回吸収が可能となり、また長時間におけるストックが可能となる。さらにストックを同時に消費して、複合属性の攻撃が可能となる。例えば、火と水、風を統合させ火山の噴火のような強力な蒸気を噴出させることができる。

ただ、各属性の魔法は一つずつしかストックできない。炎(火+風)や雷(風+土)のような複合属性は別の属性として数えられるため、基本四属性+複合六属性+三重複合四属性+統合属性で最大15のストックを貯められる。ちなみに聖属性や混沌属性等の概念的な属性は基本属性とは異なるため、吸収できない。



だが、仲間の魔法職がいない場合は相手が属性攻撃魔法を使ってこなければ完全に使えなくなってしまうし、パーティを組んだとしてもタイミングが重要になるため高度な連携が不可欠になる。


しかし、平均レベル25のこのパーティにとって、そんなは事些細な問題である。吸収している隙は騎士が鋼蜘蛛の攻撃をギリギリで躱しつつ盾で強力な衝撃を与える<シールドバッシュ>でカウンターを与え、敵対心上昇も使い剣士に注意が向かない様にする。その間に回復術士は騎士と槍使いを回復し、魔法使いは前衛の強化魔法を切らさないよう重ね掛けする



そして吸収し終えたローモスが強化された脚力で一気に距離を詰め、鋼蜘蛛の顔に吸収した<ブレイズボール>を当てる

火球は見事に命中する、とっさに前足で防ぎ目を閉じたため目が干乾びることはなかったが、それでも一瞬の隙ができる

「今だっ!」


しかし、鋼蜘蛛が防御に回った時点で、彼らは「獲物」から「敵」へと変わっていた。

「<バレルスラスト>!」「<ハイスマッシュ>!」

弾丸のような速さで繰り出される突きと、<スマッシュ>の精度を高め、さらに威力が増した一撃はどちらも鋼蜘蛛のむき出しになった関節部を狙っていたが、途中で地面から飛び出した糸に阻まれる


ちょうど颯馬達が到着したところである。

「やっぱり糸吐きでしたか!」

「おいおいおいやべぇぞ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


「君達!来ちゃだめだ!ギルドに戻って応援を呼んでくれ!」

「それじゃドラゴンに水だろう!」

「(「焼け石に水」ですか、訳し方がヘタクソですね ってそんな場合じゃないですよ!)」


糸が急接近してくる、前衛が弾き飛ばされる

「えーいままよっ!とりあえず死ぬなよ!」

颯馬とレガスが前衛に加わり、後衛にラフェルが加わる


「騎士交代だ!ニヒト!後衛の防御に回れ!」

「了解だ!少し耐えててくれよお嬢ちゃん!」

レベル差が10以上あるが、向こうのパーティの騎士もといニヒトが攻撃と防御を両立させているのに対し、レガスは防御系スキルに全振りして、殆ど防御に徹している為耐久、防御力はあまり変わらないのである

まともに吹っ飛ばされた槍使いのおっさんは回復中、後衛の魔力ももうすぐなくなってしまう


「おい、お前のとこの後衛、属性魔法打てるか?俺は属性魔法を吸収できる、使うときは言ってくれ。」

「属性魔法…たぶんな。一応できると思うぜ」

「一応って何だよ一応って!?」


鋼蜘蛛が糸を吐くのをやめて、接近戦に切り替える。

「レガスはカバーを!ラフェルは強化系で頼む!」

「わかりましたぁあぁひぇぇぇぇええぇえぇ!!!」


いくら防御力が高いとはいえ、圧倒的なレベル差の暴力に耐えるのに精いっぱいだ。ましてやこの性格上攻撃に転じるのはほぼ不可能だろう。


「十字架に大小はあらず、全てに等しく神の御加護があらん。その形は剣、その意味は力、その属性は火、「神の智ミカエル」の加護を持って、罪深き悪を打ち払わん!」


偶像の理論。形が似ている物はその本質も似ているという理論を応用した魔術。ほとんどの魔術の基礎であり、かつこれだけで一つの魔術を完成させられる。


この場合は十字架を逆さにし剣とみなし、剣=ミカエル=力=炎という組み立てで、ついでに同じくキリスト教では蜘蛛=罪深い存在、悪の象徴と記されていることを利用し、「蜘蛛」という存在に対する特攻を付与した。結果周囲の剣がその形を維持したまま超自然的に発火し、蜘蛛に対して悪魔に対する銀のように、某○せんせーに対する専用素材のように触れるだけで酸を浴びたように溶けさせることができるようになった。


「サンキュー!」「おわっ!?何だこれ!?」

一度背中…ボロボロの制服越しに血の十字架で似たような魔術により短剣が光り、刃に触れたオークの皮膚が消えるといった現象を目にした颯馬は魔術という超常現象を「いつもの事」だと認識できてしまっているが、この世界の法則にのっとりスキルや魔法で超自然的現象を起こす彼らは、目の前の出来事が理解の範囲外になっている。

もしこの場に<魔力視認>を取得した魔導士がいれば、魔力の流れから魔術と魔法は本質的に同じものだということがわかったかもしれない。


しかし、いくらクラススキルにより体力と魔力が持続的に回復するとはいえ、ラフェルのレベルは未だに1であり、当然魔力も少ない。加えてアーティファクトや聖遺物もない現状、ラフェルの扱える魔術は非常に微弱なものとなる。せいぜい効いてもゴブリン程度だ。


幾ら触れるだけで溶かせるとはいえ、鋼蜘蛛の皮膚は硬く、更に隙を見ては糸を吐いてくる。

蜘蛛の糸を切る術式も無くはないが、それ相応のデメリットも存在するため簡単には使えない。また、魔力の回復速度もまちまちのため、あまり無駄使いはできない。


「ふぉ、<フォートレス>!」

【任意:障壁フォートレス】魔力で障壁を生成し、防御力を上昇させるスキルを発動する。

圧倒的なレベルの前では気休め程度にしかならないが、それでも爪による盾の貫通を防ぐことができる

颯馬の短剣は鋼製だが、レガスの盾は魔鉄製にしてある。わざわざ身を絞って買った盾だ。まぁいくらなんでも相手が悪すぎるが


「シルフの加護とノームの加護を持って、二種の属性を統合する。我が魔力を雷鳴の光へ昇華せよ!<サンダーボルト>!あと2分持たせろ!」

「了解!<アブゾーブエレメント>!」

レガスが注意を引きつけ、その間にローモスがダイクンの放つ属性攻撃魔法を吸収し、

「我が魔力を癒しの光へと昇華せん!<ヒール>!」

メレナがレガス、ニヒトを回復する


「あと2分で切り札を使う!それまで耐えてくれ!」

「「「了解!」」」



軽く言ってくれるが、前衛職と言うのは常に命懸けである。

皮膚の硬度から予想される重量ではありえないアクロバティックな動きから繰り出される連撃。 通常の粘性の糸を木に巻き付けて遠心力を用いた回転攻撃。

すんでのところでパリイを決めるが、それでもかわしきれずに余波で確実に傷を負う。

【常時:集中力向上】のお陰で命拾いしているが、その分余波の傷だけでかなりの痛みを感じる

二人がかりで回復している為多少時間稼ぎにはなるが、もってあと10分といったところか

橋の向こうの中級冒険者達はまだ来ないのか。


たった2分が永遠のように感じられたが、ついにダイクンの魔力が溜まる

「ウンディーネの加護を持って我が魔力を水流の剣へと体現せよ!<アクアブレイド>!」

杖から放たれる水の剣は、刃の部分が激しく脈動し、まるでチェーンソーのようになっている。いくら水とはいえ、魔法として使うと単発式高水圧カッターに進化するのだ

そしてそれをローモスが吸収する。

水剣と高圧電流、二つの魔法が吸収された。


「全員離れろ!!! でかいのいくぜ!<エレメントバースト>!」

吸収し終えたタイミングで号令をかけ、前衛の3人が一気に距離をとる

そして<アブゾーブエレメント>の真の使い方がこの<エレメントバースト>である。


本来<アブゾーブエレメント>単体では、せいぜい吸収した魔法を打ち返したり、フェイントをかけて躱した直後に放つといった使い方が限度だったが、【熟練度解放:属性調和】を一定以上上げると解放されるスキル<エレメントバースト>により、前述した複数のストックを一気に放つことができる。また、対属性(火と水、土と風)による競合も起こらない(本来対属性がぶつかると、競合が起こり威力の弱い方は打ち消されてしまう)ため、習得難易度の高い複合属性魔法を無理矢理再現することもできる他、特定の組み合わせによって、触媒の剣を代償に恐ろしい威力を発揮することができる


<エレメントバースト>によって、ローモスの剣から同時に水の剣と雷が出現する。

鋼蜘蛛は糸を吐いて防御姿勢をとったが、その行動は甘かった。

水と雷。ダイクンがいろんな属性魔法を満遍なく習得しているため、<エレメントバースト>の使い方は王都の冒険者達より詳しいかもしれない。

普通は水を先に撃ち、後から雷を付け足すことによって感電を狙うという考えに至るだろう。しかし、手持ちの魔法であらゆる組み合わせを検証したローモス達は、以前あることを試していたのだ。


それは偶然にも雷属性を解放しながら振った時、誤って手が滑ってしまった。その時高圧電流によって発生した磁場により剣は物凄い勢いで射出された。そう、言わずもがな超電磁砲の仕組みである。当然恐ろしい程の摩擦熱により溶けてしまったが、魔鉱石製の武器には関係ない。しいて言うならば、魔鉱石も伝導体ということだろうか。


そして、数ある組み合わせの中で現状一番威力が出るのがこの「水の「剣」」と「雷」の組み合わせである。いわゆる「液状被覆リキッドピープル超電磁砲レールガン」。本来ならば精密な演算により射出物の表面をコーティングする必要があるが、<アクアブレイド>は魔力によって剣の形を維持し続けるのでその必要は無く、二つの魔法で詠唱者クラスの魔法に匹敵する火力が出せる。

なお「液状被覆」の正しい呼び方は「Liquid proof」なのだが、リキッドピープルという魔物が存在するのでそこから名付けられている。 個体名であり、種族名ではない。

殆ど習得されることのない<アブゾーブエレメント>が、ついに日の目を浴びる時が来たのだ。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

剣を振るのではなく、投擲する。解き放たれた魔鋼製の剣は音速を越えて標的に向かう。

鋼の糸がどうした、そんなもの絶大なエネルギーの前には無力に等しい。

欠点として、属性魔法は属性を混合させる程消費魔力が掛け算で増えることだ。その為、三属性の<エレメントバースト>は膨大な魔力を消費し、ローモスは魔力の反動で気絶はしないが、しばらく動けないだろう。

だがこれで倒せてしまえば問題ない。



倒せてしまえば。の話だが。



全員が倒せたと思った次の瞬間、糸が襲いかかる。

颯馬が何とか弾くが、軌道を変えた一本によって腹部が引き裂かれる

「ぐっ… があああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

オークの突進を受けた時とはまた違った鋭い痛みが脳を襲う


本来盗賊は剣士や騎士が攻撃を受けてこそその真価を発揮する職業だ。ジェニム村の途中で襲ってきた盗賊団が異例なだけで、前衛がひきつけた敵の弱点を不意打ちして一気に倒すという戦法が普通なのだ。

当然防御力が低いステータスでは、高レベルの魔物の攻撃ではかなりの痛手を負ってしまう。ましてや痛みが倍増しているのだ。


鋼蜘蛛の方を見ると、遥か向こう数百メートルもの木々の穴の隣に、鋼蜘蛛がいた。しかしその皮膚は爛れ、足も左側が三本飛ばされている。

膨大な魔力消費による反動でローモスは動けず、後衛の魔力も殆ど尽きかけている。ラフェルのクラススキルでの回復も間に合わない。撃てて後一発だが決定打にはならない、頼みの綱のパントマイムによる偶像の理論の応用も鋼蜘蛛の速度には対処できない

ついでに言えば鋼蜘蛛は目があまりよくないので視力に頼らせるパントマイムはあまり効果が無い


ここまでかと思ったとき、どこからともなく一人の魔法使いのような恰好をした少女が飛び出してきた。

ゴ ブ リ ン を 引 き 連 れ て

「ひええええええええええええええたすけてぇええええええええ!!!!」


傷を負ったが苛烈さは健在な鋼蜘蛛も容赦なく襲ってくる。

後ろで糸の攻撃を防いでいたニヒトが対処する。

「こっちは任せろ!お前たちはゴブリンを!」

見張りのおっさんとともにゴブリンを片付ける

「さっさとくたばれや!<スラスト>!」「<ピアっシング>ぅぁ!」

流れ作業のようにゴブリンを倒す、とはいえ鋼蜘蛛の攻撃で既に限界に近い

颯馬に至っては呂律が回っていない。


「はぁ…はぁ…おいお前、魔法使えるか?」

息を切らしながら訪ねる。トレイン、魔物から逃げる際、周囲の魔物も引き連れて逃げる行為。まるで先頭車両に引かれる後部車両のようで、遺跡の中にある「列車」と言われるものからこの名前が付けられた。そうして迷惑をかけてくれた張本人のガキだが

「むむむむ無理ですつつつ使えません!!!!」

「「じゃぁ何でそんな恰好してるんだオラァ!」」

痛みと焦りで半ばヤケになる颯馬とおっさん。圧力が凄い。寧ろこれで泣くなと言うのは無理がある

「だ、だって家が賢者の家計でして…」


「いいから早くしろ!一人じゃ持たない!」

鋼蜘蛛の攻撃を一人で受けているニヒトも、防御に徹しているとはいえ流石に相手が強すぎる

「ええい、いいからお前なんか魔法使えるだろ!いいからあいつめがけて打てやオラァ!オラウータンの餌にしちまうぞ!」

もう発狂寸前である。思考はかろうじて言語を理解できる程度だ。

「ひいいえええええええええええん!!!!!!! ひ、ひひひひ…」



その少女は今にも泣きそうだった。

だが

「陽の煌きは潰えず、風は吹き止むこと無し。The sun is keeping shining, The breeze is never stoping.」


最初の一節を詠唱した直後、少女の雰囲気が一変する。

幼い泣きべそは、わずか一瞬でまるで準ずるペンのようにその内側を変えた。

「なっ!?」

あまりの豹変ぶりに、動揺を隠せない


そして別の視点からも動揺を隠せなかった

「内側からの魔力、それにこの詠唱は…まさか!!」

ラフェルは気付く。颯馬の世界で使われる魔術は宗教や伝説になぞったものだった。しかしあの少女が唱えているのはそんなものとは全く関係のない、まるで彼女の想像を表現しているようだ。瞑想の訓練を積み、自分の世界を確立させなければ使用できない魔術。威力には限度があり、個人の技術で神話級のものを扱うのはそれこそ伝説上の魔術師、大魔術師マーリンや魔女メディア、賢者パラケルスス並の天才にならければ使えない上、術者の感情によって威力が左右されるため準ずるペンとの相性が悪く、ラフェルは使ってこなかった魔術。


「影は消え、疑いなどもはや不要。The shadow has gone, The question is waste.」


「なんだ…これ…」

時同じくしてダイクンが呟く。同じ魔力を扱う職業柄だろうか、魔力の流れに少し敏感なのだが、それでもここまで魔力の溢れを感じることはなかった


「我が右手には炎、我が左手には嵐。I have the flame in the right hand, and I have the storm in the left hand.」


鋼蜘蛛は少女に糸を向けるが、間一髪でレガスの盾が弾く

人間より魔力に敏感な魔物は、魔法使いや回復術士を攻撃しやすい傾向にある

詠唱を開始してから3秒と経っていない、つまりあの鋼蜘蛛が警戒するレベルの魔力量なのだ。


「我は真実、地を這う獣よ、既に勝敗は決した―――! I am the order. Therefore, your defeat was determined―――!」


詠唱を終える。その時間約3秒 いわゆる「高速詠唱」というもの。極めれば魔法でも略式詠唱のような使い方ができる。<詠唱破棄>と違い、唱えるべき所は唱えているので威力の減衰が無い為使い勝手が良い。

そして魔術とは依存的現象だ、前提があれば結果は必然。

故に


鋼蜘蛛の周囲に炎の竜巻が立ち昇る

液状被覆超電磁砲(剣)によって機動性と耐熱性の皮膚を失った鋼蜘蛛は、成す術鳴く竜巻に呑まれ、

その体を焼かれる。

そして今度こそ、鋼蜘蛛はその命を散らした。

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