第3話
「……で、なんでっけ? この世界に洪水起こせばいいんだっけ?」
「なんでそう極端なのよアンタは……」
やっとやる気を出したように見えたアマガサであったが、思いのほかそうでは無かったようである。クラウディアも呆れるしかなかった。
「加減を考えなさいよ、加減を。アタシの天候操作と違ってアンタのは少しの力加減で生物の生き死にに関わるんだから」
クラウディアの天候操作の能力は雲を出す程度であるが、アマガサは雨を自在に降らせることが出来る。どれくらいの量の雨を降らせるかも自由自在であるため、その世界の生物にとってはまさに恵みの雨にもなり、災害を呼ぶ雨にもなるということである。
「大丈夫だって~……。ガラスで出来てるかのような繊細な私がそんなミスを犯すわけないでしょ~」
何を思ったのか、自信満々でアマガサはフフンと鼻をならす。
「アンタ、そんなこと言ってこの間もよそ見してて雨降らす量を間違えてたじゃない。しかもそのせいでアタシも一緒にナトゥーアさんに怒られるハメになったし」
「さ、さあ? なんの話だったかな……?」
都合の悪いことは言われたくないアマガサである。ちなみによそ見というのはスマートフォンをいじっていたせいなのだが、クラウディアにはバレていなかったようで安心していた。
「ともかくちゃんとやりなさい。アンタももう怒られたくはないでしょう?」
「は~い……」
流石のめんどくさがり屋なアマガサでも何度も怒られるのは嫌なのか、しぶしぶ仕事取り掛かる。
「……じゃあ、パパっと雨降らしちゃうよ~」
アマガサがテンペストボールに手をかざす。すると水晶玉に写っていた景色に、ぽつっぽつっと雨が降り始めた。
「私、この世界にどれくらい雨降らせるか知らないから、ちょうどいいタイミングで教えてね。クラウディアちゃん」
アマガサは「ヨッコイショ」と近くにあったイスに腰かけた。
「アンタ……。一度天候操作したらテンペストボールの近くにいればいいからって、気を抜きすぎでしょ……」
気象精霊の天候操作は何もずっとテンペストボールに張り付いていなければいけないということではない。いちど天候操作をすれば、テンペストボールの近くにいるだけでその気象精霊の天候操作は持続する。もちろん、降水量等の加減を変える際は再びテンペストボールに触れなければいけないが。
「それにアンタ、なんで自分が降らせる雨の量をわかってないのよ」
「だって~。クラウディアちゃんに無理やり連れてこられたから、配分表見てないんだもん」
配分表というのはその世界の天候についての『上司』からの指示が書かれたものである。例えば、どの時間にどれだけの時間晴れにする、どの時間にどれだけの雨を降らせるといったものが記されている。普通はテンペストボール室に入る前に各気象精霊で確認するものであるが、アマガサは普段から確認しないことが多かった。もちろん今日もである。
「なんでアタシがアンタの分も確認しないといけないのよ!」
そうは言いつつも、万が一のことがあってはいけないのでクラウディアはちゃんとアマガサの配分表を暗記していた。もはや慣れたものである。とは言ってもそのせいでアマガサを甘やかしていることに本人が気付いてないせいでアマガサは堕落しているのだが。
「指示してくれればちゃんとやるって~……。あっ、ハーちゃんからメールだ」
「さっそくよそ見してんじゃないわよ!」
クラウディアはアマガサからスマホを取り上げる。
「ああ~、まだ返信してないのに~」
「やかましいッ! ほら、さっそく雨降らし過ぎちゃってるじゃない」
アマガサがよそ見している間に配分表に記された値を超える降水量となっていた。アマガサは慌ててテンペストボールに手をかざす。
「あわわ……、大変大変……。あっ、間違えて違う地域に雨降らしちゃった……」
「なにやってんのよアンタは……」
クラウディアは落ち着いて自分の天候操作で雲の量を減らす。すると雨の量も次第に少なくなっていく。
「ありがとうクラウディアちゃ~ん」
「ちょ、ちょっと!」
アマガサはクラウディアに抱きついた。いきなり抱きつかれたクラウディアは照れてアマガサを引き剥がそうとする。
「いいいいいから離れなさいなッ! 恥ずかしいじゃない!」
「別に女同士なんだからいいじゃ~ん……」
少し残念そうにアマガサがクラウディアから離れる。
「でもあれだよね。私たちってお互いの天候操作が関係してるから、お互いのミスをカバーできて安心して任せ────、ふぉ、フォローしあえるよねっ!」
安心して任せられる、と言いかけて寸前で言い直した。が、クラウディアはお見通しなのか、アマガサをギロリと睨む。
「ミスしてんのはアンタだけだから、一方的だけどね」
「ま、まあまあ……。あっ、そうだ。さっきのハーちゃんからのメールなんだけど」
アマガサは慌てて話題を変える。
「なによ。なんかあったの?」
「今日の仕事終わったら会わない?、ってさ。私たちもハーちゃんも今日は夜間担当じゃないからって」
アマガサは隙をみてスマホを取り返そうとしているがクラウディアに阻止されてしまった。
「ああ、いいんじゃない? 久しぶりに三人でご飯でも食べましょうか」
そう言いつつ、クラウディアはテンペストボールに向き合う。
「私たちの仕事が終わればだけどねッ!」
よそ見していたせいか、またしても土砂降りの雨が写されているテンペストボールをアマガサに押し付けた。
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