第7話 私はまだ本気を出せません

よく、夢を見る。

夢は脳のメカニズムによるものだと言われているが、虚数の脳も夢を見るとは思わなかった。

改めて我々の技術力の高さに感心する。


そして、いつも同じ夢を見る。

私達の世界が崩壊する夢を。

突如現れた介入者。彼らは何者で、どこから来て、どうやって世界を越えて、何故世界を滅ぼすのか。

全てが謎に包まれた存在。容姿も性格もバラバラで、現状で分かっていることは彼らが私達と同じ人間ということと、全ての介入者が世界の崩壊を望んでいるわけではなく、僅か数名はむしろ世界の存続を望んでいたということ。しかし、どうあがいても彼らが世界に来た時点でその世界は崩壊へと向かうわけだが。


そして覚醒し、管理に戻る。


元々「想い」をエネルギーに変換する技術を有した私達は、その供給源を他の世界から得るために、平行世界への完全なポータルを開こうとした。

そして、介入者の手によってポータルは暴走、全てがポータルに飲み込まれ、間一髪のところで我々はデータを移し、虚数空間に逃げ込んだ。


信仰を得るのは、「想い」のエネルギー変換効率が一番良いのが「信じる」ことであり、私達はその信仰という「想い」で虚数空間を維持し、存在し続けている。

その供給源である管理下の平行世界も、介入者によって次々に崩壊へと導かれ、私達の残り時間はあまり残されていない。


現在管理下にある平行世界は7つ。後輩ちゃんは、しっかり私の後任を果たしてくれているだろうか。




そして、私達は今洞窟の定期探索に勤しんでいる。

「よし、こっちの方は異常ないな。しっかし何だ?魔物が全くいねーぞ?」

最初に襲ってきた二匹以外、中には他に誰もいなかった。

「よ、よかったぁ…」

「☆1の定期探索なんて普通はこんなもんですよ。前回がおかしかっただけで、定期探索の発注頻度は二週間に一回でこまめに掃討していて、せいぜい何匹かのはぐれゴブリンが住み着く程度なんです。」


「さて…と。左腕も大分治ってきたな…すげーなこっちの薬。」

「颯馬さんって薬ビン使った事無いんですか?」

「ああ、というか俺はそもそも…モガッ」

背後にいたラフェルによって口を塞がれる

「(貴方があちら側の世界の転生者だということは秘密なんですYO!今私達駆け出し冒険者ですからなるべく襲撃のリスクを減らさなきゃいけないんです!)」

「(わ、わかった…)」

「?」

「「田舎育ちだから貴重品で使わせて貰えなかった」だそうです。」

「へぇー…大変だったんですねー…」

「ゲホッゲホッ…(ぜってぇ後でぶん殴ってやっからなァ…)」


「………はい、クエスト、完了しました。お疲れ様でした!」

今回は戦闘がほとんどなかったので、手当金無しの通常の額の報酬金貨100枚を受け取る。

この世界の通貨は金貨に統一されており、各国の首都が製造している。

そして冒険者は、ギルドで冒険者カードに金貨を貯める事が出来る。現代で言うプリペイドカードだ。

冒険者カード対応店では、カードに貯めてある額で買い物ができる為、盗賊団等の被害を防ぐことができる。(冒険者カードは名前を使って魔術的登録をしてあるので、本人以外使用できない)

当然ながら辺境のトレフ村等はカードが使えないが、王都ではほとんどの店がカードに対応しており、近頃はいろいろな店がカードに対応してきたらしい。冒険者統括部の努力の成果だと。

これがキャッシュレス化か…としみじみと思う。統一金貨ならではの導入の早さか。

実際このシステムが実現する前は小切手等で済ませていたようだ。ますます日本みたいだ。


他にも一部魔導具が開発されている所では、魔法で空間を圧縮し容積に対し内部の空間が倍以上になるといういわゆる魔法鞄マジックバッグなどで金貨を大量に持ち歩いていたとか。


ちなみに、一泊は一部屋金貨25枚。今は三人なのでラフェルとレガスが同じベッドで寝ている。

一応数件の空き家はあるが、どれも金貨一万枚を超えていて、滞在期間を考えると宿屋を利用し続けた方が安い。そして一食分の食事は金貨5枚で、概算で一日辺り金貨70枚の出費である。

食いしん坊がバカ食いしなければとりあえず今日の分は大丈夫だ。そうならないから困るんだよなぁ…

ついでに、ラフェルが道具屋の店員さんに頼んであるアクセサリーを作ってもらったそうだ。お陰でまたすっからかんになってしまった。


基本的な塗り薬の薬ビンは金貨20枚、ポーションは50枚、エリクサーは300枚と、どんどん値上がりしていく。

エリクサーが安いのは単に需要が少ないからであって、作成の手間と効果のほどを考えるともう50枚くらい増やしてもいいらしい。そもそもエリクサーが必要になる強敵との戦闘にはまず回復術士の上位職

である癒術師ヒーラー調合師コンパウンダーがパーティに居て、それらが使う回復魔法はとても強力で一回の発動で1/2エリクサーくらいの効果を発揮する。エリクサーに使う金貨があるならマナポーションに使った方がマシだという人たちがいるくらいだ。

まぁ、結果として安売りされていたのが功を奏したのだが。


食事を済ませ、ギルドに戻る。

「よし、思い切って討伐依頼受けてみっか!」

「えぇ!?討伐依頼って戦うんですか!?怖いよぉ…」

コイツなんで家出してきたんだよ…

「じゃぁ何でお前職業騎士なんだよ!?」

「鎧と盾を買った所でお金が尽きたので…」

「あー…武器を買えなかったのな。」

「はい~…」

「全く、そんなにお金があるのでしたら私に譲ってくれればよかったものの」

「こいつに渡すと全部食費に消えるから気にするな」


「まずは手堅く一番簡単な奴から行くか…よし、あった。☆1:ゴブリン討伐。」

ゴブリンを10体討伐。より多く倒すと追加報酬。巣を壊滅させても追加報酬。

基本報酬150枚。定期探索はやはりお得なクエストだった。

範囲はジェニム村と王都を繋ぐ森林に限定される。流石にどこでもokというわけにはいかない。



森に到着する。前回の一戦で肝が座ったのか、ラフェルは特に怖がるそぶりを見せないが… レガスはガタガタと震えている。

「お前…マジでどうにかなんないの?」

「なりません! ガタガタガタガタ」

言い切ったぞコイツ…妙なとこに肝っ玉あるな

「はぁ…とりあえず行くか」

「ま、待ってぇ…」


中は薄暗いが、まだ日が昇っているので暗くはない。所々木漏れ日がさして幻想的な場所もあった。

そして、妙な点がもう一つ。

「ひっ…また出ました…」

さっきから散らばっているゴブリンの死体。それらは全て食い散らかされた跡が残っていた。

「魔物って共食いするのか?」

「普通はしませんよ、よっぽどの飢餓状態でも、奴らは獲物の奪い合い程度で共食いまでに発展することはありません。奴らにもカニバリズムへの嫌悪感はあるみたいですね。」

「カニバリズム?…食人…だったっけ。」

「えぇ、まぁ共喰いと考えてもらって構いませんよ。つまりまたイレギュラーな事態です。」

「ってことは、また難易度に合わないクエストってわけか…」

「おうちかえりたいですぅ…」

「ダメ」


森の奥へと進んでいく。

そして、それに連なってどんどん大きくなる者があった。

悪臭、それも腐敗臭。間違いない、この先に奴がいる。ゴブリン達を食い殺してきた奴が…


さらに進む。そして、音が聞こえる。

「ギャッ ギギッ!ギィーーーーーーーーッ!!!」

すぐそばで、新たなゴブリンが犠牲になった。どす黒い血が飛び散り、鉄の匂いが辺りを覆う。

吐きそうになりながら、草むらからそこを除くと、全員が恐怖を感じた。


なんと、文字通り、ゴブリンがゴブリンを貪っていたのである。

「ゴブリンが…ゴブリンを…喰ってる…でも、あれが…?」

しかし、それをゴブリンと呼ぶにはあまりにも悍ましすぎた。

尖った牙は、どれも長さがでたらめで、噛む度にカチカチと音が鳴る。

鋭い目は、焦点が合わず、両目ともおかしな方向を向いている、恐らく視力はあるが思考が無いか、視力そのものが無いか。

爪は更に大きくなっており、まるでナイフのようだ。

体格は一回り大きいが、何より恐ろしいのがその背中。背骨が異常に突き出している、まるで悪魔の背骨と言わんばかりに禍々しいシルエットだ。




「あれは…変異種!? 王都近郊に発生するなんておかしいです!」

「ガタガタガタガタ」

レガスが腰を抜かし、ガシャッという音と共に、共喰いをしていたゴブリンがこちらに気付く。


「ガawr!」

奇声を上げ襲いかかる変異種。振り下ろしてくる爪をナイフで弾く。キィンという音に、爪の鋭さと硬さを実感する

「ラフェル、援護!」

「分かってますよ!」

ラフェルがアクセサリーを取り出し、その一つをちぎって投げる。

「十字架はその重きを持って咎人を罰する!」

かつて十字架は罪人とされた「神の子」や、他の罪を犯した人間を罰するときにその背中に乗せられ、その重きを持って罰としたという。この派生としてシモンは「神の子」の十字架を肩代わりしたというものがある


投げられたアクセサリー…石の十字架は変異種の上へ落下する。その瞬間、変異種の周囲の光が僅かに歪み、動きが鈍くなる。

タネも仕掛けもあるお得意の手品魔術だ。

「影響を受けるのは向こうだけです! 構わず突っ込んで下さい!」

「了解!」

斬りかかろうとするが、すんでの所で爪に止められる。

ラフェルの魔術で鈍くなっている状態で、さらに盗賊のクラススキルも加味したダッシュ斬りをいとも容易く受け止めた。

「っ!」

直感的に後ろへ引く。鼻先を爪がかすめ、真空で僅かに切れる。

「下がってください! 十字架は悪性の拒絶を示し、邪竜を打ち払わん!」

再びアクセサリーを投擲し、颯馬を突っ切って変異種へ向かう。すると、放たれた十字架は一瞬にして巨大化した。

かつて竜に食べられた聖マルタはその十字架を巨大化させ邪竜タラスクの腹を突き破り出てきたと言われている

また、彼女が邪竜を巨大化させた十字架で吹っ飛ばしたりしたという逸話もある

聖マルタ=十字架を巨大化させた

というのはもはやポピュラーな話である


「おわっと!」

何とか避けられたが、その瞬間上空から躱した変異種が攻撃してくる

「なっ!?コイツ鈍くなってたんじゃねーのか!?」

「逸話を引用するときは効果を一つしか選べないんです!ですから「巨大化」を選ぶと「重力」は効果を失います!ならばもう一度! 十字架はその重きを持って…キャぁっ!?」

「ラフェルッ!」

鍔迫り合いをしていた変異種が突如ジャンプし、ラフェルに飛びかかる。本能的にラフェルが魔術を使った事に気付いたのか、まさか奴は魔力を感知できる…?

まずい、準ずるペンもラフェルの体を借りる以上間に合わない…!


「どぉおおりゃああああああ!!」

突如、横から銀色の物体が飛んできて、変異種が吹っ飛ばされる。

「レガス!」

「レガスちゃん!」

さっきまで腰を抜かしていたレガスが、変異種に突撃したのだ。

「こ、これ以上やらせません!」

足が震えているが、とりあえず戦闘に参加できそうだ。


しかし、変異種はびくともしていない。空中で身をひるがえし着地していた。

「こいつ、見るからに頭悪いのに賢すぎるだろ!」

「本能100%で戦うとああなりますよ、否定という選択肢がないわけですから。」

「冗談じゃねぇっつーの。」

「それでもスキルはおそらく使えないでしょう、絡め手で行きましょう。」


しかし、その予想はすぐに裏切られることになる。

「ギst… グェcy…」

「この魔力の流れ…そんな!知能が無いのに魔法を詠唱するなんて!」

「おいおい!本当に冗談じゃねぇってこれ!」

変異種の爪が火種も無く燃え始める そして、素早く飛びかかってくる。

反射的にナイフで受けるが、開いてる左手が飛んでくる。

「しまっ」

そこにレガスの盾が差し込まれる。耳元で金属がぶつかるガキンという音がし、鼓膜が痛む

「助かった!カバー頼む!」

「わかりました!」

先程の変異種を吹き飛ばしたときに、何とか覚悟はできたようだ

2対1で戦闘を繰り広げる。

颯馬が攻撃し、レガスがその隙をカバーする。

頃合いを見て、ラフェルがアクセサリーを投げ、変異種を鈍くする

一進一退の攻防で、少しずつ変異種に傷を負わせているが、決め手に欠ける

向こうは付与魔法エンチャントで爪に炎を纏わせている以上、武器の消耗はこちらの方が激しい

そして、汗と疲労でナイフが滑る すかさず変異種が体を回転させ、重力に押されていながらも機敏に遠心力を利用し、手元からナイフを弾く。

ラフェルとレガスが何とか攻撃を防いでいるが、時間の問題だ。レガスの体力とラフェルの魔力は確実に失われていく


ふと足元を見ると、起死回生の一手がそこにあった。

落ちていた壊れかけの十字架を広い、ラフェルにコンタクトを送る そして、後は動きを封じれば…!

「レガス!あいつを押さえててくれ!」

「どうやって!?」


「とにかく突っ込めぇぇぇぇ!!!!」


背中を思いっきり押しこみ、そのまま変異種に向かってレガスが突っ込む

まさに人間ロケット。 何度か同じ光景を見るとはこの時はまだ本人以外予想もできなかった

反射的に後ろへ飛ぼうとするが、ラフェルの魔術がそうはさせず

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

懐にレガスが激突し、力を逃せない変異種から肺の空気が吐き出される

「ゲヵer…!」

「今だァ!いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

十字架を持つ腕に力を込め、<任意:投擲>を発動する

しかし、理性ではなく本能で動く変異種にとって不意打ちは殆ど効かない。


だが、それは一方向からの攻撃ならばの話だった

高速で打ち出される颯馬が拾った十字架と同時に、気づかれないよう後ろに回っていたラフェルがそのまま十字架を投げていた。

前方からの十字架はスキルにより加速され、魔力も乗っている為反射的に弾いたが、その瞬間逆方向からただ投げただけの十字架がすでに迫っていた。


「十字架は悪性を拒絶を示し、その形を誇張する!」


チェックメイト。一瞬にして巨大化した石の十字架は、レガスに捕まえられ身動きが取れない変異種の頭を吹き飛ばした


ちなみに、俺が拾ったのは最初の重力の際に投げた十字架で、巨大化した十字架は元に戻ると同時に砕けてしまった。偶像崇拝がなんたらかんたら言っていたが、要するに特別製じゃなきゃ耐えられないみたいだ。

重力を出す奴は何とかもつみたいだが


休憩を終え、ラフェルの魔術によって傷が少し治った。当の本人は再取得したクラススキルで体力・魔力共に完全回復である。おまけに服の汚れも全て落ちるとは羨ましい

「ふぅ、何とかなりましたね。」

「怖かったですぅぅぅぅぅぅ!!!うわぁぁぁぁぁん!!!」

「あー俺が悪かった、だから泣くな。とりあえずクエストの分はこれから狩るか。」

「え、これからって…颯馬さん…」

現在時刻:大体17時半頃だろうか もう夕日である。ここからジェニム村にまで30分はかかる。

そしてお忘れではないだろうか。





こ こ が 王 都 周 囲 の 森 で あ る と い う こ と に





『都市部から離れれば離れる程、段々と奴らの生活リズムは私達と同じになってくるんです。人間から身を守るため、あえて夜に行動するに連れて、段々夜の生活に慣れたって感じですね』


つまり、今は、奴らが起き出す時間!

「逃げろー!!!!!」

「あっこらお前ら逃げるなー!!!!」


なんやかんやあって、ジェニム村に到着した。道中何度か襲われたが、暗所恐怖症で発狂したラフェルが

十字架をポイポイ投げまくって、結局20体くらい巨大な石の十字架の下敷きになった。

抜け目ないことに冒険者カードはそれも記録してくれたおかげで、何とかクエストをクリアした。


二倍倒したので、報酬額は二倍の300枚。ついでに最近賞金首に登録されていた変異種を倒したことで、500枚貰えた。苦労の割にちょっと物足りない気もするが、変異種の中でも最弱だったそうだ。


でも腐っても変異種、もらえる経験値は群を抜いていた。

変異種もとい賞金首は、ダンジョンのボスと同じ扱いで戦闘に参加した冒険者全員に経験値が行き渡る。

なのでダンジョン攻略と賞金首討伐は、基本1パーティのみでの参加だが、賞金首は神出鬼没なので一部例外もある。

他にもダンジョンの規模が最低でも2パーティ以上必要なレイドダンジョンや、全員参加可能なレイドボスは、場合によってはダメージを与えた度合い、つまり貢献度によって報酬を決めるといったシステムも導入されている。


全員が500を受け取り、

颯馬はレベル2から5へ ラフェルは桁が違うので変わらず

レガスは1から4へ一気にレベルが上がった。

そして、スキルは

颯馬:敵の攻撃が一定範囲内に入ると速度が上昇する【常時:回避上昇】に1、魔力の流れから敵の急所を見つけやすくする【常時:クリティカル確率上昇】、あとは定番の【任意:投擲】に追加で1振り分け


レガス:攻撃を受けた際に光の膜を精製しダメージを軽減する【常時:防御上昇】に2、独特の魔力の波長を流し、敵の注意をこちらに向ける【任意:敵対心ヘイト上昇】

なお、敵対心上昇は本人が嫌がったので、無理矢理習得させた。変異種と戦闘してたときにもどして


「ハハハ…せっかくオーダーメイドで作ってもらった私のアクセサリーが…」

「お前逃げるとき何のためらいも無くポイポイ使ってただろ」

-------

特に大きな事件も無く、順調にレベルを上げる颯馬達。

そこに、ギルドから冒険者カードに急な連絡が入る

魔王軍の前線部隊の大将が1人迂回して攻め込んできたのだ!

装備を新調した颯馬達は魔王軍との戦闘に挑むが…

次回!異世界は管理者とともに 第八話:襲撃

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