第26話 部室に入るとすぐに恋が
部室に入るとすぐに恋が、達也に話しかけて来る。
「達也君、昨日はどこに行ってたのよ。あのシンデレラの衣装、大絶賛で、いろんなところから取材が在って、どうなっているのか説明してくれって、大変だったんだから」
「どうっていっても、各スポットライトの光のベクトルを調整して、サランラップの各層で、乱反射させただけなのにな」
「そこがすごいんじゃない。きっと、達也君にしかできない演出だったんじゃない」
「そんなことないよ。プロジェクトマッピングや3D投影機の方が、もっとすごくなると思うよ。だって、どんな衣装も思いのままだ。でも、生の人間をスクリーンに見立てて投影するわけだから、動きに合わせるのは、大変だろうな」
「そこが、画期的なのよ。私の動きに合わせて、衣装の色が虹色に変わるんだもの」
「まあ、それだけのことだよ。恋さんの演技が素晴らしかったから、絶賛されたんだよ」
「私の演技が、一役買っているのは分かっているのよ」
そこで、愛も会話に参加する。
「ほんと、演出だけじゃ、金賞はとれないよ。さすが、恋さんね」
「えへへっ、もっと褒めてよ」
「それに、衣装がいくら素晴らしくても、スタイルが良くなきゃね」
「そんな~、スタイルは愛さんの方がいいわよ」
「そうね、私の方が、バストは大きいし、ウエストは細いわね」
「でも、大きさや細さより、そのバランスが必要ってことを聞いたことがあるわよ。男の人って、遺伝子に刻まれた理想の比率に引かれるらしいって」
「あら、恋さん、その比率なら、五〇年前の基準じゃないかしら。今は、みんなスタイルが良くなっているから。確かに五〇年前なら、恋さん、モテモテだったんでしょうけど。今だと、そうね、演技する時は、胸にパットを入れると、もっと注目を浴びるんじゃないかしら」
達也と恋の会話が、核心に触れる前に、愛は話題を恋の演技に持っていく。さらに、スタイルに持っていったところで、愛と恋の対抗心に火がついてしまったのだ。
当初の目的を見失っているぞ、愛。
「おい、二人とも、くだらない言い合いはやめろって。愛も言うほど、恋さんと違わないだろう」
「達也、何言っているのよ。私の方がウエストが五ミリ細くて、胸は一センチ大きくて、恋さんに勝っているのよ。恋さんのレオタードを作るときに測ったんだから」
「という事は、お前ら、背が同じぐらいなんだから、愛の方が、体重があるわけか。合気道をやっているから、筋肉質だし」
「うっ……、た、体重なんてね……」
「そうよ。達也君。女性に体重の事を言うのはタブーなんだから」
「いや、俺は、お前らがつまんないことで言い争いをしているから……」
「私たち別に言い争ってないよ。この際、どっちが上かはっきりさせようと思っただけよ」
「いや、お前ら、外見は甲乙つけがたいって」
「「じゃあ、達也(君)はどちらが好みなの?」」
「えっ、考えたこともないな。遺伝子に刻まれた理想の比率については、男の遺伝子を引く継いでいる俺の下半身に聞いてみようか? きっと、俺の左側が有利だぞ。俺の左曲がりだから」
「「はーあっ!! この下ネタ野郎が!!」」
達也は、愛に右のほほ、恋から左のほほをひっぱたかれ、ほっぺたの両側に、もみじの葉っぱを付けられた。
「ほっぺたがジンジンする。どちらのビンタも、俺を痺れさせるのに十分だった」
「ごめんなさい。思わずひっぱたいちゃった」
「恋さん。こんなゲス野郎、ほっときゃいいのよ」
「そういう訳にはいかないわよ。まだまだ、演劇の方で手伝ってもらわないといけないんだもん」
「そういうことなら、大丈夫よ。これくらいの事で、達也、一旦上がった舞台を降りたりしないよ」
「ほんとに?」
「恋さん。当然だろ。それより、何か新しい演出を考えないとな」
「だめよ。コンクールの全国大会は、地区予選の演出を大きく変更させることはできないの」
「そうなんだ。残念だな。さっきひっぱたかれて、閃いたことが在ったんだけどな」
「ほんと、教えてよ」
「そうだな、まずは、背景を全て、プロジェクトマッピングにする」
「でも、正面からしかプロジェクターを映せないから、演技する人たちと被ってしまうわ」
「真横から映しても、大丈夫なようにするよ、それから、ラストなんだけど……」
達也は、恋に耳打ちをする。
恋は相変わらず耳が弱いようだったが、何とか耐えて、達也の話を聞いていた。
その時、なぜか愛も真っ赤になっているみたいなのだ。
「なるほどね。でも、一応、部長に聞いてみないと? それに、実際にやって見せてもらえるとありがたいわね」
「よし、それじゃ、やってみよう」
三人は、演劇コンクール全国大会に向けて、色々と策を練るのだ。
さて、全国大会まで、一か月足らず、どんな演出になっていくのだろうか。
ところで、FGCの機能の一部を演劇で晒(さら)した割には、全国大会まで、ローズたちが牽制したのか、政府や企業のFGCに関する動きはほとんどなかった。
おかげで、達也も愛も、問い合わせや取材に煩わされることなく、劇の演出を十分に考えることが出来たのだ。そういった訳で、平穏無事に、演劇コンクールの全国大会を迎えることが出来た。
一方、そのころNASAには不思議な天体の目撃情報が、アマチュア天文家から多数入っていた。火星の軌道付近で、発見された隕石なのだが、大きさも特定されず、位置や方向もまちまちなのだ。
NASAもその正体を電波望遠鏡で探索するのだが、報告があった場所には何も発見できなかった。それに、大型の光学望遠鏡で観測するものの、アマチュア天文家が指摘する通り、大きさも方向も地球からの距離も特定することが出来ない。そこに存在しないのに目で見えるまか不思議な天体としかいえない。
結局、火星と木星の間にある小惑星帯の一部を、宇宙嵐などの影響を受けて、一つの惑星と錯誤したとの結論を出したのだ。
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