第24話 家に帰っても

 家に帰っても、達也も愛も事件のことについては何も家族には話さなかった。話しても解決する問題でもないし、返って心配させるだけである。

 しかも、三人が襲われた事件は、テレビのニュースでも新聞にも取り上げられず、平穏に過ごすことが出来たのだ。

 それで昼間感じた違和感の正体に気が付いた愛。

(あの佐藤とかいう刑事、事件をもみ消した? それに達也のバカな回答に、怒ることもなくそういう人間だって話していた。前から達也の性癖を知っているってことでしょ。

私、ローズ先生の素性を調べるところを間違えていた? 政府でも防衛省関係じゃない、事件をもみ消すことができるのは、隠密行動をとっている公安関係だ)

 それから、愛はPCを立ち上げ、凄まじい速さでキーボードを打ち出した。



 翌日は、昨日と違って、達也と愛は学校生活という平凡な日常を過ごし、今はローズ先生と一緒に光学研究会の部室に居るのだ。


「光坂君、橘さん。昨日は本当にありがとうデシタ」

「まあ、ローズ先生が、全裸になる前に助けられてよかったよ」

「あいつ等、嬉しそうに、次はどこを切ろうかとか、ホント許せマセン」

「ローズ先生、達也、早く本題に入ってください」

 達也とローズのどうでもいい話に、愛はイラついた。

「ソウデシタ。それで、あの時、ワタシが見た景色はなんだったんですか?」

「えっと、弾丸を撃ってきた方向に歩いていって、ローズ先生が振り返った時ですよね」

「ソウデス。まるで高坂君を中心に景色がズレテイテ、そのずれた一部は真っ暗な三日月で、もう一方は景色がカメラの二重写しのように重なってイテ、なんて表現したらわかるカシラ?」

「先生、こういう風に見えたんだろ」

 達也は、その辺の転がっている写真の一部を円形に切り抜き、元の写真にずらして張り付ける。

「この抜けたところが真っ暗で、重なった所が二重露光になったように見えた。でいいかな」

「そう、ソノトオリデス」

「実際に自分で見たことはないからわからなかったけど、やっぱりこういう風に見えるのか」

「光坂君、どういうことデスカ?」

「えっと、先生、これが、光子グラビティをコントロールした現象なんですよ。この切り抜いた円が、光子グラビティを使って物体から反射した光を捻じ曲げたところ。それ以外の光は、今までと同じように、目に入ってくるから、捻じ曲げた光と重なって二重になって見えるんだ。

 逆に、黒く抜けたところは、反射光が一切ないから、こんな風に、黒くなってしまうんだ」

「なるほど、使っていることが、傍からわかるのでは不完全デスネ」

「先生もそう思いますか。光子グラビティの有効範囲は約五メートル。直径一〇メートルの球体が、ずれて見えるだけなんて。しかも、見え方が異常だからすぐに光子グラビティを使ったことがばれてしまうし」

「光坂君はどういう風にしたかったのデスカ?」

「いや、俺から反射する光を捻じ曲げて、目に入らないようにする研究をしていたんですけど……」

「達也、あんた、透明人間を目指していたの!?」

「そうなんだが、俺の反射光が目に入らないと、結局、人型の影ができて返って怪しくなるだけなんだよー!」


「それはご愁傷様。大体、なにをしようとしたかは分かったわ。はあー」

 別に、達也と愛はどう誤魔化すかを打合せしていたわけではない。ただ、反射した光しかコントロールできないと説明しようと話し合っていたが、達也の事だから、どうせ、エッチな方にいくだろうと愛は想像していた。

 それにしても、達也はやっぱりFGCの真価には気が付いていない。全く光学知識がカメラ仕組みの方に偏っていてよかった。


「なるほど、反射光だけが、光子グラビティで捻じ曲げることが出来るのデスね。篁さんの顔写真や、演劇コンクールでの衣装、合点がイキマシタ」

「ところで、ローズ先生は、どうしてあいつ等に拉致されたんですか?」

「それがよくわからないノデス。たまたま、ワタシが会場から出ようとしていたところを無理やり車に押し込められて、薬を嗅がされ、気が付いたらあの廃ビルに居たノデス」

「へーぇ、あの死んだ人たち外人さんだったから、ローズ先生とは知り合いかと思っていました」

 愛は、ローズ先生にカマを掛けようとして、なんて聞こうか迷った挙句、ストレートに質問をぶつけてみたのだ。

「とんでもナイデス。全然、知りマセン。なんで知り合いが、ワタシをあんな目に遭わせるのデスカ? アナタ達こそ、知り合いじゃないンデスカ? アナタたちと知り合いだったから、アタシはあんな目にあったのと違いマスカ?」

 当然、ローズ先生は知らないと返してきた。しかもこんな目に遭ったのは、遠回しにあなた達のせいだと言っているのだ。

 愛は、肩の入れ墨について、ツッコミを入れたかったのだが、どうやってそれを知ったかについては、とても本人に話すわけにはいかない。

 しかも、普通の光では、写らない入れ墨。何か特殊なインクを使っている。

 こんな風に、仲間であることを隠蔽しようとしている。

 なにか入れ墨の他に、ローズと彼らに怪しかった所は無かったか? 

「だって、色々おかしいよ。ほら、スマホの事だって!」

「はーあっ?」


達也は、愛の直球の質問に顔をしかめた。ローズ先生が、スマホで警察に電話を掛けたことをおかしく思っているのを知られたくなかった。それに、これ以上の言い争いは、お互いに警戒を深めることになるだろう。今の時点では、そこまでローズを追い詰める必要を感じない。

 まだまだ、知らないふりをしていたほうが、こちらとしても、あの事件のように強引に来られるよりいいんじゃないか。そう考えた達也であった。


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