第8話 襲撃

その男は戦慄していた

今まで王都で魔王軍前線部隊掃滅クエストばかり受けて、退屈していたところ

気分転換に受けた定期探索で、久しぶりの強敵と出会ったからだ。


それは巨大な蜘蛛のような姿で、その皮膚は魔鉄製の武器すら弾くほど硬い。

さらにその重量で軽々と五メートル以上ジャンプする強靭な脚力、八本の足の先にある爪は魔鋼の盾鎧を容易く貫く鋭さを持つ。

通称鋼蜘蛛、推奨討伐レベルは50に匹敵する。



ちなみに魔鉄・魔鋼というのは魔力の密度が高い場所に長時間晒された鉱石が、その原子構成を変化させた魔鉱石の一種である。周囲の魔力を吸収し自動で修復・増殖するため武器や防具として非常に役立つが、高密度の魔力が漂っている空間はそうそうなく、手に入れようとするとどうしても強力なボスが存在するダンジョンの奥深くまで潜らなければならなくなってしまう。そのため、魔鉱石はそこそこ貴重な部類に入るのである。


魔鉱石のランクは低い順に魔銅、魔鉄、魔鋼、魔銀、魔金、魔金剛があり、魔金剛は魔鉱石以外の希少鉱石以上に価値が高く、通常の鉱石<魔鉱石<希少鉱石<魔金剛<聖遺物≦アーティファクトといった感じである。(希少鉱石とはミスリルやオリハルコン等片仮名で表記される鉱石の総称である)


アーティファクトとは過去に栄えたと言われる文明の遺産と呼ばれるもの、聖遺物とは過去のメガミ、つまり管理者がもたらしたと言われる様々な武具や道具の総称である。呼び方は聖遺物レリック

なお銅および魔銅は武器に不向きなため、魔導具の素材として用いられることが殆どである。従って装備の最低ラインは鉄製であり、颯馬が使っていたナイフのように、ギルドで初めて転職した時にもらえる支給品の武器は鉄製である。


今の俺の装備は魔鋼製の剣と鎧だ。鎧といっても肩を含めた上半身のみで、腕や足がむき出しである。中級冒険者の基本的な装備だが、王都育ちはもっと質が良い物を付けている。俺はレベル43の戦士ファイターで、山籠もりで修業を積んだお陰で同ランクの冒険者よりもはるかに戦闘慣れしている、鋼蜘蛛も倒せない相手ではない。一応少々の消耗品もあるが、基本的に使うことはないだろう。


この世界のレベル上げは、あくまで資金稼ぎのついでに上がっていくもので、安全な狩場やクエストを利用し上げていき、レベルが上がったら少しずつ難易度も上げていくといった感じだ。蘇生魔法が完成されていない現状、命の危険は極力避けたいためである。


しかし、中には彼のように金を稼ぐためではなく戦うために冒険者になった戦闘狂もいるわけで…


「そこっ!<ヘビースマッシュ>!」

魔力を一点に集め、強力な一撃を繰り出すヘビースマッシュ。剣士の任意スキルの<スマッシュ>の上位互換であり、戦士の上位職である剣闘士のスキルツリーを進めていくとさらに強力な<ギガスマッシュ>が習得できるが、あちらは消費魔力も多く制御が難しいため、ヘビースマッシュは丁度良い威力と消費で多くの冒険者から愛用されている。

しかも長年の経験により力の入れ方、剣の振り方を熟知した一撃は鋼蜘蛛の皮膚を切り裂く


はずだった。

カキンという金属音とともに弾かれる剣

「なにっ!?」

魔鋼製の剣、しかも先日手入れしたばかりで刃こぼれは無かったはずだ。一瞬嫌な予感がしたが、気のせいだろうと急いで思考を中断させる。

とりあえず急いで距離をとる、コイツ相手に接近戦はまずい。


鋼蜘蛛が飛びかかってくる

<ステップブースト>で脚力を強化し躱す。剣士の上位職である剣闘士は魔力が低く、無駄遣いは出来ない。

直感的に次の攻撃を感じ、剣で弾く。体を回転させ遠心力を利用した攻撃は、力をうまく流したとはいえ手に痺れが残る。やはり硬度が異常だ、普通の鋼蜘蛛は魔鋼製の武具ならそこそこの手ごたえを感じるのに、まるで鉄のナイフで岩を削っているような感覚だ。


だが上に弾いたことで足の関節が丸見えになる。消耗品の小型ナイフをすぐさま左手に持ち、短剣スキル<ピアッシング>を発動する。いくらレベルが低いとはいえ、下位職は全てレベル35、つまり最大にしており、スキルも任意スキルは魔法使い以外全て取得してある。

ちなみに魔法を使う気はないので、魔法使いのスキルポイントは全て常時スキルに振り分けた。スキルツリーは常時と任意に分かれているので、こういう使い方ができるのである。それでも魔法を使わないので魔力の上りが大分遅い。


グサッという手ごたえとともに、鋼蜘蛛の体が一瞬震える。<ヘビースマッシュ>とは違う一点集中は、関節部にある僅かな装甲を貫き、確かに傷を与えた。

「っしゃぁ!もう一発!」

鋼蜘蛛の反撃を姿勢を低くして躱し、控えている二本に気を付けながら関節部に向かってもう一度<ヘビースマッシュ>を放つ。

消耗品である鉄製の小型ナイフですら傷を負った関節部は、当然魔鋼製の一撃を耐えられるはずもなく、敢無く足の一本が斬り飛ばされる。


「残り7本、全部もらうぜ!」

痛みに悶えているうちに一気に攻め込もうとしたが、考えが甘かった。


鋼蜘蛛の名前の所以は、まずその鋼、実際は魔鉄に匹敵する強固な皮膚にある。しかし、ごく稀に糸を吐く個体が存在し、その糸がまるで鋼鉄のワイヤーのようだったことから、この名前が付けられた。一本一本の強度はそこまでだが、糸に魔力が流れており鋼蜘蛛の意思である程度コントロールできるため、多方向からの同時発射で対象を八つ裂きにできる為、糸を吐く個体は危険度がぐんと跳ね上がる。

ただ幸いなことに、糸を吐くことはかなり魔力を消費するらしく基本的には使わないが、傷を付けられたりすると相手を「敵」と認識し、惜しまず糸を吐くようになる。


糸を吐く個体に共通するのは魔力量が他の個体よりも高いということだが、魔力量を視認するには魔法使いの上位職である魔導士メイジの任意スキルツリーの最後の内の一つ<任意:魔力視認マナサーチ>の習得が必要である。


「そぉら、<ヘビー…!」

追撃を加えようとして、左右から何かが高速で迫ってくることに気付き後ろに引こうとするが、遅かった。

剣を持ったことにより下がるのが一歩遅れたむき出しの右腕がその餌食になる。巻き付いた鋼鉄の糸は鍛え抜かれた腕をいとも容易く引き裂いた。

「があぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!ああああああああああうでえええええええ!!!!」

先程まで魔力と力を集中させた腕の感覚は、僅かな風すら感じる程鋭敏になっていた。途中で止めたとはいえ、引き裂かれた痛みは想像を絶するものだ。


そして、あまりの激痛に神経が焼き切れ、男は気絶した。

ある意味気絶できたのは幸いだったのかもしれない。昆虫系の魔物は、その習性により獲物を生きたまま喰らうのだから。


その後、そこには魔鋼製の剣と鎧と少々の消耗品が転がっていた。



場面は変わり、ジェニム村。

あれから暫くたったが、特にこれといった事件は無く比較的平和に暮らしていた。

相変わらず金欠だが。

「あーもー!!それ以上食うな!レガスの分が無くなっちまうだろ!」

ひりまへんほんなほほ知りませんそんなこと! ゴクン いいからよこすのです!」

この大食い野郎のお陰でクエストをいくらこなしても金が足りないので、ひたすら定期探索や討伐クエストをこなし、気づけばレベルは12になっていた。ちなみに、ラフェルはやっと蓄積値が2000を突破したところであり、まだまだレベル2への道のりは長い。

おまけに金が無いから訓練所にも寄れない。どうすんだこれ

まぁとりあえずレベル12になって出直したわけだ。


「まいどありー!!」

いつも大量に注文しているので店員さんはニコニコである。

騒がしいのが玉に傷らしいが、毎日のように金をくれるので特に気にしていないようだ。


「すいません騒がしくて…」

「いえいえお気になさらず!いつもたくさん注文して下さいますから問題ありませんよ!」

「そ、そうですか…」

とまぁ、こんな感じである。


今日の分を稼ごうとギルドに行こうとしたが、なにやらカードが騒がしい。

『新着:Fromギルド 「大至急!レベル10以上の冒険者達は集合して下さい!」』

冒険者カードってメーラーとしても使えるんだなーと思いつつ、駆け足でギルドに向かう。


何やら騒がしい、大至急とはいったい何なのだろう。

☆1定期探索で初心者殺しのオークが出たりゴブリン討伐で変異種が出るよりもさらに至急なのだろうか。

…改めて考えてもおかしいよな、俺が受けたクエスト…まぁ最近は何事もないが


様子を見ると、受付嬢さんが慌てていた

「先程王都ギルドから連絡がありました、魔王軍の前線部隊が一部戦線を離脱し、迂回して来ているそうです!報告によると、正確な数は不明ですが取り巻きに囲まれるように糸吐きもいたそうです!」

「おいおい糸吐きって…マジかよ…」「ポォーゥ、強敵登場だな」


「何だ?糸吐きって」

「元は鋼蜘蛛という魔物です。魔鉱石級の皮膚を持ち、8本の足先にある爪は希少鉱石級にも上るとか。実際はそれほどなんですけど、その中でも糸を吐く個体が厄介で、通常の個体より更に皮膚や爪が硬く、吐く糸は魔力を帯びて自由自在に操れるとか。私にとっては雑魚同然でしたが、中級冒険者にとっては十分脅威になりうる存在で、度々山奥で被害が出ています。」

「中級冒険者って、俺らヤバくない!?まだ下位職だから扱いとしては初級だよね!?」

「骨は拾っておきますよ☆」

「絶対道連れにしてやる…」

「ま、まぁまぁ落ち着いてください二人とも…」


「迂回ルートはここより北西の方角で、アクリス大橋を通るはずです。なのでレベル30以上の方は必ず4人以上のパーティを組んでアクリス大橋の警備にあたってください。レベル30未満の方は、村の警護をお願いします、また、レベル10未満の方は、危険ですので村から出ないようお願いします!」

「結構遠いなぁ…」「文句言わないの、どうせギルドから金が回ってきてるから後でがっぽり頂きましょ」


アクリス大橋とは、ジェニム村と王都を繋ぐ途中にある橋の一つで、森を抜けた先にある。昔は亜人の国との交易に使われていたが魔王の統率により打ち切られ、今は最短の橋が混雑している時に迂回する際に使われている。そのため、整備はしっかり行き届いている。


そしてレベル12の颯馬達は、村の警護をすることになったが…


暇だ。

「あぁ~…暇じゃぁ~…」

「暇ですねぇ~…」

「お腹すきました」

「暇だろ?たまにこうして昼に見張りをすることになるけど大抵ここまで来ることはないんだ。夜はうじゃうじゃ来ることがあるけどその時にはもう門がしまってるし。」

「へぇ~…ところでおじさんは冒険者だったりして…」

「おじさん…もうそんな歳かぁ…まぁ、元冒険者だな。というか、王都とかに居る兵士たちもみんな元冒険者で、ある程度名が知れると王都からお誘いが来るんだ。ま、とりあえずゆっくりしとけ。」


一時間後…

橋の方を見ると、未だに煙が上がっていたり、爆発が起こっていたりする。大変だな~と思いつつ、他人事のように見張りを続ける

たまにはぐれたゴブリンや犬人間のワーウルフが出てきたが、3(-1)+1人でボコボコにした。


さらに一時間後…

そろそろお昼か…と思い、弁当に手を伸ばした瞬間


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

という轟音が鳴り響く。

「近いぞ!」「まさか!」

近くにいた25レベルくらいの冒険者や見張りのおじさん達が森の中へ入っていく


「どうします!?」

「俺たちも行くぞ、ここら辺の奴らなら中にいる新米たちで十分戦えるだろ」

「私達も新米ですぅ…」

「装備はもう新米じゃないだろ。 …コイツがバカ食いしなきゃもうちょいマシなものが買えたんだけどな…」

「私と装備どちらが大事なのですか!酷いです!」

「断然お前のその燃費の悪い腹より装備の方がよっぽど大事だ馬鹿野郎!」


少し進むと、金属音が聞こえてきた。

まさかと思い急いで進む。すると、少し開けた場所に出た。

そこで待ち受けていたものは…

--------

襲いかかる圧倒的な力!

中級冒険者の猛攻を潜り抜けたその力は、颯馬達など敵ではなかった!

瀕死の重傷を負った颯馬達、しかし、そこに新たな助けっとが現れる!

次回!異世界は管理者とともに 第九話:落ちこぼれの魔法使い

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